賞味期限が切れようが、サ終が発表されようが

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20 ろくろっ腕

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「まず聞いときてぇ事がある。お前、アバ変えてから走る速度は変わったか?」

 サブモニターに、ブラパが指で丸と下の方が何本かに分かれた棒を2つ描く。
 1つは小さく、もう1つはそれより頭一つぶん大きい。
 ……あ、そうか、それ棒人間なのか。
 丸の中に点を2つと曲線を描くのを見て、それすらバランスを崩してホラーゲームの回想に出てきそうな塩梅に笑いを堪える。

「えっ……えっと、そう、ですね。身長高くなったので、そのぶん速くなりました」
「それ勘違いな」
「え、……えっ!?」

 こともなげに訂正され、目を丸くして隣のブラパを見るとニィと笑みを返された。

「9割のプレイヤーが『身長差で脚の速さが変わる』って言う。けど、公式はそれを否定してる。『移動速度とアバターの身長に関連性は無い』ってな」
「???」

 9割が体感しているのに、公式は否定してる?
 気のせいって事だろうか。
 でも、確かに試合中は速かったと思うのだけど。
 一歩一歩が大きく踏み込めて、その分亀吉の頃より速く移動出来ていた……筈だ。
 しっくりこない、と疑いの目でブラパを見ていると、彼はまた新しいサブモニターを出してきて落書きの横に置く。

「『マトリックス』って映画は知ってるか?……あぁいや、知らなくてもいい。お前が生まれる前の映画だろうしな」

 二個目のサブモニターに映されたのは動画サイトだった。
 古い映画らしいのに、ブラパがタイトルを入力すると数十個の動画が出てきた。
 動画の記事名から察するに、映画そのものではなく、どうやら内容の考察や有名シーンの詰め合わせが主なようだ。
 ブラパはその中から1つ選び、再生を始める。

「正確にはVRじゃねえんだけどな。一番近い感じがするから説明すんのに便利で……これ、コイツが主人公な」

 動画はストーリーの簡単なあらすじから始まり、そののち考察に入っていくらしい。
 ごく普通の青年がある日衝撃的な事実を突きつけられ、勇者として覚醒していく話。
 短く纏めるとそれだけの話で、結構ありきたりだが公開当時は斬新だと話題になったらしい。

「プログラムに支配された電脳世界で、主人公は『思い込む』ことで自分の動きどころか世界の全てを書き換える力を手に入れる」
「……VRでも同じことが出来ると?」

 突飛な体勢で銃弾を避けたり、自分に向けた集中砲火の弾を空中で止めてみせたり。
 映画の主人公がやっている超能力じみた行為をまさか出来るとでも言い出すのかと呆れて肩を竦めるのに、ブラパは至極真面目な顔で「半分正解だ」なんて言う。

「『世界』の側……つまり、プログラムで設定されてるにはさすがに干渉できねぇ。けど、自分のアバターからだは自分の脳が動かしてる。つまり、

 テーブルの上の一口サイズのシュークリームを摘み、口の中に放り込む。
 噛めばサクッとした皮が潰れる感触がして、その後に甘さ控えめのカスタードクリームがとろけた。

「じゃあ、このシュークリームも思い込めば甘くも辛くもなるんですか?」
「難しいな。プログラム側が『甘味』として設定した物だから、自分の思い込みだけで辛くするのは難しい。が……」

 少し考えたブラパはシュークリームの箱の上に手を翳し、中身を隠して俺に視線を向ける。

「今、ちょいと細工して中身にワサビ入りのを追加した」
「え」
「……って言った後、俺がニヤニヤ見つめる前でお前がまた一つ選んで食べれば、もしかしたらワサビ味になるかもしれねぇ。そこはお前の『思い込み』がどれだけ強いかにかかってくるが」

 シュークリームを一つ口に放り込んだブラパは、数度噛んでみて顔を顰めて「辛いのと甘いのが混じって不味い」と肩を竦めた。
 おそるおそる俺も二個目を摘んで、辛い辛い辛い、と念じながら少し齧る。……甘い。

「ブラパは出来る、と」
「俺がこれ教えてもらったのは他の世界ワールドでPVPやってた頃だから……もう10年以上か。それでも完全にプログラムに打ち勝つのは結構無理くりって感じ」

 すぐに出来るとは思ってねぇよ、と言うブラパは、しかし今度は横に置いてあったジュースの缶をぽんと上に高く投げた。
 あ、と思いつつ天井近くで斜めになって落ちてくる缶を目で追って、そこで消えて目を見張る。

「亀ー、こっちこっち」
「え、……え!?」

 確かに天井付近で忽然と消えた缶が、しかし隣のブラパに名を呼ばれて見れば彼の手の中にあった。
 2人とも座布団に座っている。ブラパは胡座をかいている。
 天井を見る。缶が消えた場所まで目視で1.5メートルはある。
 座ったまま手が届く距離ではない。
 なのにどうして缶はブラパの手の中にあるのか。
 考えるも思考が常識的な道筋を付けられず、真っ白の中にクエスチョンマークを飛ばすだけになった俺の前で、ブラパはとても分かりやすいネタバラシをしてくれた。
 ……伸ばしたのだ。身体を。

「ひッ……」

 にゅいーっと缶を持ったままブラパが伸びていく。
 指、手首、肘、肩、胴体、腰。
 端から関節毎に少しずつ伸びていく人体は怖気の湧くグロテクスな光景としか言いようがなく、思わず飛びすさってブラパから距離をとると彼は満足げにニィと笑った。
 そして瞬きも出来ないでいる俺の前で、また魔法のように元通りの体に戻る。

「現実の体がこれを出来ないのは、そこに痛みとか後遺症を考えるからだ。脳みそが出来ないと判断してるわけじゃない。肉体からだの方が脳みそをセーブしてんだ。けど、ここはVRだ。肉体のハンデは無ぇ。脳みそを100%使えば、アバターのすべてを使い切れる。……筈なんだ」

 分かるか? と俺の理解が進んだかを問いかけながらブラパは缶をテーブルに置いて、今度は肘や肩をおよそ人体の稼働範囲から外れた位置に曲げて見せてくる。

「まっ、……待って下さい。ちょっと、あの、とりあえずそれめてもらってもいいですか」

 驚くのも痛いのも嫌いな俺が、グロだけ大丈夫なんてことはない。
 見ているだけでこっちまで痛くなってくるブラパの腕を半泣きで撫でると、彼はぐっと何かを堪えるように目を逸らしてからグリンと体の変形を直した。

「別に痛かねーぞ?」
「俺が痛くなりそうなんです」
「お前は見てるだけだろが」
「見てるだけで痛いってあるでしょう?」

 ブラパが正常な人体に戻ったのを見てやっと安心して、乱れた座布団の位置を直してブラパの隣に戻る。

「今のは一例として、さっきの話に戻すぞ。つまり、足が速くなったと思ったのは、プレイヤーの脳みそが『足が長くなったんだから速くなるのが当然』だと思い込んだからだ」

 ピザの一切れを鋭角な方からくるくると丸めて一口に飲み込むのを見て、そんな食べ方をする人初めて見た、とさっきまでとは別の意味で驚いたのだけれど、ろくろっ腕が衝撃的過ぎてもう突っ込む気も起きない。

「実際、そういう小せぇ思い込みみたいなのは結構頻繁に起きてる。けど誰も違和感を持たねぇ。それがだ。俺がやってんのは、そういうのの積み重ねみたいなもん。現実の肉体じゃ無理な動きも、VRここアバターからだに慣れさせて脳みそに『出来る』って解禁させていくんだよ」
「…………つまり、俺にさせようとしたあの奇襲ばっかりの練習も、それに関連すると……?」

 喋りながらカツサンドを食べる気になれず、ポテチに指を伸ばしてパリパリと噛んだ。
 俺が食べるとブラパは嬉しそうに目を細めて、それから我が意を得たりとばかり大きく頷く。

「そうだ。奇襲が奇襲になるのは、それが予想外だからだ。敵がどこからどんな風に現れるか、現れてからどんな攻撃をしてくるか、それが分かってれば奇襲になり得ない」
「理屈は分かりますけど……」

 そう、理屈はまあ、分かった。
 分かったけれど、出来るか、といえば、無理な人がほとんどだろうな、と思う。
 現実で足や視力を失くした人が、VR世界で再び取り戻したという話はよく聞く。
 けれどそれはどれも、後天的に限ってのもの。
 元から足の無い状態で産まれてきた人はVR内でもロボットや騎乗ペット等の乗り物を使っているように、『脳内の記憶・記録に無い動作や感覚』をプログラムで植え付けるのは困難だとされている。
 つまり、関節を外したり、皮膚が引き千切れそうな限界まで伸ばしたり、なんて普通の神経じゃ出来っこない。
 見ているだけで怖がる俺じゃ到底ブラパの域まで到達は出来ないだろうし、彼もそこまでは望んでいないんだろう。
 奇襲されない為に、全ての奇襲を予測して対処出来るようになっておく。
 ブラパが俺にさせたいのはつまりきっと、そういう事だ。
 けれど……。

「それって結局、経験に勝るもの無し、って話ですよね?」

 数をこなして覚えればいいだけならば、『思い込み』云々うんぬんの説明の意図はどこにあったのだろう。
 ブラパの真似をして、ピザの一切れを端から丸めて齧ってみる。
 ……うん、ピザ。特に味が変わったりはしない。
 小首を傾げると、ブラパは俺の唇の横を親指でぐっと拭って、そこに付いていたらしいピザソースを舐めた。

「片手で食っても具が落ちねぇから便利でやってる、現実のクセだ。VRこっちじゃ意味ねぇ。……昨日の練習は確かに奇襲慣れさせる為だけだった。今日以降やろうとしたのは、それに加えて、咄嗟のエイムの向上──お前、目ぇ良いだろ。気味悪ぃぐらい」

 気味が悪いと言われてムッとすると、ブラパは少し笑って機嫌を取るように軽く肩を叩いてくる。

「褒めてんだよ。お前の目の良さは良い意味で常軌を逸してる。銃持つのも初めてのお前が初っ端から普通じゃ有り得ねぇレベルで当てられたのは、その目があるからだ」

 隣から少し寄ってくるように目を覗き込まれ、咄嗟に逸らした。
 赤い瞳が脳裏に残って、瞬きしても瞼に映る。

「レティクルとプレイヤーが重なったら撃てば当たる。お前は最初からその思い込みを信じきってた。だから当たって、外れないことに疑問も抱かなかった。現実でも目が良いな?」
「……まあ、そこそこ」
「なのにレティクルの出ない銃はちっとも当たらねぇ。って事は、現実でも同じだ。動体視力は良いのに、目と手の協応が悪いから目で見た所に体を持っていけない。球の小さい球技苦手だろ」
「……です」
「逆に、球の大きい、バスケとかサッカーは結構ボールに絡んでいけるよな。ボールを見失わねぇし、どこに動くかの予測も出来るし。けどそれだけだ。体が鈍臭ぇから敵からしたら鬱陶しいけど点が取れるほど活躍は出来ねぇ」

 ブラパの予想はどれもこれも見てきたように的確で、小中高と学校で過ごしてきた体育の授業中の俺そのものだ。
 苦々しい口を甘い物で口直ししようとシュークリームに手を伸ばした俺の前に、ブラパが先手を打ったように切り分けた苺ムースのタルトを滑らせてくる。

「目で見た物を瞬間的に覚えられるから成績は良い。けど記憶力に自信が無さそうな素振りがある。ってことは勉強は常に一夜漬けで、定期テストは高得点なのに範囲の広い受験には苦労したタイプ」
「そ、そんなのはどうでも良くないですか!?」

 勉強についてまで言及され、それがまたピッタリ正解されてしまったものだから思わず吠えた俺の口元に、フォークで掬ったタルトが差し出された。

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