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犬派?猫派?
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俺、犬伏直人、二十八歳。大学などに機器販売の営業やってる。ある研究所で、令花に出会った。
秋風がたち始めた頃、金曜の夕方に、いつもの居酒屋で、令花と待ち合わせた。
「直人、うちのミケちゃん一か月だけ預かってくれない?」
突然、令花が、長いまつ毛を伏せながら言った。
「えっ、うわ。猫なんて、む、無理」
俺は、ノンアルコールビールを吹き出しそうになりながら言った。令花は、酎ハイを勢いよく飲み干すと、グラスをどんと置いて言った。
「急にね、研究所の所長のお供で一か月、ドイツに行くことになったの。新しい薬品の合同研究。そうかあ、無理かあ。直人、今まで楽しい思い出ありがとう。それじゃこれで」
俺は、席を立とうとする令花のバッグを、思わずつかんだ。
「まっ、待ってくれよ。なんでそうなるんだよ」
「だって、そんな冷たい人とは、お付き合いできないもの」
「わかった、分かったよ。猫の世話すりゃいいんだろ。餌とトイレ。ただ、アトムがどう言うかなあ」
しどろもどろになりながら、俺は、やっと言った。
「犬は庭で飼ってるんでしょ。別に問題ないじゃない」
「いや、夜とか部屋に入れてるし。あいつ、結構神経質なんだよね。うーん」
俺は、ビールを一口飲んだ。それを見ていた令花は、また、すくっと立ち上がった。
「わかった、じゃあ。楽しい思い出ありがと。アトムによろしくね」
「ああ、もう、わかった。分かったよ。アトムには、よく言い聞かせるから」
髪をかきむしった俺の前で、令花は、にっこり微笑むと言った。
「じゃあ明日、キャリーとトイレ持って行くね。アトム君によろしく。準備もあるから帰るね」
「まじ!明日?俺、実は猫、苦手なんだよ」
「知ってるよ、よーく。うちのミケちゃん、ちょっと人見知りするけど、おとなしいから大丈夫」
「いや、そう言われても。猫って、わがままで気まぐれだろ。人をこばかにしたようでどうも」
泣きたい俺に、令花は、すまして言った。
「あら、犬なんて飼い主に媚び売って、どうも好きになれないわ」
「アトムは、おれが帰ってきたら、そりゃあ嬉しそうにするんだぜ。たまんないよ。そのために、一軒家借りて、遠距離通勤してんだから」
「ほんとご苦労さまよねえ。直人が『アトム命』なのは、スマホの写真全部柴犬なのでよく分かってるわ。とにかく、一か月よろしくお願いします」
「なにがおとなしいだ。令花め。ほら、ミケ、めしだぞ」
キャリーのそばに、お椀を置く。すると、それをアトムが食べようとする。
「アトム、キャットフードはうまいのか?しかし、情けないからやめてくれよな」
俺は、餌の値段の違いに、改めて驚いた。
(なんなんだ、この格差)
やっと一週間が経ち、ミケも、家の中を歩き回りだした。
「アトム、何ビビってんだ。あっ、目の下の傷、どうした?ミケか!飯食いに行ったんだろ。しかし、猫の爪は、こわいよなあ。それにしても、我慢してるお前はえらい。さすがアトムだ。家来になってやってるもんな」
俺の唯一の高級家具、ラックで爪とぎされるのには、腹が立つより泣けてきた。
令花からは、毎日、ミケを案じるメールが来る。ミケより、アトムや俺が大変なんだけど、敢えてスルー。
しかし、この頃ミケが、おれの足にスリスリしてくるようになった。ネットで調べると、自分のにおいをつけてるだけらしいけど。なんか「かわいいな」なんて思ってしまう。俺、ちょっとへんだ。
待ちに待った令花の帰国の日。インタホンが鳴ると同時に、俺は飛び出した。大きなキャリーを引いた令花が、満面の笑顔で立っていた。、
「直人、ただいま」
「あー、お帰り」
ミケが飛び出して来て、令花に飛びつき、顔も手もなめまくっている。
(猫なんて飼い主に冷淡だなんて思ってたけど、全然違うよ。犬と一緒だ)
その様子を見て、俺はつくづく思った。散歩に行こうと、アトムが、リードをくわえている。
「アトム君もありがとう。今から散歩?ついて行ってもいい?」
そう言って、俺の横に並んだ。
「わあ、私にもしっぽ振ってくれてる。ちょっとなでさせて」
「かわいいだろ。ミケちゃんにもすっかり気に入られてるよ」
令花は、アトムをこわごわなでながら、話しかけた。
「ごめんね、ミケって、ほんとは気が強いの。迷惑かけたよね」
俺は、吹き出しそうになって言った。
「でもツンデレでかわいい。飼い主と同じだ」
「なによ」
令花は、にらみながらアトムのリードを持った。
「わあ、犬との散歩ってこんな感じなんだ。なんか一体だね。空気がおいしい」
「だろ、だからやめられないんだ。俺、ここんとこ営業成績バッチリ」
「ミケ様効果だよ」
並んで歩いていて、俺は、息を止めて、立ち止まった。
「令花、結婚しよう。ミケとアトムと暮らそう」
目を見開いた令花は、急に走り出した。
「アトム走ろう。ずっと一緒だよ」
それを、俺は、ぼーっと見ていた。それから、体中を熱いものが駆け巡った。
「こらまてー」
俺は慌てて追いかける。すっかり冷たくなった風が、汗を冷やしてくれる。
沈んでいく夕日が、令花とアトムの後姿を、輝かせていた。
おしまい
秋風がたち始めた頃、金曜の夕方に、いつもの居酒屋で、令花と待ち合わせた。
「直人、うちのミケちゃん一か月だけ預かってくれない?」
突然、令花が、長いまつ毛を伏せながら言った。
「えっ、うわ。猫なんて、む、無理」
俺は、ノンアルコールビールを吹き出しそうになりながら言った。令花は、酎ハイを勢いよく飲み干すと、グラスをどんと置いて言った。
「急にね、研究所の所長のお供で一か月、ドイツに行くことになったの。新しい薬品の合同研究。そうかあ、無理かあ。直人、今まで楽しい思い出ありがとう。それじゃこれで」
俺は、席を立とうとする令花のバッグを、思わずつかんだ。
「まっ、待ってくれよ。なんでそうなるんだよ」
「だって、そんな冷たい人とは、お付き合いできないもの」
「わかった、分かったよ。猫の世話すりゃいいんだろ。餌とトイレ。ただ、アトムがどう言うかなあ」
しどろもどろになりながら、俺は、やっと言った。
「犬は庭で飼ってるんでしょ。別に問題ないじゃない」
「いや、夜とか部屋に入れてるし。あいつ、結構神経質なんだよね。うーん」
俺は、ビールを一口飲んだ。それを見ていた令花は、また、すくっと立ち上がった。
「わかった、じゃあ。楽しい思い出ありがと。アトムによろしくね」
「ああ、もう、わかった。分かったよ。アトムには、よく言い聞かせるから」
髪をかきむしった俺の前で、令花は、にっこり微笑むと言った。
「じゃあ明日、キャリーとトイレ持って行くね。アトム君によろしく。準備もあるから帰るね」
「まじ!明日?俺、実は猫、苦手なんだよ」
「知ってるよ、よーく。うちのミケちゃん、ちょっと人見知りするけど、おとなしいから大丈夫」
「いや、そう言われても。猫って、わがままで気まぐれだろ。人をこばかにしたようでどうも」
泣きたい俺に、令花は、すまして言った。
「あら、犬なんて飼い主に媚び売って、どうも好きになれないわ」
「アトムは、おれが帰ってきたら、そりゃあ嬉しそうにするんだぜ。たまんないよ。そのために、一軒家借りて、遠距離通勤してんだから」
「ほんとご苦労さまよねえ。直人が『アトム命』なのは、スマホの写真全部柴犬なのでよく分かってるわ。とにかく、一か月よろしくお願いします」
「なにがおとなしいだ。令花め。ほら、ミケ、めしだぞ」
キャリーのそばに、お椀を置く。すると、それをアトムが食べようとする。
「アトム、キャットフードはうまいのか?しかし、情けないからやめてくれよな」
俺は、餌の値段の違いに、改めて驚いた。
(なんなんだ、この格差)
やっと一週間が経ち、ミケも、家の中を歩き回りだした。
「アトム、何ビビってんだ。あっ、目の下の傷、どうした?ミケか!飯食いに行ったんだろ。しかし、猫の爪は、こわいよなあ。それにしても、我慢してるお前はえらい。さすがアトムだ。家来になってやってるもんな」
俺の唯一の高級家具、ラックで爪とぎされるのには、腹が立つより泣けてきた。
令花からは、毎日、ミケを案じるメールが来る。ミケより、アトムや俺が大変なんだけど、敢えてスルー。
しかし、この頃ミケが、おれの足にスリスリしてくるようになった。ネットで調べると、自分のにおいをつけてるだけらしいけど。なんか「かわいいな」なんて思ってしまう。俺、ちょっとへんだ。
待ちに待った令花の帰国の日。インタホンが鳴ると同時に、俺は飛び出した。大きなキャリーを引いた令花が、満面の笑顔で立っていた。、
「直人、ただいま」
「あー、お帰り」
ミケが飛び出して来て、令花に飛びつき、顔も手もなめまくっている。
(猫なんて飼い主に冷淡だなんて思ってたけど、全然違うよ。犬と一緒だ)
その様子を見て、俺はつくづく思った。散歩に行こうと、アトムが、リードをくわえている。
「アトム君もありがとう。今から散歩?ついて行ってもいい?」
そう言って、俺の横に並んだ。
「わあ、私にもしっぽ振ってくれてる。ちょっとなでさせて」
「かわいいだろ。ミケちゃんにもすっかり気に入られてるよ」
令花は、アトムをこわごわなでながら、話しかけた。
「ごめんね、ミケって、ほんとは気が強いの。迷惑かけたよね」
俺は、吹き出しそうになって言った。
「でもツンデレでかわいい。飼い主と同じだ」
「なによ」
令花は、にらみながらアトムのリードを持った。
「わあ、犬との散歩ってこんな感じなんだ。なんか一体だね。空気がおいしい」
「だろ、だからやめられないんだ。俺、ここんとこ営業成績バッチリ」
「ミケ様効果だよ」
並んで歩いていて、俺は、息を止めて、立ち止まった。
「令花、結婚しよう。ミケとアトムと暮らそう」
目を見開いた令花は、急に走り出した。
「アトム走ろう。ずっと一緒だよ」
それを、俺は、ぼーっと見ていた。それから、体中を熱いものが駆け巡った。
「こらまてー」
俺は慌てて追いかける。すっかり冷たくなった風が、汗を冷やしてくれる。
沈んでいく夕日が、令花とアトムの後姿を、輝かせていた。
おしまい
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