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なつきのおねがい
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我が家で同居するキジトラ猫なつきは15才。人間で言えば、後期高齢者になった私と同い年だ。
この頃は寝ていることが多く食欲にもムラがある。その食べ物も決まったものがよく、私の食べているものには興味がない。
お客様が来ても絶対姿を現さないし、チャイムの音で隠れてしまう。
それなのに、私が外出先から帰ると、音で分かるのか、玄関で待っていてくれる。
新しい刺激より落ち着いて静かに過ごしたい。そんなおばあさん猫である。
捨てられていたゴミ集積所から我が家に来て、15年が経った。
(まあお婆さんどうし仲良くしようね)
そうささやくと、つまらなそうに横を向いて寝てしまった。
一方の私は、正反対だ。
好奇心の赴くままに、余計なことに首を突っ込む悪い癖があり、その都度体調を崩しては、まわりに迷惑をかけまくっている。
昨年から『子ども食堂』にかかわったのもその一つだ。
週一回の夕食の集まりである。私は、食事をした後の子どものお愉しみ部門『子ども寺子屋』担当だ。仲間三人でなんとかやっている。
私は隔週に、絵本や紙芝居を選んで持って行く。
子どもたちは自由に遊んでいて騒がしく、なかなか集中してくれない。
毎回反省ばかりだが、なんとか楽しいプログラムを組みたいと、試行錯誤しているのだ。
その会場にピアノが置いてある。
(これを使いたいなあ)
でも、私はピアノを弾けない。
むかーし習ったことがあるので練習すればなんとかと思うが、我が家にはピアノがない。
ずっと以前、単に場所を塞ぐ荷物置き場と化していたものを処分した。
キーボードの練習をしていた時もあったが、これも人に譲ってしまった。
ピアノのある友人にグチると、
「いつでも弾きに来て」
そう言ってもらったが、下手な「ドーソミソ」とか聞かされる彼女の迷惑を考えると、さすがに気が引ける。
しかも、歩いてニ十分くらいかかるし。
(まあしゃーないな。諦めよう)
そんなとき、車で通りかかった道沿いに、リサイクルショップが目に留まった。
(いくら中古でも、キーボードは高いだろうなあ。重いのは手に余るし)
ダメもとで中に入ってみた。なんと! 4000円という値札。
ウヒョヒョヒョと家に持ち帰る。生意気にきちんと音が出るではないか。
もちろん説明書とかはない。でも、ピアノの音さえでればいいのだから文句はない。
ちょっと音を出してみる。子どもの頃を思い出してうれしくなってしまう。
早速『子どもの歌の簡易伴奏』をネットで注文。
(子ども寺子屋で楽しいプログラムが組めるかもしれない)
ワクワクしながら『かえるのがっしょう』『大きな栗の木の下で』や『ドラえもんのうた』など、少しずつ練習した。
機嫌よく『ドラえーもん♪』と弾いていると、なつきが後ろで泣いている。
「なっちゃん、どうしたん? おなかすいたん? ちょっとおやつにする?」
好きなカリカリをお椀に入れる。付いてきたなつきは、フンフンとにおいをかぐだけ。
私はまたキーボードに向かう。
後ろで、なつきがまた泣いている。
振り向くと、前足を揃えて私を見上げて、一心に
「ニャーニャー」
じっと見つめる目が潤んでいるような気がする。
「なっちゃん、どこか痛いん?」
抱き上げてなでる。気持ちよさそうに目を細めている。
どこを触っても痛いところはないようだ。
(次は子どもたちとドラえもん、歌えないかなあ。練習せんと)
なつきを膝からおろしてキーボードに向かう。なつきが泣く。
「えー! この音がいやなん? そうなん!」
(まあ分かる気もするわ。私がなっちゃんやったら嫌やもんな)
今、困っている、とってもとっても。
やっと格安で手に入れたキーボード、音が出せないのだ。
あの哀しそうななつきを無視してまで弾けない。どうせろくな曲も弾けないし。
でも、でも、ちょっと練習したいなあと、今日も未練たらしくカバーをかけたキーボードをなでている。
この頃は寝ていることが多く食欲にもムラがある。その食べ物も決まったものがよく、私の食べているものには興味がない。
お客様が来ても絶対姿を現さないし、チャイムの音で隠れてしまう。
それなのに、私が外出先から帰ると、音で分かるのか、玄関で待っていてくれる。
新しい刺激より落ち着いて静かに過ごしたい。そんなおばあさん猫である。
捨てられていたゴミ集積所から我が家に来て、15年が経った。
(まあお婆さんどうし仲良くしようね)
そうささやくと、つまらなそうに横を向いて寝てしまった。
一方の私は、正反対だ。
好奇心の赴くままに、余計なことに首を突っ込む悪い癖があり、その都度体調を崩しては、まわりに迷惑をかけまくっている。
昨年から『子ども食堂』にかかわったのもその一つだ。
週一回の夕食の集まりである。私は、食事をした後の子どものお愉しみ部門『子ども寺子屋』担当だ。仲間三人でなんとかやっている。
私は隔週に、絵本や紙芝居を選んで持って行く。
子どもたちは自由に遊んでいて騒がしく、なかなか集中してくれない。
毎回反省ばかりだが、なんとか楽しいプログラムを組みたいと、試行錯誤しているのだ。
その会場にピアノが置いてある。
(これを使いたいなあ)
でも、私はピアノを弾けない。
むかーし習ったことがあるので練習すればなんとかと思うが、我が家にはピアノがない。
ずっと以前、単に場所を塞ぐ荷物置き場と化していたものを処分した。
キーボードの練習をしていた時もあったが、これも人に譲ってしまった。
ピアノのある友人にグチると、
「いつでも弾きに来て」
そう言ってもらったが、下手な「ドーソミソ」とか聞かされる彼女の迷惑を考えると、さすがに気が引ける。
しかも、歩いてニ十分くらいかかるし。
(まあしゃーないな。諦めよう)
そんなとき、車で通りかかった道沿いに、リサイクルショップが目に留まった。
(いくら中古でも、キーボードは高いだろうなあ。重いのは手に余るし)
ダメもとで中に入ってみた。なんと! 4000円という値札。
ウヒョヒョヒョと家に持ち帰る。生意気にきちんと音が出るではないか。
もちろん説明書とかはない。でも、ピアノの音さえでればいいのだから文句はない。
ちょっと音を出してみる。子どもの頃を思い出してうれしくなってしまう。
早速『子どもの歌の簡易伴奏』をネットで注文。
(子ども寺子屋で楽しいプログラムが組めるかもしれない)
ワクワクしながら『かえるのがっしょう』『大きな栗の木の下で』や『ドラえもんのうた』など、少しずつ練習した。
機嫌よく『ドラえーもん♪』と弾いていると、なつきが後ろで泣いている。
「なっちゃん、どうしたん? おなかすいたん? ちょっとおやつにする?」
好きなカリカリをお椀に入れる。付いてきたなつきは、フンフンとにおいをかぐだけ。
私はまたキーボードに向かう。
後ろで、なつきがまた泣いている。
振り向くと、前足を揃えて私を見上げて、一心に
「ニャーニャー」
じっと見つめる目が潤んでいるような気がする。
「なっちゃん、どこか痛いん?」
抱き上げてなでる。気持ちよさそうに目を細めている。
どこを触っても痛いところはないようだ。
(次は子どもたちとドラえもん、歌えないかなあ。練習せんと)
なつきを膝からおろしてキーボードに向かう。なつきが泣く。
「えー! この音がいやなん? そうなん!」
(まあ分かる気もするわ。私がなっちゃんやったら嫌やもんな)
今、困っている、とってもとっても。
やっと格安で手に入れたキーボード、音が出せないのだ。
あの哀しそうななつきを無視してまで弾けない。どうせろくな曲も弾けないし。
でも、でも、ちょっと練習したいなあと、今日も未練たらしくカバーをかけたキーボードをなでている。
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十五年も一緒にいれば相手が猫でも少しは気持ちがわかるものだ。きっとなつきはキーボードの音が嫌なのかもしれない。でもせっかく子供たちの為にと始めたこと、イヤホンを使って無音で練習してはと思う。それでも嫌ならなつきがちょっかいを出してくるかもしれない。案外なつきも弾き始めたりすると面白いなと想像してしまった。もちろん曲は「猫ふんじゃった」だ。