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よろしくね、補聴器くん
しおりを挟む「えっ、何?よう聞こえへん。もう一回言って」
そう私が言うと、息子は
「もうええわ」
ボソッとつぶやくと、向こうへ行ってしまった。こんなことが最近ずっと続いている。
彼は発達障害を抱えており、自分に自信がないためか声がとても小さい。話すこと自体がストレスのようで、会話がスムーズに進まない。母親に話しかけるのすらある種の『決意』が必要なようで、やっと話そうと思っていたことを、私が遮断するのはとても胸が痛い。
(なにか困ったことあったのかなあ。相談があったのかなあ)
などとぐずぐず思い悩んでしまう。
(やっぱ補聴器、うーん)
以前から夫に、
「聞こえてないんちゃうか」
とよく言われていたけれど、特に不自由も感じることなく過ごして来た。娘にも電話で
「大きな声出すの嫌よ。補聴器買えば?」
などと言われても、まだ70歳になったところでそんな婆さん臭い物いらないと無視していた。
そうは思いながらも、やはり気になるので、耳鼻科を受診した。検査の結果、
「軽度難聴ですね。日常会話はスムースにできていますので、生活に特に不便はありませんが、小鳥のさえずりや民報のお笑いとかはあまり楽しめないでしょうね。まあ補聴器を付けなければならないという段階ではありませんよ」
医師に説明を受けた後、そのままにして三年が過ぎた。夫の話が聞き取りにくくても何も困らない。口はすこぶるなめらかに動くので、一方通行の会話はむしろ都合がいい。
(補聴器なんて老いの崖真っ逆さまって感じだよねえ)
などと、踏ん切りがつかなかった。けれど、最近息子の声がとても聴きづらくなったのは辛い。先日思い切って販売店に行ってみた。まず値段に驚いた。買い換えたいと思っている冷蔵庫とあまり違わない。
(こんな小さいのに)
などと思ってしまうが、まあ大きさは関係ないと自分を納得させる。色々検査して『お試し用』をレンタルして帰った。なるほどよく聞こえる。その晩、
「補聴器つけてるんよ。よく聞こえるからね」
私がそう言うと、息子はボソボソ日頃の愚痴を話した。私は相槌をうちながら、購入を決めた。
迷ったが、耳に直接入れるかわいいデザインを選んだ。スマホで音量なども調整する。
(これから永い付き合いになるよ、よろしくね)
そう言って、丸いうすピンクの補聴器をケースにそっとしまった。充電できるすぐれものだ。
この頃は、息子も、
「補聴器つけて」
そう言ってから話し始めるようになった。話す頻度も上がった。
だから彼との関係がうまくいって悩みが解消、なんてそうはうまくいかない。けれど、聞き取りやすくなったのは確かだ。
ただ、問題は耳ではなく心だ。息子の複雑な脳からの伝達経路が分かる『補脳器』なんてものがあればいいのだけれど。まあ、この補聴器に少し手伝ってもらって、息子との距離を縮めていきたいと思う。
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