なつきのおねがい

はまだかよこ

文字の大きさ
上 下
1 / 1

なつきのおねがい

しおりを挟む
 我が家で同居するキジトラ猫なつきは15才。人間で言えば、後期高齢者になった私と同い年だ。
この頃は寝ていることが多く食欲にもムラがある。その食べ物も決まったものがよく、私の食べているものには興味がない。
お客様が来ても絶対姿を現さないし、チャイムの音で隠れてしまう。
それなのに、私が外出先から帰ると、音で分かるのか、玄関で待っていてくれる。
新しい刺激より落ち着いて静かに過ごしたい。そんなおばあさん猫である。
捨てられていたゴミ集積所から我が家に来て、15年が経った。
(まあお婆さんどうし仲良くしようね) 
そうささやくと、つまらなそうに横を向いて寝てしまった。

 一方の私は、正反対だ。
 好奇心の赴くままに、余計なことに首を突っ込む悪い癖があり、その都度体調を崩しては、まわりに迷惑をかけまくっている。
 昨年から『子ども食堂』にかかわったのもその一つだ。
週一回の夕食の集まりである。私は、食事をした後の子どものお愉しみ部門『子ども寺子屋』担当だ。仲間三人でなんとかやっている。
 私は隔週に、絵本や紙芝居を選んで持って行く。
子どもたちは自由に遊んでいて騒がしく、なかなか集中してくれない。
毎回反省ばかりだが、なんとか楽しいプログラムを組みたいと、試行錯誤しているのだ。
その会場にピアノが置いてある。
(これを使いたいなあ)
でも、私はピアノを弾けない。
むかーし習ったことがあるので練習すればなんとかと思うが、我が家にはピアノがない。
ずっと以前、単に場所を塞ぐ荷物置き場と化していたものを処分した。
キーボードの練習をしていた時もあったが、これも人に譲ってしまった。
ピアノのある友人にグチると、
「いつでも弾きに来て」
そう言ってもらったが、下手な「ドーソミソ」とか聞かされる彼女の迷惑を考えると、さすがに気が引ける。
しかも、歩いてニ十分くらいかかるし。
(まあしゃーないな。諦めよう)
 そんなとき、車で通りかかった道沿いに、リサイクルショップが目に留まった。
(いくら中古でも、キーボードは高いだろうなあ。重いのは手に余るし)
ダメもとで中に入ってみた。なんと! 4000円という値札。
 ウヒョヒョヒョと家に持ち帰る。生意気にきちんと音が出るではないか。
もちろん説明書とかはない。でも、ピアノの音さえでればいいのだから文句はない。
ちょっと音を出してみる。子どもの頃を思い出してうれしくなってしまう。
早速『子どもの歌の簡易伴奏』をネットで注文。
(子ども寺子屋で楽しいプログラムが組めるかもしれない)
 ワクワクしながら『かえるのがっしょう』『大きな栗の木の下で』や『ドラえもんのうた』など、少しずつ練習した。

 機嫌よく『ドラえーもん♪』と弾いていると、なつきが後ろで泣いている。
「なっちゃん、どうしたん? おなかすいたん? ちょっとおやつにする?」
好きなカリカリをお椀に入れる。付いてきたなつきは、フンフンとにおいをかぐだけ。
私はまたキーボードに向かう。
後ろで、なつきがまた泣いている。
振り向くと、前足を揃えて私を見上げて、一心に
「ニャーニャー」
じっと見つめる目が潤んでいるような気がする。
「なっちゃん、どこか痛いん?」
抱き上げてなでる。気持ちよさそうに目を細めている。
どこを触っても痛いところはないようだ。
(次は子どもたちとドラえもん、歌えないかなあ。練習せんと)
なつきを膝からおろしてキーボードに向かう。なつきが泣く。
「えー! この音がいやなん? そうなん!」
(まあ分かる気もするわ。私がなっちゃんやったら嫌やもんな)

 今、困っている、とってもとっても。
やっと格安で手に入れたキーボード、音が出せないのだ。
 あの哀しそうななつきを無視してまで弾けない。どうせろくな曲も弾けないし。
でも、でも、ちょっと練習したいなあと、今日も未練たらしくカバーをかけたキーボードをなでている。

しおりを挟む
感想 1

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(1件)

ヒノモト テルヲ

十五年も一緒にいれば相手が猫でも少しは気持ちがわかるものだ。きっとなつきはキーボードの音が嫌なのかもしれない。でもせっかく子供たちの為にと始めたこと、イヤホンを使って無音で練習してはと思う。それでも嫌ならなつきがちょっかいを出してくるかもしれない。案外なつきも弾き始めたりすると面白いなと想像してしまった。もちろん曲は「猫ふんじゃった」だ。

解除

あなたにおすすめの小説

ふーだって下克上

はまだかよこ
エッセイ・ノンフィクション
ふみという三毛猫がいます。 かわいいけれどちょっと気まま。 そのふーちゃんのお話、聞いてくださいませ。

バーさん コンロと語る

はまだかよこ
エッセイ・ノンフィクション
76才のバーさん。やむなく新しいコンロを購入。このコンロがやたらうるさいのです……

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

人工知能でif歴史〜もしもの歴史シミュレーション〜

静風
エッセイ・ノンフィクション
もしもの歴史があった場合、それには独自の魅力があるかもしれません。本書の目的は、そうしたもしもの歴史について、人工知能を使って再現し、その魅力を伝えることです。この文章自体も、人工知能が生成したものです。本書では、手作業を極力避け、人工知能を活用して文章を作成していきます。

命のボタン

倉澤 環(タマッキン)
エッセイ・ノンフィクション
糖尿病、人工透析、脊柱管狭窄症など病のデパートの彼の介護記録です。

ただいま

味方。
エッセイ・ノンフィクション
僕の帰る場所。

韓国ニュース おもしろい隣人

ちゃばしら
エッセイ・ノンフィクション
お隣、韓国という国をできるだけ客観的に見たコラムになります。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。