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悪役令嬢の慟哭
第7話 蓄えるもの
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ハイデルフト侯爵の反乱以降、国内の三分の一近い領主が失われたが、後任の領主はなかなか決まらない。反乱とその後の大火で少なくない貴族が命を落とし、候補者自体が少なくなった事が元々の大きな理由である。ハイデルフト領とモーダルタ領を直轄領のままとしたのは正にそれが理由だった。反乱後暫くは自分や家族を領主に取り立てて貰うために賄賂を送る者も居り、貴族達は出世争いに興じていた。
その状況が変わったのは、ハイデルフト家と懇意にしてると目されていたメストロアル侯爵の死である。メストロアルの惨劇は怨霊の復讐の対象を人々の目から覆い隠すのに十分だった。それに追い打ちを掛けるように次々と領主が命を落とすに至って、領主であること自体が怨霊の呪いを招くとも噂されるようになっていった。
今となっては、賄賂を送ってまで封じられるのを避けようとする者さえ居る。
国王が命じて封じた者の中には国外へと逃亡するものも現れた。
そんな中で新たに加わった報告が怨霊による二度目の襲撃だった。治めるべき貴族が居ないにも関わらず襲撃が起き、そこでの惨劇は一度目の比ではなかった。こうなると代官の任さえ固辞する者が殆どとなり、名目だけの自治領が増えていった。その中にはハイデルフト、メストロアルを始めとした大領が複数含まれており、面積では国の半分近くを占めるまでに至った。
ところが、この二度目の襲撃とは通説でしかない。事実は通説とは異なり、二度目される襲撃は正しくは一度目である。もし、各領主の殺害時に正しく調査されていたならば、殺害した犯人が家宰であったり領軍総長であったりと言うことが判明しただろう。そしてそれが正しく罰せられたなら二度目の襲撃とされるものは起きなかった筈だ。だが実際には噂に便乗する形で全て怨霊の仕業として闇に葬ろうと画策された。
その事が、エカテリーナによる町の破壊を呼び込んでしまった。
◆
宰相テネスノイトは苦悩する。日に日に国内が荒れていくのが判る。領主が健在な領は安定しているが、領主が失われた領は治安悪化が著しく、既に国の半分が統治されていないに等しい。このままでは国そのものが危ない。隣国に攻め込まれる事も考えられるが、その前に国が分裂する可能性が極めて高い。
皮肉なのは、反乱以降最も長く領主や代官が不在であるハイデルフト領が、領主不在の領で唯一治安が維持されている事だ。自警団の功績だろう。他領により治安維持がなされていた時よりも安定している。
ハイデルフト領の例外を除けば、領主不在の領では暴動が起きてもおかしくはない。加えて、更に領主不在の領が増える可能性すらある。
このままではいつか金貨を数えて悦に浸ることすらできなくなってしまうと、テネスノイトは先行きに不安を感じずにはいられない。
テネスノイトは先代の国王の時代から収賄は当たり前の腐敗の温床の一人であり、何よりもお金を愛する金の亡者でもある。だが、国が成り立っていてこそ甘い汁を吸えるのだと言う見識は持ち合わせている。そのため、今の国の状態はテネスノイトにとって都合が悪い。蓄財できないのが我慢ならない。蓄財のためなら努力を惜しまないテネスノイトは、嘗て無いほど働き、その手腕を遺憾なく発揮していた。国王が未熟な分を全て補い、内政をほぼ一手に引き受けていると言って過言ではない。その手腕を先王時代に発揮していてくれれば、と考える文官も少なくない。
「それもこれも怨霊の仕業か」
テネスノイトは呟いた。そこでふと、違和感を感じた。何か錯覚している気がする。そう思って地図を広げ、怨霊に襲われた町や村を追っていくことにした。
ハイデンでの幾つかの小さな事件、ボナレス領主の死、メストロアルの惨劇、それとベグローナの破滅に怨霊が関わっているのは確実だろう。エカテリーナを見たと思われる者が存在し、宙に浮かぶ短剣を見たと言う証言も得られている。何よりメストロアルとベグローナについては人間業とは到底思えない。
ボナレスからメストロアルへの足跡はよく分からないが、メストロアル以降は点々と怨霊の足跡のような事件が各地で発生している。それらを時系列に沿って発生場所を見ていくと、遠く離れた場所で同時に起きたと思われる事件が有る。これがもし両方とも怨霊の仕業だとするなら、怨霊は長距離を一瞬で移動できる事になる。一瞬で移動できるなら、メストロアルからベグローナまでに半年も間を空けるのは不自然だ。
そこで不自然に距離が離れた事件を外して追っていくと、一つの線が見えた。その進路はふらふらと曲がりながらも一定の速度を保っているように見える。その速度はかなり速いが、昼夜を問わず移動するなら徒歩で移動できる程度の速度だ。その線上には、二度怨霊に襲われたと言われる領の一度目は無い。
冤罪――。
そう、一度目は怨霊からすれば冤罪だ。二度目はその被害の大きさから言っても怨霊で間違いないだろう。冤罪を擦り付けられた事を恨んだのだろうか。
テネスノイトは怨霊を突き動かすものの一端を知った気がした。しかしそれ以上に領主殺害事件の調査の杜撰さを突き付けられる思いがした。
「何を難しい顔してるの?」
テネスノイトは突然女に抱きつかれ、甘えたような声で囁かれた。女の豊かな胸が背中をくすぐる。テネスノイトにはその女が誰だか直ぐに判った。
「これは王妃様、お戯れを」
「ね? これから良いことしない?」
「いえ、まだ仕事が残っております故、申し訳ありませんが遠慮させていただきます」
「もうっ! つれないのね。でもまあ、いいわ」
王妃は少し不機嫌を装いながら、あっさりと引き下がった。
テネスノイトは立ち去る王妃を見送りながら、何故こんな毒婦が王妃なのかとの常々の疑問が頭を過ぎった。王妃に貢いで破産した下級貴族も多く、人材不足の一因にもなっていたのだ。
◆
「全然脈が無いわね」
どうしたものかしら、と王妃は考える。更なる放蕩を行うにも先立つものが必要だ。そこで国庫を握っているテネスノイトを籠絡しようとしているのだが上手く行かない。
そんな事を考えるのも束の間のこと、王妃は一人の男に抱きすくめられた。
「そんな難しい顔は似合わないよ」
そう囁く男は王妃の遊び相手の一人である。
「あら、そう?」
王妃は考えるのを止め、目の前の快楽に身を委ねた。
その状況が変わったのは、ハイデルフト家と懇意にしてると目されていたメストロアル侯爵の死である。メストロアルの惨劇は怨霊の復讐の対象を人々の目から覆い隠すのに十分だった。それに追い打ちを掛けるように次々と領主が命を落とすに至って、領主であること自体が怨霊の呪いを招くとも噂されるようになっていった。
今となっては、賄賂を送ってまで封じられるのを避けようとする者さえ居る。
国王が命じて封じた者の中には国外へと逃亡するものも現れた。
そんな中で新たに加わった報告が怨霊による二度目の襲撃だった。治めるべき貴族が居ないにも関わらず襲撃が起き、そこでの惨劇は一度目の比ではなかった。こうなると代官の任さえ固辞する者が殆どとなり、名目だけの自治領が増えていった。その中にはハイデルフト、メストロアルを始めとした大領が複数含まれており、面積では国の半分近くを占めるまでに至った。
ところが、この二度目の襲撃とは通説でしかない。事実は通説とは異なり、二度目される襲撃は正しくは一度目である。もし、各領主の殺害時に正しく調査されていたならば、殺害した犯人が家宰であったり領軍総長であったりと言うことが判明しただろう。そしてそれが正しく罰せられたなら二度目の襲撃とされるものは起きなかった筈だ。だが実際には噂に便乗する形で全て怨霊の仕業として闇に葬ろうと画策された。
その事が、エカテリーナによる町の破壊を呼び込んでしまった。
◆
宰相テネスノイトは苦悩する。日に日に国内が荒れていくのが判る。領主が健在な領は安定しているが、領主が失われた領は治安悪化が著しく、既に国の半分が統治されていないに等しい。このままでは国そのものが危ない。隣国に攻め込まれる事も考えられるが、その前に国が分裂する可能性が極めて高い。
皮肉なのは、反乱以降最も長く領主や代官が不在であるハイデルフト領が、領主不在の領で唯一治安が維持されている事だ。自警団の功績だろう。他領により治安維持がなされていた時よりも安定している。
ハイデルフト領の例外を除けば、領主不在の領では暴動が起きてもおかしくはない。加えて、更に領主不在の領が増える可能性すらある。
このままではいつか金貨を数えて悦に浸ることすらできなくなってしまうと、テネスノイトは先行きに不安を感じずにはいられない。
テネスノイトは先代の国王の時代から収賄は当たり前の腐敗の温床の一人であり、何よりもお金を愛する金の亡者でもある。だが、国が成り立っていてこそ甘い汁を吸えるのだと言う見識は持ち合わせている。そのため、今の国の状態はテネスノイトにとって都合が悪い。蓄財できないのが我慢ならない。蓄財のためなら努力を惜しまないテネスノイトは、嘗て無いほど働き、その手腕を遺憾なく発揮していた。国王が未熟な分を全て補い、内政をほぼ一手に引き受けていると言って過言ではない。その手腕を先王時代に発揮していてくれれば、と考える文官も少なくない。
「それもこれも怨霊の仕業か」
テネスノイトは呟いた。そこでふと、違和感を感じた。何か錯覚している気がする。そう思って地図を広げ、怨霊に襲われた町や村を追っていくことにした。
ハイデンでの幾つかの小さな事件、ボナレス領主の死、メストロアルの惨劇、それとベグローナの破滅に怨霊が関わっているのは確実だろう。エカテリーナを見たと思われる者が存在し、宙に浮かぶ短剣を見たと言う証言も得られている。何よりメストロアルとベグローナについては人間業とは到底思えない。
ボナレスからメストロアルへの足跡はよく分からないが、メストロアル以降は点々と怨霊の足跡のような事件が各地で発生している。それらを時系列に沿って発生場所を見ていくと、遠く離れた場所で同時に起きたと思われる事件が有る。これがもし両方とも怨霊の仕業だとするなら、怨霊は長距離を一瞬で移動できる事になる。一瞬で移動できるなら、メストロアルからベグローナまでに半年も間を空けるのは不自然だ。
そこで不自然に距離が離れた事件を外して追っていくと、一つの線が見えた。その進路はふらふらと曲がりながらも一定の速度を保っているように見える。その速度はかなり速いが、昼夜を問わず移動するなら徒歩で移動できる程度の速度だ。その線上には、二度怨霊に襲われたと言われる領の一度目は無い。
冤罪――。
そう、一度目は怨霊からすれば冤罪だ。二度目はその被害の大きさから言っても怨霊で間違いないだろう。冤罪を擦り付けられた事を恨んだのだろうか。
テネスノイトは怨霊を突き動かすものの一端を知った気がした。しかしそれ以上に領主殺害事件の調査の杜撰さを突き付けられる思いがした。
「何を難しい顔してるの?」
テネスノイトは突然女に抱きつかれ、甘えたような声で囁かれた。女の豊かな胸が背中をくすぐる。テネスノイトにはその女が誰だか直ぐに判った。
「これは王妃様、お戯れを」
「ね? これから良いことしない?」
「いえ、まだ仕事が残っております故、申し訳ありませんが遠慮させていただきます」
「もうっ! つれないのね。でもまあ、いいわ」
王妃は少し不機嫌を装いながら、あっさりと引き下がった。
テネスノイトは立ち去る王妃を見送りながら、何故こんな毒婦が王妃なのかとの常々の疑問が頭を過ぎった。王妃に貢いで破産した下級貴族も多く、人材不足の一因にもなっていたのだ。
◆
「全然脈が無いわね」
どうしたものかしら、と王妃は考える。更なる放蕩を行うにも先立つものが必要だ。そこで国庫を握っているテネスノイトを籠絡しようとしているのだが上手く行かない。
そんな事を考えるのも束の間のこと、王妃は一人の男に抱きすくめられた。
「そんな難しい顔は似合わないよ」
そう囁く男は王妃の遊び相手の一人である。
「あら、そう?」
王妃は考えるのを止め、目の前の快楽に身を委ねた。
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