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22 VRの利点を存分に

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「~~っ……!」

 ぬるっとした感触と、鬱陶しいほどの温かさ。
 現実では一度もした事が無いのに、こんなにリアルに作らなくていいじゃないかとプログラマーを恨みたくなる。
 味がしないのはブラパがそう設定しているからなのか、それとも現実でもそうなのか。
 比較対象が無い所為で快不快を判断する材料が足りず、ただ口の中を舐め回してくるブラパにされるがまま、なんとか出来るのは反射で噛まないようにすることだけ。
 呼吸を忘れてもVRの中なら死にはしない。
 けれど口を塞がれ続ければ苦しい気がしてきて、これも思い込みの一種なのかな、なんて頭にぎった。

「すげぇ表情カオ

 クッ、と笑うブラパはまだ俺の唇と唇を合わせたままだ。
 ブラパの声が耳より先に口から聞こえるみたいで身震いする。

「……嫌か?」

 確認するように訊かれ、少し考えてから否と首を振った。
 慣れないことは怖くて不安になる。
 けれど、嫌かどうかでいえば、別に嫌じゃない。

「キスまでで我慢すっから、もう少しさせて」

 その先を拒否した覚えはないのだけど、ブラパは遠慮してくれるという。
 好色だが気は長い。これが大人の余裕ってやつなのか。
 現実の年齢を問うタブーを犯さずとも、ブラパが俺よりずっと年上なのは肌で感じとれる。
 唇が触れ合っている時間は長く、目眩じみた眠気に誘われた。
 たまに離れる時にちゅっと音がして、その度ふっと意識が起こされる。
 触れられて、舐められて、吸われて、撫でられて。
 穏やかで心地いい。
 他の人は知らないが、ブラパとのキスは……たぶん、好きだ。

「なぁ。お前、人に話し掛けて、話は聞いてるみてぇだけど相槌も返事もしてくれなかったらどんな気分だ?」
「……え?」

 急になんだろう。
 ふわついていた頭のモヤを瞬きで飛ばすと、キスをやめたブラパが困ったような表情で覗き込んできていた。

「俺いま、そんな気分なんだけど」
「へ、返事っ……? 話しかけられてましたか? すいません!」

 半分眠りかけていたのがバレて気分を悪くさせたかと青くなるが、ブラパは「違う違う」と俺の頬を撫でてくる。

「言葉じゃなくて、キスで。気持ち良くさせたくて色々やってんのに、なんも反応ねぇとさみしーの」
「……! す、すいませ……」
「だから怒ってはねぇって。なんか反応欲しいだけ」

 すりすり、と大きな掌で両頬を包まれるみたいにされるとどうしてか落ち着く気がした。狭い所が落ち着くようなアレだろうか。
 ブラパの根はサドらしいのに、こうして隠してくれている間はひたすらに優しい。

「反応……ですか」
「されて良かった時とか、もっとして欲しい時とか、そういうの俺に教えてほしいんだけど」
「えっと……」

 それは結構恥ずかしいんじゃないだろうか。
 「Yes!」と叫ぶ金髪碧眼のAV女優と「いいよ……」と唸るAV男優が頭に浮かび、どちらも気が進まない、と目を逸らした。

「…………服引っ張るとか、同じこと返すとか、そういうのでも無理そうか?」

 俺が躊躇しているとブラパが妥協案を出してきてくれて、ホッと安堵した。
 それくらいなら出来そうだ。声に出すよりは恥ずかしくない。

「やってみます」
「ん」

 じゃあ続きな、と小さく呟いたブラパは、俺の顔を両手で包んだままふにっと一瞬唇を当ててきた。
 窺い見られ、早速返事をしろという事か、と察して顔を寄せて触れるだけのキスを返す。
 うっすら開いた間近の綺麗な目が弧を描いて、それより深いカーブの唇がまた俺にぶつかった。
 そうだ、目、閉じろって言われたんだ。
 思い出して瞼を伏せ、さっきより強めに唇を押し付ける。
 離れると今度は下唇をブラパの唇にはむっと挟まれた。
 びっくりしたけど、嫌じゃない。
 挟まれた下唇を引き戻して、ブラパの下唇をみ返す。
 その次は上唇を唇で挟まれた。……なんだか落ち着かない。
 あまり好きではないと思ったので、それはやり返さなかった。
 フッと間近で笑った声がした。
 また下唇を挟まれて、かと思えばゆっくり舐められる。
 温かくぬるつく感触に一瞬怯んで、けれど……もう一度されたい気がして、ブラパの下唇を吸ってその表面を舐めた。
 舐めると殊更柔らかさを感じる。
 他の場所を舐めたらどんな感じなんだろうと疑問が湧いて、ちょうど唇の隙間から入ってきたブラパの舌を舐めてみた。

「っ……」

 予想外だったのかブラパが僅かに身動みじろぎした。
 それに俺も驚く。
 けれど同時に悪戯心が湧き上がった。
 ブラパだって、予測の外からこられれば驚くんだ。
 当然のそれがとても面白く感じられて、俺もブラパの顔を手で撫でてみた。
 頬がヒクヒクと痙攣している。
 困惑が手のひらから伝わってくるようでもっと楽しくなってきて、ちゅうっと強めにブラパの唇に吸い付いた。
 やや強引に開かせた隙間から舌を入れてみると、すぐそこにあったブラパの舌先とぶつかって痺れるような気持ち良さが走る。

「んっ……」
「は……」

 俺が呻くとブラパも息を漏らした。
 ああ、確かに。
 自分のした事に反応があると嬉しいんだと実感する。
 ブラパの口の中にいる俺の舌が舐められた。
 思わず下半身に力が入るくらい気持ちいい。
 舐め返してそれを伝えると、ねっとりと裏側から絡み付かれた。
 ザラザラして熱い表側と、つるっとしてもっと熱い裏側。
 裏側の付け根を舐めるとブラパの手が震えて、かなり深くまで舌を入れているのに更に強請ねだるように吸われて腰が熱くなる。
 もっと、奥まで。
 誘うように開かれた口に舌を捩じ込んで、今度は舌の表側からその先を目指す。
 舌の根と上顎のぬるついた粘膜の間を舌先で舐めると、急にがぶりと噛み付かれた。

「……!」

 叱られたのかと舌を引っ込めた瞬間、体が後ろに倒された。
 床に後頭部を打ち付け痛みに引き結びそうになる唇を、指で割ってブラパが上から覆い被さるように舌を入れてくる。
 ゆっくり絡んできた舌は舌裏の敏感な所をくすぐるように舐めてきて、反応して閉じようとした脚がブラパの腰を挟んだ。
 まるで男をせがむような体勢で、あまりのはしたなさに慌ててやめようとしたのに上顎を舐められると力が抜けてしまう。
 崩れた膝がブラパの脚と絡んで、自分のしている事が急に生々しく感じられて薄らとした恐怖心に背中を撫でられた。

「っ……ぁ、……」

 絡み付く舌が、喉奥に向けて伸びてくる。
 さっき俺がしたように喉の入り口を舐められ、くすぐったさと気持ち良さの入り混じったもので腰が浮く。
 ぐぽ、と喉で音がした。
 ブラパの舌が差し込まれて、抜けていく音。
 ……待った。それはさすがに長すぎるだろ。
 俺の口の中で人外変形するんじゃない、とブラパの頬をゆるくつまむのに、非難を無視して彼の舌はまた喉に入ってくる。
 今度はさっきより深い。
 舌の根を押して狭い喉をぬるりと進んできて、埋まる。
 嚥下反射でゴクリと絞めた喉の中を上下に擦られると目の前がくらむほどの快感が走った。

「……っ……、……」

 喉の中を、ブラパの舌が這いずる。
 内側の粘膜の凹凸まで余す所なく唾液を塗りつけたいみたいに、ゆっくりと、執拗に、入念に。
 これは普通のキスじゃない。
 頭では分かってるのに、分かってる頭に気持ち良さでモヤがかかって気が遠くなる。
 ブラパの舌が動くたび、くらり、くらり、沈んでいく気がする。
 これが気持ちいいのはおかしい。
 だけど、実際抵抗する気を失くしてしまうほどがっているのは俺の体だ。
 ──ああ、いや。違った。
 ここはVRだから、気持ち良くなっているのは脳だ。
 俺の脳が、喉を舌に犯される今を、気持ちいいと判断している。
 脳みそがそう判定しているんだから、抗えるわけがない。
 もっと深く、もっと奥まで。
 喉を抜けて内臓まで舐められたらどんな心地がするだろう。
 ブラパの頬を撫でると、ブラパも俺の頬を撫でてくる。
 温かい頬。けれど、その下に脈拍は感じられない。
 自分の心音は分かるのに、他人のそれは分からない。
 これだけ密に触れていても、内側を理解わかれない。
 それだけが唯一残念だと思った。



 ピリリリリッ



 唐突に電子音が鳴って、2人同時に体が跳ねた。
 顔を離して目を丸くするブラパと数瞬見つめあって、それから音の正体──ボイス通信を掛けてきたプレイヤーの名前を確認する。

「……鹿花ルーファさんから、です」
「俺もだ」

 2人に同時に掛かってきたということは、どちらにも用事があるんだろう。
 なんとなく気まずい雰囲気のなか身体を起こし、服に乱れがないか確認してからブラパの横に少し距離を空けて座り直した。
 ブラパは服の袖で口元を拭いながらそれを見て何か言おうとして、しかし言うより早いと思ったのか、どすっと肩をぶつけるように俺の真横に腰を降ろしボイス通信申請に『YES』を押した。


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