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02 噂はいつも無責任
しおりを挟む時間ギリギリに教室に入ったが、講師はまだ来ていないようだった。
前回までのレポートと参考書を机に置き、新しいルーズリーフを出す。
VRワールドなら全てサブモニターで済むのに、と同じ年頃の生徒のほとんどが思っているだろう。
海外ではVRワールドに学舎を建てる大学や会社も珍しくないのに、いまだにガラパゴスなこの国が国営としてサーバーを建てたのはカジノとゴルフの2つだけという体たらく。
きっと俺が老人になる頃になってやっと、役所をワールドに置くかどうかの検討が始まるんだろう。
「……でさ、ロキワのコロシアム、進捗どうよ」
聞こえてきた会話の一つに、反射的に耳をそば立てた。
VRワールドは一つではなく、個人でサーバーを立てている小さいものを含めれば数百ある。
俺がメインで生活している『LOKI IN HAPPY WORLD』──通称LHW、もしくはロキワは、ドリームラボ稼働当初からある老舗ワールドなのだけど他のワールドより少し世界観が特殊だからかメインではなくサブワールドとして登録している人が多い。
『ロキ神』が唯一神として存在している、という現実だったら宗教戦争まったなしのワールドで、しかもそのロキ神はかなりの悪戯好きだから、しょっちゅう地形や風景、気象が変わる。
海のそばに自宅を建てたら次の日雪山の頂上にあったとか、育てた牛を捌いて出荷しようとしたらアイテム名前が『鮪』だったとかがしょっちゅうある。
おかげで真面目にクラフトしたり第二の生をしたい人には大不評で、リアルさより楽しさ求めるワールドといえよう。
幸い、公式課金アイテムやモデリングデータを外部から正規手続きを踏んで登録したアバターは悪戯の対象にならないので、俺の亀吉が明日猫吉になっている、ということはない。
現実でロキワの話をしているのを聞くのは初めてで、誰だか知らないがついつい意識がそっちに向いてしまう。
「いやー難しいわ。ああいう生身戦闘って現実でも運動神経良い人の得意分野じゃん? なんでわざわざVRに入れたんかね」
「なー。俺も無理。彼女がメイド服欲しいとか言ってるけど、3位まで残るとかマジで無理じゃねっていうね」
「だよなぁ。それこそ亀砂するしかないって」
不意に自分のあだ名が出てきてギョッとした。
ぎゅう、と手首の端末の合皮を握り、奥歯を噛み締める。
ケラケラッと笑う声が応じた。
「亀砂って。アレはさすがに無いだろ。ブザマすぎ」
「でもポイント目当てで勝ちたいなら……」
「無いって。ポイントの代わりに評判ガタ落ちじゃん。亀砂だって、ちょっと前までは何でも作ってくれる腕の良いモデリング職人って言われてたのに、今じゃ掲示板で叩かれまくって『亀砂とマッチしたら全員で回線切ろうぜ』とかやられてんじゃん」
え、それは知らなかった。
記憶する限りマッチした試合で他のプレイヤーが不在だったことは無い気がするが、もしかしたら狙撃してキル判定が出る直前にログアウトでキルにならなかったプレイヤーたちがそれだったのかもしれない。
コロシアムは回線落ちが多いなと思っていたのだけれど……。
ゲーム中の故意ログアウトはポイントが没収されるはずで、そのハンデを受け入れてでも俺にキルされたくなかったというならよっぽどだ。
やはりプレイスタイルを変えた方が良いのだろうか。
けれど、正攻法で戦って生き残れる自信は無い。
コロシアムはロキ神の気まぐれで始まったイベントゲームで、だからいつ消えてしまってもおかしくない。
そうなったら、次にスキントーン緑が出るかは完全に不明だ。
となると、一番勝率を求めるなら汚名を甘んじて受け入れ芋砂をするしかない、と改めて思う。
普通に戦って勝てるならそもそも隠れて狙撃なんかしないのだから。
「あーあ、誰か強い人にトレインしてほしー」
「いやそれはダメだろ」
「んじゃせめて強くなる方法教えて欲しいわ」
「それは分かる。チーム戦とかで上手い人の指南受けながらやってみたい」
内心で同感、と頷いていると、教室のドアからこの授業の講師でない、別の受け持ちの筈の講師が入ってきた。
目で追えば、彼は黒板にチョークでデカデカと『休講(出席表にチェックで単位⚪︎)』と書いた。
教室のあちこちからささやかに喜びの声があがる。
「時間出来たじゃん。ちょっと試してみねぇ?」
「なにを?」
紙類を纏めて席を立つ準備をする俺の耳に、会話の続きが漏れ聞こえてくる。
「DMすると、運良ければ指南してくれるらしいって噂」
「は? 誰が?」
「ほら、あのサイド保持ギルドの……」
思わず手を止め、声の方を見てしまった。
教卓へ出席簿に記入しに行く生徒が多く、ガヤガヤ騒がしくなった教室では誰らがその話をしているかは分からない。
だが、声だけは依然としてハッキリ届いていた。
「『欲の虜』」
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