賞味期限が切れようが、サ終が発表されようが

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17 説教と竜

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「ね、これ見てよ、面白いと思わなぁい?」
「「……」」
「『西城サイド保持ギルド『欲の虜』、野良チムコロに2人チームで参戦して仲間割れ!』ですってぇ」
「「……」」

 ギルドルーム・第一応接間。
 ログインしてマイルームから出たら飛ばされるギルドルームのメイン広場は、平日午後の今日も十数人のプレイヤーが居た。どころか、ひっきりなしにインアウトでギルメンが入れ替わっている。
 そんな目立つ場所のど真ん中で正座で座らされた俺とブラパの前に、世界ワールド内掲示板を映したサブモニターを鹿花さんが置いた。
 太字で大きく書かれたタイトルの下、ゲーム中の戦闘模様がハイライト編集された動画が貼り付けてあった。
 まずドアップで映ったのは俺。俺がブラパを狙った弾が、ブラパに避けられて彼と交戦中だった他プレイヤーに当たってプレイアウト。
 うん、後半のこれ、惜しかったよな。このプレイヤーがもうちょっとブラパの意識を持っていってくれていれば貫通してたのに。
 じっと見つめて悔しさに閉口していると、隣で面倒そうに胡座で聞いていたブラパが「惜しくねぇから」と俺の心を読んだみたいに頬を抓ってくる。

「どこの大馬鹿野郎共かしらねぇ、こんな事するの。お兄さん、ホント困っちゃう。しかもねぇ、始末の悪いことに、仲間割れしながら他の交戦中のエリアも荒らしまくって、最終的に1位持ってったらしくてね? ギルドメッセージに一昨日からクレームが届きまくってるのよねえ~~~」
「……お、一昨日からなら、昨日のはあまり関係ないのでは」

 俺は強制正座なのにブラパは胡座で許される不公平が納得いかず控えめに反論すると、嫌味ったらしく困った表情を浮かべていた鹿花さんの顔が般若に変わる。

「お黙り! 一昨日はアンタがバズーカでビル壊したのよ! もう忘れたの!?」

 驚いてひゃっと飛び上がると、横のブラパが噴き出してくっくと笑い出す。

「ブラパ! 何笑ってんのよ!」
「いや~、お前をキレさせる亀ってやっぱ逸材だったわと思ってよ。拾って良かったろ?」
「アタシはダレてるギルメンを奮起させるような起爆剤が欲しいって言ってたの! 爆発物じゃなくてねぇ!」

 爆発物、と言いながら俺を指差されて目を丸くした。
 ブラパは俺の表情の変化を見てまた大きく笑って、それから抓りっぱなしだった頬をやっと離すと今度は俺の肩に腕を回してくる。

「いーじゃねぇか。惰性でやってる奴らの目も覚めたんじゃねえか? 俺の椅子が危ねぇ、ってよ」

 胸に抱き寄せるみたいにされて正座のままの上半身がかしいで、倒れそうなバランスの体重を全部ブラパが受け止めてわしわしと頭を撫でてくる。
 そぅっと間近のブラパの顔を見上げると、鹿花さんに向けて笑っていた目が俺を見て、満足そうに弧を描いた。

「俺に追われて、反撃する余裕がある奴なんて最近居なかったろ? PVPの素質があった奴はみんなそっち系の別世界行っちまったし……。コイツの『目的』が果たせたら、攻撃チームの編成変えも必要になるんじゃねえか?」

 前半は愚痴るように、後半は周りに聞かせるように声を大きくして言うブラパに、鹿花さんは怒りの色を収め、呆れたように肩を落とす。

「……まあ、不本意だけれど。アタシ達の予想を超えるくらいじゃないと、DragOnさんの不意なんて突けないでしょうし……」
「それは難しいだろうね」

 急に割り入ってきた4人目の声に、驚いて3人でギルドルームの出入口、出現スポーン位置を見た。
 そこには笑顔で手を振る男が立っていた。
 燃える炎のように真っ赤とオレンジと黄色が入り混じったうねる長い髪に、瞳孔が一際輝く金色の瞳。緑みの強い迷彩服は身体に張り付くような細身のもので、不気味なほどの痩身を殊更に強調していた。
 名は体を表すというが、その人の場合、体が饒舌に名を表している。

「ドラさん!」
「DragOnさん!」

 鹿花さんとブラパの声が被った。どちらの声にも驚きはあるが敵意が全く無いことにひとり驚く。
 お説教を静観していたギルメン達もやおらざわついて、けれどDragOnさんに直接話し掛ける勇気がある人はいないようだ。やや遠巻きにしながら、急に現れた有名プレイヤーに興奮を隠しきれない様子で小さな塊を作って部屋のあちこちでDragOnさんに熱視線を送っている。

「やっほ。面白い新人さんが入ったって聞いたから、様子見に来ちゃった」

 インパクトのある外見とは裏腹に、DragOnさんは穏やかな話し方をする人だった。
 反射的みたいに立ち上がったブラパと鹿花さんの2人に座ったままの俺は陰になって見えにくいだろうに、隙間から俺と目を合わせてにこりと優しげに笑いかけてくる。

「見たよ、一昨日のビル爆破の動画。羨ましいな。俺もずっとやりたいと思ってたのに先越されちゃった」
「え……っと……」

 手の届かない天上人のような存在に『羨ましい』と言われ、どういう意味か図りかねてブラパに救援の視線を向けた。
 会ったばかりの人の性格は分からない。敵意が無さそうに遠回しの嫌味を言ってくる人だっている。
 言葉通り素直に受け止めていいのか悪いのかを教えてほしかったのに、ブラパは俺の視線なんて無視するみたいに背中を向けたまま「それより」とDragOnさんに話し掛けた。

「来るなら来るって言って下さいよ。色々用意したのに」
「えー、気軽にいつでも来て、って招待コードくれたのはラパンじゃない」
「本当に来てくれたのなんてこれが初めてじゃないですか」

 ブラパが敬語を使うことにどうしてかショックを受けつつ、無返答は失礼なんじゃないかと鹿花さんを窺うと一瞬目が合って、けれど一つウインクした彼はブラパと寄り添うように体を密着させて完全に俺の姿をDragOnさんから隠してしまった。

「うふふ、一昨日のアレが誰の功績か、ドラさんなら分かってくれるわよねぇ?」
「もちろんだよ、鹿花。あれは君が守っていたからこそ出来たことだ」
「アタシが抜ける時に引き留めなかったこと、後悔してくれる?」
「残念だと思っているよ。鹿花もラパンも大事なギルメンだったからね」

 3人の会話は一見和やかで、けれどブラパは何故か焦ったように後ろ手で俺に向けてシッシッと追いやるような仕草をしてくる。旧知の仲だけで話したいから席を外せということだろうか。
 DragOnさんの話をそのまま受け取るなら俺が目当てだろうに、その俺が返事一つしないまま居なくなっていいのかと訝しみながらもマイルームへのローディングドアを開いた。

「あら、嬉しい。ずぅっと中央城フロント奪取しに凸してるから嫌われたかと思ってたんだけ」
「ところで、亀吉くん。君、『欲の虜』にはどれくらい在籍するつもり?」
「「!」」

 鹿花さんの話をぶった切って俺に直接話し掛けられ、壁をしている2人の肩が僅かに跳ねた。

「DragOnさん、ちょっと」
「だってそれを聞きに来たのにどこか行こうとしてるんだもの。ね、半年後までここにいる? それとも目的が果たせたら抜けるつもりなのかな?」

 DragOnさんは慌てる壁の2人を横から迂回するように歩いてきて、ドアを抜けようと立ち上がりかけていた俺を黄金の瞳で覗き込んでくる。

「え、っと……」
「残るよな?」

 正直、ポイントを稼ぎ終えたら自動的に脱退させられると思っていたのだけれど。
 俺が答える前に口を挟んできたブラパの笑顔に圧を感じて、こくこくと小さく頷いた。
 DragOnさんは俺たちのそのやり取りを興味深いものでも見るみたいにじっと観察して、それから「それは良かった」と俺とブラパ、そして鹿花さんの肩を順番に叩いた。

「良かった……?」
「ドラさん、亀ちゃんを引き抜きに来たんじゃないの?」

 呆気に取られたような2人を尻目に、DragOnさんは話は終わったとばかりにローディングドアを出し、ドアノブを掴みながらニカッと悪戯っぽく笑う。

「週末の城戦、公式予定が出てるのは3月末までだろ?」
「え? ああ、そうねぇ確か」
「先月のイベントでフィールドボスが更地にした設定の場所、あそこ、最近木が生えたらしくてね。等間隔に、まるで敷地を囲む街路樹みたいに。……それじゃ、そういうことだから」
「え、DragOnさ」

 またね~、と手を振ってドアをくぐっていくDragOnさんに、ブラパが何か引き留める声を掛けようとするも間に合わない。
 突然来て突然去っていったDragOnさんが居た場所を3人で呆然と見つめて、けれど一番早く復帰したのは鹿花さんだった。

「先月のイベントって、アレよね? ロキ様の召喚したサイクロプスと戦うRAIDレイド

 サブモニターを出して何か検索し始めたらしく、鹿花さんは片手で仮想キーボードを打ちながらもう片手で複数のサブモニターを操作する。

「更地になったのは……、確かA地区の王宮があった場所だったか。通常フィールドの城下町にも被害が出て話題になってたよな」

 名残り惜しそうにDragOnさんの消えた空間を見つめながらも、ブラパも彼の残した言葉について考え始める様子だ。
 が、俺にしてみればDragOnさんの話は何がどう繋がっているのか皆目見当のつかないもので、首を捻るしかない。

「……あった。桜ね、これ」

 どうやら鹿花さんは件の場所に生えたという木の画像を探していたらしい。
 俺とブラパに向けられたサブモニターに映る大きな樹はまだ緑が生い茂っているが、幹の感じは桜で間違いない。

「王宮跡地……桜……」
「王族のNPCたちはオー地区に避難して城を建設中……だったわよね」
「建材集めとか建設手伝いのイベクエも終わって、新年と同時に王宮完成イベントの予定だな」
「だとしたら……」

 話し合っていた2人は途中で何かに気付いたように顔を見合わせて、鹿花さんは嬉しそうに笑顔で、ブラパは眉間に深い皺を寄せて手で顔を覆った。

「お城が出来るんだわ! 通常フィールドに!」


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