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神と貴方と巡る綾
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しおりを挟む煙草を吸いに外へ出ると、夜空にはいくつも星が瞬いていた。
初めてだってのに散々酷使されたケツが痛い。一緒に風呂に入った静汰に中まで洗われて、また勃起させたあいつを蹴り飛ばして逃げてきた。
肌寒い、と腕を撫でながら煙草に火を点けようとすると、横から伸びてきた手がライターの蓋を開いた。カキン、という高い音に、昔俺も持ってたな、と懐かしい気分になりながら灯った火に煙草の先をつけて吸い込んだ。最近はガスを入れるのが面倒で百円ライターばかりだ。静汰が吸うなら贈ってやってもいいな。
「やあ。元気そうで何より」
少年のような高い声のそいつは、暗がりから出てこない。真近に居るのに陽炎のような存在感で、少しでも攻撃の意思を見せれば消えてしまうだろう。何の意図を持ってここへ来たのか分からないうちに逃すわけにはいかない。
それより何より、本能が全力で警告を鳴らしている。迂闊に手を出すな、見極めろ、と煩いくらい騒ぎ立てている。緊張で心臓に負担が掛かって息苦しい。
悟らせないよう、ゆっくり煙を吸い込み、吐き出した。
「……何しに来た」
「そうだね。忠告、かな」
ふふ、と可愛らしく笑ったそいつは、ガラガラ、と音を立てて地面に何かを転がした。隙を見せないよう一瞬だけ視線をそちらへ向けると、大量の木組みの箱が落ちていた。
玄関のオレンジ灯に照らされた木製のそれらからは、禍々しい気配が漂ってきて吐き気がする。一体どれだけの人間を犠牲にしたのか。
「もうね、失敗ばっかりで嫌になっちゃった。チマチマ人間を使い潰して箱にするより、確実なのを捕まえようと思ってさ」
「……」
確実、ね。何を指しているのかは推定出来るが、あえて口にはしない。話したいというなら好きなだけ話させてやろう。
俺が返事せず黙っていると、焦れたように少年は殊更明るい声で言った。
「神様をさ」
神様を捕まえる?
ハ、と思わず鼻で笑った俺に、少年は気にしていないように笑みを浮かべる。
「出来ると思ってんのか」
「君はいいよね、神子になったんでしょ? 羨ましいなぁ。俺もなりたかった」
「……お前の目的なんなんだ」
「目的? 僕はただ、生きたいだけだよ。生き続けたいだけ」
少年は大仰に腕を開き、俺に訴え掛けるみたいに語り掛けてきた。
「僕はね、生まれた時から心臓が弱かった。十歳まで生きられないって言われた。けどね、霊力を使えば弱い心臓を補って生きられることに気付いたんだ。だから、他の人から集めて生きてる。それが悪いこと? 俺はただ、普通に生きていたいだけなんだよ」
君なら分かるでしょ? と言われ、その『生きたいだけ』の為に何人殺したんだか、と胸中で悪態をついた。
「神様が手に入ったら、もうそれでオッケーでしょ? もう僕だって無駄に殺さなくて良いし、……だから、少し協力してほしいなって」
「協力?」
これ以上の殺戮を止めることを条件に、俺に何かさせたいらしい。眉を上げた俺に、少年は握手を求めるみたいに片手を出してくる。
「僕が座に選ばれるように細工してほしい」
ハ、とまた鼻で笑ったが、今度は少年に笑う様子はない。
「神様が選ぶんだ、細工も何も無ぇよ」
「『上から五人』、でしょ。それから、『神職じゃない』。他の条件ってなに?」
「条件はそれだけだ、おそらくな」
少年が狙っている神が数年後の儀式で目を覚ます神様のことだと気付き、これまた大層なものを狙うものだ、と呆れ返る。
俺が選ぶんじゃねぇから知らんと答えると、少年は不満そうに地面を蹴った。
「それだけじゃないんだ。だって、もしそうなら、四度も僕が選ばれない訳がない」
十一年に一度の儀式に四度選ばれなかったこいつは、一体今何才なのか。この国での上から五番以内に入っているという自覚が湧く前を含めたとしても最低四十過ぎの筈で、しかし暗がりにうっすら見えるその姿や声音は静汰や志摩宮より幼い少年なのだが。
「俺に聞くな」
煙草を吸い、首を振りながら煙を吐くと少年は残念そうに肩を落とした。
「……本当に知らないんだね」
頷きだけを返すと、少年はスッと足を動かし、視界の外へ消えていく。
「まあでも、僕が次の儀式を狙うことに変わりはないよ。『教えてあげた』からね。好きな子を守りたいのなら、どうすればいいかは分かるね?」
気配の消えた瞬間、足元に転がった箱が炎をあげて燃え上がった。ボウ、と一瞬で黒い炭になった箱は、踏み潰すとボロボロと崩れ落ちて風に吹かれて消えていく。
「──シマミヤ」
俺が呼びかけると、銀髪に褐色の神様は律儀に姿を顕した。
「気軽に呼ぶなよ、今の俺は神だぞ」
憮然とした面持ちで文句を言ってくるが、こいつの人の良さは神に成っても変わっていないのだろう。俺の足元の炭化させた屑を手で祓い、少し穢れた俺の足にも浄化を掛けてくる。
「俺はあいつに勝てるか」
あの、箱の製作者と思しき少年。神の加護を受けていてさえ、『手の内が分からない状況で戦うべきではない』と思わせた。あれを静汰たちに当てるわけにはいかない。
「頑張れば」
出来れば、勝てると確約して欲しかった。シマミヤは俺をじっと見つめ、そして視線を落とした。無尽蔵にシマミヤから霊力を供給される状態でも、それか。
「なら頑張るしか無ぇな」
「けど、どのみち死ぬ」
はあ、とため息混じりに頭を掻くと、シマミヤが呟いた。
言われた意味が頭を素通りして、十数秒呆けてしまった。
「……マジか」
それはつまり、俺があの少年を倒しても倒せなくても、という意味だろうか。
呆然と、静汰の口癖が移ったみたいに呟いた俺を見て、シマミヤは心配そうに視線を向けてくる。そして、何も言えなくなった俺の心臓の上を叩いて「依代特典だ」と言った。
「……特典?」
「一度だけ、あんたにも俺の奇跡を起こしてやる」
シマミヤの緑の瞳が、暗闇で仄かに光る。
静汰は、この緑色に惚れたって何度か言ってたな。湖のような薄い緑と、森のような濃い緑が混じり合って俺を映している。恋敵と判っていてさえ、惚れ惚れするほど綺麗だ。この瞳がまっすぐ自分だけを見ていたら、そりゃ惚れもするだろう。
「……ケチくせぇこと言うなよ、もっと起こせ」
「うるさい、こっちにも色々制約がある」
実際、奇跡なんて一度起こしてもらえれば御の字だ。茶化した俺に、シマミヤは唇を尖らせてうんざりと首を振った。
「あんたの選択で、『数百人の術師が死ぬ』か『三人の術師が死ぬ』かが決まる」
「そりゃえらく責任重大だな」
数百対三か。普通なら考えるまでもないが、三人、というのが引っ掛かる。
「俺が奇跡を起こせるのは一度だけだ。間違ったと思ってもこのルートではもう戻れない」
シマミヤがやけに慎重に言葉を選ぶ。ということは、この問答には静汰が関わっているのだ。彼が大事にするものなど、それ以外に無い。
「その『三人』は、『数百人』のうちに含まれんのか?」
しばらく考えて、聞いた。シマミヤは、『助けるか』ではなく、『死ぬか』と言った。どちらかを見殺しにすればもう片方が助かるという保証も無いのだ。
「三人のうち二人は含まれる」
「……三人のうち、生き残れるのは一人だけか」
志摩宮は静かに答えた。続いた俺の問いにも頷きを返して、「でも」と凪いだ声で言う。
「一番大事な一人が生き残る」
試すような目が、俺に問うている。どちらを選ぶのか決めろ、と。俺と志摩宮を含めた数百人の術師を見殺しに静汰を生かすか、たかだか数百人を助ける為に静汰を殺すのか。
そうか、と答えると、シマミヤは何も言わず掻き消えた。必要なことは伝えたからだろう。
どちらを選ぶかなんて明白だ。考えるまでもない。
「……いや」
少し前までなら、答えは違ったか。
吸い込んだ煙はとびきり苦く、今夜のことは自分の胸に仕舞っておこうと決めた。
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