神は絶対に手放さない

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神を裏切り貴方と繋ぐ

Sー31、○○○○駅

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 ソコに熱い肉の感触があるだけで、息が上がってクラクラする。
 ゆっくり押し付けられて、先端が入ってくると押し開かれる感覚に腰が震えた。俺の、普段は窄まって閉じたそこが、今は染井川さんの赤黒いそれを飲み込んで開かれている。背中が浮く程腰を持ち上げられて、見せつけられる結合部の卑猥さに息を呑んだ。

「あ……あ、ぁ」
「そんな凝視して、やらしーなぁ静汰」

 半分に折るみたいに俺の膝裏を押した体勢で挿入してきたのは染井川さんのくせに、俺が繋がるそこから目を離せないのを揶揄って彼は腰を揺らす。ずぶ、ずぶ、と少しずつ入ってきて、まだ奥まで届いていないのにそれだけで頭が飛びそうだ。陰部だけ露出させて俺の中に挿入した染井川さんの下で、丸裸の俺は彼に全て見られている。

「つーか、体やらけーな。ガキ抱いてる感がやべぇ」
「うぁ、あ……っ、へん、たい……っ」
「身長はあんのになぁ。どこ触ってもふわふわすべすべして、男抱いてっと思えねーわ」

 話をする余裕なんて無いのに、染井川さんは何くれとなく話しかけてきて、根本まで銜え込むまで相当な時間をかけた。
 膝裏を掴む染井川さんの手がそわそわと揉んできて、動きたいなら好きにしろと目で急かすのに、彼は何か言いたげにする。

「なに、なんで、こんな状態でお預けなの……」
「お預けっつーか……。なぁ、ちっと、いつもより激しくしても平気か?」
「……へ」

 いつも相当激しいと思うんですけど。それより!? と青褪める俺を見て、染井川さんは「やっぱいい」と首を振った。
 ……うーん。

「っていうか、どうせ俺いつも頭トんじゃうから、別に、好きにしても……」

 ごにょごにょ言うと、染井川さんは眉間に皺を寄せて目を細めた。
 染井川さんが遠慮するレベルって、かなり怖い。けど、俺に遠慮して我慢されるのは少し癪だ。

「……逆だな」
「?」

 好きにしなよ、と動いてほしくて窄まりを締めた俺を見下ろし、染井川さんは思案の末に結論に至ったようで。逆とは何の逆なのか、聞こうとした俺の背中に手を回してきて、繋がったまま彼の腰の上に乗るように起こされた。自重で少し奥に入って息を詰める。

「ゆっくりすっか」
「んん……?」
「舌出せ」

 言われた通りに舌を伸ばすと、先端を染井川さんのそれで舐められた。ぺろ、ぺろ、と先っぽばかりをくすぐるみたいにされて、こそばゆくて逃げようとすると顎を掴まれて唇に吸われた。

「んっ……う」

 唇と舌が触れて擦れる水音が部屋に響くみたいで恥ずかしい。早く動いて欲しいのに、俺を正面から抱き締めた染井川さんは背中や尻を撫でて揉むだけで突き上げてくれない。拡がって奥に入ったままの中が熱くて、待ちきれずにぎゅうぎゅう締めた。

「う、ぅ……、あ、う」
「すっげぇ、お前ん中。そんなに中出しして欲しいのかよってくらい吸ってくる」
「は……っ、知らね、も、……動け、って」
「やーだ。……いいか、静汰。今日、一回イッたら終わりな」
「い、一回? んん……、なん、で」
「我慢して我慢して、そっからイッた方が絶対ぇきもちーから」

 だから、頑張って我慢しろよ、と。もう数時間我慢させられっぱなしの俺の中で、染井川さんが少しだけ動く。

「うぁっ」

 瞬時にイきそうになったのを見て、染井川さんが動きを止めて溜め息を吐いた。

「おい、話聞いてんのか。終わりでいいのか、静汰」
「や……やぁ、まだぁ」
「だったら我慢しろって」

 さっきから、染井川さんの顔がゼロ距離から数センチしか離れていかない。言葉を紡ぐ時だけ離れる唇が、またすぐ合わさって俺の唾液を舐めにくる。生えかけの髭が擦れて少しヒリヒリする。そういえば、染井川さんは毎朝髭剃ってる気がする。俺は三日に一回剃ればあんまり気にならない程度の、それも産毛みたいな柔らかいのしか生えないから、大人の男っぽくて羨ましい。じょりっとする顎を下から手で撫で上げたら、染井川さんが嬉しそうに目を細めた。

「お前から触ってくれんの、すげー嬉しい」

 こんな事で? と首を傾げるけれど、思えばしてる最中は染井川さんにされるばっかりで、確かに自分から何かするのは始める前だけだ。気にする余裕も無かったけれど、マグロってやつだったんだろうか。何だか申し訳ない。

「俺、マグロ? もっとなんか色々、した方がいい?」
「は?」

 率直に聞いてみたら、染井川さんは吹き出して笑い始めた。ははは、と笑いで動く腹筋の振動で腰が揺れて、中を擦られて気持ち良さにしがみつく。石油ストーブのおかげで少しずつ部屋は暖まってきたけれど、肌にスーツの生地は冷たすぎる。抱き着いた上半身を離したくないのに、少し身動ぎするだけで胸の突起が染井川さんのシャツと擦れて尖った。これ、脱いで欲しいなぁ。繋がった部分が熱くて、だから尚更冷たい布地の感触が邪魔に感じる。

「ぁ、染井川さ……っ、笑うと、振動きて、やばい……」
「だったら笑わせんなって。お前がマグロだったら普通の女ほとんどマグロになっちまう。AV女優の反応が普通だと思ってるんじゃねぇだろうな」
「そんなの、知らな……、う、ぁ、染井川、さん」

 締めると中に入っているのが分かるから、それを感じたくて何度も繰り返してしまう。こんなに長い時間、動いてもらえないのは初めてで、でもその新鮮さに慣れてきて新たな性感が芽生え始めた感覚がある。

「これ、脱いで、染井川さん」

 服が邪魔だ、とぐいぐい引っ張ると、「握るな皺になる」と叱られた。

「もっと……くっつきたい」

 ちゅう、と染井川さんの額に口付けて甘える。これ、されるの好きだからやってみたけど、するのも中々。腰の上に乗っているから俺の方が目線が上にあって、染井川さんの濃い茶色の瞳が部屋の電気の光で潤んで見えて、たまらなくなって何度も繰り返す。

「染井川さん、染井川さんっ……」
「腰、揺らすな……出ちまう……」
「あ……、ん、ん……」

 いつもみたいに激しくないのに、出し入れされている訳でも無いのに、一番奥に受け入れたまま腰を揺らすだけで酷く興奮して、追い上げられていく。
 上着を脱いでシャツのボタンを外す染井川さんを待ちきれず、その顎を掬って舌を絡めた。彼の唾液が欲しくて舌を吸う。体液を飲み込んで、それが俺の中に浸透すると思うと恐ろしいくらい熱が上がる。俺の中の水分全部、染井川さんの唾液で作られたい。細胞の全部、彼の物になりたい。

「静汰、だめだ……出る、から」

 低く、酔ったような染井川さんの声色が珍しく、唇を離して見つめてみた。とろんと陶酔して揺らぐ視線を俺に向けて、頬を上気させた彼は震えがくるほど色っぽい。こんな男前が俺の中で気持ち良くなって果てそうだなんて、とぞくぞくとしたものが背筋を駆ける。

「いーよ。出して?」

 やっと上だけは全部脱いでくれた染井川さんの首に腕を回して、彼の頭を抱えるようにしてその耳元で掠れた声で囁いた。強く目を瞑った染井川さんが、すぐに目を開けてギッと睨んでくる。

「……っ、てめ」
「えへ、染井川さんの真似」

 それヤバいよねぇ、と笑うと、背中を撫でていた彼の手が腰を掴んでぐっと強く押してきた。一層奥を抉られたまま、前後に揺す振られて昇り詰めそうになった。

「あっ、や、やだぁ、まだ……ッ」
「うるせぇ、クソ、イけオラ、メスイキしろガキが……っ」
「ひっ、……っ、ぁ、……っ」

 我慢しようとぎゅうぎゅうに締めた窄まりをぐちゃぐちゃに掻き乱したいみたいに乱暴に揺すられて、染井川さんの形にされた俺の中で彼が痙攣した。染井川さんの陰茎と一分の隙も無くくっついていた粘膜の中に精液が吐かれて、突き当たりだった筈の奥が開かれて、吐かれたそれを飲みたいみたいに俺の中も痙攣した。
 目の前が、白い。うっとりするような気持ち良さに何度も腰が跳ねて、背筋を反らせて余韻に浸る。くらくらする多幸感に、力が抜けて染井川さんの肩に頭を預けた。口を閉じられず、涎が垂れて染井川さんの胸に流れていく。
 お互い、荒い息が落ち着くまで何も言葉が出なかった。

「……すき……」

 俺の呟きに、染井川さんの体が跳ねる。あ、違う、そうじゃなくて。

「お前また、軽々しく……」
「これ、今の、すごい好き。もっかい、染井川さん」
「……」

 メスイキっていうのヤバかった、と言うと、無言の染井川さんにめちゃくちゃ痛いデコピンされた。










 
 今日の仕事は、急な依頼だった。
 夜中に染井川さんに電話が掛かってきて、大急ぎで人を探して欲しいのだと言う。
 寝ていた所を起こされ、見送ろうとしていた俺も早く着替えろと叱られて、しぶしぶジャージに着替えてコートを着込んだ。スーツに着替えた染井川さんは寝起きと思えないくらいピシッとしていて、「かっこいーい」と揶揄ったのに俺の寝癖頭を撫でて「お前もな」なんて皮肉で返された。
 山を降りた車は高速に乗って、降りた先は深夜三時だっていうのに電飾が煌々と眩しい都内だった。
 駅前のコインパーキングに車を停めて、そこから降りてスマホを見ながら駅を目指す早足の染井川さんに付いていく。

「人探しって、駅の中で?」
「いや。居なくなったのは電車の中だ。ちょっとうたた寝してる隙に消えてたらしい」

 消えてた、という説明で幼児の迷子をイメージしたが、染井川さんのスマホに送られてきた行方不明者の写真は、俺とそう歳の違わなそうな女子高生だった。

「この子、スマホ持ってないの?」
「持ってる。たまたま帰宅時間が一緒になった父親が、姿の見えなくなった娘を不審に思ってメッセージ送ったら、文字化けした文面が返ってきたそうだ」

 ちなみにコレな、とスクリーンショットらしい画像を見せられて、漢字と記号と外国文字の入り混じった文面に眉を寄せる。

「誘拐されて、犯人に見つからないように適当に打った、とか?」
「いや。スマホの日本語キーボードじゃ出ない筈の文字が混じってる。異界に入っちまってるんだ、この娘」
「はあ!?」

 異界って、鬼だのが居るっていう、あれだよな。門は見た事あるけど俺だってさすがに入った事は無い。行ったら最後、こっちの人間が戻れるかすら分からないのが異界なのだ。鬼や物の怪の類を投げ込んだ事は多々あるが、彼らが果たして『元の』居場所に戻ったかどうかは知らない。完全にブラックボックスだ。
 そんな所に入ったと聞いて、どうやって連れ戻すつもりなのだろう。というか、電波通じるのか、異界。

「この路線は特に異界に繋がり易い立地なんだ。だが、円状に繋がってるおかげで、入っちまってもぐるぐる廻って気がつかないうちに大体は『戻って』くる。父親の方は鉄道会社に勤めてて、そういう前例があるのを知ってて待ってたらしいんだが、昨日の十八時に見失ってから終電が止まっても戻って来ない。それで不安になって俺に連絡してきた」

 目を丸くして驚く俺の色々な困惑が分かるみたいに頷いて、染井川さんは俺に紋を掛けてくる。紐の紋。初めて見る。確か、術師と標的を繋いで、GPSみたいに使うやつだっけ。

「……ん」

 顔を青くした俺に、染井川さんがニヤリと笑う。

「お前、ほんと察しが早くて助かるわ」
「ちょ、待って。マジで?」
「もう終電は止まっちまってるが、点検用の車両がこれからこの駅に来る。お前はそれに乗って、この女の子を探して連れ戻してこい」

 つまり、お前も異界に行ってこい、と。そんな気軽に言われても。

「染井川さんは何度かこなしてるんだろ? だったら染井川さんが行った方が」
「だから、だろうが。大丈夫だ、車両から降りなければいつかは戻ってこれる」
「う……、じゃあ、女の子が戻ってくるのを待ってもいいんじゃ」
「メッセージ送っても既読がつかないんだそうだ。どっかのホームに降りてる可能性が高い」
「……それ、現実のホームじゃないんだよね」
「だからお前が行くんだろ」

 マジかよ、と頭を抱える俺に、染井川さんがもう一つ紋を描いて見せてくる。確かあの謎のやつ。

「覚えてるか」
「これでしょ」

 なんの意味も無く空中に溶けた紋は、染井川さんの家に掛かっていた謎の紋のうちの一つだ。複雑じゃないけど、何だか描こうとすると抵抗してくる、変な紋。倣って描くと、染井川さんが目を眇めて唇の端を上げた。

「なんかあったらそれ描け」
「分かった。けど、結局これ、なんなのさ」

 単体では何の効果ももたらさず消えていく紋が何なのか、今度こそ聞かせてもらえるのかと目を輝かせたのに、染井川さんは曖昧に首を振った。

「知らなくていい。……ほら、来たぞ」

 ホームに降りると、真っ暗な向こうから前照灯を光らせた電車が近付いてくるのが見えた。
 異界かぁ。神子のうちならワクワク出来たかもしれない。加護さえあれば大体はどうにかなるだろうと思っていた頃が懐かしい。ワクワクも、無い事もないが、どちらかといえばやっぱり、怖い。
 俺たちの前で速度を落として停車しようとしている電車の窓を見つめ、隣に立つ染井川さんのスーツの裾を握った。

「ビビってんのか」
「……うるさい」
「どうせなら手ぇ握ってこいよ」

 そしたらほだされて俺が行くかもしれねぇぞ、と揶揄ってくる染井川さんの靴を思いきり踏んづけた。

「おま、革靴踏むんじゃねぇよ。形崩れるだろうが」
「いってきまーす」

 完全に停車して、俺たちの前の出入り口だけが扉を開けた。軽い足取りで乗って振り向くと、ホームに残った染井川さんは至極真面目な顔をしていた。最近はいつもニヤけた面ばかり見ていた気がするけれど、そういえば夏より前の彼はこういう印象だった。高い位置から見下して、眇めた目に値踏みされるようで落ち着かない。

「染井が」
「何があっても線路には降りるな。絶対に」

 その顔嫌だ、と文句を言おうとしたのに被せるように言われ、反芻してから頷いた。分かった、と声に出す前に、目の前でプシュンと音を立てて扉が閉まる。
 こちらとあちらが断絶されたような感覚に、まだ窓から染井川さんが見えるのに背筋に冷たいものが走って、思わず窓に手をついた。反対側から染井川さんの手が重なって、目が合った染井川さんと同時に顔を赤くした。なんだこれ、恋人じゃないんだから。

「お昼、カレー食べたい! スリランカ人がやってるとこの!」

 叫んでみたら、染井川さんが一瞬目を丸くしてから、破顔して頷いてくれた。いつもながら、真顔からの笑顔の破壊力やっば。
 間も無く動き出した電車の窓から小さくなる染井川さんを見送って、シートに腰を下ろした。
 いつの間にか異界に入って、いつの間にか戻ってくる、と染井川さんは言っていた。だとしたら、結構な長丁場になるかもしれない。緊張しててもしょうがないし、と靴を脱いでベンチのように横長のシートに寝転がった。一回やってみたかったんだよなぁ。
 時間的に外は真っ暗だが、さすがに街の明かりは見える。次の駅に着いてもアナウンスは無く、運転手らしき人が降りる気配も無く、ただ俺の乗っている車両のドアだけが開くのが少し不気味だった。
 一駅、二駅、三駅。寝ないようにだけ注意しながら、開いたドアの向こうに女子高生が居ないか確認する。紺のブレザーに紺のスカートで、ネクタイは緑のストライプ。髪は肩に付くくらいで、派手でも地味でもない、普通の子。この時間にホームに残っていれば普通なら補導されているだろうから、見間違う事も無いだろう。
 電車に乗って、何分経っただろう。スマホも渡されていないから時間感覚が曖昧だ。今度、時計くらいは買ってもらおう。
 横幅の狭いシートで横になっているのも辛くなって身体を起こすと、窓の外は真っ黒だった。

「……」

 夜の闇じゃない。
 だって、都内を走るこの路線で、ビルの明かりや街灯一つ見えないなんておかしい。
 周囲を窺うと、いつの間にか車内には数人の乗客が座っていた。ごくりと唾を飲んだ。ありえない。居なかったのだ、誰も。
 慌てて靴を履くと、隣の老婆と膝がぶつかってしまって、反射的に謝った。

「あ、すいません」
「いいえ、いいのよ」

 隣になんて、誰も居なかったのに。顔を上げると、もう車内は客でいっぱいになっていた。朝のラッシュよりは少ないが、それでも吊り革一つ一つに客の手がぶら下がっている程度に混んでいる。
 狐か何かに化かされている気分だ。なんでこんなに客がいる? それとなく観察してみるが、どう見ても普通の人間にしか見えない。五体満足で、牙も長い爪もなく、体毛も生えておらず、襲い掛かってくる者も居ない。
 熟睡して朝になってしまったのかと勘違いしそうになるが、窓の外はやはり、黒い。

「飴ちゃんいるかい?」

 隣の老婆に飴の包みを一つ握らされて、お礼は言いつつもどうしようかとそれを見下ろした。食べちゃ、ダメだよなぁ。

「だめよ」

 いつのまにか隣に座っていた、OL風のお姉さんに、低く小さな声で咎められた。文庫本から視線を上げず、彼女は鞄から小さなビニール袋を出して俺に渡してくる。

「これに入れておきなさい」
「どうも。……あの、お姉さんも同業者?」
「同業? よく分からないけど、私はよくここに迷い込むだけの一般人。大丈夫よ、そのうち戻るから」

 だけど、こっちで渡された物は戻ったらすぐに捨てた方が良いわ、とお姉さんは本から目を離さずに小声で忠告してくれた。よくここに迷い込む、かぁ。あれかな、霊力が強いタイプの人なのかな。
 普通に話が出来そうな人が居た事に少し安堵して、彼女に倣って小声で尋ねた。

「俺、人を探してるんだ。紺色のブレザーの制服着た女子高生。髪は暗めの茶色で、肩くらいの長さ。見覚えありません?」
「ごめんなさいね。私、こっちに迷い込んだら絶対に本以外見ない事にしてるの」
「そうですか……」

 頑なに本を読むフリをしているが、そういえばその指は一ページも捲られていないし、心なしか震えているように見える。
 それはそうか。一般人なら、本当に『よくあること』だとしても、よく分からない空間に入ってしまう事に意味も分からないまま慣れられる筈も無い。
 異界でも紋は効くんだろうか、と浄化の紋を描いてみる。俺の右隣、老婆との間に壁の紋を描き、そこに付与した。老婆が無言で俺から離れるように距離を開けたのを見て、攻撃性は無さそうだけれどこの老婆も異界の生き物なのかと眉間に皺が寄る。

「お姉さん、袋のお礼」

 彼女の本に破邪の紋を掛けると、目の前に立っていたサラリーマン風の男が嫌そうに数歩退がった。

「……?」
「その本持ってれば、悪い物は避けてくれるようになるから。俺、あんま強くないから、過信はしないでほしいんだけど」
「ええと……ありがとう?」
「うん、お守り程度だけど」

 これから何があるか分からないから、効果が永続するようには出来ない。せいぜい一週間くらいだけど、と思ってから、染井川さんの連絡先を教えておこうかと思い至った。

「ボールペンある?」

 上着の内ポケットからボールペンを出してくれたお姉さんの、手の甲をお借りして染井川さんの携帯番号をメモる。

「その本に効果があって、もしもっと長い期間そういう効果が欲しかったら、ここに電話してくれればどうにかするから。あ、ただ、この人は仕事でやってるから、お金取るんだけど」
「あなたは仕事じゃないの?」
「俺は……、うーん、見習い? みたいな?」

 お姉さんは手の甲の数字をじっと見て、それから本から視線を上げて俺の方を見た。

「あら。胡散臭い商売してる割に、綺麗な子なのね」
「胡散臭い……。うん、まあ、確かに」

 苦笑する俺から視線を逸らして、お姉さんはまた本に目を落とした。

「効果があったら連絡するわ」

 まいど、と応えて、人にしか見えない何かの向こうの真っ暗闇な窓の外を見る。
 久しぶりに車両が減速する気配を感じて、進行方向を見れば、電気の点いたホームに停まるようだった。最後にガタン、と大きく揺れて、こっちの電車の運転手は荒っぽいなと面白がる。
 開いたドアの向こうに紺色の制服を認めて、思わず立ち上がった。

「いた!」

 染井川さんに見せて貰った画像のままの少女が、ホームのベンチに座っていた。慌てて開いたドアの方に駆け、そこから少女を呼ぶ。

「探しに来たよ! こっち来て!」
「あ、ちょっとあなた……!」

 お姉さんが慌てたように止める声がしたけれど、ドアに手を掛けたまま、俺はホームに足を付いた。手を伸ばして少女を呼ぶのに、目の前に居る俺の声も聞こえず、見えもしないみたいに途方に暮れた顔で座ったままだ。
 プシュ、とドアが動く。どうする。やっと見つけたのに。もう一度ここに来られるだろうか。もう降りてしまった彼女に俺やこの車両が見えていないとしたら、彼女はずっとこのままなのか。

「クソッ」

 ええいままよ、とホームに飛び出した。両足をホームのコンクリートに着いた途端、背後にあった筈の車両が掻き消えた。

「ヒッ……!」

 代わりに、おそらく彼女から見たら何も無いところから急に現れた俺の姿に悲鳴が上がる。怯えた表情の少女の前で、慌てて手を振って「大丈夫だから!」とアピールした。

「君のお父さんに頼まれて探しに来たんだよ。不審者じゃないからその防犯ブザーから手ぇ離して」

 俺の姿に反射的にだろうか、通学鞄にぶら下げた防犯ブザーを握り締める少女を宥めるように声を掛けるが、警戒したように身を硬くしている。

「……じゃあ、あたしの名前は?」
「え? あ」

 そういえば、聞いてなかった。あわあわする俺に更に警戒を強められてしまって、そんな威嚇する猫みたいな女の子に近寄る訳にもいかず。ホームの端っこで、仕方なく勝手に説明を始めた。

「えーと、俺は、林 静汰。君のお父さんに捜索依頼を受けたのは染井川さんって俺の上司で、俺は寝てるとこ叩き起こされて探してこいって無茶振りされただけで。だからごめん、名前知らなくて。でも、探しに来たのは本当だから、出来れば信じて一緒に来て欲しいんだけど」
「どこに?」
「どこって……」

 周囲を見回して、闇の中にポツンと孤立したホームに頭を抱えた。思わず降りちゃったけど、電車が見えなくなるとしたら、ここでずっと待ちぼうけになったのは俺も同じだ。

「あ、そうだ。あの紋」

 染井川さんに、何かあったら描け、と言われたあれを思い出し、早速描いてみる。が、やはり何も起こらず、空中で溶けて消えた。

「あれ……」

 もう何度か描いてみるが、特に何も起きない。本当になんなんだ、この紋。

「……使えない」

 どうしよう、とその場にへたり込んだ俺に、ぽつりと呟かれた少女の声に凹んだ。まあでも、染井川さんならなんとかしてくれるだろう。出発前に俺に紐付けしていたから、紐が切れない限り俺の居場所は分かる筈だ。

「コンクリ冷たいから、そっち座っていい?」
「勝手にすれば」

 俺が悪意のある何かでは無いというのは理解してくれたのか、少女は投げやりに返事をくれた。握ったままのスマホの時間を何度も眺めては不安そうに目を伏せる。
 風は全く無いのに、気温は低く肌寒い。
 ベンチに座る少女のスカートから伸びた素足の膝下が血色悪くなっているのを見て、コートを脱いで膝に掛けてやった。その隣に座ると、少し間があってから、「ありがとう」と小さな声が震えて、少女が俯いた。

「うわ、やめて。泣く子慰めるとか出来ないから、俺」
「は?」

 ギロ、と睨まれて、頰を掻く。

「あの、大丈夫だから。俺はこっちに来たの初めてだけど、俺の上司がなんとかしてくれるから、とりあえず気を楽にして」
「こんな訳分かんないとこで気を楽に? 馬鹿じゃないのあんた!」

 少女は激昂したように立ち上がり、周囲を指差して俺に怒鳴った。

「電波も無いし、駅名も聞いた事ないし、周り真っ暗だし! 乗り過ごしちゃったのかと思って一回降りたら次の電車来ないし、駅員さんも誰もいないし、っていうか出入り口も無いし! なんなのここ!? こんなとこで気が抜けるわけ無くない!?」
「あー……うん……」

 まあそうだよね、と曖昧に頷く。泣かれるよりはストレスを爆発させてくれた方がマシだ。

「助けが来たかと思ったらボンクラだし!」
「あは……」
「つーかあんた同い年くらいじゃない?」
「んーと、十六」
「年下だし!」
「ごめん……?」

 ひとしきり叫んで、少女はまたベンチに腰を下ろした。足を前に投げ出して、そういえば膝に掛けた俺のコートは落ちないように掴んでくれていた事に気付く。

「玲菜」
「ん?」
「あたしの名前」
「……」
「れ! い! な!」
「あ、うん。玲菜ちゃんね」
「は? ちゃん付けとかだるいし。呼び捨てでいーよ」
「うーん……」

 なんだかちょっと面倒くさい。名前を覚えるのは苦手なのに。れいなれいなれいな、と口の中で繰り返して、この依頼が終わるまでは覚えておかなきゃ、と自分に言い聞かせた。

「玲菜、ちょっとそのスマホ借りていい?」
「電波無いよ?」

 試しに、と彼女のスマホに破邪を掛けてみると、すぐさま音楽が鳴り出した。音の割れた、元は懐メロだったらしいそれを聞いて、玲菜が気味悪そうに俺から距離をとった。スマホの画面には、文字化けした何かと、着信ボタンが表示されている。

「とるね」
「え……マジで」

 嫌そうに顔を歪める玲菜に構わず、ボタンを押して耳に当てた。

『静汰か』

 聞こえてきた、少し歪んで聞こえるが確かに染井川さんの低い声に、ホッとしたのも束の間。

『この馬鹿が。なんでホームに降りた? 紐の紋は見せただろうが。実体化させて掴んで引っ張るなり、紐付けして一回俺んとこに戻ってくるなり、やりようはあったよな?』
「う……」
『壁の紋で押して電車内に押し込むって手もあった筈だ。いくら数覚えてようが、使えなきゃ意味無ぇんだぞ。分かってんのか』

 弾丸のように続け様に叱責され、はい、はい、と小さくなっているしかない。

『もっと頭使え。咄嗟の判断が遅い』
「……」
『普段からもっと応用法を考えろ。実戦で常に俺に指示させる気か?』
「……」
『聞いてんのか』
「聞いてます……」

 異界に放り出されていても、染井川さんは俺に容赦無い。でも、つまりそれは、俺が向こうに戻れる目算がついてるからって事で。

「……で、これからどうしたらいいの」
『お前なぁ、ちゃんと分かってんのか』
「反省してまーす」
『……迎えは要らねぇんだな?』

 ふざけてみたら、割と本気の声で言われて慌てて謝った。染井川さんが本気になったら、玲菜だけ連れ帰って俺を何日か放置するとか真面目にやりそうだ。

「こっち、めっちゃ寒いんだよ。俺はともかく玲菜はスカートだから、早くしてもらえると助かるんだけど」
『……今、お前の紐を辿ってる。もうしばらくそこで待ってろ』

 はーい、と返事をしたら、ザリザリと急に音が悪くなった。

「染井川さん?」
『──だ、静──、──ら──なよ、聞こえ──』
「え?」
「ちょっとっ、なんか変なんだけどっ」

 隣の玲菜にジャージの腕を掴まれ、彼女の見ている方を向くと、どうやら朝陽が昇ってきたようだった。紫色の陽が、地平線から。

「気持ち悪……」

 遠くの遠くの地平線が、俺達の座るホームのベンチからまっすぐ横に伸びているのが見える。闇を切るようにそこから紫色の光が昇ってきて、辺りを薄紫に染め出す。

「染井川さん、なんか変……、って、切れてるし」

 染井川さんに異変を伝えようとして、真っ暗になったスマホの画面を見て嘆息した。

「ちょっと、これ、本当に大丈夫なのよね?」
「うん。染井川さんが探してくれてるから、俺らはここから動かなければ……」

 大丈夫、と不安そうな玲菜の肩を叩いて、紫の太陽の日の出を眺める。本気で気持ち悪いな、この光。
 色にはそれぞれ人の感情を変化させる作用がある、なんて、染井川さんの部屋の本で読んだ気がする。赤は興奮で、青は不安だっけ。紫はどうだったろう。術の勉強の合間に暇潰しで捲った本だったから、よく思い出せない。

「────」

 遠くから、呼ぶ声が聞こえた。

「お父さん!」
「染井川さん?」

 声は一つだった筈なのに、俺と玲菜は同時にそちらを向いて、違う名前を呼んだ。

「え……」
「あたしのお父さんの声だったよ」
「そっか」

 確信するような玲菜の顔に、だったら俺の聞き間違いだろうと頷いた。声が聞こえるという事は、近付いてきたのだろう。
 もう一度、謎の紋を描いてみる。消える前に、少し光って、俺の指先に戻ってきた。

「……?」

 初めて動きを見せたので、もう何度か描いてみようとしたところで、俺のジャージを掴んだままだった玲菜が急に立ち上がった。

「なんか来る!」
「へ? ……うわっ」

 ホームの端から、小さな百足のような虫が無数に沸いてきていた。浸食するように、ぞろりぞろりと、少しずつ数を増やして這ってくる。いつのまにか紫の太陽が真上に昇っているのに、ホームの周囲は闇のままだ。コンクリートの端から登ってきた虫が、前の虫を登り降りしながら闇を増やしてくる。

「ねぇ、これ……本当に、大丈夫なんだよね?」

 不安そうにする玲菜を庇うようにその肩を押して、虫とは反対の端を目指して歩き出した。幸い、虫が這う速度は速くない。気持ち悪いけれど、我を忘れる程の恐怖は無かった。

「Gじゃなくて良かった……」

 俺が呟くと、玲菜も頷く。あれは無理だ。あれだったら泣いて逃げた。
 ふと思い付いて、虫の進行を止められないかと、壁の紋を投げてみた。壁にたどり着いた先頭の虫がぎゅう、と潰れるのを見てゾワッとした。壁より前に進めなくなった虫の群れが、そこで詰まって地層のように高くなっていく。

「うわ……」

 ドン引きした声を出したのは、俺か玲菜か。
 見る間に虫は天井まで積み重なって、天井の電灯に当たってバチバチと音をさせた。壁と天井の照明の隙間からボロボロと溢れ落ちてきた虫が、またゆっくりとこちらへ進んでくる。壁の紋がみちみちと音を立て、破れて虫が雪崩れたのを見て玲菜が今度こそ悲鳴を上げた。

「な、なんなのっ、なんなのよっ!」
「いやー、やばいね、これ」
「笑ってる場合!?」

 気が付けば、俺と玲菜はホームの端に居た。虫の群れの先頭はまだ数十メートル離れているが、あれだけの量が居て平静を保ち続けられる程まだ肝が座っていない。玲菜の手前、怖がるわけにいかないだけだ。隣に居るのが染井川さんだったら、抱き着いて泣いている。

「おーい」

 背後から声が聞こえた。同時に、玲菜のスマホがまた着信を受けて鳴り出す。今度は歪んでいない、まともな音で。

「俺とっていい?」

 うんうん、と虫を凝視しながら俺にしがみついてくる玲菜に断って、電話を取った。

『こっちに来い』

 いつもの染井川さんの声が聞こえて、その冷静な声に心底ホッとした。

「こっちって?」
『線路に降りて、こっちに歩いてこい。ここからだと虫が邪魔でお前らが見えない』
「え? でも、さっき……」

 線路に降りるなって言ってなかったっけ、と。聞こうとして、通話が切れてしまった。

「おーい、どこだー?」
「あっ、パパ! パパ! あたしここにいるよ!」

 さっきまでお父さん、と呼んでいたのに、半泣きの玲菜は父親の声に安心したのか、声のする方に返事を返す。手を振ってはみるが、闇の向こうに一切の光は見えない。

「ねぇ、行こうよ。線路に降りろって言われたんでしょ?」
「あ、うん、そうなんだけど……」

 それはそうなのだけど。
 コンクリートの端こっから、数センチすら先が見えないのに。こんな所に降りて、本当に大丈夫なんだろうか。
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