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03 理不尽の裏側には

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 あの日は、初めてのチーム戦だった。
 マッチして数秒後、ゲームスタートの表示と共にマップに転送されていた。
 何も分からないなりに事前に調べた通りアイテム箱を探して武器を取り、無線機から聞こえる味方の指示に従って移動し、途中何度も敵に見つかりそうになっては隠れてやり過ごし、とにかく他のチームメンバーと合流しようとしていた。
 が、やっと見つけたチームメンバー──長い金髪ポニーテールの、鈍器を抱えたウサ耳の美人だった──からぶつけられたのは、

「お前、いるだけ邪魔だな」

 の一言と、鈍い衝撃。
 あっと思った時には『プレイアウト』の文字が表示されていて、待機ルームに戻っていた。
 慌ててサブモニターを出し、まだ繋がっているボイス通信機能から呼び掛けた。

「あの、なんで」
「うるせんだよ。見ててもいいがミュートにしてろ。喋んな」
「え……」

 どうして味方なのにキルされたのか聞きたかったのに、ウサ耳のプレイヤーはすげなくそれを跳ね除け他の味方に指示を出し始めた。
 目の前で味方がキルされたのに他に3人いる味方からは何も文句が出なかったので、初心者の俺が何か重大な間違いをしてしまったのかと思い素直に黙って試合を観戦することにした。
 ウサ耳は低く聞き取りづらいボソボソとした男の声で、けれど指示は的確なようだった。
 彼を中心にして順調に行動し、そしてそのまま試合に勝った。
 4人の状態で5人揃ったチームを何組も薙ぎ倒し、一位になったのだ。
 きっとすごく強い人たちとマッチしたんだ、初回から俺は運が良い、何がダメだったのか、強くなるコツとかも聞いておこう、と待機ルームに戻ってきたウサ耳に駆け寄ったのだが、与えられたのはやはり短い罵倒だけだった。

「お前、邪魔。一生ソロで芋ってろ」





 蔑むような冷たい目を思い出し、憂鬱になりながらマウスカーソルをぐるぐる回す。
 リザルトから確認したウサ耳と他3人が所属していたのが、確か『欲の虜』というギルド名だった。
 休講になった授業の後は大学に別の予定はなく、そのまま家に帰ってきた。
 共働きの両親が帰宅するのはいつも日付が変わる頃で、彼らより先に寝て遅く起きる俺はもう現実では数ヶ月顔を合わせていない。
 パソコンに繋いだモニターのうち、右に置いたサブモニターの中で座っていた西洋甲冑のアバターが急に立ち上がって両手を振った。

『お母さんちょっと休憩~! たかちゃん、この時間にもう家にいるの? 早いね』

 モニタに表示された吹き出しの文字を読み、キーボードで返事を書く。

『一個しかない授業が休講になったから』

 俺のアバターはもちろん亀だ。
 喋る亀に向かって西洋甲冑が両手でハートマークを作り、『ラッキーだね』と吹き出しが出る。
 かと思えば、画面の中にいたもう一人、けむくじゃらの雪男のようなアバターが動き出し、謎のダンスを踊りだした。
 父も画面を見ているが何か話す気はないようだ。
 両親共にプログラマーで、同じ会社に勤めている。
 就業中はドリームラボの中にいるらしいのに、彼らが俺との連絡用に愛用するのはパソコンのアバターチャットだ。
 ……理由は分かっている。
 現実世界で俺と関わるのが面倒なのだ、二人とも。
 愛されていないとは言わない。
 だが、彼らは俺より仕事を、プログラムを愛している。
 俺のコミュニケーション能力に難があるのは彼らのせいでもあるんじゃないだろうか。
 まあ、両親と話すよりモデリングしていた方が楽しい俺が何か文句を言えた義理ではないのだけど。

 メインモニターに視線を戻し、依頼された『オプションパーツ:猫耳(頭)』の完成度を高めていく。
 静止状態だけでなく、動きの指定もあった。
 『モーション:立位』ではピンと縦長に、『モーション:座位』では少し横に倒し、『感情:悲しみ』では前に倒す。
 四方八方どこから見ても破綻することが無いように、他のオプションパーツと組み合わせた時に貫通させないように。
 少しずつ調整しては確認し、目を皿のようにして整合性をとる。
 やっている最中は苦行のような作業だが、終われば何にも代え難い満足感があるのだ。
 楽しんでやれる事がお金になるのだから、生活していけるだけのお金になればそれこそ天職といえるだろう。
 残念ながらまだまだそこまでの収入には至っていないが、昼間の教室で聞こえてきた噂話を思い出し、自身の評価に一喜一憂する。
 何でも作ってくれる腕の良いモデリング職人。……だった。

「今は亀砂……かぁ」

 悪評を諦めているが、受け入れてはいない。
 やはり出来るならそんな呼ばれ方はされたくない。
 メインモニターの左に置いたサブモニターを見つめ、もう何度目か分からないため息を吐く。
 そこにはギルド『欲の虜』のメッセージアドレスが開かれている。
 家から徒歩15分の駅中にあるドリームラボ設置店舗の年間パスポート契約をする時、両親と約束させられたことが3つある。
 1つ、毎日家に帰って風呂に入ること。
 2つ、寝る時は現実のベッドで寝ること。
 3つ、週に一度は30分以上現実で体を動かす時間を作ること。
 約束1、2を守ろうとすると必然的に夕方には家に帰る習慣が付いて、しかし夜間というのは突発的なイベントも多いもので。
 一度帰宅して風呂に入るともう一度外に出るのは億劫、となんとなしに愚痴った数日後、父から送られてきたのがパソコンから簡易的にロキワのマイルームにログイン出来るようにされたエミュレータソフトだった。
 「バレたらアウトだからマイルームの外には出るなよ」という忠告付きで。
 マップには出られなくとも、メッセージのやりとりや掲示板の閲覧、アイテム生産くらいなら家のパソコンで出来るので有り難い。

 昼間の噂話を反芻し、『欲の虜』のギルドアドレスを開いてからもうかれこれ数時間。
 猫耳を作ってはそれを見、たまに呟く母の西洋甲冑に返事をしてはそれを見。
 もう悩むことにこそ疲れてきて、結局両親がそろそろ帰ってきそうな深夜にポチリとメッセージマークを押した。
 噂話をしていた誰だか分からない人も、『運が良ければ』と言っていたし。
 ただの噂なんだから、事実じゃなければスルーされるだろう。
 さっさと送って、風呂に入って寝よう。

『コロシアムの指南をしてくれると聞いたんですが、お願いできますか?』

 真っ昼間ならきっと、もう少し丁寧な文面で送っただろう。
 けど、眠かった。
 疲れていた。
 それに加えて、正直とても憂鬱だった。
 頼むにしてもこのギルド以外なら良いのに、と思わずにいられない心の根っこが、不躾な文面を良しとしてしまった。
 送信マークを押し、エミュレータソフトを閉じようとして、ピロリン、というメッセージの着信音に半分寝ていたのを起こされたような気がした。
 恐る恐る開いたメッセージ通知ははたして今送ったばかりの『欲の虜』からの返信で間違いなく、あまりの早さに心臓が早鐘を打つ。
 また何か、罵倒されるんだろうか。
 ギルド宛てなんだからあのウサ耳が返事をしてくると決まったわけでもないのに、俺の脳内では眇めた目で俺を見下ろすウサ耳がチラチラと揺れ動く。
 一度深呼吸してから、メッセージを開いた。


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