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07 ウサ耳ルーム
しおりを挟む5秒ほどのロードを挟んだあと、まず見えたのは夕焼けと水平線、そして濃い茶色のフローリングだった。
「おい。亀のまま来んなって言ったろうが」
三人は余裕で寝転がれそうな大きなベッドに腰掛けていたウサ耳が、俺のアバターが変わっていないのを見て眉根を上げる。
ベッドフレームもその周辺に配置されたチェアやローテーブルも籐のような細かい編み地で、フローリングには一枚一枚違ったパターンの木目。
上を見れば木材を組んだわりあい低めの天井裏が見えた。
柱と屋根はあるが壁はベッドの頭側の一面しかなく、生ぬるい風が肌を撫でていく。
家屋のフローリング部分から先はすぐに砂地になっていて、数メートル先は波打ち際だ。
海かと思ったが左右に首を振れば遠くに木々が見えて、大きな湖という設定のようだ、とほとんど聞こえないくらいのボリュームに抑えられた波の音に納得する。
家具も家屋も、どれもこれも完成度が高い。
思わずしゃがんで床に触れると、木目の僅かな凹凸が感じられて思わず唸った。
「え、すっご……絶対高いよこれ……」
「俺の部屋で俺を無視すんな」
木目のパターンを数えていると呆れたような声が掛けられて、それでようやく、自分がどうしてここにいるのかを思い出した。
「あっ、あの」
「ポイント欲しいんだろ。さっさとアバター変えろ」
「それなんですけど、俺、アバターこれっきりしかなくて。ちょっと一回ログアウトしてどこかで無料のデータ拾ってくるので、待っててくれませんか、って言おうと思って……」
再ログイン時にさっきの場所に戻ってこれるかも分からなかったし、ローディングドアが開いているうちに適当なアバターデータを見繕うことが出来るかも微妙だった。
だから一度それを言いに来たんだ、と言うと、ウサ耳は目を丸くして数度瞬きし、
「マジでそれだけ? それ一個?」
と俺を──亀を指差す。
「はい」
「ワールド開始時に作ったやつとか……」
「それがこれです」
予想外、みたいな表情でウサ耳は顎を撫で、「ネットは広大だな」と呟いた。
「あの、なので、ここの招待画面とか送ってもらえませんか」
「ん。……あ、ちょい待て」
モーションでサブモニターにメッセージ画面を出して、けれどウサ耳は何かを思い出したようにもう一つサブモニターを出し自分のアイテムボックスを開く。
他人の家の箪笥の中を覗き見る趣味は無いのでそれとなく顔を俯けていると、ポン、と音がして俺の前に赤いリボンでラッピングされた金色の箱が出現した。
「こないだギルド内でイベントやった時の景品で貰ったんだが、俺は使わねぇから、やる」
「え……いいんですか?」
「良くねぇもんを渡さねぇよ」
ウサ耳は本当に不要と思っているようで「さっさと開けて着直せ」と言ってくるが、箱に触れ、よく見れば包装紙やリボンに同色で細かな刺繍が入っているのに気付き恐ろしくて首を横に振る。
「む、無理です。これ絶対高い物でしょう?」
「高くねぇよ。ゲームの景品だからタダ」
「貴方がいくら払ったのかじゃなくて、これの元値が、です。開けたら消える箱にここまで凝った細工をするものが安いわけないです」
中に入っているのがアバターデータだとするなら、梱包なんて普通はローポリの紙袋程度。
無料データならその包装データすら無いのもザラだ。
こんな物受け取れない、とブンブン首を振るが、ウサ耳は遠慮する俺を鬱陶しそうに睨みつけ、箱を軽く蹴った。
「これ作ったの自体、うちのギルメンなんだよ。凝り性でなんにでも好きでこういうコトするだけで、高いもんじゃねぇ。中身だってそいつが作ったそいつ好みのアバターだ」
市場価値なんかほとんど無ぇよ、と怠そうに説得され、おそるおそる再び箱に触れる。
……ほんとにすごい。
リボンを裏返し、指に感じる刺繍の縫い目が表裏で重複してないのに感嘆する。
これを作るには、モデリングの腕だけじゃなく刺繍についての知識もないと無理だ。
俺なら糸の動きの整合性なんて無視して表裏で同じ模様を貼っちゃう、と内心で独り言ち、もしかしてと思い当たった。
「このルームの家具作ったのも……?」
「ん? ああ、そいつだな」
やっぱり、と合点がいく。
ここまでの仕事をするのは、かなりの凝り性か、一流ブランドに勤めるプロかの二択。
前者だったかと羨望と軽い嫉妬が混じった感情で箱の包装紙に触れ、持ち上げて色々な方向から観察して視覚データとしてログに残しておく。
「……会ってみたいな……」
モデリングをする人と実際──仮想現実だけど──会ったことがない。
最近は主婦のお小遣い稼ぎとしてテレビで紹介されるくらいメジャーな趣味らしいが、そもそもの人付き合いが無さすぎて。
どんな人なんだろう、何を参考に、どのソフトで作ってるんだろう。仕事にしてるのかな、してないのかな。アニメーションや音も自分でやるのかな。
箱を抱えてぐるぐる考えに没頭していると、後頭部に強めの衝撃があった。
「え、痛……」
「フリーズじゃねーのかよ。さっさと着ろ。着る気ねぇなら帰れ」
痛みに驚いて上を見ると、ウサ耳が振ったばかりらしい平手を拳骨に握って脅すみたいに箱を叩く。
「着るのか、着ねぇのか」
「あ、着る、着ますっ」
家具や箱にここまで凝る人が作った人間のアバターに興味が湧かないわけがない。
慌てて答え、惜しみつつ箱を開けるとポンという音と共にそれは消え、代わりに『このアバターを今すぐ着る?』というウィンドウが出てきた。
『YES』を押すと、ポン、という音と同時に、押した手が緑から白く滑らかな人間の手に変わる。
「うわ、すっご」
掌に皺が寄り、指を握ると血色が変化した。
公式が提供する有料課金アバターならほとんど現実と相違ないレベルまで作り込まれているのが当然になってきた昨今だけれど、素人でここまで作れる人は滅多にいない。
それも、自分で使うものならまだしも、ゲームの景品に無料で渡す物がこの完成度だなんて──。
「おい。マジでそろそろキレんぞ」
目元をヒクつかせたウサ耳に上から頭をガシッと掴まれ、そのままクレーンゲームの景品が如く持ち上げられてベッドの上に投げられた。
「わぶっ」
スプリングは硬めで、俺が上で転がるとそれに合わせてギシッと大きく鳴った。
こんなに見た目が綺麗なのにどうしてこのサウンドエフェクトなのか、と思いつつ、起こそうとした体の上にウサ耳が覆い被さってきた。
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