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16 チームコロシアム:試合開始
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コロシアムマップへ移動し、目の前でカウントダウンが始まった。
全員がロードを終えた瞬間から動けるようになる。
まず真っ先に自分の現在置をチームメンバーと共有、というのが昨日最初に習ったことだった。
俺が出現したのはどうやらマップの左上のようだ。
建物も木もほとんど無く、すかーっと広い。
地面は土ではなく靴が埋まらない程度の丈の草が生えているから、近くに敵プレイヤーがいても足跡でバレることはないだろう。
「4176の0766。武器はこっちで適当に見繕っておくから、お前はこっち方面にまっすぐ走ってこい」
「途中にアイテム箱2つ3つありますけど、無視でいいんですか?」
「開いてて使いたいヤツがあったなら拾ってもいいが……あー、やっぱ駄目だ。お前が亀砂だって知ってたら、囮にスナ置いて周りに地雷置く」
俺ならそうする、とブラパが言うのと、カウントゼロで体が動くようになるのが同時だった。
今度は青色の数字がカウントダウンを始めた。
言われた通りブラパのスポーン位置を目指して走る。
行く先は300メートルほどで草地が切れ、砂地になりその向こうは廃墟地帯だ。
高層の建物はなく、ほとんど壁や天井が崩れた低層の建物ばかり。
芋るには不向きで、奇襲をかけるには絶好だ。
「砂地廃墟、迂回してもいいですか?」
「まっすぐ来いっつったろ。大丈夫だ、この辺りのランク帯なら見えてねぇ間にマグレ当たり期待して無駄撃ちなんかしねーから」
足音がしたくらいじゃ誰も撃ってこない、と太鼓判を押され、チムコロは色々ソロと違うんだなぁ、と思いながらそのまま廃墟地帯に突入した。
砂地は砂漠よりかは走り易いが、土や草地よりは疲れる。
それでもいつもの亀アバより脚が長いことで移動速度が早いことに気付いた。
利点は武器所持重量だけではなかったらしい。
「こっちは2358にあるスーパー入ってアイテム箱開ける予定。今んとこスナ無し。そっちの現在地は?」
「えっと……0991です。もうすぐ廃墟地区抜けます」
廃墟を抜けると今度は森があって、そのあと小高い丘に登る。
丘を越えれば3358のスーパーはもう目前だ。
透明化が切れるまでのカウントは残り30秒。
森へ入ってしまえば、敵プレイヤーに見つからずブラパと合流出来る可能性はかなり高くなる。
何せ俺は、隠れ潜むのは大得意だし。
廃墟が切れ、開けた砂地に出る。
ここからはもう50メートルも走れば森。
緊張の糸が切れそうになる寸前、視界の端を動くものがあって、本能的に太腿に力を入れてその場から飛んだ。
直後、パパパパ、パパパパ、パパパパ、と消音器付きライフルが近くの砂地を30センチ間隔で抉っていく。
「う、撃ってきたんですけど!」
「止まるなしゃがむな走れ」
「ブラパの嘘つき!」
「可愛いこと言うとまたPKすんぞ」
どうやら撃ってきたプレイヤーは砂地から廃墟に入ろうとしていたらしい。
俺が走って砂が舞ったのを見て撃ってきたようだが、初撃から少しずつ俺と離れた位置を撃っていったので、完全に位置を把握されてはいないと判断してまた転がるように走り出す。
また数度撃ってきたが、そこまで目が良いわけではないのか、今度はてんで俺の位置とは離れた位置を撃ちながら離れていって、そのうち後方で別の大きな銃声が一度すると、ライフルが止んだ。
視界の左上の数字が一個減る。
青いカウントが3を表示したところでなんとか森に駆け込み、そのままの勢いで1まで走って、0と同時に息を止めて木陰に蹲み込んだ。
「おい、止まんな」
「ちょ……っと、息……整えさせて……」
ボイス通信は他のプレイヤーに聞こえないと分かっていても小声になってしまう。
乱れる呼吸を整えながら周囲に敵プレイヤーが居ないか確認し、慎重に再び歩みを進めた。
「……そういえば」
「んー? あ、良いもんみっけ」
「あの時、なんでロックかけてなかったんですか? 初心者が混じるのが嫌なら、最初からチームロックかければ良かったじゃないですか」
「あの時?」
「俺が初めてチムコロに行って……ブラパとマッチした時」
少し先に警戒しながら歩いている背中を見つけ、背を低く保ちながら極力葉擦れの音を立てないよう気を付けつつ徐々に距離をとる。
武器を持っていない今、絶対に見つかってはならない。
いくら森が深くともフルパ相手に追われたら逃げ切れる自信は無いし、追われたままではブラパと合流することも出来なくなる。
神経を尖らせ、少し進んでは周囲を見回した。
「言わなかったか?」
ボイス通信でブラパの声に混じって、大きめの爆発音と銃声が聞こえた。
連射ではなく単発なので拳銃だろうか。
「理由は言われてないです。交戦中ですか?」
「んー。いけそうだから1チーム潰した」
「……は」
左上の数字を見れば、彼の言葉の真偽を裏付けるようにさっきより5減っている。
「え、1人で、固まってた5人を……?」
「固まってるからヤりやすいんだろ」
驚く俺と対照的にブラパは平然と言って、それから「お前はなぁ」とため息が聞こえてくる。
「マッチした時に『初心者です』って言ってたろ。別ゲーとかでもPVP未経験、全部初めてです、って」
「そうですね、確か」
あまり思い出したくないあの初チームコロシアムを思い出し、確かそう待機ルームで事前申告したんだったと頷いた。
「あの時も確か、ギルメンと来てましたよね? こうやってロックかければ良かったじゃないですか」
いちいち入ってきた野良初心者を途中までトレインしてからPKするなんて面倒なことをしなくても。
思い出して理不尽さに唇を尖らしていると、まるで見透かすようにブラパの笑い声が聞こえてくる。
「だぁから、あれはお前が悪いって。完全に初心者ムーブしてっから介護してやってたのに、スナ持たせた途端キル取りまくってたじゃねえか」
「だって、ブラパが言ったんじゃないですか。「スコープのレティクルとプレイヤーが重なったら引き金を引けばいいだけだ」って」
「普通はそんなすぐ当たんねぇんだよ、バカ」
「当たったんですよ」
「当たってたなぁ。組んでた奴ら全員一致で『コイツは初心者のフリして人の善意を無碍にして時間を浪費させるカス野郎』って判断するほどな」
「…………そんなぁ……」
頑張って言われた通りにしたのに、言われた通り出来てしまったのがあのPKの理由だったなんて。
左上の人数表示が刻一刻と減っていく。
変動が無い時は全く無いのに、減る時はごそっと4、5人ずつだから、もう他のチームはとっくに合流して他チームと交戦しているんだろう。
森の中は静かで、銃撃音も人の足音も聞こえてこない。
全体マップを開いて閉じ、数秒してからもう一度開く。
中央から南にかけた地域で地形に変化が多い。
戦闘が激しいのは別エリアに固まっているようだ。
「2358スーパー到着。残ってるアイテム箱開けてくけど、欲しい武器は?」
「それ聞く意味あります? 2005、丘のてっぺんに近いのでそろそろスーパー見えると思います。上からの索敵要りますか?」
「2チームしかいねえから大丈夫ー」
森の延長だった丘も、頂上までいくと木々が途切れ途切れになる。
狙撃には向かないが見通しが良いのでついでに索敵が必要が訊くが、ブラパはこれまた俺の常識とかけ離れた「大丈夫」を返してきた。
「10対1が、大丈夫……ですか」
開けた所に出る前に、一度辺りを見回して、人影が無いと判断してから次の木々まで素早く走る。
来た方向とは逆側になるこちらの斜面はかなり急になっていて、麓にブラパが居るというスーパーがやっと見えた。
「SSSレートっつったって、結局ロキワはガチPVP世界じゃねえしな。たまに異様にエイムが良い奴もいるけど、近接に持ち込めば余裕だし」
日本鯖は体術弱過ぎ、と愚痴るみたいに言うブラパのボイス通信からまた銃声がして、左上の数字が次々減っていく。
「ガチで強い奴はわざわざロキワでコロシアムなんてやっても周り弱過ぎでつまんねーって言うしなぁ。俺は弱い者イジメ大好きだけど」
「……」
「あれ。亀ー? 落ちてんのかー? 「性格悪い」とか「最低!」とか言わねーのー?」
まばらに生えている木々に隠れるように急斜面を滑り降りるのに集中していると、交戦中の筈のブラパが軽口を叩いて絡んでくる。
「ルール内でしょ」
「あん?」
「なんのルール違反もしてないです」
先日ブラパに言われた言葉をそっくりそのまま返すが、ブラパからの返答が急に途絶えた。
何かあったのだろうか、と慌ててそれまでより脚に力を込めて、最後の数メートルを跳ね降りてスーパーの建物横に着地する。
と、近くの丈の長い草陰に捨てられたスナイパーライフルがあるのに気付いた。
スーパーの窓から見つからないよう腰を低くして注意しつつ拾いに行く。
青リンダだ。
『リンダ』という名前のこのスナイパーライフルは、射程の短・中・長に合わせて色が変わる。
それぞれ黄・青・赤だから、この青リンダは中射程──だいたい最大射程800メートルくらいだったかな。
拾い上げて装備し、スーパーの建物の端、開いたままのドアから中を覗った。
電灯のついていない建物の中、昼間だけれど薄暗い廊下の先に人影が見える。
迷彩服を着たすらっと長い背中に、金色の尻尾のような長いポニーテールが揺れていた。
ブラパだ。
しかし、一人ではない。
誰か他のプレイヤーと話をしているようだった。
後ろからそのプレイヤーの首に腕を回した、いわゆる『チョークスリーパー』の状態で。
ブラパは一時的にボイス通信をチームから全体に切り替えているらしい。
ボソボソと何か話している二つの声は聞こえるが、内容までは分からない。
話しかけるべきか待つべきか考えあぐねて、なんとなく手元の銃が目に入って──ブラパの背に向けた。
いや、だって。俺も一回やられたし。
城戦でもないし、やり返しても……いいんじゃないか?
思い付いてしまった悪戯は魅力的過ぎて、ちょっとワクワクしながら、けれど静かに銃を構えた。
射程は近過ぎるくらいだ。
少し暗いけれど、サブモニターに映せば気にならない。
レティクルをブラパの背に重ね、引き金に指を掛けた。
その瞬間、ブラパと話していたプレイヤーがぷくーっと大きく膨らみ、弾けてプレイアウトした。
「……亀」
ボイス通信状態をチームモードに戻して話し掛けてきたブラパの背に向けて、撃った。
ちょっとした悪戯のつもりだった。
プレイアウトした後に待機ルームで怒られるんだろうと思っていた。
…………が。
俺の目の前で、素早く──それはもう、背中が残像だったような速さで──振り向いたブラパは懐から出した短剣で銃弾を切っていた。
その顔に浮かぶのは、憤怒。
「て~めぇ、亀吉ぃぃぃ……誰狙ってやがんだこのクソボケがぁ……!」
「ヒッ」
弾丸を切った短剣がそのままこちらへ投げられる前にドアを盾にして外に飛び出した。
カン!と高い音がする。
逃げないと殺される。
所詮ゲームなのに、本気でそんな気がして転がるように逃げ出した。
「何逃げてんだ! 撃ってきたのはテメエだろうが! 殺る気ならかかってこいや可愛がってやるからよぉ!」
「すっ、スナなので! 俺亀砂なので!!」
「俺相手に隠れられっと思ってんのかド素人がよ~~~~ッ!」
完全にキレさせてしまったのか、咆哮するブラパは鉄のドアを蹴破って外に出てくる。
と同時に、爆発音が、1、2、3、4……え、俺1人相手に何個手榴弾投げるつもりだよ!?
今来たばかりの斜面を駆け登りながら、一瞬だけ振り向く。
木々と草の隙間からでも、太陽を反射する眩いばかりの金髪はよく見えた。
いつもふわふわと意志の無さそうに揺れているだけのウサ耳までもが怒りを表すように二本ともピンと上を向いて立っていて、自分のしでかした愚行に今さら頭を抱えながら、走った。
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