賞味期限が切れようが、サ終が発表されようが

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19 予想の外からくるという意味で、それもまた奇襲か

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 数秒のロードを挟んで目を開けた先に見えたのは、やはり昨日と同じ景色だった。
 コロシアム専用マップ『弐』。
 全部で7種あるコロシアムマップのうち、一番苦手なマップだ。
 なにせ全域が屋内で狙撃ポイントが極端に少ない。
 だからといって近接が圧倒的有利かというとそうでもないのは、建物が入り組み過ぎている所為だろう。
 九龍城砦がモデルの何十層にもなった高層建築で、けれど一般居住区らしく一部屋一部屋がとにかく狭い。
 ナイフを投げてもよほどエイムが良くなければプレイヤーではなく家具に当たるし、手榴弾を投げるなら自爆覚悟。
 ただ、重銃火器ならワンチャン床や壁を貫通してプレイヤーを倒すことも可能というクソ仕様だ。
 すべてにおいて運要素が大きく、プレイヤーから嫌われているマップNo.1といっても過言ではない。
 そんなこのマップは、俺にとってもうトラウマ的存在になりつつある。

 昨日の試合は結局、俺とブラパ以外のプレイヤーが全員プレイアウトしたところで終わってしまった。
 そりゃそうだ、ゲーム設定からすれば味方同士なんだから。
 しかしそれでブラパが許してくれる筈もなく、試合終了と同時に自動転送された待機ルームに数秒もいないうちにここへ引きずり込まれた。
 そして何をされたかといえば──奇襲、奇襲、奇襲からの奇襲。
 ドアや窓なんかのからならまだ良い。
 ベッドの下、天井裏、通風口、果てはどうやってそのサイズに収まっていたんだとキレたくなるような小さなゴミ箱の中から、単純に真上や真後ろまで。
 視界と意識の外から襲われ続け、驚き過ぎて現実リアルの俺の身体が負荷に耐えきれず心停止したらどうしようと思うほどだった。
 事前にインしていられる限界は19時までと言っていたおかげでなんとか18時55分には解放されたのだけど、4時間以上不意打ちに晒され続けた弊害か現実に戻ってからも見慣れた景色のあちこちからブラパが飛び出してくるんじゃないかと怯えながら帰る羽目になった。
 すっかり疲弊して風呂も食事も放棄して寝入れば夢にまでブラパが出てきて襲われて、もう散々だ。

「ブラパ……ッ、もう、昨日みたいなのは、勘弁して下さい……っ」

 心臓がいくつあっても足りない、とひっついた格好で連れて来られたのをいいことに涙目で頼む。
 鹿花さん製の綺麗な顔のアバター効果でどうにかお情けが貰えないかと打算するのに、ブラパは腰に縋る俺を見下ろして鼻でひと笑いすると軽く膝で蹴るように離れろと示してきた。

「昨日と状況が変わってんだぞ。昨日と同じなワケねぇだろうが」
「……! じゃあ、」
「だいぶ手加減してやったからな。今日からはもっと本腰入れてやってくぞ」
「や、……嫌です無理です死にます!」

 ぬか喜びさせられた悲痛に俺が叫ぶのを、ブラパは耳に指を突っ込んで「うるっせぇな」の一言で片付ける。

「今日は武器全種使う。昨日みてぇに寸止めしてやんねぇから全力で避けろよ。ここじゃプレイアウトしねえから、普通に痛ぇぞ」

 分かったな? と訊かれ、床に座り込みながら抱えた頭を横に振った。
 無理、本当に無理。
 寸止めで痛みの無かった昨日ですら怖くて嫌だったのに、今日は当たれば痛いなんて、絶対に無理。

「じゃあ俺は隠れっから、30秒したら……」

 拒否しているのに無視して始めようと視線を逸らしたブラパの隙をついて、マイルームへのローディングドアを出す。
 が、ノブを握った所でブラパの手が伸びてきて腕を掴まれた。

「おい。いつまでも手間掛けさせんじゃ」
「ボイス操作オン、『マイルームへ移動』!」

 モーション操作と違って、ボイス操作は正しく発音出来れば即時発動する。
 フッと眼前の全ての光景が消え、瞬きする間に俺は見慣れたマイルームに移動出来ていた。
 ドカドカ鳴る心臓を押さえ、その場にへたり込む。
 なんとかコロシアムがプレイ出来ているのは、他のゲームモードと違ってほとんど一発一死で痛くないから、というのもある。
 俺のような芋砂は逃したらリスクが大きすぎるから、どんなにヘイトを買っていてもわざわざナイフでちまちま削りに来るようなプレイヤーは滅多にいない。
 これまでのソロコロなら見つかったら即プレイアウトも同然で、だから昨日みたいに奇襲に驚き続けるなんて経験もしてこなかった。
 慣れてもおらず恐怖ばかり感じるような練習をプレイアウト無しでやるぞと言われて、どうしてハイヤリマスなんて言うと思うんだ、ブラパは。
 もう今日はログアウトしてしまおうかとサブモニターを開こうとすると、ボイス通信の着信が鳴った。
 発信者は……『BUCK LAPINブラパ』だ。
 『拒否』のボタンを押して着信を切る。
 が、3秒もしないうちにまた鳴りだした。
 また切る。
 かかってくる。
 切る。
 かかってくる。
 ……しつこい。
 ログアウトボタンの上に指を置いて、しかし迷った。
 このまま逃げたらきっと、明日インする時に非常に気まずいことになるだろう。
 当然ブラパは怒るし、練習しなかったと聞けば鹿花さんも怒るかもしれない。
 あの練習が欲の虜の基本演習プランだとしたら、使と思われて防衛チームから外されることも考えられる。
 そうなったらもう、このギルドに居る意味がない。

「……」
『悪かった! 謝るから切るなよ!』

 どのみちギルド脱退がルート入りしているなら、長引かせてストレスを抱えるより早い方がいい。
 そう覚悟して通話を開始したのに、真っ先に耳に飛び込んできたのはブラパの謝罪だった。

「な、なんで謝ってるんですか?」
『は? いや、だって……本当に逃げ出すくらい嫌だったんだろ? 悪い、どうしても俺はこう、嫌がってるツラ見るともっと虐めたくなっちまって……。もう強要したりしねーから、許してくれねぇか』
「……」

 ええぇ……。
 狼狽うろたえたような声で謝るブラパが意外過ぎて、一瞬思考が止まる。

『悪かった。謝る。もう無理やりやらせたりしねぇから』
「本当に……? 本当に、昨日みたいな練習しなくていいんですか……?」

 殊勝に謝るブラパというのがこれまで見てきたブラパの姿と結び付かず罠かと警戒して訊くのに、ブラパはしょぼくれた様子が目に浮かぶような沈んだ声で『嫌ならしなくていい』と答えた。

「えっと……あの、……別の練習だったらやるので……」
『分かった。怖い思いさせて、本当にすまん』

 あまりに反省しきったしおらしい様子に困惑しつつ、しかし二度目に会った日もそういえば虐めたいけれど我慢する、というような事を言っていたのを思い出した。
 ……ブラパは、あれか。
 ドSってやつなのか。
 俺が嫌がれば嫌がるほど彼を盛り上がらせてしまって、俺が目の前から逃げ出してやっと正気に戻ったんだろうか。
 ある意味で俺の態度も悪かったのかもしれない。
 ギルドルームで周りに命乞いする俺の姿に「勃っちまう」などとのたまっていた時点でおかしな性癖に気付くべきだったのだ。
 『ブラパに対して怯えたり泣いたりしない』と心のメモに太字で書き込んだ。

「あの、それじゃあギルドルームに戻るので、一旦通話は切っても……」
『あ~……なあ。俺がお前の部屋行くのは駄目か?』
「え? 俺の部屋ですか?」
『謝罪がてら、なんか美味い物出すし。今日は座学ってことで』
「座学」
『お前に強要しようとした練習も、無意味にキツいことさせようとした訳でもねえし……ちょっと言い訳っつうか、その、弁解させて欲しいっつーか……』

 ごにょごにょ言ったブラパは、けれど最後だけ『もう絶対、強要はしねえから』と強めに付け加えた。
 そこに反省を感じ取れたので、サブモニターからブラパに向けてマイルームへの招待コードを送った。
 フィールドでのボイス通信機能はコロシアム内と違って一定範囲内にプレイヤー同士が入ると勝手に切断されるようになっている。
 プチ、とボイス通信が切れる音と同時に俺の前にブラパがロードされてきて、目を開けて俺を見た彼はすぐに頭を下げてきた。

「悪かった」
「あ、いや、あの、もういいので」
 
 そこまで平身低頭謝られるほどのことでもない、とそれを止めると、ブラパは眉をハの字にしながら自身の懐に手を突っ込んだ。

「とりあえずこれ」

 と言って手渡されたのは、またあの炭酸ジュースの缶だった。

「あと、これと、これと、これと……」

 出てきたのは料理や菓子の類。
 ピザにケーキ、鰻丼にサンドイッチ、ポテトチップスから豚の丸焼きまで、次々出してくるブラパに目を丸くしていると、彼は俺がまだ不服だと勘違いしたのか「もっと甘いのも出すか?」なんて窺ってくる。

「いやいや、食べきれませんから。ちょっとでいいです、ちょっとで」
「どれが好きだ?」
「えぇ、えっと……じゃあコレとコレで……」

 俺がシュークリームとカツサンドを選ぶと、ブラパはしかし納得いかないような表情でマグロとサーモンとイクラが山盛りになった丼を俺の方に押してくる。

「これも食え。美味いから」
「そんなに食べられないですって。出してると賞味時間減っちゃうから早く仕舞って下さい」
「美味いのに」
「俺は魚は生より焼いたのが好きなんです」

 少し嘘だ。どっちも同じくらい好き。
 だけれど、その豪勢な海鮮丼が公式でいくらで売られているか知らないわけではない。
 現実の海鮮丼と同じくらい値の張る物をホイホイあげてしまえるブラパの金銭感覚が心配になってしまう。

「ホッケ定食もあるぞ?」
「要らないですってば」

 また新たな料理を出そうとするブラパを「いい加減にして下さい」と睨むと、彼は一瞬驚いたように目を見開いて、それからシュンと項垂うなだれてしぶしぶ料理を懐に戻しだした。

「なあ」
「要らないですよ」
「……その2つだけで、本当に許してくれんの?」

 自分以外のプレイヤーを招くことを想定していなかった俺の部屋はベッドしか置いておらず、このままだとあまりに殺風景で居辛いだろうと適当に以前練習で作ったカーペットやローテーブル、それから座布団を出してブラパに渡す。

「ジュースも入れて3つです。十分ですよ」

 出されたままの料理は俺の選んだ物だけではなく、まだポテトチップスやピザ、タルトも残されていた。
 けれどまあ、俺だけが食べるのも変だし、ブラパが食べればいいだろう。
 床からローテーブルに載せていくとブラパもそれを手伝って、それからおもむろに俺の隣に座布団を置いた。
 座っていいかと訊くみたいに目で窺われて調子が狂う。

「ブラパ……。もういいですってば。ブラパが偉そうじゃないの変です。対応に困ります。やめて下さい」

 ドSのブラパに対してオロつくのは悪手だと学習したので、出来る限り堂々と言ってみた。
 ブラパはきゅっと眉間に皺を寄せ、それから大きくため息を吐いて項垂れる。

「分かった。……座っていいか?」
「どうぞ」

 勧めると同時に俺も自分の置いた座布団に腰を下ろし、しかしブラパは足で座布団の位置を変えたかと思うと俺の後ろに座ってそこから抱え込むように手足を回してきた。

「あの……」
「嫌われたかと思った」

 ぎゅう、と抱き込まれて、耳元で囁かれたか細い声にうっかりときめいてしまう所だった。

「べ、別に、俺に嫌われたところで……」
「まだヤッてもねぇのにのがしたくねーじゃん」
「……」

 性欲が理由かよ。
 
「離れて下さい」
「いででで」

 俺の胸の前で組まれていたブラパの手の甲の皮を爪で思いきり抓ってやれば、彼は渋々俺を離して隣に座り直してくる。

「出来れば対面がいいんですが」

 少し動けば肩が当たりそうな隣に人が居るのは落ち着かない。
 テーブルを挟んで反対側へ行って貰えないかと促したが、ブラパは首を振ってそれを拒んで、彼のサブモニターを視線の高さくらいに出してきた。

「色々絵とか図とか書きながら説明したいから、対面そっちよりここのが都合良い」
「……分かりました」

 ブラパが描く絵はまったく参考にならなそうだけれど。炭酸ジュースのプルトップを開け、飲み込んだ。


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