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03 初めての依頼受注
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冒険者ギルドへの登録が済んだので、早速依頼を受けることにする。そうしないと、今日はともかく明日も野宿になりかねない。だから強面のおじ様の窓口へ。
「依頼を受けたいんですが、字が判らないのでどんな依頼が有るか教えていただけますか?」
日払いして貰える依頼で、と付け加える。
「今からか? 今からできるものはそう多くはないぞ?」
強面だけど口調は優しげだった! 見かけで判断してごめんなさいと、心の中で謝っておこう。
「はい。お金が全く無くて、今からでも働かないと今晩の食事にも困りますので」
「ふむ、無一文か。ならば酒場の接客はどうだ? 夜は遅くなるが、賄いも出る。仕事の後に仮眠くらいはさせて貰える店だ」
「酒場って、その、えーと、何と言うか……」
夜の酒場って、エッチなことをさせられたりしないのかな? 気になるけど、何とも尋ね辛いし……。
「ふむ、女を要求されないか気にしているのか?」
あれ? 何で判ったんだろう? 察してくれるのは助かるけど。
「はい……」
「その心配は無い、とは言えんな。店自体は至って健全なんだが、酔っ払いに身体を触られることは有り得る。その所為なのか、誰も長続きしなくて、本来ならランク8の依頼がランク9になっている」
とってもブラックっぽい。とは言っても、選択肢なんて端から無いのだから受けるより無い。店の営業でエッチなことをさせられるんじゃなければどうにかなると思いたいじゃない?
「判りました。それを受けます」
「よし。ではここに指を置いてくれ」
依頼票にタグとして付けられている水晶の板に、魔力紋を登録するらしい。言われるままに魔力紋をタグに登録したら受注完了。
その後、強面のおじ様は依頼票に書いている内容を一つ一つ指差しながら読み上げてくれて、酒場までの地図も書いてくれた。顔に似合わず親切な御仁だった。
酒場。見るからに酒場だ。何せ、樽のオブジェがひっついている。木造としてはかなり大きな二階建てで、間口が10メートルくらいは有る。
店員として来たんだから裏に回るべきかな?
そんなことを思ってみたけれど、建物と建物の間は塞がれていて回れる場所が無い。これじゃ、表から行くしかない。
ゴンゴン、とノッカーを鳴らして叫ぶ。
「こんにちわーっ! ギルドの依頼でやって来ましたーっ!」
「開いてるから、入って来なーっ!」
中から中年女性らしき声の返事。
扉を開けて、首だけ突っ込むようにして見回してみる。何だか大衆食堂みたいな雰囲気で少しホッとする。
その中に佇むのは、女性としては少し大柄で、背筋がピンと張っていて、中年太りとは無縁そうな女性。見るからに格好良くて、少し憧れる。あたしじゃ、もさっと立ってるようにしかならないもの。
「覗き込んでないで、さっさと入って来な!」
「は、はい!」
ピクッとなった。その後ドタバタしてしまったのもしょうがないわよね。
覗き込むのは失礼だったと、反省しながらと中に入る。でも、初めての場所ってちょっと怖くない?
「あんた、初めてだね?」
「はい!」
芯が通ったような声に何だか背筋がピンと伸びてしまう。
「まだ早いんだけど、来たもんはしょうがないね。まあ、メニューでも覚えといて」
中年女性が指差す壁にはメニューらしきものが貼られているけど、読めないのよね……。
「すいません。読めないので、一通り読んで貰って宜しいでしょうか?」
「まったく、しょうがないね」
中年女性は文句を言いつつも読み上げてくれる。
あたしはそれらを聞きながらメモする。勿論、日本語訳だったり、カタカタだったりさ。
鶏肉の網焼き、豚肉の網焼き、蛇肉のシチュー、蛙肉の燻製焼き、鶏のスープなどなど。変なのも混じっている気がするが気にしたら負け。国や地域で食材が変わるから。日本にだって他の地域の人が引いてしまうような食材が有るじゃない?
そうして一通りのメニューを聞き終えたのだけど……。
揚げ物が全く無い。炒め物も殆ど無い。殆どの料理は煮るか焼くかしているだけ。
「揚げ物とかは無いんですか?」
「油は高いから、こんな安酒場で出せるようなもんじゃないね」
「そんなに高いんですか」
「鶏肉の網焼きと揚げたのとじゃ、値段が倍も違ってくるね」
「それ程でしたか」
それじゃ、揚げ物が無いのも道理だ。
逆に考えると、油さえ安く手に入れられれば天ぷら屋もいけそうだ。店さえ開けられれば、後はどうとでもできそうな予感がする。ふふふふふふ。
「なんだい!? 急に変な笑い方して」
「え!? あたし、笑ってました?」
「ああ、なんだか気持ち悪い笑い方だったね」
中年女性は少し引き気味に気持ち悪そうな顔をした。
表情に出てたなんて……。
あたしは頭を抱えた。
掃除の手伝いをして、賄いを食べさせて貰った。この後がいよいよ開店で、仕事の本番。
あの中年女性が店長なのかと思ったら、店長の配偶者だった。夫婦でこの店を切り盛りしているらしい。
開店と同時にお客がちらほら入ってくる。
まだ明るいのに良いの? いや、彼らとしては良いんだろうな。他人の心配より今は自分の心配だ。
「いらっしゃいませーっ!」
「お、新人さんか? まずはビールを持って来てくれ」
「はい、少々お待ちください」
開店直後だからなのか、お客さんもちらほらだからのんびりだ。
だけどそれも日が明るい内だけだった。
日が沈む頃になって、次から次にお客さんが来る。途端に店が混んで、手が回らない。
「おーい! こっちはまだかーっ!?」
「注文頼むぞーっ!」
「はーい! 少々お待ちをーっ!」
「料理が来てねーぞ!」
「あ、はーい!」
「会計してくれ!」
「はーい」
息つく暇も無い。接客しているのがあたしとおかみさんだけだなんて信じられない。おかみさんはこんなのを毎日やっているのかな? いや、昨日までは1人だったんだろうから、もっと忙しい筈だ。それこそ信じられない。
チラッとおかみさんの方を見てみる。
あれ? 何かおかしい。当然おかみさんも忙しくしているのだと思っていたのに、なんだかのんびりしているように見える。どう言うことだ?。
「きゃっ!」
誰かにお尻を触られた! 声が出てしまったのが悔しい。何か負けた気になるのは何故だろう?
後ろを見てみれば、あたしを触ったらしい酔っ払いが変な顔をして手を見詰めている。
断りも無く触っておいて、その顔は何だ!
「『きゃっ』だってよ!」
「可愛い悲鳴じゃないか!」
あたしを触った酔っ払いと同席している酔っ払いの台詞だ。
無性にムカつく。しかし、ここはグッと我慢しなければ今晩の寝床も怪しくなる。あー、もー、こめかみが引き攣る!
腹立たしいけど、酔っ払いは放っておいて、仕事に戻ろう。だけど……。
「姉ちゃん、硬いケツしてんな。鉄のパンツでも穿いてんのか?」
「鉄のパンツだとよ!」
「わーっはっはっはははは!」
ええ、もう、反射的に拳を握り締めて、腕を振り上げたね!
ガン。ゴン。ガン。
連続した打撃音はあたしが腕を振り下ろす前だ。そう、あたしが立てた音じゃない。
「ってーな!」
「何しやがる!」
「それは、こっちの台詞だよ! この馬鹿たれ共が!」
おかみさんが酔っ払い達をお盆で殴りつけていた。
「なんだよ! 酔っ払いの可愛いお近づきの印じゃねーか」
「馬鹿言ってんじゃないよ! どこが可愛いもんかい! それで何人辞めたと思ってんだい!」
「知らねーよ、そんなこと!」
「だったら、身体で判らせてやろうか!?」
おかみさんが腕まくりを始めると、途端に酔っ払いが狼狽えだした。
「ちょ、ちょちょちょちょーっと待ってくれ。判った、判ったから」
「だったら、代金を置いてとっとと出て行きな! そして、当分は出入り禁止だよ!」
「わ、判ったよ……」
酔っ払いはすごすごと店から出て行った。何気におかみさんって強いのかしら?
「いいかい? あんた達! 命が惜しかったら、この娘にちょっかい出すんじゃないよ!」
おかみさんが大声でお客さん達に通達すると、そこかしこから「おー」とおっかなびっくりな様子の返事。それにしても、「命が惜しかったら」なんて物騒過ぎやしない?
その脅しが利いたのか、その場に居たお客さん達は静かに飲み食いするだけで足早に店から出て行った。
まあ、一時的なんだけどね。お客さんが入れ替わったらまた元の賑やかさになって、あたしも休む暇が無くなった。
「ふぅ」
閉店してやっと一息だ。
「お疲れさん。あの連中は新しい娘が入るとなんだかんだと注文をして気を引きたがるからね。大変だったろ?」
「それはもう」
お客さん達はわざわざあたしに注文をしていたと言うことなのか。おかみさんがのんびりな訳だ。何か理不尽を感じるが、おかみさんのお陰で酔っ払いを殴らずに済んだことにはお礼を言っておこう。
「今日は助けていただいて、ありがとうございました」
「あんたを助けた覚えは無いよ」
「え? でも……」
あたしがぽかんとおかみさんを見ていたら、おかみさんは頭を掻いた。
「むしろ、助けたのはあの酔っ払いの方をなんだけどね」
「え?」
「あんた、あいつを殴ろうとしただろ?」
「はい……」
多分、日本の居酒屋なんかで働いていたのだったら殴ろうとはしなかったと思う。日本にだってあんな奴は居るもの。だけど理不尽にこの世界に連れて来られて、それなのに直ぐにでも働かなきゃいけなくて、自分でも気付かない内に神経がささくれ立っていたんだ。
「あのままあんたが殴っていたら、あの酔っ払いの首が無くなってたような気がしたからさ」
あたしは苦笑いする。
「まさか、そんな」
「まさか、なら良いんだけどね」
「あの、もしかして『命が惜しかったら』って脅していたのは?」
「ああ、『あんたに殴られたくなかったら』ってことだね」
冷や汗しか出ない。
「でも何故、そう思ったんですか?」
「あんたはどう見ても素人なのに気配がだだ漏れなんだよ。危なくてしょうがない」
まさかのチートの気配のだだ漏れだった。どうやったら漏らさずに済むのかしら……。
「だけど、そんなのが判るものなんですか?」
「こう見えてもあたしは元ランク2冒険者なんだ。結構有名人なんだよ」
「ああ、それで……」
客達に脅しが利いたことも含めて、納得した。
「依頼を受けたいんですが、字が判らないのでどんな依頼が有るか教えていただけますか?」
日払いして貰える依頼で、と付け加える。
「今からか? 今からできるものはそう多くはないぞ?」
強面だけど口調は優しげだった! 見かけで判断してごめんなさいと、心の中で謝っておこう。
「はい。お金が全く無くて、今からでも働かないと今晩の食事にも困りますので」
「ふむ、無一文か。ならば酒場の接客はどうだ? 夜は遅くなるが、賄いも出る。仕事の後に仮眠くらいはさせて貰える店だ」
「酒場って、その、えーと、何と言うか……」
夜の酒場って、エッチなことをさせられたりしないのかな? 気になるけど、何とも尋ね辛いし……。
「ふむ、女を要求されないか気にしているのか?」
あれ? 何で判ったんだろう? 察してくれるのは助かるけど。
「はい……」
「その心配は無い、とは言えんな。店自体は至って健全なんだが、酔っ払いに身体を触られることは有り得る。その所為なのか、誰も長続きしなくて、本来ならランク8の依頼がランク9になっている」
とってもブラックっぽい。とは言っても、選択肢なんて端から無いのだから受けるより無い。店の営業でエッチなことをさせられるんじゃなければどうにかなると思いたいじゃない?
「判りました。それを受けます」
「よし。ではここに指を置いてくれ」
依頼票にタグとして付けられている水晶の板に、魔力紋を登録するらしい。言われるままに魔力紋をタグに登録したら受注完了。
その後、強面のおじ様は依頼票に書いている内容を一つ一つ指差しながら読み上げてくれて、酒場までの地図も書いてくれた。顔に似合わず親切な御仁だった。
酒場。見るからに酒場だ。何せ、樽のオブジェがひっついている。木造としてはかなり大きな二階建てで、間口が10メートルくらいは有る。
店員として来たんだから裏に回るべきかな?
そんなことを思ってみたけれど、建物と建物の間は塞がれていて回れる場所が無い。これじゃ、表から行くしかない。
ゴンゴン、とノッカーを鳴らして叫ぶ。
「こんにちわーっ! ギルドの依頼でやって来ましたーっ!」
「開いてるから、入って来なーっ!」
中から中年女性らしき声の返事。
扉を開けて、首だけ突っ込むようにして見回してみる。何だか大衆食堂みたいな雰囲気で少しホッとする。
その中に佇むのは、女性としては少し大柄で、背筋がピンと張っていて、中年太りとは無縁そうな女性。見るからに格好良くて、少し憧れる。あたしじゃ、もさっと立ってるようにしかならないもの。
「覗き込んでないで、さっさと入って来な!」
「は、はい!」
ピクッとなった。その後ドタバタしてしまったのもしょうがないわよね。
覗き込むのは失礼だったと、反省しながらと中に入る。でも、初めての場所ってちょっと怖くない?
「あんた、初めてだね?」
「はい!」
芯が通ったような声に何だか背筋がピンと伸びてしまう。
「まだ早いんだけど、来たもんはしょうがないね。まあ、メニューでも覚えといて」
中年女性が指差す壁にはメニューらしきものが貼られているけど、読めないのよね……。
「すいません。読めないので、一通り読んで貰って宜しいでしょうか?」
「まったく、しょうがないね」
中年女性は文句を言いつつも読み上げてくれる。
あたしはそれらを聞きながらメモする。勿論、日本語訳だったり、カタカタだったりさ。
鶏肉の網焼き、豚肉の網焼き、蛇肉のシチュー、蛙肉の燻製焼き、鶏のスープなどなど。変なのも混じっている気がするが気にしたら負け。国や地域で食材が変わるから。日本にだって他の地域の人が引いてしまうような食材が有るじゃない?
そうして一通りのメニューを聞き終えたのだけど……。
揚げ物が全く無い。炒め物も殆ど無い。殆どの料理は煮るか焼くかしているだけ。
「揚げ物とかは無いんですか?」
「油は高いから、こんな安酒場で出せるようなもんじゃないね」
「そんなに高いんですか」
「鶏肉の網焼きと揚げたのとじゃ、値段が倍も違ってくるね」
「それ程でしたか」
それじゃ、揚げ物が無いのも道理だ。
逆に考えると、油さえ安く手に入れられれば天ぷら屋もいけそうだ。店さえ開けられれば、後はどうとでもできそうな予感がする。ふふふふふふ。
「なんだい!? 急に変な笑い方して」
「え!? あたし、笑ってました?」
「ああ、なんだか気持ち悪い笑い方だったね」
中年女性は少し引き気味に気持ち悪そうな顔をした。
表情に出てたなんて……。
あたしは頭を抱えた。
掃除の手伝いをして、賄いを食べさせて貰った。この後がいよいよ開店で、仕事の本番。
あの中年女性が店長なのかと思ったら、店長の配偶者だった。夫婦でこの店を切り盛りしているらしい。
開店と同時にお客がちらほら入ってくる。
まだ明るいのに良いの? いや、彼らとしては良いんだろうな。他人の心配より今は自分の心配だ。
「いらっしゃいませーっ!」
「お、新人さんか? まずはビールを持って来てくれ」
「はい、少々お待ちください」
開店直後だからなのか、お客さんもちらほらだからのんびりだ。
だけどそれも日が明るい内だけだった。
日が沈む頃になって、次から次にお客さんが来る。途端に店が混んで、手が回らない。
「おーい! こっちはまだかーっ!?」
「注文頼むぞーっ!」
「はーい! 少々お待ちをーっ!」
「料理が来てねーぞ!」
「あ、はーい!」
「会計してくれ!」
「はーい」
息つく暇も無い。接客しているのがあたしとおかみさんだけだなんて信じられない。おかみさんはこんなのを毎日やっているのかな? いや、昨日までは1人だったんだろうから、もっと忙しい筈だ。それこそ信じられない。
チラッとおかみさんの方を見てみる。
あれ? 何かおかしい。当然おかみさんも忙しくしているのだと思っていたのに、なんだかのんびりしているように見える。どう言うことだ?。
「きゃっ!」
誰かにお尻を触られた! 声が出てしまったのが悔しい。何か負けた気になるのは何故だろう?
後ろを見てみれば、あたしを触ったらしい酔っ払いが変な顔をして手を見詰めている。
断りも無く触っておいて、その顔は何だ!
「『きゃっ』だってよ!」
「可愛い悲鳴じゃないか!」
あたしを触った酔っ払いと同席している酔っ払いの台詞だ。
無性にムカつく。しかし、ここはグッと我慢しなければ今晩の寝床も怪しくなる。あー、もー、こめかみが引き攣る!
腹立たしいけど、酔っ払いは放っておいて、仕事に戻ろう。だけど……。
「姉ちゃん、硬いケツしてんな。鉄のパンツでも穿いてんのか?」
「鉄のパンツだとよ!」
「わーっはっはっはははは!」
ええ、もう、反射的に拳を握り締めて、腕を振り上げたね!
ガン。ゴン。ガン。
連続した打撃音はあたしが腕を振り下ろす前だ。そう、あたしが立てた音じゃない。
「ってーな!」
「何しやがる!」
「それは、こっちの台詞だよ! この馬鹿たれ共が!」
おかみさんが酔っ払い達をお盆で殴りつけていた。
「なんだよ! 酔っ払いの可愛いお近づきの印じゃねーか」
「馬鹿言ってんじゃないよ! どこが可愛いもんかい! それで何人辞めたと思ってんだい!」
「知らねーよ、そんなこと!」
「だったら、身体で判らせてやろうか!?」
おかみさんが腕まくりを始めると、途端に酔っ払いが狼狽えだした。
「ちょ、ちょちょちょちょーっと待ってくれ。判った、判ったから」
「だったら、代金を置いてとっとと出て行きな! そして、当分は出入り禁止だよ!」
「わ、判ったよ……」
酔っ払いはすごすごと店から出て行った。何気におかみさんって強いのかしら?
「いいかい? あんた達! 命が惜しかったら、この娘にちょっかい出すんじゃないよ!」
おかみさんが大声でお客さん達に通達すると、そこかしこから「おー」とおっかなびっくりな様子の返事。それにしても、「命が惜しかったら」なんて物騒過ぎやしない?
その脅しが利いたのか、その場に居たお客さん達は静かに飲み食いするだけで足早に店から出て行った。
まあ、一時的なんだけどね。お客さんが入れ替わったらまた元の賑やかさになって、あたしも休む暇が無くなった。
「ふぅ」
閉店してやっと一息だ。
「お疲れさん。あの連中は新しい娘が入るとなんだかんだと注文をして気を引きたがるからね。大変だったろ?」
「それはもう」
お客さん達はわざわざあたしに注文をしていたと言うことなのか。おかみさんがのんびりな訳だ。何か理不尽を感じるが、おかみさんのお陰で酔っ払いを殴らずに済んだことにはお礼を言っておこう。
「今日は助けていただいて、ありがとうございました」
「あんたを助けた覚えは無いよ」
「え? でも……」
あたしがぽかんとおかみさんを見ていたら、おかみさんは頭を掻いた。
「むしろ、助けたのはあの酔っ払いの方をなんだけどね」
「え?」
「あんた、あいつを殴ろうとしただろ?」
「はい……」
多分、日本の居酒屋なんかで働いていたのだったら殴ろうとはしなかったと思う。日本にだってあんな奴は居るもの。だけど理不尽にこの世界に連れて来られて、それなのに直ぐにでも働かなきゃいけなくて、自分でも気付かない内に神経がささくれ立っていたんだ。
「あのままあんたが殴っていたら、あの酔っ払いの首が無くなってたような気がしたからさ」
あたしは苦笑いする。
「まさか、そんな」
「まさか、なら良いんだけどね」
「あの、もしかして『命が惜しかったら』って脅していたのは?」
「ああ、『あんたに殴られたくなかったら』ってことだね」
冷や汗しか出ない。
「でも何故、そう思ったんですか?」
「あんたはどう見ても素人なのに気配がだだ漏れなんだよ。危なくてしょうがない」
まさかのチートの気配のだだ漏れだった。どうやったら漏らさずに済むのかしら……。
「だけど、そんなのが判るものなんですか?」
「こう見えてもあたしは元ランク2冒険者なんだ。結構有名人なんだよ」
「ああ、それで……」
客達に脅しが利いたことも含めて、納得した。
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