神は絶対に手放さない

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神は絶対に手放さない

25、ああそうですか、と切り捨てられればいいのに

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 後藤が実行委員長だという二年の生徒を俺に引き合わせたのは、その日の夕飯時だった。
 同じ寮生だったらしく、二人は揃ってご飯のトレイを持ってきて俺の正面に座った。
 なんとなく顔を見たことがある。いや、何度か話したかもしれない。いつだったかは忘れたけれど。
 真面目そうな小動物。例えるならモルモット。暗めの茶髪にやや童顔。丸縁の銀眼鏡。目の上ギリギリに揃えられた前髪が目に入りそうで気になる。

「えっと……初めましてじゃない、よな」
「あ、嬉しい。顔覚えててくれたんですね」

 破顔した顔には確かに見覚えがあった。

「米川です。顔覚えててくれただけで十分」
「ん、知り合いか」

 後藤が、珍しい、と口に出す。

「静汰が顔覚えてるってことは、去年同じクラスだったか」
「ああ、そうだ。一年三組」
「はい。二学期は静汰くんの後ろの席に座ってました」

 そうだそうだ、と思い出して頷いたのに、後藤が呆れて眉間に皺を寄せた。

「お前、そんな近くにいたクラスメイト忘れるって相当アレだな」
「相当アレで申し訳ない」

 米川に頭を下げると、彼は慌てて胸の前で手を振って「気にしないで」と苦笑した。
 身長もあまり高くないようだが座高も短いらしく、ゴリラみたいな後藤の隣に居ると頭一つ分くらい低くて小動物感がすごい。俺から見ても目を合わせようとすると視線が少し下がる。
 後ろの席に座っていたらしいが、後ろを振り返るのなんて前から回ってきたプリントを後ろに回す時くらいだから、米川が小さかったかどうかなんて印象になかった。

「米川さんはテニス部の後輩?」

 後藤との繋がりを聞くと、米川が頰にアジフライを詰め込みながら唇を閉じて首を横に振った。何度か咀嚼して飲み込んでから、「違います」と再度否定する。

「後藤先輩は僕の兄と友達なんです。兄も三年で、だから去年から文化祭の委員会も手伝わされてて。今年は実行委員長やらされることになっちゃって……」

 あまりグイグイ引っ張っていきそうなタイプに見えないのに委員長になったのはそういう経緯だったのか。
 食事を進める間にも俺の食器には度々追加が入るので、黙々と食べる俺に気を遣ってか、米川は自分から自己紹介や実行委員の仕事なんかを話してくれた。

「表向きは実行委員は夏休み明けに募集ってことになってるんですけど、文化祭までの準備期間二週間でゼロからやるなんて実際不可能なんです。だから一年の時に委員やった人がメインで主導してある程度の準備しておいて、休み明けにはテーマ公募したり予算配分の微調整したりが主な仕事でして」
「ふむ」
「けど、去年委員だった人達が今年生徒会に入ってしまって、人数が足りなくてなってまして。で、後藤さんに「寮生で手伝ってくれそうな人がいたら話をしてみて」って頼んでおいたんです。静汰くんが手伝ってくれるのは意外でしたけど、男手足りてないから助かります」
「うんうん」
「あ、静汰くん、って馴れ馴れしいですか? 他の人みんな静汰って呼んでるから、正直僕、静汰くんの苗字知らなくって」
「んーん」
「良かった。僕のことも令慈でいいですよ。下の名前呼び捨てで」
「ん」

 どうやら米川──改め、令慈は、見かけによらず話し好きらしい。喋り出すと止まらない。俺はあまり話し上手でもないので、気不味くならないこういうタイプは好きだ。後藤と同じタイプだから、彼が可愛がっているのも納得した。

「それで、急で申し訳ないのですが、もし明日の都合が悪くなければ買い出しに付き合って頂けると助かるのですが」
「買い出し? どこに?」
「街の方に、絶対毎年必要になる物を。領収書を提出しなきゃならないので、一度で済ませたいのでかなりの量になります」

 ガムテープや木材、釘や絵の具、カラーマーカーなどは必須な上に大量に必要で、そして重い。木材は毎年ホームセンターに頼んで運搬してもらえるが、それ以外は自分達で運ばなければならないらしい。

「いいよー。明日何時にどこ集合?」
「朝九時に学校前のバス停集合で。寮生以外は現地のホームセンターで落ち合う予定です」

 オッケー、と最後に残しておいたデザートの桃を食べ終えて、話も丁度終わったからと解散にしようかとすると、令慈はスマホを取り出した。

「これから業務連絡すると思うので、連絡先教えて下さい」

 俺のスマホも出して、連絡先を交換した。
 それを見て、後藤が「俺も」と出してきたが、「後藤先輩、どうでもいい話ばっかしそうなんでヤです」と拒否した。

「無視してくれていいから!」
「だったら公式アカにでも送ってれば」

 受信させられる俺の身にもなってくれ、と言ったら、タコみたいな口をしてぶーぶー言っていた。無視したが。
 二人と別れて食堂から部屋に戻る途中、スマホが着信を知らせた。画面を見ると知らない番号だったので、尻ポケットに入れて放置した。
 翌日、時間通りのバスに乗って現地へ向かったのは、令慈と他三人の二年生だった。記憶にあるような無いような、だが特に人見知りしない性質なので不便は無かった。
 ホームセンターへ着くと、実家通いだという女子生徒が二人待っていた。友人同士だという彼女らの、片方に見覚えがあった。

「同じクラスの……子」
「リサ」
「リサちゃん」
「ユミ」
「ユミちゃん。……おっけ、今日一日くらいは覚えられそう」

 俺偉くない? と言うと、女子二人から膝に軽く蹴りを喰らった。こういう時、割と女子の方が辛辣だ。

「てか、リサと約束してるのに実行委員とかやるんだ」
「約束?」
「はぁー? ちょっとリサ、静汰忘れてるみたいだけど!? あんた本当に最低だね!?」

 急にユミという女子にキレられ、約束ってなんだろう、と首を傾げているとリサにも悲しそうな顔をされてしまった。
 何この空気。一緒に来た男子たちがちょっと引いてる。令慈だけが何故か少しニヤニヤしてる。何で笑ってんのお前。

「わ、忘れてないけど」
「じゃあ約束言ってみなよ」
「いいよユミ。静汰くんが私に興味無いのなんて今さらだし……」

 訳が分からないが、罪悪感だけはある。ここは誤魔化さずに素直に謝った方が良さそうだった。

「あの……ごめん」
「ううん。あのね、私、前に静汰くんに『文化祭の午後、一緒に回る』って約束してもらったんだ」
「そ、そっか。ごめん忘れてて」
「ううん。私が無理やり約束させたみたいなもんだったし。だからユミに文化祭委員誘われて、良い断り文句かなって思ったの。本当は当日、「忙しいからやっぱ良いわ~!」って言ってやるつもりだったんだ。ごめん、私も性格悪いね」
「いや、覚えてない俺の方が最低だし……」
「……委員、頑張ろうね」
「……うん」

 出だしから不穏な空気になってしまったが、それからリサはどうでも良くなったみたいに気にした素振りを見せなかったので、買い物に関してはつつがなく終了できた。
 さてバスに乗って学校へ戻ろう、という段になってじゃあトイレ行ってから再集合、と言われて戻ってきたら、誰も居なかった。いや、居た。リサだけ。……嵌められた。

「言っとくけど、私じゃないよ」

 嫌そうな顔をしてしまっていただろうか。さすがにそれはリサが可哀想だろうと、慌てて表情を崩した。

「いや、微妙な空気のまま委員やるの、周りも迷惑だろうし。和解出来るんならしとこうかな、と思うよ俺は」
「……和解案は?」
「……ラーメン奢る」
「全面戦争」

 よろしいならば、と言われ、慌てて代替案を出……そうとしても、出てこない。
 女の子が好む店ってなんだ。っていうか、飯奢るのでいいのか? 靴とかバッグとかか?
 頭を抱えて唸ると、ぷふー、と気の抜けた音で笑われた。

「クレープでいいよ」
「え、ラーメンのが高いよ?」
「ラーメンから離れて」

 今度は真顔で叱られて、学習した。女の子はラーメンで喜ばない。
 クレープ屋なんて行かないから場所が分からないと言ったら、リサが道案内してくれる事になった。
 道すがら、スマホに令慈からチャットが入る。
 『ごめん。ユミちゃんに押し切られた』と書かれたそれに、荷物は大丈夫なのか聞いたら、『ユミちゃんが持ってる。あの子割と力持ち』と返ってきた。けしかけた責任はとっているらしい。ユミへの好感度が少し上がった。

「私ね、静汰くんの顔が好きなの」

 クーラーの効いた涼しい店内でアイス入りのクレープを食べながら、リサは言う。

「男の子だけど綺麗な顔っていうか。人形っぽいっていうか。女の子っぽくないのにめっちゃ綺麗だから」
「えっと、ありがとう」

 アイスやクレープからタピオカミルクティーまで、女の子が好きそうな物を集めて煮出したようなピンク色のカワイイ空間の中、唯一甘くなさそうだったアイスティーを飲みながらイエスマンの如く首を縦に振る。

「だけどね、性格はアレだよね。人に興味無いし、頭良くないし、なのにめっちゃ自由で人見知りしないし、何者って感じ」

 あれ、なんか昨日も俺、『頭がアレ』みたいに言われた気がするんだけど。

「だけど嫌な奴じゃないんだよね。だから惹かれるっていうか、沼? みたいな」
「無機物ですか……」
「あれ? 沼って言わない? なんかこう、ハマると抜けられない、みたいな意味なんだけど」
「分かんないです」
「なんで敬語なの」
「なんとなく……」
「ほんと謎だよね。謎といえばさ、春から志摩宮くんとめっちゃ仲良いけど、付き合ってるの?」

 アイスティーを噴き出しそうになって、寸前で飲み込んだ。けれど、変な方の気管に入って噎せる。

「なっ、な、無いっ。それは、無い!」
「焦りすぎなんだけど。うける」

 リサはウケる、と言いながら微塵も笑っていない。誤魔化すな、みたいな真顔なので、俺も顔を引き締めて本当に、と否定した。

「無いです。それだけはマジで無いです。志摩宮には付き合ってる奴いるから、マジでそういうの勘弁してやって」
「へー、それあの子?」
「え?」

 そっち見て、とリサが指差した方向に、店のガラス窓。
 その向こうに、志摩宮と、──小柄な可愛い顔の男。

「さあ」

 店の前を通っただけだったらしい二人と、視線が合いそうになって知らん振りでリサの方に顔を戻した。

「わ。いいかお」
「は?」
「そういう表情する男の人、好きなの。それが自分に向けば最高なんだけど、今はいっかって感じ」
「訳わかんね」
「急に塩とか分かりやす過ぎだからー」

 リサが手を叩いて笑う。それに苛ついたが、確かにとも思う。こんな態度をとれば、俺の片想いなのは明白だろう。

「あー、スッキリ。失恋同士仲良くやれそうじゃない?」
「そっすね」
「あんま塩だとまたユミに怒られっかんね」

 明日からは大人になってよ? と言われ、肩を竦めた。
 リサがクレープを食べ終わって、「じゃあ出ようか」と言ったが、俺は席から動かない。……動きたくない。今出て、外で志摩宮たちと会ったら最悪だ。
 ちびちびとアイスティーを飲む俺にリサは呆れて、でも追加でオレンジジュースを一杯飲む間だけ付き合ってくれた。
 リサは電車で自宅まで帰るというので、駅まで送っていった。
 時間を空けたのが良かったのか、寮に帰るまで志摩宮たちとは遭遇せずに済んだのだった。


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