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神を裏切り貴方と繋ぐ
Sー25、暴かれる中身
しおりを挟む夕方迎えに行く、と言われて、断る理由も見つからず。
結局俺は、染井川さんと二人で夏祭りなんぞに来てしまっていた。
「おい、アレは食うか? ケバブ」
「食べる。好き好き」
「りんご飴は?」
「甘いのはあんまり……。あ、でもチョコバナナは食べる。じゃんけん勝っちゃったら染井川さん一個食べてね」
「俺もあんま甘いのは好かねぇんだがな……」
たこ焼きとお好み焼き、焼きそばはまず確保した。それから焼き鳥、フランクフルト、イカ焼き等の串類を買って、それらの袋を両腕に下げながら、今はかき氷を食べている。
「あ、あっちのじゃがバターも食べたい」
「ん。そろそろ花火始まるからな、座れそうな場所探しとけ」
「おっけ。飲み物買ってないからラムネもお願い」
俺が遠慮なく屋台をハシゴして食べ物を買うのに、染井川さんは文句を言うでもなくついてきては財布を開いた。
一軒目の時に自分で払おうとしたのを「子供に払わせる保護者がいるか」と言われたので、そりゃもう全く遠慮なく。子供扱いされて喜ぶ高校生はいない。
じゃがバターは染井川さんが買ってきてくれるというので、俺は言われた通り座れそうな場所を探すことにした。
祭りは、かなり大きなものだった。
組織の施設から車で四十分ほど走ったところにある海沿いの公園で、芝生広場には屋台がひしめき合っていた。花火は海上で上げるらしく、最前列はシートで区切られて有料席になっているらしい。
公園だから座れる場所は多いのだが、通路の近くに座ってしまうと行き交う人を眺めることになりそうだ。
少し遠いけど芝生敷きの斜面になっている高台の方に座れそうな場所を見つけて、食べ物のビニール袋を揺らしながらそちらへ向かった。
屋台やステージのある芝生広場からは遠いからか、まだ座って場所取りをしている人はまばらだ。土が湿っていなそうなあたりに腰を降ろすと、染井川さんからスマホにメッセージが届いた。
『場所決まったらその場で経唱えろ』
経?
どうしてだろう、とよく考えもせず実行する。
神様、今日も大好きです。
特に何か頼み事があった訳ではないので、そのまま『雨が降りませんように』とだけ付け加えた。
「見やすそうな場所だな」
程なくして染井川さんが斜面を登ってきた。
「なんでここで? 特に悪いものはいなそうだけど」
これだけ人が集まっているのに、悪い霊が殆ど居ないのも珍しい。こういうイベント事では加護フル活用でそれとなく浄霊しまくるのが当たり前なので、『場』が良いのかもしれない。
「すげぇ光るから分かりやすい」
「え、場所見つける為?」
「それ以外に無ぇだろ」
ほら、と渡されたじゃがバターを受け取って、納得したようなしちゃいけないような気分になる。
「それにしても、ここ、全然悪いのが居ないな。染井川さんがお祭りに連れてくとか言うから、大量に浄霊させられるんだと思って結構覚悟してきたんだけど」
「あ?」
たこ焼きは蒸れてふにゃふにゃになったのが好きなので、先にイカ焼きを食べる事にした。イカを噛みながら片手で目に付いた黒い靄(もや)を纏う人に浄化の紋を飛ばすと、染井川さんは俺の横に座って煙草を吸おうとして、やめた。
「そりゃ昼間俺が……、ここ、禁煙だったか」
「だったね。会場内全面禁煙」
「世知辛ぇ」
「フランクフルトあげるから、棒でも咥えてれば?」
「お前、馬鹿にしてんのか。先にチョコバナナ寄越せ、溶けるだろ」
男二人でもぐもぐと食い物にありつきながら、まだ花火の上がらない真っ暗な夜空を見上げる。
夜でもスモッグで煙った空は、星灯りのような小さな光は隠してしまっていた。
「染井川さん、何で俺なんか連れてきたの」
「はぁ? 言ったろ、詫びだって」
染井川さんは三口でチョコバナナを食べきって、自分用に買ってきたらしい缶コーヒーを開けた。
横目で盗み見る染井川さんは、俺の方なんか見もしない。ここに来る車の中でも、ここへ来てからもそうだ。
俺の方を見ない。
だから、染井川さんが俺を狙ってるなんてのは、やっぱり蛍吾達の勘違いだと思う。
好きならどうしたって目で追っちゃうと思うんだよな。実体験的に。
ウンウンと自分の考えに納得して頷きながらお好み焼きを食べていたら、パックの上半分に置いておいた輪ゴムが飛んで転がっていってしまった。
「ありゃ」
拾わなきゃ、と伸ばした手に、横から伸びてきた手が触れる。
「あ、ありがと、染井川さ……」
すいと視線を上げれば、唇を噛んで心なしか顔を赤くする、染井川さんの姿。
「……ああ」
すぐに顔を逸らされてしまったけれど。拾った輪ゴムをパックの上に戻してくれた染井川は、煙草がなくて口寂しいのか、缶コーヒーの飲む部分をガリガリと噛んだ。
見間違い……ではなさそうだ。染井川さん、俺の手に触ったの、意識してる。
その証拠みたいに、染井川さんはそれとなく俺から離れるように座っている位置をずらした。
……えーーーー。
マジか。マジなのか染井川さん。俺高校生だぞ。あんた、俺のことガキだガキだって言ってたよな? ガキ相手に? まさかロリコン? いや、ロリって女の子の事だから……男だと何コン?
困惑しながらお好み焼きを食べきって、じゃがバターを食べ始めたらやっと花火が上がり始めた。
ドン、ドドン、と、それほど豪勢ではないが途切れない程度に、花火が上がり続ける。
会場内に設置されたスピーカーから流れる軽快な音楽に合せて、頭上でカラフルな炎色反応が花の形を作っては消えていく。
年に数回見られればいいものなのに、何故こんなに懐かしい気分になるのだろう。毎年、絶対に一度は見なければいけないと義務感にかられすらする。
「……口、開きっぱなしだぞ」
花火を見上げて呆けていた頰を横からつつかれて、肩でその指を嫌がった。さっきは手が触れただけで赤面していた筈の染井川さんは、愉しげに俺の頬を揶揄(からか)うみたいに指で撫でてくる。
「やめろよ志摩み……」
「……」
間違えた。
す、と染井川さんの顔から表情が消える。
指が離れていって、染井川さんは無言で夜空を見上げた。俺もそれに倣(なら)って空を見上げる。
心臓がバクバクいってる。怒られるかと思った。
さすがに二人で来てるのに他の奴の名前を呼ぶのは不味い気がする。いや、気を持たせないって意味では正解か? 染井川さん、これで諦めてくれる? ごめん俺、好きな奴居るから!
それきり食欲も無くなってしまって、花火が終わっても俺の手には屋台の食べ物が残っていた。
「それ、冷蔵庫入れとけよ。食うなら明日の午前中までには食え」
「分かった。今日はありがと、……染井川さん」
「おう」
じゃあな、と俺を宿まで車で送り届けた染井川さんは、今夜は施設の仕事はサボると言って自分の宿に戻っていった。
いつも通りの態度で。何事も無かったように。
三十過ぎでもあれだけの色男なのだ、恋愛事なんていくつも経験しているだろう。俺が彼に気が無いと分かっても、それを表に出すような幼稚な人でもないのだ。
少し、罪悪感で胸が痛んだ。
それから仕事満了の前日まで、夜に仕事が無くなった。
構成員たちと昼間に皆で海で遊び、女の子をナンパする方法を伝授され、その娘たちとバーベキューや花火をして、至極健全に遊んだ。
元々あまり白くも無かった肌が日に焼けて小麦肌になる程度には遊び回った。
構成員の人たちは去年までの神無神子(かんなみこ)扱いとは打って変わって、親切に優しくしてくれた。
森さんにこっそり聞いたところだと、実力で仕事してるタイプの人達だから、俺の範囲浄霊で力を認めてくれたんだろうという。これまでは『神がついてる癖に努力しない怠け者』だと思われていたらしい。全く無努力でも無かったのだけど、半分は事実でもあるので反論も出来なかった。
染井川さんはあれから、特に何も変わりない。
たまに俺や蛍吾が調子に乗り過ぎた時や、構成員たちが気を抜いてる時を狙って懐から謎の石を出して、それを割って中からヤバげな悪霊を出すくらい。三匹目の、頭の中が殺意で埋まっていた連続殺人鬼の霊にうっかり触った時はそのまま発狂するかと思った。人の腹にナイフを刺して真横に抉る感触が数日取れなかった。
それ以外は、特に何も無く。
俺にはもう興味を失くしてくれたのだと思う。俺が神子でなくなった時は染井川班で受け入れてくれると言っているし、嫌われるのは出来れば回避したかったから、いい感じに落ち着いたと思う。
あの花火の夜の事が無ければ、染井川さんが俺を……なんて、今でも信じなかった。
それくらい、染井川さんは大人の対応をしてくれていた。
摘んだ指先から伸びる細い紙の先で、直前までパチパチと光っていた火花がぽとりと落ちた。
「俺の勝ち」
隣の染井川さんが笑った気配がする。
染井川さんの持つ線香花火は、まだ音を立てて光っていた。
最後の夜は皆で施設の浜辺で手持ち花火をしていた。ついさっきまでは周りで構成員たちが酒を呑んでどんちゃん騒ぎをしていたのだが、一人が寝ると言い出したらぞろぞろと施設の中に戻っていったのだ。蛍吾も自分のホテルへ帰っていった。
だから今、ここには俺と染井川さんしかいない。
染井川さんは珍しく、煙草ではなく酒を飲んでいた。酒に強くあまり顔に出ないタイプなのか、俺が見る限り八本目くらいのビールだが、赤くもなっていないし呂律も回っている。
不安は無い。染井川さんは大人だから、俺と二人きりだからどうこうなんて事はないと、信じられた。
「そろそろ戻るか。お前は今晩はどうすんだ? このまま組織の誰かが迎えに来るのか? 宿に戻るなら森は飲んでねぇだろうから送らせるが」
「んー……眠いし、ここ泊まってこうかな」
すっかり構成員たちにも馴染んだので、肩身の狭い思いをしなくて済むし。
俺がそう言うと、染井川さんが少し黙ってから、「なら、俺もそうするか」と言った。
……染井川さんは何もしない。だって雑魚寝だし。皆居るし。大丈夫。
大丈夫、と思いながらも、なんとなく不安なのは自意識過剰ってやつだろうか。
ちゃんとした片付けは明日朝でいいと言うので花火の片付けだけやって施設の中へ入ると、嗅ぎ覚えのある匂いがした。
白檀に甘い花の匂いが混じったような、お香の香り。
どこで嗅いだんだったか。考えながら広間に続くドアを開けたら、眼前の光景に呆けた。
「何やってんだ、早く入れ」
「え、あ、でも」
後ろから来た染井川さんに急かされた所為で、部屋の中の視線たちがこちらを向いた。
板張りの広間に隙間無く敷かれた布団の上で絡み合う、裸の男女。あ、男男もいる。女男女もいる。うわ、フリーダム。
広間の中は蝋燭とお香が四隅で焚かれていて、開かれた扉から外に漏れ出る匂いで噎せそうだ。
「……あ?」
俺の背後から部屋の中を覗き込んだ染井川さんまでもが、数秒呆けて固まっていた。
「出ろ、静汰」
「へ?」
「早く出ろ!……んの、森ィ!! テメェ、まだガキがいるのにおっ始めてんじゃねぇ!」
俺を押しやって扉を閉めると、染井川さんは部屋の中にずかずかと乗り込んで行って森さんを叱りつけたようだ。扉越しに、染井川さんと森さんが言い合うのが聞こえる。
「だって、静汰くんは染井川さんが送っていくと思ったので……え、泊まる? ここに? 無理ですよ~、皆もう出来上がっちゃってますよぉ~」
「俺が酒飲んでんの見てたろうが! お前どうせ酒入ると勃たねぇから飲んでねぇだろ!? さっさと静汰宿に送ってこい!」
「ええぇ~そんなぁ~、俺久々だから効き過ぎてて静汰くん襲っちゃいそうですよ~染井川さぁん」
「ああクソッ! おい、誰かあいつ大丈夫な奴いねぇのか!?」
「無理ですよ~静汰くんあの顔ですよ? 誰が行っても送り狼ですよぉ」
聞いちゃ不味い気がして、扉から離れた。
え、何。この匂い、もしかしてエロい気分になるお香とか? 実在すんのそんなの?
興味に駆られてくんくんと匂いを嗅いでみるが、俺にその兆候は現れない。エロい気分どころか、嗅げば嗅ぐほど気持ちが落ち着く気がする。
どのみち誰かに送っていってもらわないと宿にも戻れないし、と玄関で待つ事にした。広間から漏れ出てくるお香の匂いは、こちらまで充満してきている。少し強い匂いだけれど、慣れれば不快でもない。ふわふわとしたいい気分で、欠伸をした。
体育座りでうとうとしていると、不意に後ろで扉が開く音がした。
「あぁ? おい、出てろって言っただろうが! なんでここに居やがる!」
「部屋からは出たけど……?」
「外にだよ! 馬鹿が、結構吸ったか? ……まあ、お前が吸ってもどうってこたぁねぇか……」
振り返ると、染井川さんが敷布団を持ってぶつぶつと呟きながらこちらへ来た。俺を外へと促し、染井川さんのSUV車のリヤハッチを開けて後部座席を倒し、平らになった後部座席へ敷布団を敷いて俺に顎で示した。
「悪ぃが送っていける奴がいねぇ。エアコン付けっ放しにしといてやるから、ここで寝ろ。朝んなって俺の酒が抜けたら送っていってやる」
そう言って染井川さんは車から離れて施設の中へと戻るようだ。
……染井川さんも、あれに混じるのだろうか。
「染井川さん」
「ん?」
俺が呼ぶと、染井川さんはすぐに足を止めて振り向いた。
足取りもしっかりしている。性欲に飢えた目をしているわけでもない。あのお香、なんなのだろう。
「車の中、汚しちゃうかもしれないけど大丈夫?」
「あ? なんだ、具合でも悪くなったか? 吐くんだったら海辺の方で……」
踵を返して俺の方へ来た染井川さんは、暗闇で見えにくいのかいつもより俺に近付いて顔を覗き込んでくる。
「あんなの見ちゃったら、抜いてからじゃないと寝れないから。臭くなったらごめんね?」
「抜……」
染井川さんが俺の言った事に唇をヒクつかせて止まった。
自分でも、何でそんな事を言ってるのか分からない。気分は全く悪くない。爽快なくらいだ。今ならなんでも言える。
「てか、染井川さんも混ざるの? いーなー、俺もああいうのしてみたい」
「お……前、お前、結構吸ったな? ガキっつっても高校生だもんな……そりゃそうか……厄介な……。……お前にはまだ早い。せめて高校卒業してからにしろ」
「えー? セックスくらい中学生でもするじゃん?」
「……ほんとに、寝てくれ、頼むから」
染井川さんの腕を掴んで「参加させろー」と駄々を捏ねると、彼は空を見上げて呻いた。
「お前がヤッたら神子じゃなくなるだろうが」
「だいじょーぶだってばぁ。挿れなければ神様的にもオッケーみたいだし」
「何がオッケーだ、そんな保証の無ぇ事できるか」
「保証? っていうか、現時点で加護消えてないし?」
「……あ?」
「志摩宮といっぱいしたみたいだけど、加護消えてないし。だから大丈夫」
な! と笑うが、染井川さんは俺を見下ろして黙り込む。睨まれてるみたいだ、と唇を尖らして首を傾げながら染井川さんを窺うと、顎を鷲掴みにされた。
なんだよ、と声を出す前に、唇を塞がれた。
舌を引っこ抜く気みたいな強さで吸われて、痛くて染井川さんの胸を叩く。やめてほしいのに、舌を齧られて唇を舐められるとぞわぞわした感触に身体が跳ねた。
「あー……確かに、消えてねぇな」
唇を離した染井川さんが、俺の周りを見て独言る。
「な、なん」
「挿れなきゃセーフなんだな」
突き飛ばされたと思えば、染井川さんの車の中だ。
「やめっ」
「ヤりてぇんだろ」
染井川さんは俺を車の中に押し込んでリヤハッチを閉めると、上から覆い被さってきた。また顎を掴まれてキスされそうになったので、加護で避けようとした。
した筈なのに。
「んんっ、や……ぁ」
染井川さんの唇は俺の唇と合わさって、隙間なく閉じられる。粘膜の隙間から唾液を送り込まれて、自分と違う味に嫌々と首を振った。
酒臭い吐息に嫌悪感でいっぱいなのに、微かに甘い唾液を流し込まれると経験した事のない感触に下半身に血液が集まっていく。
駄々を捏ねる俺の舌をさっきよりも優しく噛まれて、背筋にビリビリと何かが走った。
Tシャツを捲り上げられ、染井川さんの指が俺の胸の突起を弾く。
「ひゃあっ」
「まだちいせぇなあ。あんま弄ってもらえねぇのか?」
「や、やめ……染井川さ……、ぁ、ぁ」
グリグリと爪で押し込むみたいにされて、痛みに呻く。痛いのに、爪の鋭い刺激の後に指の腹で撫でられるとその甘さが倍増するみたいでたまらない。
また唇が寄って来て、今度こそと思うのに加護はまた発動しない。唇をはみはみと優しく噛まれ、それなのに胸の方を爪で抉られた。
「や、痛、いたい、胸、痛い」
「じゃあやめるか?」
言いながら、染井川さんは今度は優しく撫で回してくる。情けなく腰が跳ねる。股間が湿っている気がする。キスして、胸を弄られただけなのに。
「染井川さん、なんで、こんな」
キスしたままだと俺が呼吸出来ないのを染井川さんは笑って、キスをやめて今度は耳を舐めだした。
うわ、耳もヤバい。舐められるのも噛まれるのも、ゾクゾクする。
ふ、と耳の中に息を吹きかけられて、ぎゅっと目を閉じて震えた。
「かーわい。こんな可愛いもんの手ぇ離すとか、余裕かよ」
「そ、いがわ、さ」
「なぁ、今夜だけでいいから、徹(とおる)って呼べよ」
ふるふると首を横に振ると、染井川さんが苦しげに笑って、ふー、と大きく息を吐いた。
「クッソ……。手ぇ出すつもりなんか」
俺から手を離して、染井川さんは車の端の方に後退る。顔を両掌で覆って、荒い息を殺しているようだ。
「染井川さん……?」
「悪い……お前、好きな奴が、彼氏が、居るのに」
染井川さんはどうやら、自分のした事を急に後悔しだしたらしい。
ジンジンと痛む乳首が、彼にされた事を嫌でも反芻させる。キスされて、弄られて。こんな事、まだ志摩宮ともしてないのに。……してない? してる? どっちだろう。記憶の無い間の事だけど、してるにはしてるんだよな。
「彼氏はいない、と、思う」
俺の返答に、染井川さんが訝しげに顔を上げる。
「なんだ、その曖昧な……。あれだろ? あの志摩宮ってボウズだろ?」
「俺が好きなのは、確かに志摩宮だけど。志摩宮には俺じゃない彼氏がいるし、志摩宮とえっちしてたのは俺の記憶が無くなる前までだから、今はもう相手にされてないっていうか」
「彼氏? 相手に、されてない……?」
意味が分からない、と染井川さんが首を振る。
ごめん、俺もどう説明したらいいか分からない。けど説明したままなんだよ。
「俺と志摩宮が挿れる寸前までしてたってのも、蛍吾から聞いただけで……志摩宮からは、何も。何も聞いてない。だから、志摩宮的には、無かった事にしたいんだ、たぶん……」
志摩宮の事を考えると、涙が溢れてきた。志摩宮はいない。彼氏の所に行ってしまった。俺を置いて。
「う……」
べそをかく俺を前に、染井川さんは一人で何かぶつぶつ言っている。
「志摩宮……」
ぐす、と鼻を啜りながら俺が呟くと、染井川さんの独り言が止まった。こちらを見つめ、──襲いかかってきた。
「っやぁ!」
「テメェの前に居るのは俺だ!!」
バシ、と頰を叩かれたと思ったら、履いていたハーフパンツと下着を一気にずり降ろされる。
身体を引っくり返されて、腰を掴まれて引っ張られた。
「な、ん」
尻の、あり得ない場所に、熱い感触。
吐息がかかって、ぺちゃぺちゃという音と共にぬるぬるした熱い何かに窄まりが濡らされていく。
荒い呼吸音が聞こえて、それが染井川さんの舌だと気付いた。
舐められてる? 尻の穴を?
「や、やだっ、嫌だ、染井川さんっ、嫌だっ」
逃げようとする俺を戒めるみたいに、股間の肉茎を掴まれた。しゅこしゅこと擦られて、膝に力が入らなくなる。
「や、……ぁ」
ぐにゅ、と舌が挿入ってくる感触に息を詰める。何度も何度も、舌が入る度に中が濡らされていく。
なんでこんなこと。なんでそんなところ。
俺の中を舐める染井川さんの息が上がっていく。「くっ」と詰めるような声が聞こえたと思ったら、舌が抜かれて尻に熱い何かがかけられた。どろりとした感触のなにかが、穴やその周辺を濡らして太ももへ流れ落ちていく。
染井川さんの精液をかけられたのだと気付いたのは、そのままその切っ先が俺の窄まりに充てがわれたからだ。
「うそ、だよな……染井川さん……」
背後の染井川さんは俺の尻にかけた精液を自らの剛直に塗り込み、俺の尻の狭間でにゅるにゅると擦りあげている。出したばかりなのに萎えないソレの先をぐっと押し込まれて悲鳴をあげた。
「やだ! いやだ、染井川さん! やだぁぁっ!!」
染井川さんは暴れようとする俺の尻をバチンと叩いて、両手で腰を掴んで強引に押し挿入ってきた。
尻が熱い。頭が真っ白になる。なのに次の瞬間にはまた尻たぶを叩かれて、体の中に何かが入ってくる感覚を教え込まされる。
「やだ……やだ、中に、中になんか、入ってる……」
すすり泣く俺に、しかし染井川さんはさらに欲を煽られたみたいに背中から俺を抱き締めて耳元で囁いてくる。
「何が入ってるか言ってみろ」
根元まで俺の中に捩じ込んだ染井川さんは、俺の乳首を弄びながら何度も羞恥を誘う台詞ばかり吐いた。
「静汰。お前ん中に何が入ってるか、分かるだろ。なぁ、これなんだと思う? 誰のだと思う?」
「ん、んん、ぅ」
「なんだお前、もう中で感じてんのか? 奥擦られんの、そんなに好きか?」
根元まで入れたところから数センチだけを入れたり出したりされ、俺の内側はあっという間に染井川さんの肉茎の形にされていく。
それでも、中を擦られても気持ちよくなんかない。ただひたすらに、穴にされていく感覚が恐ろしいだけだ。だからまだ大丈夫。俺の口から出てる女みたいな声だって、身体を押し潰されているから出ているだけ。気持ちいいからじゃない。
「っし、ま、みや……」
そうだ。俺は志摩宮が好き。だから、染井川さんに犯されたって感じたりしない。気持ち良くなんて、ならない。
ぎゅっと目を瞑る。殺されはしない。染井川さんだって、正気に戻ったらきっと謝ってくれる。いつもの染井川さんだったらこんな事しなかっただろうし、きっとあの変なお香の所為。
男の剛直に貫かれても、俺の身体は淫らになったりもしていない。だからあれは催淫効果なんて無いし、ただ俺は嵐が過ぎるのを待てばいい。
「……お前のそういう強情なとこ、可愛くてしょうがねぇんだよなぁ」
抵抗をやめた俺に、染井川さんは囁きかけてくる。腰に響く低い声で、甘やかしたいみたいに優しく。
ぐ、と後ろから抱えられて引っ張られたと思えば、繋がったまま染井川さんの胡座の上に座る姿勢にされた。ぐちゅ、と音がして、更に奥を穿たれて喉から声が漏れる。
「き、つ……」
「キツいのはテメェが締めてっからだろ」
まだ奥へ入りたいみたいに腰骨を上から押されて、「ひぅ」と悲鳴をあげた。
染井川さんに押し潰されていないこの体勢なら逃げる事も可能だが、そうするには自分で腰を上げて染井川さんの肉を抜かなければならない。試しに腰を上げたが、染井川さんはそれを咎めなかった。
内側を肉に擦られながら、体外へ吐き出していく感覚。一回り太くなった括れを窄まりに感じて、あと少し、と思ったら。それまで大人しかった染井川さんが、急に腰を掴んで一気に中へ打ち付けた。
「──っ、あああぁ、あ、ぁ」
抜けそうなところから、一気に再奥へ。擦り上げられた肉壁が、強烈な快感を呼んで前から精を吐いた。
「ひっ……あ、や、やだぁ」
「あーあー、ケツ犯されてイくとか、もう完全にメスだな」
「ちが、違う、俺は」
染井川さんは俺の腰を掴むと、オナホでも使ってるみたいに軽々と俺を上下に揺すぶって使い出した。
「や、やだあぁ、やだ、やだ、染井川さんッ!」
尻の中を擦られた衝撃で達したという事実を受け止めきれない俺を置いてきぼりにして、染井川さんは俺の身体を玩具みたいに勝手に扱う。
俺の竿は出したばかりなのに腹につくくらい反り返って先端からだらだらと先走りを溢れされて、先に出した精液と混じって俺と染井川さんが繋がった部分の滑りをよくしていく。抗う術もなく上下に抜き差しされると、入り口になった交合部分からぐちゃぐちゃと酷い音がした。
「やぁ……っ、やだぁ……やだぁぁ……」
啜り泣きながら俯いた俺は二度目の精液を吐いた自分の竿を直視してしまい、顔を覆って泣くしかない。
嫌なのに。嫌な筈なのに。体が勝手に気持ち良くなって、俺の身体が作り変えられていく。
中を擦られるのが気持ちいい。奥に染井川さんの先端が当たるともっと気持ちいい。乱暴に扱われるのが嬉しい。強引に奪われたのが幸せ。あり得ない感情ばかりが次々湧き出して、俺の内側を犯していく。
あのお香。あれはきっと、遅効性だったんだ。きっと今効いてる最中で、だから俺はこんなことに。
そんな言い訳が、喘ぐ合間に漏れ出たらしい。
染井川さんが後ろで低く笑い、耳を甘噛みしてきた。彼は熱い吐息と共に、俺を絶望させる台詞を耳に流し込んでくる。
「あれなぁ、嗅いだ事あるだろ、本部で。──軽い自白効果があるだけだ。神子が脱走しねぇように、不満を先に潰せるように。つまりお前はただ……素直になってるだけだ」
「すなお、に」
「男受け入れて、メスにされて悦んでるのがテメェの本性だ、静汰」
違う、と。言えただろうか。言葉になっただろうか。
唇が震えて、嬌声しか出なかったかもしれない。
染井川さんの唇が耳から頸に降りてきて、ゆっくりと舐められて軽く噛まれる。ぞくぞくとした感覚に、もう嫌悪感が消えてしまったのを感じた。
染井川さんは俺の腰を掴むのをやめて、今度は片手で俺の肉茎を、もう片手で乳首を弄りだした。俺を気持ち良くしようとしてくるその所作に、首を激しく振って拒絶した。
「優しく、すんな……!」
優しくされたら、気持ち良いのを肯定してしまう。和姦じゃないんだから。俺は強姦されてるんだから、気持ち良くなんかならない。
なのに、染井川さんはそれすら見透かしているみたいに肩を甘噛みして、そのままぺろぺろと舐め回して俺の身体を弄り回す。
胸も、茎も。優しく優しく撫で回されて、登らされていく。時折下から腰を揺らされると、ソコが繋がったままなのを自覚させられて頭の中がぐちゃぐちゃになった。
「も、や……だ、もう、やだ、染井川さん……」
「……」
「ゆるして……俺、も、もう……」
「もう、なんだ」
お前はどうしてほしいんだ。
染井川さんの言葉が、俺の中に反響して消えていく。
どうしたい? そんなの、そんなの……。
「なんで、俺に、こんなこと」
許していい理由が欲しい。俺を犯した染井川さんを。好きでもない人に強姦されて気持ち良くなっている俺を。
気持ち良くなりたい。今すぐ、何も気にせず、ただ気持ちいいだけを追いかけたい。
「……好きだからに決まってんだろ」
染井川さんの声はやけに掠れていて、聞き取るのもやっとの小ささだった。
でも、それで、許せた。だから許された。
「染井川さ、ん……おねが、もっと、中、……ほしい」
さっきみたいに、と胸の突起を摘んだまま止まっていた染井川さんの手に俺の手を重ねて、腰の方へ誘導した。さっきみたいに、俺の体を掴んで揺すぶり犯して欲しいと。
染井川さんが、じゅ、と強く俺の肩の後ろを吸う。跡が付いたかもしれない。
「……いくらでも」
じゅう、ちゅう、と染井川さんは俺の首の後ろに何度も吸い付いてくる。
「お前が欲しいだけやるから、今は俺で頭いっぱいにしてろ」
やっと染井川さんが俺の腰を掴んでくれたと思ったら、ずぼ、と引き抜かれてしまった。孔に空気が触れて、埋められていたそこが切なくてヒクついた。
「染井が……」
「こっち向け」
足を回して体の向きを変えろと急かされ、言う通りに正面から染井川さんの腰に馬乗りになると抜けたソコにまた宛てられた。
「んっ」
「挿れてほしいか」
ぬるぬると先端で穴を撫でて焦らされると、我慢しきれず腰が揺れてしまう。
「はやく」
掴む場所がなくて染井川さんの肩のシャツあたりに指を掛けて引っ掻くと、にゅぐぐ、と中に挿入ってきた。さっきとは打って変わって、ゆっくりと。
「あ、あ、あ」
「かーわい」
喘ぐしかできなくなった俺の後ろ頭を手のひらで抱き寄せて、染井川さんがキスしてくる。根元まで受け入れる間、ずっと舌を舌で擦られた。舌の先で上顎をぬるぬるされると、くすぐったくて背筋が反った。頭の中まで擦られてるみたいで、目眩がしてくる。
「んぅ、……っ、う、うぅっ」
やっと奥まできた、と思ったら、唇が離れていって。腰骨を鷲掴まれて、下から穿たれた。
上に乗ってる俺に逃げ場なんてない。ずぐ、ずぐ、と奥の奥までを犯したいみたいに打ち付けられて、叩かれた奥が痛いのに擦られた内壁は歓喜に震えた。
「ぁっ、なか、中、すごい、これっ」
「……あんま喋んな。イッちまう」
俺を黙らせる為に染井川さんがまた唇を寄せてきた。舌を引っ張り出され、かぷかぷと噛まれる。噛まれた後には優しく舐められて、また噛まれる。
染井川さんのやり方は陰湿で、溺れそうになる。痛いのか気持ち良いのか分からない。気持ち良いし痛いのか、痛いから気持ちいいのか。分らない。
混乱している間に、染井川さんが俺を犯していく。俺の中身を変えていく。
「や、あっ、あ、あぁ……っ」
俺の中を穿つ間隔が短くなっていく。染井川さんの呼吸が荒い。余裕がないみたいに強く舌を噛まれて、あまりの痛みに「うぅ」と泣いたのに、染井川さんは離してくれない。
舌を噛まれたままぐっと腰を押し付けられたかと思えば俺の中で剛直が膨らんで、びゅる、と出された感覚がした。
びゅ、びゅ、と断続的に中に出されながら、染井川さんは噛んでいた俺の舌を離して今度は口の中を舐め回してくる。舌の根も歯列も、舐めてない場所を探すみたいに執拗に舐め回されて、息が出来なくて目眩がしている間に俺の中で一旦は萎んだ肉がまた硬さを取り戻していく。
「あッ、や、それ……、痛、ぃってばぁ」
胸の突起を人差し指と親指の爪で摘んで引っ張られ、鋭い痛みに抗議の声をあげたのに。
爪に虐められた後に指で弾かれると、それだけで達しそうな刺激になった。
「やだっ、やだっ、あ、ゆび、ゆびがいい」
「爪でされんのも好きだろ」
「も……っ、いやあぁ」
さっきから痛い事が続いて、俺の顔は涙でぐちゃぐちゃだ。汚いはずの俺の頬を染井川さんは目を細めて嬉しそうに舐め、それでも尚、突起を爪で抉ってくる。
「痛いのは嫌か?」
「いやだっ」
「なら、お前が動け。動いてる間は指でしてやる」
オラやれ、と尻を叩かれ、気が付けば窄まりは染井川さんの育ちきった肉茎でまた拡げられていた。
「ぅ……」
膝を立てて俺が自分で抜き差しすると、染井川さんは言った通り指で優しく撫でてくれた。爪に虐められ過ぎた突起は硬く勃起していて、柔らかい指の腹で撫でられると甘い声が漏れた。
挿れて、抜いて、また挿れて。慣れない動きでぎこちなく動く俺を、染井川さんは急かさない。片手で乳首を撫でながらもう片手に太腿を撫でられる。
優しくしてもらえたおかげで涙も落ち着いて、膝の位置を変えようと動きを止めたら乳首に爪を立てられて小さく啼いた。
「ぁっ、なん、で」
「動いてる間は、って言ったろ」
グリグリと爪で抓まれて、千切れそうな痛みにやっと止まった涙がまた溢れてきた。
慌てて抽挿を再開すると、また乳首を撫でて貰えた。
体が震える。
教え込まれている。俺の身体に、染井川さんのやり方を。
こんなの、──こんなの、忘れられなくなる。
「静汰」
染井川さんが、俺を呼んでからキスをする。
動いてる間は優しくされて、疲れて止まれば虐められて。
暑苦しい車内の中で、俺たちはひたすらに交わった。
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