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09 BUCK LAPIN(脱字ではない)
しおりを挟む触れ合う度、少しずつ緊張感が解けていく。
──こんなもんなんだ。
正直なところ、そんな感想が浮かぶ。
セックスといえば、卑猥な言葉を言ったり無遠慮に性器を弄られたり押し付け合ったり、気持ち良くなれれば何でもありの、いつもは押し隠した本性を剥き出しにするような卑猥な行為なんだろうと思っていた。
激しくて身勝手で恥知らずで淫蕩。
望まずも聞き齧ってきたセックス体験はそんなものばかりで、今自分が経験しているものとあまりに違った。
「んっ……」
唇をウサ耳の舌に舐められ、驚いて声が出る。
ウサ耳は宥めるように一度俺の頬を撫で、その手を首の後ろへ滑り込ませてきた。
頸が下から押されると顎が上がって、自然と薄く唇が開く。
また舌が入れられるのか、とビクついた俺に、けれどウサ耳はまた下唇をぺろりと舐めてきただけだった。
ぺろ、ぺろ、ぺろ、と悪戯みたいに短く何度も舐められ、くすぐったさに震えて笑いが漏れる。
「ふふっ、……あ、ごめんなさ」
「は? いーんだよ、それで。我慢すんなっつったろ」
セックス中に笑うなんて失礼かな、と慌てて謝ると、それが逆に失礼だったらしく背中を抓られて痛みに顔を顰めた。
「痛いです」
かなり細身の体なのか、薄皮一枚を引っ張るように抓られるとジンジンと痛みが尾を引いた。
ウサ耳は僅かに口元を歪めるとすぐに詫びるように背中を撫でてきて、温かで広い掌の感触にふうと息を吐く。
また唇が降ってきて、柔らかく押し付けられ、ゆっくりと舐められる。
唇の隙間を埋めるように舐めていたウサ耳の舌は少しずつ中に入ってきて、唇の内側から次第に俺の舌先まで到達した。
先同士が触れる感覚はまだ慣れなくて、少し震える。
今度は逃げずに我慢していると首の後ろにあったウサ耳の手に褒めるみたいに首筋を撫でられ、ぞくっとした快感が駆けて声が出た。
明確に気持ち良さから出た嬌声はけれどウサ耳の舌で掬われ彼の喉に飲み込まれる。
変な声が聞かれなくて良かった、と安堵した瞬間、舌の表面をべろりと深く舐められて内心でギャーッと飛び上がった。
「ん、んん、んー、んんん~~っ……!」
舌同士を擦り付けるようにべろべろ舐められたかと思えば、舌裏に回ってきたり上顎を舐められたり、めまぐるしく位置を変えて絡まれて急に忙しない。
驚いて逃げようにも首裏をがっちり掴まれて上から覆い被さられているので僅かな隙間を作ることすら許されず、流れ込んできた唾液で息が出来なくなって目を白黒させる。
「……っひ……なん、なんですかっ、急に……!」
「くく、……くくく……っ」
ウサ耳の脇腹あたりをバシバシ叩くとやっと離れてくれて、溺死を免れた俺が非難するもウサ耳は俺の顔の横でベッドのシーツに顔を埋め身を震わせて笑い出した。
「ちょ、なんで笑ってるんです!? あ、さっきの仕返しですか? やっぱり笑ったのダメだったんですか!?」
嫌なら嫌って言って下さいよ、と俺がぶつぶつ言うと、ウサ耳は上半身を起こして「違う違う」と笑みを残したまま首を横に振る。
「すげぇ無防備だから、揶揄いたくなっただけ」
「無防備?」
身体接触が当然の最中に警戒しろという方が無理じゃないか?
言わんとするところを理解出来ず首を傾げると、ウサ耳の目が細められ鼻の頭に皺が寄ったひどく胡散臭い笑みの形を作った。
「やー、なんつぅか……。反応が可愛すぎて、フツーにしてっとちょっと本気で虐めてやりたくなっちまうから……」
「……!!」
合わせた目の奥にどろりと澱んだ熱が見えた気がして、本能的に身が竦む。
逃げ場を探した俺の視線の動きを見て察したのかウサ耳はまたクッと笑って、けれど俺の上から退いてこちらに背を向けるようにベッドの縁へ腰掛けた。
そして胸ポケットから煙草を出し、吸い始める。
……えっと? これで終わり……なのか?
まだキスしかされてないよな、と俺が戸惑っていると、それが伝わったのかウサ耳が煙草を持っていない方の手を俺に差し出してきて、それを掴むとひょいと半身を起こされた。
「キスも初めてのお子様にこれ以上すんのは酷ってもんだろ。今日は終いだ、終い」
本当に終わりらしい。
ウサ耳がトントン、と指で煙草を叩くと細かい灰が落ちた。
が、宙空で消えていく。
凝ったアニメーションに一瞬見惚れ、しかしハッとしてウサ耳へ視線を向けた。
また怒らせたくはない。
「お前、ほんとーに分かりやすいね」
ウサ耳はお見通しとばかりに口角を上げながら煙草を吸い、煙を吐きながら片手で俺の頭を雑に撫でた。
「コロシアム、やり始めてから何ヶ月だ?」
「え、……実装初日からなので、半年くらいだと思います」
急に話題が変わり不思議がりつつも、素直に答える。
コロシアム自体にはまったく興味が無かったが、高ポイント報酬の中に一つだけゴミが混じっていると話題になっているのを聞いたのが実装初日だった。
「対人戦の経験は? 他ワールドとか他ゲーも含めて」
「無いです。ずっとクリエイトとかファーミングを楽しんでいたので……」
「モンスター相手は?」
「素材集めるための雑魚狩りくらいなら……。『ステータス設定:開示』」
ステータス設定をウサ耳に見えるように設定して表示すると、彼は煙草を吸いながら目を通し始めた。
俺の冒険レベルは30とほぼ初心者から育っていない。
モンスター相手の戦闘を好む人ならワールド登録から一週間で超えてしまえるくらいのレベルだから、どれだけ戦闘系のゲームモードに関与してこなかったかは明白だろう。
対して、生活レベルは957とそこそこ高めだ。
カンストが999だからランカーにはほど遠いけれど、レベル解禁の生産アイテムは全て作れるので開示状態にしておくとひっきりなしに生産依頼が飛んできて困る。
なので普段は非開示だ。
非開示でも名前と冒険レベルは見えるから、周りからはワールド初心者に見えるかもしれない。
「……なのに、ソロコロランクは7位ね。そりゃあ別ゲーの玄人疑われるだろ、って話だな」
ウサ耳が皮肉げに呟くのを聞いて肩を竦めた。
言われてみれば、そうなのか。
プレイスタイルやゲームモードに合わせてワールドを変えるのはよくあることらしいし、それを踏まえて俺のステータスを見た人には対人戦慣れした人がコロシアムを目当てにワールド移住してきたように見えるのかも。
下手に生産レベルを隠したのが悪いのか、しかし俺がコロシアム実装以前からモデリング職人としてプレイしていたのを知っている人は少なくないはずなのだけど……。
「中身がどこで何やってきたかなんざ、分かるわけねぇだろ」
納得いかない、というのが表情に出てしまっていたのか、ウサ耳は俺の顔を見て呆れたように短くなった煙草を投げた。
放物線を描いた煙草が床につく前に消えるのを目で追って、それはそうだけど、と何度目になるか分からない相槌を飲み込んで目を伏せる。
「ま、おかげで楽しめるわけだから、俺はお前の悪評に感謝しねぇとな」
よっせ、と掛け声と共に立ち上がったウサ耳の言葉に顔を上げると、彼は待っていたかのように無邪気そうな笑顔を浮かべ、俺の顎を指で掬い上げた。
すりと顎下を指の腹で撫ぜられ、さっきのキスが反芻されて頬が熱を持つ。
が、触れられたのは一瞬だけで、すぐ離れていった指が空で何かのモーションをしたかと思うと、ピロリリッと聞き慣れない通知音が鳴った。
何だろうと表示をタッチすれば、クラッカーが割れる小さな効果音の後、メッセージがポップアップされる。
「『ギルド『欲の虜』へ招待されました!』……?」
予想外のことに思わず声に出して読み上げるのに、ウサ耳は勝手に俺の手を持ち上げて「『加入』押せ」と急かしてくる。
「いや、なんでギルドに」
「ポイント増やしてぇんだろ?」
「そうですけど……。だから、どうして」
「毎週末に城戦あるのは知ってるな? あれに出してやる為だよ。勝ち1戦ごとに30ポイント。城戦の1時間でだいたい5、6戦やるから1週に最低150ポイントは稼げるぞ」
「い、1週に150……!?」
2週で300、4週で600。
うわあ、残り700ポイントちょっとが本当に一ヶ月と少しで稼げてしまう……!
「よろしくお願いします!」
勢い込んで『加入』を押すと、ポップアップメッセージがくるくると回りながら小さくなり、ぽとんと掌の中に沈んだかと思うと開いたままだったステータス画面の『亀吉』という名前の上に赤文字で『欲の虜』というギルド名が追加された。
「ありがとうございます、……」
お礼を言おうとして、いまだウサ耳の名前を知らないことに気付いて固まった。
そろりとウサ耳の表情を窺う。
今さら聞いても失礼ではないか、いやさすがに失礼に決まってる。
気付いた後なら分かるのに、気付く前には気付けない浅慮な自分が嫌になる。
えっと、と続く言葉に詰まっておろついていると、ウサ耳は不審そうな目で俺をしばらく観察した後、「ああ」と納得したように指を振った。
「『BUCK LAPIN』だ。だいたいブラパって呼ばれっから、お前もブラパでいい」
サンとか付けんなよだりぃから、と付け加えたウサ耳──ブラパが投げてきたのは彼のステータスだった。
名前の上に光るギルド名前の横に金の王冠マークが輝いているのを見て、またもや止まる。
「……えっと、ブラパさんは」
「さんは要らねぇ」
「ぶ、ブラパは……」
「ギルマス」
「なんですね……」
「なんですねぇ」
ニヤニヤと愉しげな表情は俺が無知ゆえに驚くことを見越していたと言わんばかりで、さらに反応を欲しがるみたいに長い身を折って俺の顔を覗き込んできた。
「で、だ。新入ギルドメンバーよ」
「え、あ、はい?」
「うちのギルドには特殊ルールがあってな」
「…………はい……?」
加入してから言うのか、と目を剥くと、ブラパはその反応を求めていたとばかりに破顔して俺の頬を下から掴んだかと思うと、両手でむにむにと揉み始める。
「は~、マジでかっわい」
「あの」
「特訓、稽古、レッスン、手助け……呼び方はそれぞれ適当だがな。そんな感じで誰かに『協力』してやったら、その対価として『欲の発散』に付き合ってやる。それがルールだ」
分かったか? と訊かれるが、分かりたくないと首を横に振って拒否した。
欲の発散、って、つまり、その……。
「ポイント貯まるまで、毎週……楽しみだなァ?」
黄金比とも呼べる綺麗な造形の容姿が歪んだ欲塗れの笑みを浮かべるのを間近に仰ぎ見て、やってしまった、と思った。
後悔先に立たず、覆水盆に返らず、後の祭り。
どれだけ悔やんでも、仮想の中でさえ対人関係のロールバックは叶わない。
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