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05 常に説明が遅い
しおりを挟む「ひ……っ、は……!」
「ラスト一周。今のタイムより5秒縮めろ。出来なかったらもう3周追加だ」
「……!!」
鬼、と心の中で叫ぶ。
声に出す元気も、もとより勇気もない。
あれから色々近接武器を何度も試し撃ちさせられて、けれどほとんどがウサ耳の満足するレベルには達していなかったらしい。
なんとか及第点を貰えたのは手榴弾だけで、それから俺はスナイパー系の銃火器の中でも一番重く射程の長い通称『長い棒』を抱え、腰回りに手榴弾を5個ほど下げて指定されたエリアを走らされた。
『長い棒』はその名に恥じず、およそ2メートル。
俺の亀吉アバターは130センチほどで、抱えるだけで精一杯なのにさらに走れだなんて無茶が過ぎる。
VR内だからどんなに疲れて息を切らしても心臓や腹が痛くなったりしないのが幸なのやら不幸なのやら。
酷使する足が重く感じるのはプログラムされた反応だと自分に言い聞かせ、全力で走る。
「15! 14、13、12……」
カウントダウンを始めたウサ耳の声が響き、無我夢中で彼の前に滑り込む。
なんとか0を聞く前にゴールした、と思った瞬間、ウサ耳が遠くを指差してニヤリと笑った。
「10秒後に3000メートル先で風船が打ち上がる。上空限界値に入る前に撃ち抜け」
「はぁ!?」
飛び起きてウサ耳を仰ぎ見るが、彼は一点を指差したまま、意地悪く笑ってまたカウントダウンを始めた。
「5、4、3」
冗談じゃない、と思いつつ、あぐらをかいて『長い棒』を小脇に抱えた。
『長い棒』はスナイパー種だが、ライフルではない。
光線銃だ。
最大射程は5000メートルと公式サイトに表記があるものの、それを成功させたプレイヤーは未だに居ないという。
実弾ではなく光線だから風や重力の影響を受けず直線で撃ち抜ける。しかも光速で。
枠としてはチート武器の扱いだが、それは扱えればの話でもある。
そもそもが重く、長い。
持って移動するのに向く武器ではなく、だからといってその長さ故に芋るにも向かない。
そして最大のデメリットが、遠距離を打ち抜く為のスコープの表示画角の広さだ。
精度は非常に良く、解像度も8Kと申し分ない。
が、広い。とにかく広い。
5000メートル先の建物まで綺麗にピントを合わせられるし、飛ぶ鳥がいれば見えもする。
しかし、小さい。小さすぎる。
そのうえ、引き金を引く動作で生じた僅かなズレですら5000メートル先では標的から数メートルのズレになるのだ。
そして撃てるのはたった3回だ。
一度撃った後には光線チャージの為のクールタイム10秒が設定されている。
普通のプレイヤーには到底使い物になるものではなく、故に通称は『長い棒』。
最初に開けたアイテムボックスの中からこれを見つけたプレイヤーの大半は、持ち出さないか長い鈍器として使うかの二択だという。
コロシアム周回を始めた当初は俺もその射程の長さに惹かれて何度か使ったことがあったが、撃った瞬間に弾道が光り位置がバレてしまうのでよっぽどの時しか使わなくなった。
これを好き好んで使って戦えているのなんて、『フロント』ギルドの『明星-akeboshi-』、そのギルドマスターくらいのものだろう。
背中側の『長い棒』の先端で地面を抉るようにし、右脇と右膝で上下から押さえるようにして固定する。
「ボイス操作オン。スコープをサブモニターに表示」
この体勢だと物理的にスコープを覗き込めないので、視線の正面にサブモニターを置いて表示させた。
ちょうどウサ耳のカウントが終わり、地平線の彼方に黄色い風船がふわりと飛び立つところだった。
「撃て」
銃身が少しズレるだけで風船は見えなくなってしまう。
見えているうちに当てたい、とボイス操作で引き金を引いたが、サブモニターの中で光線は風船の数センチ横を光らせて、消えた。
俺は落胆の息を吐くが、ウサ耳は関心したようにヒュウと高く口笛を吹いた。
クールタイムの間に見失わないよう、慎重に銃を動かして風船を追い続ける。
マップの上空限界値は確か、位置座標でいうと7777。
風船が毎秒100のペースでZ軸を移動していくから、クールタイムの10秒後には最低1500にいる。
それを打ち損じても、3発目チャージまで2500から3000。
まだまだ時間に余裕は……いや、違う。
上に上がっていくということは、それだけ俺からの距離も離れるということだ。
ここから直線で3000メートル先、そこからZ軸に1500メートル、違う、座標はメートル直訳じゃない。
縮尺は、えっと──。
「う、……」
せっかくチャージが終わったタイミングでレティクル中央に風船がきたのに、撃て、というボイスコマンドを躊躇してしまった。
だって、3発目の猶予はない。
おそらく2発目のこれがラストチャンスだ。
そう思うと急に心臓がバクバク鳴り出し、銃身を抱える腕が震えてくる。
しっかり狙おうとするほどに体が硬くなり、一度落ち着こうと深呼吸したことで銃身がぶれ、サブモニターの中から風船が消えてしまった。
「あ、あっ」
そうなるともはや、二度と見つけるのは不可能だ。
闇雲に銃身を動かしてもスコープに映るのは空の青だけになり、横で静かに様子を見ていたウサ耳がパンと手を叩いた。
「ゲームオーバー」
無慈悲に告げる声はしかし、楽しげですらある。
やり遂げられなかったと肩を落とすが、横に腰を下ろしたウサ耳は懐から瓶を取り出して俺に押し付けてきた。
「上出来、上出来。一発目掠らせただけですげーって。お前やっぱ目ぇ良いな」
俺がのろのろと瓶を受け取ると、ウサ耳は俺の頭を乱暴に撫でてくる。
「棒の撃ち方は、DragOnさんを参考にしてんのか?」
「どら……?」
「『サイド』じゃ敵わない、『フロント』の最強ギルマス様」
急に知らない人名が出てきて首を傾げたが、それはどうやら前述した変わり者の『長い棒』使いの人のことだったらしい。
わざと卑下するような言い方に、まだ根に持ってる、とウサ耳の執念深さが垣間見えて黙って頷いた。
言わぬが金、言わぬが金。
「だよな。でも確かあの人、ボイスアシストは入れてなかったよな?」
「……撃つ時、指だとどうしても照準がズレてしまうので。これ使える状況って、もう他にほとんどプレイヤーがいなくて声出しても平気か、声で場所が割れてもいいから確実に撃ち抜きたい時の二択なので」
本当はあの人みたいに、立て膝に乗せて脇で固めた格好いい姿勢で撃ちたかった。
けれど、アバターの小ささでそれが出来なかったのだ……というのは心の中にしまっておく。
瓶の蓋を開けると、シュワッという音と共に炭酸の爽やかな香りが鼻に抜けた。
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