迷宮精霊

浜柔

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第三二話 爪痕

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 襲撃から明けた日、犠牲者が弔われた。
 これによって迷宮に滞在する全ての冒険者や娼婦達に何が起きたのか知られるところとなり、彼らに動揺が広がる。

 襲撃から二日目、迷宮を狩りの拠点としていた冒険者達が迷宮を後にした。ケイティまでの以前からの住人と娘子軍に属する者とを除けば、残っているのは二人だけだ。
 娘子軍の部隊長であるセシリア・ウッドネルは隊員の動揺が激しい事から王都へ帰還すべきだと訴えている。
 商人の足も遠のいた。

 状況を鑑み、そして自らの信念を携え、フィーリアが娘子軍を鍛練場に集合させた。
「総員、隊服を脱ぎなさい!」
「殿下!?」
 セシリアがびっくりして問い直す。
「隊服を脱ぐよう言ったのです。これは命令です」
「はっ!」
 フィーリアに敬礼して隊員に向き直る。
「総員、隊服を脱げ!」
 セシリアは率先して脱ぐ。それを見た隊員達も命令が間違いではないと悟って脱ぎ始める。
 だが、動きは鈍い。
「何をもたもたしているのですか!」
 フィーリアの叱責と共に、最も動きの鈍かった隊員にローニャが歩み寄る。
「あ、あの……」
 ローニャの冷たい視線にビクつく隊員にローニャの剣が閃き、隊服が細切れになって散る。
「ひゃああ!」
 その隊員は腰を抜かして尻を着き、水溜まりを作った。
「他に隊服を切り刻まれたいのは誰ですか?」
 フィーリアが冷たく言い放つと、慌てて隊員達は隊服を脱ぎ捨てた。
 全員が全裸になったのを確認してフィーリアが一つ頷く。
「今、私達がこうして生きていられるのは、力強い方々に守っていただいたからです。本来ならば、軍である私達が民を守らなければなりません。それが守られてしまったのです。恥じねばなりません。そしてその羞恥に耐えて乗り越えなければなりません」
 フィーリアは一拍置いて隊員達を見回す。不服そうな者も垣間見える。
「今回の襲撃で犠牲者が出たのは迷宮に居たからだと思う者も居るでしょう。しかし、王都に居たとて叛乱軍や盗賊団などから攻撃されないとも限りません。もし、そのような事態が起きた時に『王都に居たから』と言えるでしょうか」
 不服そうにしていた者が視線を彷徨わせる。
「どこに居ても同じです。軍である以上、いつ死と隣り合わせになるか判りません。そしてその時死ぬのは弱いからです。今回の襲撃で犠牲者が出たのも私達が弱いからです」
 フィーリアは大きく息を吸う。
「私達は強くならねばなりません! 自らが生きるために! 民を守るために! 強くなければならないのです! 軍である以上、弱い事こそが羞恥だと心得なさい!」
 フィーリアはまた隊員達を見回す。不服は鳴りを潜めたが、戸惑いが表出している。
「今より私達は獣になります。強さを求める獣です。獣は裸です。だから皆も裸なのです。人に戻りたければ強く成りなさい。少なくとも九級を超えて初めて人に戻る事を許しましょう」
 隊員達の顔に「九級は無理だ」と書いているのをフィーリアは見て取る。
「今、この場では不可能と思う者も居るでしょう。ところが、幸いな事にこの迷宮では可能なのです。通常では考えられない早さで強くなれる環境がここには有ります。これからはそれを最大限に利用させていただこうと思います。そして皆には厳しい訓練を課します。皆の精進に期待します」
 そして、王都からの隊員一一名の内五名をメリッサ配下とし、セシリア隊、メリッサ隊、ミランダ隊の三隊構成に再編した。
 ここまで終わると、フィーリアはミランダに後を託す。
「最初の課題です。全員、治療スライムに入って貰います。そして、今後は毎日必ず治療スライムに入る事を義務付けます」
 ミランダは言い、治療スライム未経験のセシリアと隊員一一人を四階と一階の治療スライムへと送り込んだ。
 これから隊員達には過酷な訓練の日々が始まる。
 最初の数日間、午前中の隊員達はセシリア隊とメリッサ隊が麦芋団の監督の下で開拓地の石運びをし、ミランダ隊がセシリアから軍の作法などを学ぶ。
 フィーリア、ミランダ、メリッサはローニャの指揮の下での狩りをする。全裸で森の中を駆け巡るのだ。
 たまたま出会した猟師達は呆然と立ち尽くして見送るばかりである。
 午後から全員がローニャ指導の下での本格的な特訓に入る。手足の一本や二本は折れて当たり前の過酷なものだ。折れても治療スライムに入れば次の朝までには完治しているので、隊員に休みが与えられる事は無い。

 襲撃から四日目、未だザムトは目覚めていない。
「旦那、旦那、早く起きておくれよ」
 寝台で眠るザムトにカトラはそっと口付けた。
 眷属になって以降、一日も欠かさずに愛されていたのだ。今となっては愛を注がれなくては一日が終わった気がしない。

  ◆

 第三七週月曜、迷宮――。

 襲撃から一週間後の朝、ザムトは目覚めた。寝台の上で身体を起こすと傍らにはエリザが居た。
「主様、お目覚めか」
「俺はどれだけ眠っていた?」
「一週間ほどだ。長かった理由は何であろう?」
「核石が傷付けられたのと、毒を貰ったのと、何より魔素を一気に吸ったからだ。奴らは八級と九級ばかりで七級も一人居たから俺が迷宮の主になった最初に有ったよりも多くの魔素が一気に来た。それで消化不良を起こした感じだ」
「それ程であったか」
「ああ。七級の奴なんてエリザやローニャじゃなかったら勝てなかったろうから、ローニャが相手をする事になって助かったよ。俺達は運が良かったのかもな」
 ザムトは溜め息を吐く。
「まあ、運がいいと言うには犠牲が多かったようだが」
 エリザは同意するように瞑目する。
 その後、ザムトは眷属達の記憶を再生して午前を過ごした。

「主様、火の魔法陣が燃え盛ったままだ」
「そう言われれば、やり残した事が多いな」
 手始めに火の魔法陣を止めながら、ザムトはエリザと共に階段を上る。
 歩きながら不十分だった防御を反省する。
 住人を狙ってくるとは思いもしていなかった。襲撃側の投入戦力も甘く見過ぎていた。
 特に住人を狙われたのが問題だ。それによって上層に町を作ろうとした構想は脆くも崩れ去った。
 誰でも入れる町作りでは住人を守りようが無い。魔物に警備させるとしても、強力な魔物を多数配置するだけの魔力は無いのだ。
 検問を行うとしても害意を持つ者全てを弾けるものでもない。害意を持たない者を誤って弾かないようにできるものでもない。常に疑惑の目で見ては訪問者の不満が高まるだけだろう。
 魔力との兼ね合いからすれば、絶対的な防御地点を設けるよりない。町を上層とするなら入り口付近だけだ。それでは迷宮に誰も入れない事を意味する。訪問者を完全に拒んでは迷宮を成長させる余地が無くなってしまう。
 つまり、全てを満足させる事はできない。
 妥協点としては、住人と訪問者を分けて住人だけは守る体勢だろう。
 そう考えるなら町を下層に作ってエリザの守護が及ぶような配置が良い。入り口から距離が有れば害意を持つ者の見極めができる可能性も有る。
 住人を信用できる者とそうではない者に分ける事も考慮すべきか。勿論今現在の住人は全て信用できる者達である。
 そうして色々考えたザムトの結論は、「今の住人だけは守る」と言うものだった。

 エリザを四階踊り場に残し、三階に上がって鍛練場を覗くとフィーリアが「主様ぁ」と乙女走りで駆け寄ってくる。乳首が跳ね回る様子が艶めかしい。
 ザムトが抱き留めて労うように軽く身体を撫でると、フィーリアは「ひゃっ!」と奇声を上げて身体を痙攣させ、幸せそうな表情で気絶してしまった。
 これにはザムトの方がびっくりだ。
「主様は急激に魔力が伸びていらっしゃるご様子。恐らくは眷属補正も高まっているのでございましょう」
 ローニャの弁である。

 一階へと上がると、ザムトは住人達を集めた。コロンや麦芋団も開拓地から呼び出している。
 そして南の広間で車座になって現況を聞く。
 迷宮から多くの者が立ち去った事は、待っている間にサシャから聞いた。
 犠牲になった者達は迷宮に居たと言う理由だけで殺されたのだから逃げたくもなるだろう。
 そして、こんな事が起きてしまっては新たな住人を望めない。ただ、ローニャが迷宮に留まるなら新たな住人を必要としないだけの魔素は得られる。
「開拓地の横に町を作ってみてはどうじゃ?」
 コロンが言った。
「城壁のようなもので囲めば安心もできよう」
「そうできると私も助かりますが、城壁はどうなさるのですか?」
 シルビアが尋ねた。
「わしの魔法でどうにでもなるじゃろうて」
「お婆ちゃんの魔法なら簡単ね」
 リタが得意げに言った。「何でお前が得意げ?」と言いたげな視線を浴びたのは言うまでもない。
 ザムトにはそれより気になった事が有る。
「それは任せるとして、何故シルビアが助かるんだ」
「実は迷宮内の商業組合出張所の閉鎖が正式に決まりました。開拓地の横に町を作ればそこにまた出張所を開設する事も叶います」
「やっぱり襲撃のせいか?」
「はい。もし彼らがカトラさんやサシャさんの部屋を素通りしていたら恐らく私達は生きていないでしょう。その上で商人の訪問を望めない状況では反論のしようも有りません」
「シルビアが居なくなるとすると、もしかしてモドロフ商会もか?」
 ケイティが頷いた。
「ご当主が積極的に出張所の閉鎖を働きかけたようです」
 さもありなん。モドロフの様子を思い出すとそんな感想しか出てこなかった。懸想するシルビアの身に危険が及ぶかも知れないとなればそこから遠ざけようとするのも人情である。
「衛兵隊は?」
「現状維持です。衛兵隊としては迷宮を監視する意味も有りますので」
「冒険者組合は?」
「保留。襲撃の翌日にロブスが王都に向けて出発したらしいから、戻ってくるまで放置ね」
「あいつ、まだ中央組合を諦めてなかったのか?」
「笑っちゃうでしょ?」
 ハーデンの問いにヨハンナは乾いた笑いで返したが、直ぐに浮かない顔になる。
「まあ、そのお陰で行方不明のソレーヌも解雇を免れてるんだけどね」
「ソレーヌは襲撃者の一人に連れて行かれた、いや、付いて行ったんだったな」
 ザムトは上目遣いに天井を見ながら午前に見たカラスの記憶を思い浮かべた。
「付いて行った?」
「ああ、恋人同士みたいにいちゃいちゃと」
 ヨハンナの眉間に皺が寄った。
「あり得ないでしょう!? 殺しに来たのよ!?」
「そう言う女だからとか何とか。それにソレーヌが『殺してくれ』とか言い出したのを男の方が拒んだ」
「訳が判らないわ……」
 ヨハンナは何かを振り払うかのように眉間に皺を寄せて何度も首を横に振る。
 そして眉間の皺を緩めて息を吐いた。
「処女喪失でどうなるのかと思ってたけど、そんな風になっちゃうとはね……」
「相手は八級、ソレーヌも九級だから余程の事が無ければ死にはしないだろう」
「それなら、あのソレーヌだもの。その内に噂が流れて来るんじゃない?」
 リタの発言に、一同は何となくであるが同意した。
「後はそうだな……、残っているみんなの住処を四九階に移すつもりだ。このままって訳にはいかないからな」
「四九階だと外に出るのも一苦労ね」
「それは大丈夫だ。転移魔法陣を設置する。上と下の魔法陣に血を二、三滴ずつ垂らして登録した者ならいつでも使えるものだ」
 魔法陣を起動した者と荷物だけが転送されるのが基本だが、ザムト、エリザ、カトラ、フィーリアの四人が起動した場合に限って魔法陣内の人や生き物も転送される設定である。
 それ以上の迷宮の変更は住人が四九階に引っ越してからになる。
「ところで、サシャの後ろの犬と猫はどうしたんだ?」
「バウくんとニャア一くんですよ?」
「死んだ筈だが、サシャが何かしたのか?」
「魔石を握っていただけです。そうしたら生き返りました」
「何だと?」
 ザムトはじっとサシャと黒狼と猫を見据えた。
「どうしてかは判らんが、そいつらはサシャの眷属になってるようだ。俺が言うのも何だが、サシャはどんどん人間離れしていくな」
「しっ、失礼な! 普通の人間ですよ?」
 サシャは抗議するが、熱い女を間近で見たカトラとしてはザムトに同意せざるを得ない。
「身体中から焼け付くような熱を出すのがかい?」
「お姉ちゃんは普通だもん! 剣を素手で融かしたって普通なんだもん!」
 サシャが虐められているように感じたアーシアが膨れっ面をしてサシャにしがみつきながら叫んだ。
「アーシア、ありがとう」
 サシャは微笑みを浮かべてアーシアを抱き締め返す。アーシアもまた笑みになる。麗しい姉妹愛である。
 しかし、アーシアの台詞に一同は目を剥いて固まっていた。普通とは一体何なのであろうか。
「な、何ですか? い、至って、ふ、普通ですよ?」
 一同の不穏な様子に気付いたサシャが焦って誤魔化すように言った台詞には聞いている方が焦った。熱を発するのが普通だとしか聞こえなかったのだ。
 サシャを怒らせないようにしよう。
 それが共通認識となった。

 ザムトは夜の間に四九階を構築した。間の階が無いので、階数は深さからの概算だ。二〇〇メートル四方の広さと一〇メートルの高さを使っでいる。
 奥側半分の内、半分をフィーリアに、三分の一を鍛練場に割り当て、残りを空けておく。手前側半分は二階建てにして半分を娘子軍の宿舎に、残りをサシャを始めとした娘子軍以外の住人に割り当てる。当面使うのは一階部分だけだ。
 治療スライムは一階に一体だけ残し、残りを全て四九階に移動する。それと共に全部で二九体に増えた。フィーリアに一体、娘子軍以外の住人向けに一〇体、娘子軍に残り一七体の割り当てである。
 光の魔法陣は各部屋に配置した。罠を利用して点灯消灯を切り替えられ、一度切り替えると四時間以上過ぎなければ再度の切り替えができないようにしている。切り替え毎に迷宮の魔力を使うので頻繁に切り替えられると困るのだ。起床時に点けて就寝時に消すだけでも一日中点灯し続けるよりも魔力を消費してしまう。

 翌日の火曜日には住人達の引っ越しである。
 それに合わせてシルビアとマッチョ達、ケイティがハジリへと帰っていった。必ず戻ってくるとシルビアは言い残した。
 残っている住人は、サシャ、アーシア、カトラ、コロン、ハーデン、ゲラン、リタ、イリス、フィーリア、ローニャ、ミランダ、メリッサ、ヨハンナ、ステラ、セシリア、王都から来たその他の娘子軍隊員一一人、迷宮で娘子軍に加わった七人、娼婦のレベッカ、迷宮商店の売り子のモニカの合計三五人のみとなっている。
 この内、レベッカとモニカは当分の間、開拓に加わる事になった。

 住人の引っ越しが終わると、二階から四階の扉などを全て外し、材木の一部を四九階に、残りを一階へと運ぶ。この作業はザムトと荷役で行う。不要になった光の魔法陣や水用の魔法陣、四階の転移魔法陣を全て消す。
 材木を全て外し終わった後は二階から四階を迷路に組み替えて再度二階より下を立ち入り禁止にする予定だ。
 一階がそのままなのは、冒険者や衛兵が今まで通りに迷宮を利用できるようにである。
 四九階へと通じる一階の転移魔法陣は冒険者組合出張所の横、ヨハンナ達が寝室としていた部屋に設置している。

  ◆

 引っ越し翌日の水曜日、東の街道と迷宮へ向かう道との三叉路近くに一〇〇メートル四方の範囲でコロンが壁を構築した。幅二メートル、高さ一〇メートル。周辺の土砂で巨大なレンガを作って立て並べる。
 レンガに使った事で壁の両側に深さ三メートル弱、幅五メートルの壕ができている。圧縮したので壁より壕の体積が大きい。
「開拓地も囲おうかのう」
 コロンは壁を見上げながら呟いた。

 開拓地では娘子軍兵士達に混じってレベッカ、モニカも石運びをしていたが、早々にへばった。半日だけ作業する娘子軍兵士達も半日保たないのだが、それよりももっと早い。
 見かねたリタが二人を治療スライムまで運んで放り込む。毎日利用するようにも言い付けた。治療スライムは経験済みの二人であるから、日課にするのも難しくない筈だ。
 ただ、モニカを治療スライムに放り込むまでが大変だった。肌を晒すのを極端に嫌がる。
「早く服を脱ぎなさい。さもないと服を引き千切るわよ?」
「脱ぐから! 破れるから引っ張らないでください!」
 そんな一悶着の末だった。

  ◆

 ステラとヨハンナはそれぞれ衛兵隊詰め所と冒険者組合出張所に出勤する。冒険者が居ない今、いずれも開店休業状態である。
 ステラは迷宮の外で剣の素振りをしたり、迷宮の中で走ったりと自主鍛練をする。
 ヨハンナは日がな一日ほけっと椅子に座っているだけだ。

 その冒険者組合出張所には、護衛の意味も含んでカトラやアーシアがヨハンナと一緒に居る事が多い。今もカトラが一緒だ。
「ヨハンナが治療スライムを使わないのはどうしてなんだい?」
 カトラは疑問を口にした。滞在中の女で治療スライムを常用していないのはヨハンナだけなのだ。
「子供が欲しいのよ」
「え?」
 鳩が豆鉄砲を食らったような顔になる。
「何よ、その顔? 旦那が居るんだから当然じゃない」
「ええ!? 旦那!?」
「あれ? 言ってなかったっけ? あたしは既婚よ」
「そ、そうだったのかい。あたしはてっきり……」
「こんな所に駐在してるんだから旦那持ちには見えないかも知れないわね」
 ヨハンナが溜め息を吐いた。
「ロブスがそんな事情を斟酌しないのよ。あたしも稼がないと生活に余裕なんてできないから、子供ができるまでは働かないとね」
「そうだったのか……。だけど、それと治療スライムがどう繋がるんだい?」
「だって、妊娠しても無かった事にされそうじゃない?」
「堕胎って事かい?」
「それ以前かな。多分根付かないだろうし」
 カトラは首を傾げた。
「ほら、子宮にまで入ってくるんでしょ? 子種がスライムに食われそうだし、そうでなくても男の子だったら駄目ね」
「な、なるほど……」
 言われてみれば、だった。妊娠しても男の子ならきっと治療スライムに食われてしまう。もしかすると女の子でもだ。そうならないためにはヨハンナの言う通りに治療スライムを使わないようにするしかない。ザムトの子を産みたいと思い始めていたが、これでは当分お預けである。皆を守るためにも今は強くなるのを優先する。
 知らず下腹部をさすってしまう。
「あら? あなたお腹……。もしかして子供?」
「違う違う。いつか旦那の子を産みたいって考えてただけだよ」
「そう。だけど、あなたはそれでいいの? エリザとお姫様も居るんでしょ?」
「惚れちまったものはしょうがないよ。一人で育てるんだとしてもね。それに多分旦那はあたしを捨てたりしないさ」
 天を仰いだ。
「だけど、心は身体に引っ張られるものなんだね。元々はあたしの方から肉体関係だけのつもりで迫ったのに、毎日腰が抜けそうなほど感じさせられたら心までメロメロになっちまった」
「そんなに凄いの?」
「眷属だからだけど、一瞬で昇天だよ。その後はずっとイキっぱなしさ」
「う、羨ましいわね……。他に女が居るのに毎日ってのも。あたしなんて週一がせいぜいだし、本気でイった事も無いかも」
「は? あんたが週一でやってたって方がびっくりなんだけど。旦那さんはハジリなんだろ?」
「うん。毎週通ってくれるだけ有り難いわ」
 ヨハンナは机に突っ伏して、溜め息を吐いた。
「それでも全然なのよ。もしかしてあたしって子供を産めない身体なのかしら」
「身体ねぇ……」
 腕を組んで考えた。
「あ、もし原因があんただったら解決する方法はあるよ」
「どんな?」
 ヨハンナが跳ね起きた。
「それこそ治療スライムを使うんだよ。きっと子供を産める身体にして貰える」
 だが若干バツが悪くて頭を掻く。
「旦那さんが原因なら解決できないけどね」
「……考えてみるわ」

  ◆

 コロンが壁を構築した翌日の木曜日からマッチョの一人ジャックを中心にして店舗と宿泊施設を建築を始めている。シルビアがハジリに居る間には護衛もお役御免なため、シルビアの意向もあってこうして出向いたのだ。報酬もザムト作の張形の現物である。
 材木の多くは迷宮の二階から四階で使っていたものを再利用する。費用がどこからも出ないため、出費を抑えなければならない。
 マッチョの四人は警備も兼ねて建築現場で野宿する関係上、寝室付きの店舗をまず建て、本格的な宿泊施設を建て終わったら店舗の寝室部分を店舗に改造と言う手順になる。
 まず建てるのは幅四メートル、奥行き六メートルの建物で、工事期間は二週間を予定している。

  ◆

 モドロフ商会が迷宮から撤退した事で補給の問題も浮上し、フィーリアは訓練の一環として娘子軍による調達を決定した。フィーリアが望めば物資を運ばせる事も可能なのだが、敢えて買い出しを選択したのだ。そこには多分にフィーリア自身の欲求が混じっているが、各隊長の同意も有る。ミランダは積極的に、メリッサは消極的でありながら期待に満ちた様子で、セシリアはフィーリアが望むならばとしての同意である。
 その最初、フィーリア自らがミランダ隊と共に買い出しへと赴いた。
 幾人かの痴女が町を闊歩するようになっているとは言え、集団は珍しくて注目の的だ。フィーリアが痴女なのも既に知れ渡っていて、迷宮で見た事のある者が指摘するとフィーリアを一目見ようと人垣までできる始末。
 一方、注目を浴びるフィーリアは視線を感じて官能が刺激され、身体を熱く滾らせた。

  ◆

 一日考えてヨハンナは治療スライムを使うと決断した。
 しかし怖くはある。本当に大丈夫なのかとか、自分が痴女になってしまったらどうしようとか考えてしまうのだ。
「入るんなら入りなさいよ」
 声を掛けられてビクンと跳ねた。振り向けばリタの姿。
「裸でこんな所に居るんだもの、治療スライムを使う気になったんでしょ?」
「そうなんだけど……」
 全身で躊躇いを示してしまう。
「もう、まどろっこいわね!」
「ひゃあ!」
 リタに治療スライムへと投げ込まれた。

 暫しの息苦しさの後、ヨハンナは全身を襲う快感に震えた。
 こんなの初めて。身体中が敏感になってる。癖になったらどうしてくれるのよ。
 ビクンビクンしちゃう。何か来ちゃう。これが絶頂、絶頂なのね。これがイクってことなのね。
 そんな感慨と絶え間ない絶頂の中、気を失った。

「我慢できない……」
 治療スライムから出たヨハンナは身体の火照りに耐えきれず、手を身体に這わせた。時間も忘れてまさぐった。
「出てたのか。丸一日も入っていたから、どこか悪い所が有ったのかも知れないね」
「カトラ……、何なの? これ……。全然収まらないんだけど……。ああん!」
 カトラが現れて身体をまさぐる手が止まるどころか却って激しくなるヨハンナである。
「そんなにおかしくなるのは最初だけらしいから安心しな」
「その最初はいつ終わるのよ。ふぅん!」
「個人差が有るから何とも。あたしには無かったし、姫さんは人の声すら聞こえない程没頭して長かったし」
「当てにならないわね。はあん!」
「あ、ヨハンナは出てたの」
 リタとイリスも日課で治療スライムの部屋へと来た。
「また激しく真っ最中ね」
「見ないでよ! あふん!」
「だったら足を閉じればいい。見せ付けるように開いているのはヨハンナ」
「それができたら苦労しないわよ。んんっ!」
「こうなっちゃうと見られる羞恥も快感になっちゃうからね」
 リタが一人納得するように頷いた。
「まあ、頑張れ」
 カトラも見捨てた。
「ちょっと、何とかしてよ! ふはん!」
 ヨハンナの訴えをさらりと流した三人は治療スライムへと入った。
 三人がスライムから出て来てもヨハンナはまだ一人で自分を慰めていた。尤も、一五分くらい経っただけである。

 翌日、冒険者組合出張所を訪れたカトラは目を瞠った。
「驚いたね。あたしはてっきり痴女になってるものと思ってたよ」
「いやいやいや、痴女はないから」
 ひらひらと掌を横に向けて振るヨハンナは服をしっかり着ている。
 ただ、今まで就寝時以外は服を着ていたのが四九階限定の裸族にはなっていた。

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