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08 殻の内側から見えたもの

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「……!」

 ひえ、と叫びそうになるのをすんでの所で飲み込み、頭上で笑うウサ耳を凝視する。

「おい、なんだその顔は。分かってて来たんだろ?」

 頭の両脇にウサ耳の腕が置かれ、腰を跨ぐように上に乗られた。
 触れた部分が温かくなり、息が喉の浅いところで詰まる。
 人。
 他人が、自分の上にいる。
 俺の上に跨って笑っている。
 経験したことのない状況に覚悟して来たはずなのに逃げ出したくなり、けれど凍らされてしまったかのように指先一本動かせない。

「好みじゃねーけど、まあ、抱けなくはねぇな」

 極限の緊張で呼吸すら出来なくなっている俺の頬を撫で、ウサ耳がそんな呟きを漏らす。
 俺のアバターより白い色をした高い鼻が近付いてきて、後ろで結ばれた金髪がするりと顔の横に落ちてきた。
 唇に柔らかいものが触れる。
 温かい。柔らかい。
 そして次に、濡れる。
 唇が何かで濡らされた。
 それが舌なのは明らかで、けれど何もかもすべてが初体験の俺は息も忘れたまま硬直しているしか出来ない。
 息をしなくても死なないのが幸いだ。

「……」

 目の前で閉じられていた瞼が開いて、真っ赤な虹彩の瞳とぶつかる。
 不愉快そうに眇められたかと思えば、唇が離れて頬をつねられた。

「おい。ガン見すんな、気持ち悪ぃ」
「ひっ……、す、すいませ……」

 反射的に謝る言葉が出てきて、それで魔法が解けたみたいに息が出来るようになる。
 息が荒くなりそうなのを口元を手で覆って隠し顔をそむけると、耳を引っ張って正面に戻された。

「い、イタタ」
「なーにそっぽ向いてんだよ。こっち向いてろ。マグロしてんじゃねえよ、口ひらけ、舌絡めてこい」
「ひぇ……」

 なすがままにされるだけで精一杯なのに、俺から? しっ、舌をっ!?
 脳がパンクしそうなほど恐怖のようなそうじゃないようなよく分からない感情が昂り、合わさらない奥歯がカチカチなる。

「……なんだお前、そんな泣きそうな面しやがって……」

 体を震わせる俺に気付いたウサ耳は一瞬不快そうに眉を顰め、けれどじっと見つめてから「もしかして」と鼻で笑った。

「童貞か」
「……!」

 キス一度で見抜かれ、情けないやら恥ずかしいやらでまた顔を背けてぎゅっと強く目を閉じた。
 今度は耳を引っ張られることはなく、しかし頬に柔らかい感触が押し付けられて肩が跳ねた。

「一回もねぇの?」
「……」
「こっちでも、現実でも?」
「……」
「まったく? NPCで遊んだこともねぇの?」
「……」

 問うてくる低い声に耳朶を撫でられ、くすぐったいような危うい感覚から逃げたくて肩を竦めて何度も頷く。
 恥入って小さく丸まろうとする俺の二の腕を優しく撫で、けれどウサ耳はクッと喉で笑って「たまんねぇな」と嘲笑った。

「分かった分かった。虐めねぇから。怖がらせたりしねぇから、目ぇ開けてこっち見ろ」

 ウサ耳の声は急にうって変わって優しく、誘われるようにゆるゆると顔を上げると今度は額に口付けられた。
 指で髪を梳くように撫でられ、このアバターの髪は実際の自分の髪より短いようだと知る。
 視界にチラつく毛先は見慣れた黒で、肌の色もウサ耳のような内側から発光しているような真っ白ではなく馴染みのある薄橙系統だから、きっと日本人をベースにした見た目なんだろう。
 白い肌に赤い目、月光のような淡い金色の髪をしたウサ耳は、女神を模したような現実離れした美しい容姿アバターで、しかし甘ったるい地鳴りの如き声を出す。

「何もしなくていい。転がってろ。嫌なら嫌って言って、気持ちいいならもっとってせがめ。それだけ出来りゃ十分だ」

 さっきはマグロでいるなと叱ってきたくせに、今度は真逆のことを言う。
 本当にそれだけでいいのか、と念押しするように目で問うと、ウサ耳は薄目を閉じながらまた唇を合わせてきた。
 触れ、ゆっくりと押し付けられ、軽く噛まれて背筋にゾクゾクとしたものが駆ける。
 唇を舐めてから侵入してきたウサ耳の舌と俺の舌先が触れ、驚きに顔を逃すとまたククッと低く笑われた。

「舌は嫌か?」
「……わ、かり……ません……」

 嫌とか嫌じゃないとか以前に、自分がどう感じているのかが全然分からない。
 ひたすら混乱状態で、だけど一つだけ確実なことがある。

「や、やめて欲しい、とは……思わない、です……」

 分からないけれど、続けてほしい。
 分かるようになるまでやめないでほしい。
 頭の中がぐらぐらと煮立ち始めている。
 目を伏せるとすぐまたウサ耳の顔が迫ってきて、唇が押し付けられた。
 ちゅ、ちゅ、と触れたり離れたりする隙間で音がして、それが恥ずかしくて浮いた背中にウサ耳の手が滑り込んでくる。
 着ている薄い布を捲り上げ、直接背中に触れられて小さく悲鳴みたいな声が出た。
 不愉快にさせるかと恐々ウサ耳の表情を窺ったが、目を合わせた彼は上機嫌そうにまなじりを垂れさせ触れるだけのキスを重ねてくる。

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