悪役令嬢の慟哭

浜柔

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悪役令嬢の慟哭

第2話 売るもの

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 サブリナ・メドルーアは朝から落ち着かない。お昼からのパーティが待ち遠しくて仕方がない。今日は彼女の6歳の誕生日なのである。
 パーティが昼からなのはお友達を何人か呼んでいるからだ。暗くなると大人だけでも外を歩くのは危険が伴う時勢に、保護者同伴とは言え子供が夜に外を歩くのは危なすぎるのだ。
 そしてサブリナが落ち着かないのは、別にワクワクしているからと言うだけではない。大人達がパーティの準備で忙しく動いていたからでもある。父親は朝食後直ぐにパーティに合わせてテーブルを移動させると仕事に出掛けていった。母親はご馳走作りでてんてこ舞いをしている。お手伝いさんは飾り付けを頑張っている。
 だけどもサブリナは少し不満でもある。誰も遊んでくれない。兵隊さんが沢山居て危ないから、と言われて家から出して貰えない。だからお手伝いをしようと思った。だが、飾り付けを手伝おうとすればお手伝いさんは言う。
「お嬢様は主賓なのですから飾り付けが終わるのを待っていてください」
 ならばと、料理を手伝おうとすれば母親は言う。
「お楽しみは、楽しむべき時に楽しむから楽しいのよ。だから我慢してね」
 サブリナには意味がよく分からなかったが、拒絶されたのだけは判る。不満にぷうっと頬を膨らませたまま、自室に戻り窓から外を眺める事にした。落ち着かないから絵本を読む気にもなれなかったのだ。そして、ただただ退屈を持て余していた。

 サブリナの家族は、父親と母親とサブリナの三人家族だ。父親はメドルーア商会と言う宝石商を営んでいる。半年前までは業績が上がらず生活も苦しかった。もっと子供が欲しいと思ってもサブリナ一人を育てるので精一杯だった。
 だが半年前から状況が変わった。隣接領の兵士達がハイデルフト家由来の品を持ち込んでくるようになったのだ。盗品か横流し品である事は間違いないが、元々の所有者は既に死んでいないのだからと買い取って転売をした。買い取るときは兵士の足下を見て買い叩き、ハイデルフト家の名を使って高く売りつけるのだ。それによって莫大な利益を得るに至った。
 メドルーアの業績が上がらなかったのは、強欲に買い叩く姿勢によって同業者から敬遠されている事が一因なのだが、彼はそれに全く気付かないまま今の業績が一生続くのだとさえ思ってもいた。
 そして、それは有る意味では正しかった。

 サブリナがずっと外を見ていると見知らぬ女の人がやってくるのが見えた。一体誰が来たのかと思ってリビングへ行くと、その女の人がリビングに入ってきた。お手伝いさんは何処に行ったのかここには居ない。
「お姉さん、誰?」
 サブリナがそう尋ねると、女の人は目を丸くしてサブリナの方を見て、驚いたような顔をした。だけども直ぐににやーっとした顔をした。
 怖気が走った。怖い。サブリナは慌てて自室へ戻りベッドに潜り込んだ。そして、ギュッと目を瞑って丸まった。
「怖い、怖い、怖い」
 女の人は笑っただけだ。だけど怖い。サブリナはガチガチと歯の根が合わなかった。

 どれだけの時間そうしていたのかは判らない。だが、サブリナは母親のこの世ならざる悲鳴に飛び起きた。
「ママー、ママー」
 サブリナは母親を呼びながら走る。母親が居るはずの厨房の前まで来るとなんだか変な臭いがする。何かが燃えて焦げている臭いを嗅いだことのないサブリナには臭いことしか判らない。厨房へのドアを開けようとするとなんだか熱い。熱いのを我慢してドアを開けた。
「ひっ!」
 厨房は火に包まれていた。母親の姿は見えない。
「ママー、ママー」
 サブリナは必死に母親を呼ぶ。だがその時ぞわりと悪寒を感じた。そろりそろりと振り返ると、直ぐ後ろでさっきの女の人がサブリナを冷たく見下ろしていた。思わず女の人から後退る。それに合わせるように、女の人がサブリナの額を押した。
 一瞬時間が止まったように感じる。女の人が何か喋っているけど聞こえない。そしてサブリナは火の中に倒れてしまった。
「せめてもの慈悲よ」
 知らない女の人、即ちエカテリーナ・ハイデルフトはそう呟いていた。

「放せーっ! 放してくれーっ! 中には妻が! 娘が!」
「駄目だ! こんだけ火が回ってたらもう助からん! お前まで死んでしまうだけだ!」
 サブリナの父親であるメドルーアが燃え盛る自宅の前で暴れ叫んでいた。家族を助けようと家の中に入ろうとしているのだ。その足下にはサブリナへのプレゼントの箱が転がっている。
 そんなメドルーアを周りの者達が止めているが、彼らにとっては迷惑この上ない。何時自宅が延焼するか判らないのだ。メドルーアにかかずらってる場合ではない。だが、目の前で火に飛び込まれても寝覚めが悪い。だから止める。
 家全体に火が回ってしまっていては、自然に鎮火するのを待つしかない。できる事は延焼を食い止める事だけである。
 家が焼け落ちる段になってやっとメドルーアは温和しくなった。プレゼントを抱きかかえて嗚咽を漏らす。
 それを見た近所の者達は直ぐに自宅に戻り、自宅に水を掛け続けた。

「店長ーっ!」
 項垂れるメドルーアの所に商会の店員の一人が必死に走ってきた。店員は燃え落ちる家を見て驚愕するが、直ぐに用事を思い出して伝える。
「店長! 商会が火事です! もう、手が付けられません!」
「何だと!?」
 メドルーアは走る。必死に走る。そして商会の店舗の前まで来て絶望した。そこに有ったのは既に焼け落ちた店舗だった。
「俺になんの恨みがあると言うんだ!?」
 メドルーアは嘆き叫んだ。
「有るに決まってますわ」
 いつの間にかメドルーアの後ろに立っていたエカテリーナが彼の叫びに答えた。メドルーアには聞こえないのが判っていながら言わずにはいられない。
「私達家族の思い出の品で勝手に商売をされたのですもの、恨まない訳がないでしょう」
 項垂れるメドルーアを見下ろしてエカテリーナは考える。
「さて、この男の始末はどう付けましょう?」

 メドルーアが燃え落ちる店舗を見詰める周りが俄に騒がしくなった。ボナレス兵が駆け付けたのだ。
 ボナレス兵達はメドルーア商会の店舗の周りを封鎖すると、民衆を追い払い始めた。メドルーアさえも追い払われる。メドルーアが抗議しても聞き入れないどころか剣を向けるのである。
 メドルーアは顔を歪めながらとぼとぼと自宅へと向かった。だがその先も同じくボナレス兵が封鎖してしまって自宅に近づけない。
「あの中には妻や子供が居たんだ!」
 そう叫んでみてもボナレス兵は嘲笑うだけだった。

 ボナレス兵が何をしようとしているのかはメドルーアにも容易に判った。焼け残った金品を略奪しようというのだ。火事跡なら現場検証の名目で好き勝手に探索できる。憤りを感じてもメドルーアには為す術はなかった。

   ◆

「なんてもの持って来やがる! 出て行きやがれ!!」
 メドルーアは知り合いの商人の店から叩き出された。手持ちの現金が少なかったメドルーアは、仕方なくサブリナへのプレゼントに用意していた髪留めを知人に売りに行ったのだ。彼なら近々誕生日を迎える小さな娘が居るため、プレゼントとして買ってくれると考えた。ところがである、知人は髪留めを見た途端に激怒し始めた。
「何故だ!? これはハイデルフト家所蔵の確かな作りの品だぞ?」
 メドルーアは追い縋った。そんなメドルーアを知人は冷たく問う。
「お前は、ハイデルフトの呪いの事を聞いた事が無いのか?」
「呪いなんて単なる噂だろ!」
 メドルーアは呪いなど信じていなかった。興味も無かったため噂の内容もよく知らない。
「はぁ……。呪いじゃなくてフォークや短剣がどうやって独りでに動くって言うんだ?」
 知人はメドルーアの物知らずぶりに呆れてしまった。
「そんなもの誰かがトリックを使ったに決まっている!」
「みんな見ていたが糸すら付いてなかったって話だ。大体、お前自身が呪われてるだろ」
「なんで俺が!? 呪われる理由なんて何もないぞ!」
 メドルーアは心外とばかりに言い返すが、知人はいよいよ呆れた声で言い放つ。
「あるだろ。今お前が持ってる髪留めだよ」
「何!?」
 メドルーアは慮外の理由に頭が真っ白になった。
「ハイデルフト家から流れた品を扱っていた商人がもう何人も死んでるんだ。それすら知らなかったのか?」
 知人の信じられない言葉にメドルーアは放心した。

 失意の中メドルーアはとぼとぼと歩く。気付けば自宅の焼け跡に来ていた。焼け跡ではボナレス兵がまだ瓦礫を漁っている。その様子を見ていると怒りが込み上げてきた。
 ぽすんと、メドルーアは誰かに背中を押された気がした。それを合図のようにしてメドルーアはボナレス兵へと襲いかかった。
 そして殴られたボナレス兵は剣を抜き、メドルーアへと振るう。
 メドルーアの顔に一瞬笑みが浮かんだ。

「背中を押すだけの簡単なお仕事だったわね」
 エカテリーナはそう呟くと、死肉を漁る獣のようなボナレス兵を見ながら思案を巡らし続けた。
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