8 / 57
08 殻の内側から見えたもの
しおりを挟む「……!」
ひえ、と叫びそうになるのをすんでの所で飲み込み、頭上で笑うウサ耳を凝視する。
「おい、なんだその顔は。分かってて来たんだろ?」
頭の両脇にウサ耳の腕が置かれ、腰を跨ぐように上に乗られた。
触れた部分が温かくなり、息が喉の浅いところで詰まる。
人。
他人が、自分の上にいる。
俺の上に跨って笑っている。
経験したことのない状況に覚悟して来たはずなのに逃げ出したくなり、けれど凍らされてしまったかのように指先一本動かせない。
「好みじゃねーけど、まあ、抱けなくはねぇな」
極限の緊張で呼吸すら出来なくなっている俺の頬を撫で、ウサ耳がそんな呟きを漏らす。
俺のアバターより白い色をした高い鼻が近付いてきて、後ろで結ばれた金髪がするりと顔の横に落ちてきた。
唇に柔らかいものが触れる。
温かい。柔らかい。
そして次に、濡れる。
唇が何かで濡らされた。
それが舌なのは明らかで、けれど何もかもすべてが初体験の俺は息も忘れたまま硬直しているしか出来ない。
息をしなくても死なないのが幸いだ。
「……」
目の前で閉じられていた瞼が開いて、真っ赤な虹彩の瞳とぶつかる。
不愉快そうに眇められたかと思えば、唇が離れて頬をつねられた。
「おい。ガン見すんな、気持ち悪ぃ」
「ひっ……、す、すいませ……」
反射的に謝る言葉が出てきて、それで魔法が解けたみたいに息が出来るようになる。
息が荒くなりそうなのを口元を手で覆って隠し顔を背けると、耳を引っ張って正面に戻された。
「い、イタタ」
「なーにそっぽ向いてんだよ。こっち向いてろ。マグロしてんじゃねえよ、口ひらけ、舌絡めてこい」
「ひぇ……」
なすがままにされるだけで精一杯なのに、俺から? しっ、舌をっ!?
脳がパンクしそうなほど恐怖のようなそうじゃないようなよく分からない感情が昂り、合わさらない奥歯がカチカチなる。
「……なんだお前、そんな泣きそうな面しやがって……」
体を震わせる俺に気付いたウサ耳は一瞬不快そうに眉を顰め、けれどじっと見つめてから「もしかして」と鼻で笑った。
「童貞か」
「……!」
キス一度で見抜かれ、情けないやら恥ずかしいやらでまた顔を背けてぎゅっと強く目を閉じた。
今度は耳を引っ張られることはなく、しかし頬に柔らかい感触が押し付けられて肩が跳ねた。
「一回もねぇの?」
「……」
「こっちでも、現実でも?」
「……」
「まったく? NPCで遊んだこともねぇの?」
「……」
問うてくる低い声に耳朶を撫でられ、くすぐったいような危うい感覚から逃げたくて肩を竦めて何度も頷く。
恥入って小さく丸まろうとする俺の二の腕を優しく撫で、けれどウサ耳はクッと喉で笑って「たまんねぇな」と嘲笑った。
「分かった分かった。虐めねぇから。怖がらせたりしねぇから、目ぇ開けてこっち見ろ」
ウサ耳の声は急にうって変わって優しく、誘われるようにゆるゆると顔を上げると今度は額に口付けられた。
指で髪を梳くように撫でられ、このアバターの髪は実際の自分の髪より短いようだと知る。
視界にチラつく毛先は見慣れた黒で、肌の色もウサ耳のような内側から発光しているような真っ白ではなく馴染みのある薄橙系統だから、きっと日本人をベースにした見た目なんだろう。
白い肌に赤い目、月光のような淡い金色の髪をしたウサ耳は、女神を模したような現実離れした美しい容姿で、しかし甘ったるい地鳴りの如き声を出す。
「何もしなくていい。転がってろ。嫌なら嫌って言って、気持ちいいならもっとってせがめ。それだけ出来りゃ十分だ」
さっきはマグロでいるなと叱ってきたくせに、今度は真逆のことを言う。
本当にそれだけでいいのか、と念押しするように目で問うと、ウサ耳は薄目を閉じながらまた唇を合わせてきた。
触れ、ゆっくりと押し付けられ、軽く噛まれて背筋にゾクゾクとしたものが駆ける。
唇を舐めてから侵入してきたウサ耳の舌と俺の舌先が触れ、驚きに顔を逃すとまたククッと低く笑われた。
「舌は嫌か?」
「……わ、かり……ません……」
嫌とか嫌じゃないとか以前に、自分がどう感じているのかが全然分からない。
ひたすら混乱状態で、だけど一つだけ確実なことがある。
「や、やめて欲しい、とは……思わない、です……」
分からないけれど、続けてほしい。
分かるようになるまでやめないでほしい。
頭の中がぐらぐらと煮立ち始めている。
目を伏せるとすぐまたウサ耳の顔が迫ってきて、唇が押し付けられた。
ちゅ、ちゅ、と触れたり離れたりする隙間で音がして、それが恥ずかしくて浮いた背中にウサ耳の手が滑り込んでくる。
着ている薄い布を捲り上げ、直接背中に触れられて小さく悲鳴みたいな声が出た。
不愉快にさせるかと恐々ウサ耳の表情を窺ったが、目を合わせた彼は上機嫌そうに眦を垂れさせ触れるだけのキスを重ねてくる。
31
お気に入りに追加
84
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
異世界ぼっち暮らし(神様と一緒!!)
藤雪たすく
BL
愛してくれない家族から旅立ち、希望に満ちた一人暮らしが始まるはずが……異世界で一人暮らしが始まった!?
手違いで人の命を巻き込む神様なんて信じません!!俺が信じる神様はこの世にただ一人……俺の推しは神様です!!
総受けルート確定のBLゲーの主人公に転生してしまったんだけど、ここからソロエンドを迎えるにはどうすればいい?
寺一(テライチ)
BL
──妹よ。にいちゃんは、これから五人の男に抱かれるかもしれません。
ユズイはシスコン気味なことを除けばごくふつうの男子高校生。
ある日、熱をだした妹にかわって彼女が予約したゲームを店まで取りにいくことに。
その帰り道、ユズイは階段から足を踏みはずして命を落としてしまう。
そこに現れた女神さまは「あなたはこんなにはやく死ぬはずではなかった、お詫びに好きな条件で転生させてあげます」と言う。
それに「チート転生がしてみたい」と答えるユズイ。
女神さまは喜んで願いを叶えてくれた……ただしBLゲーの世界で。
BLゲーでのチート。それはとにかく攻略対象の好感度がバグレベルで上がっていくということ。
このままではなにもしなくても総受けルートが確定してしまう!
男にモテても仕方ないとユズイはソロエンドを目指すが、チートを望んだ代償は大きくて……!?
溺愛&執着されまくりの学園ラブコメです。
男装の麗人と呼ばれる俺は正真正銘の男なのだが~双子の姉のせいでややこしい事態になっている~
さいはて旅行社
BL
双子の姉が失踪した。
そのせいで、弟である俺が騎士学校を休学して、姉の通っている貴族学校に姉として通うことになってしまった。
姉は男子の制服を着ていたため、服装に違和感はない。
だが、姉は男装の麗人として女子生徒に恐ろしいほど大人気だった。
その女子生徒たちは今、何も知らずに俺を囲んでいる。
女性に囲まれて嬉しい、わけもなく、彼女たちの理想の王子様像を演技しなければならない上に、男性が女子寮の部屋に一歩入っただけでも騒ぎになる貴族学校。
もしこの事実がバレたら退学ぐらいで済むわけがない。。。
周辺国家の情勢がキナ臭くなっていくなかで、俺は双子の姉が戻って来るまで、協力してくれる仲間たちに笑われながらでも、無事にバレずに女子生徒たちの理想の王子様像を演じ切れるのか?
侯爵家の命令でそんなことまでやらないといけない自分を救ってくれるヒロインでもヒーローでも現れるのか?
鈍感モブは俺様主人公に溺愛される?
桃栗
BL
地味なモブがカーストトップに溺愛される、ただそれだけの話。
前作がなかなか進まないので、とりあえずリハビリ的に書きました。
ほんの少しの間お付き合い下さい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる