迷宮精霊プロトタイプ

浜柔

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9話

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 メリッサの治療は一日程で終えた。メリッサの胸の傷跡がすっかり無くなっている事に、治療スライムの所に駆け付けたフィーリアは殊の外喜んだ。メリッサ自身は喜びつつも何処か寂しくも感じた。しかしその喜びも寂しさもフィーリアがザムトの眷属になった事を聞いて吹き飛ぶ。
「な、な、な、なんて事為されたのですか!?」
「あら、疚しいことは事は無くてよ」
「だけど、やらしい事はありますね」
 横から茶々を入れた同僚の女騎士にメリッサは噛み付いた。
「ミランダ様! 貴女が付いていながら何故お止めしなかったんですか!? それどころか煽るような発言をなさるなんて」
「仕方なかったのです。これは姫様の願望みたいなものだったのですから」
「願望!? 眷属になるのがですか!?」
「それは、ちょっと違うかと思います」
 ミランダは少し首を傾げた。しかし、フィーリアは胸元の紋章を誇らしげに示しながら言う。
「少し違うけれど、そう思って貰ってもよろしいですわね」
 メリッサは顔を真っ赤にして固まった。そして暫く経って動き出すと今更な事を尋ねた。
「それはそうと姫様は何故お召し物を着けていらっしゃらないのですか!?」
「勿論それはザムト様の寵愛を何時でも戴けるようにですわ」
 フィーリアが当然とばかりに胸を張ると、その先端が揺れる。その突き出た先端に思わず目を奪われたメリッサは二の句を告げるのを忘れてしまった。
「まずはザムト様に戴いた寝所に案内しましょう」
 パンと口元で両手を合わせたフィーリアが言った。すると今更ながらに自分の姿に気付いたようにメリッサは狼狽える。
「ひ…姫様。その前に何か着るものを…」
「あら? 私は必要ありませんわよ?」
 首を傾げるフィーリアにメリッサが叫ぶ。
「私が必要なのです!」
「まあ、折角傷が癒えたのですから隠すことありませんのに」
「そう言う問題ではありません!」
「あらあら、だけどここには有りませんからそのまま来て貰わないといけませんわ」
「わ…判りました」
 渋々メリッサがフィーリアに付いて転移陣の有る最初の部屋に行くと、たまたま通り掛かった寡黙な男と目が合った。
「いいぃぃやあぁぁぁぁぁぁ!!!」
 両腕で身体を隠しつつしゃがみ込むメリッサの悲鳴が迷宮に響き渡った。

   ◆

 寡黙な男とその仲間の女二人は未だ迷宮に滞在している。普通なら得るのが難しい清潔な水が使い放題になっているので滞在しない方がおかしいと男は思う。
 男達は狩りで日々の糧を得る傍ら、迷宮からの排水を利用して農地の開拓を試みている。

   ◆

「み…見られた…見られた…お、男に…」
 四階に転移した後もぶつぶつとそんな事をメリッサが言う。
「もう、何時までそんなにグジグジ言ってるんですか」
「ミランダ様は鎧を着けていた判らないんです!」
「そうですか。それじゃ少し待っていてください」
 反論するメリッサに呆れたようにミランダは言うと、何処へかと行き、暫くして戻ってきた。
「これでよろしいですか? これならみんな一緒ですね」
「何でそうなるんですかーーー!!?」
 メリッサは叫んだ。何故ならミランダは何を思ったか着ていたものを全て脱いで戻ってきていた。

 翌朝、フィーリア達三人と以前からの住人は共に朝食を摂った後、寛いでいた。
「なんで服を着ている私の方が恥ずかしい事しているみたいな気分にならないといけないの?」
 そんな風に周りを見回しつつサシャが変な気分を味わっていた頃の事である。
「今日はハジリの方にも赴きませんとね。このまま直ぐに出かけますわよ」
 突然そう言うと、フィーリアは立ち上がってそのまま一階へと向かい始めた。
 「判りました」とミランダも即座に続くが、メリッサは違う。
「ちょちょちょちょちょっと待ってください! 服、服はどうするんですか!?」
「服? 何ですの? それ」
「な、『何ですの』じゃありません!」
「もう、五月蠅いですわね。私にはもう必要ありませんわ」
「姫様に必要なくても私には必要あります! それに何かあった時に護衛もできません!」
「もう仕方ないですわね。判ったから直ぐに着てらっしゃい」
 メリッサは即座に鎧を着けに向かうが、ミランダは逡巡しただけでその場に残った。
「あら? ミランダは鎧を着けないんですの?」
「はい。私は姫様と共におりますので。それに護衛は途中に待機させている者もおりますから」
 ミランダの答えにフィーリアは少し首を傾げた。

 フィーリアのハジリ訪問において、迷宮から少し離れて待機していた護衛やハジリの住人がフィーリアを見て大騒ぎになったのは言うまでもない。
 後日、メリッサがミランダにこの時の振る舞いについて尋ねると「姫様へのちょっとした意趣返しです」との答えだった。ミランダの「きっと姫様は一人で注目を浴びたい筈ですから」と言う言葉はメリッサには全く理解できなかった。ただ、それ以降の外出ではフィーリアは黙って支度の時間を取ってくれる事から、ミランダの言葉に何か真理でもあるのかとも考えるのだった。

   ◆

 王女が迷宮に居住するようになって迷宮の出入りも多くなった。一方で未だに迷宮が迷宮たる迷路に侵入した者はまだ一名のみである。何のために迷路を創ったのか判らなくなるザムトだが、あの時はそうするしかなかったのだと思い直す。
 訪問者が多くても宿泊場所が迷宮内に無いため迷宮の直ぐ外で野宿する場合も多い。これでは迷宮として旨味が少ない。そこでザムトは一階の半分を宿泊施設とし、一階の残りも直ぐに変更できるような配置にする。宿泊施設は扉以外格子になっていて、扉には閂を掛けられる。これで一階と二階の迷路はほぼ壊滅し、三階へ殆ど迷うことなく進むようになる。そのため六階から八階の迷宮を創り、四階と五階の生活用施設と同様のものを七階と八階に創って引っ越す事にする。六階から八階は五階より更に少し広くする。一階の転移陣は目立たない所に移動する。野盗の母娘も八階に移動させる。
 三階から五階を冒険者に探索させて人を集める策は、見通しが立たないためザムトは実施しなかった。

   ◆

 ある日の事、フィーリアがサシャに突然言い出した。
「サシャさんが料理をなさる所を拝見しましたが、信じられない事をなさっておいでですわね」
「え!? 何が! です…か…?」
「煮炊きの事です。魔法のあのような使い方は見た事がありませんでしたわ」
「あの…ただの火の魔法なんですが…」
「火の魔法なのは判ります。ですが、それをあの様に途中で強さを変えたり、魔力を殆ど使わず維持し続けたりするなどあり得ませんわ」
「えーと、そうしないとこの迷宮では生肉を食べる羽目になっていたからとしか…」
「因みにどのように魔法を使ってらっしゃるんですの?」
「なんとなく?」
「な…な…。まあ宜しいですわ。その『なんとなく』の部分を詳しく教えていただけませんか?」
「えーと、まずグッとして、それからボワッとならないようにギュッとして、グルグルーってして、フンってやってます」
「さっぱり判りませんわ!」
「そう言われても…」
「仕方ありませんわね。では一つお願いがありますの。私の家臣にそれを見せてやっては戴けませんか?」
「そのくらいなら…」
「よろしくお願いしますわ。迷宮の中では火が焚けないので家臣が食事に難儀しているようですの」

 サシャが実演がてらフィーリアの家臣の食事を料理している。家臣達が見ていると、サシャは幾つもの鍋を加熱しながら包丁で食材を切ったり、鍋の様子を見たかと思うとその鍋の煮立ち方が変わったりと言った具合である。それも火力の調節をしていると思われる時しか魔力を使った風にも見えない。家臣達にも何が起きているのか判らなかった。
「これは見事は魔法ですわね、姫様」
 不意に後ろから掛けられた声にフィーリアが振り返ると、見知ったメイド姿の女が居た。
「ローニャ、よく来てくれました」
「はいこのローニャ、姫様のご要望により馳せ参じました」
「これからもよろしくお願いしますね」
「かしこまりてございます」
「それはそうと、ローニャには彼女の魔法が判りますの?」
「はいこのローニャ、大凡の見当は付いてございます」
「聞かせてください」
「はい、あれは魔法自身で魔法を閉じこめるようにしているのだと思われます」
「それはどう言うことかしら?」
「はい、よく使われる魔法は放つと形が崩れて散ってしまいます。それは散る前に一瞬でも効果が現れれば目的が達成される魔法のため、それまでの間維持できれば良いだけだからです。そのような魔法を応用して持続させる為には魔力を注ぎ込み続けなければなりません。しかし、逆に魔力が散らないようにすると魔力を注ぎ込まなくとも維持ができます。そして散らないようにするにはですが、散る前に魔法の表面を一ヶ所に集めて魔法の中に押し込むようにすれば宜しいのです」
「もう少し判りやすくはなりませんの?」
「譬えるなら、水の上に足を置きその足が沈む前にもう一方の足を水に上に置く事を続ければ水の上を歩ける、みたいな感じでしょうか」
「人間業じゃありませんわ」
「はい、彼女は魔法の天才でございましょう」
「他の者でも練習すればできるようになりますの?」
「はい、得意とする魔法であれば可能性はあると存じます。ただ、それにはかなり特訓が必要でございましょうし、特訓したとて習得できない者もおりましょう」
「ローニャは?」
「はいこのローニャ、得意な魔法は風で、風については同様な事ができます。お陰様で掃除が得意でございます」
「初めて知りましたわ」
「はい、請われたとて教えられるものでもございませんし、奥の手のようなものでございます故秘匿しておりました」
「私にまでなのは不満ですが、ローニャの事ですものね」
「はいこのローニャ、姫様のその諦めたような仰りように萌えてしまいます」
 フィーリアは顎の辺りで指を組んで身体をクネクネさせるローニャを見てローニャがフィーリアのよく知るローニャである事を喜びつつも、家臣に魔法の練習をさせたとしても直ぐには解決しない家臣の食事事情に嘆息した。

   ◆

「これはこれはメリッサ様、ご無沙汰しておりました。胸の古傷が癒えられたようで大変喜ばしく存じ上げます」
 七階の居住区に案内されたローニャは再会したメリッサに挨拶をしていた。しかしメリッサの反応は微妙である。
「ロ…ローニャ殿…お久しぶりです」
「そして今の大変麗しいお姿にこのローニャ、胸が高鳴る思いでございます」
「こ…これは…」
 ローニャの言葉にメリッサは腕で身体を隠して身を竦めた。以前からローニャはメリッサの羞恥心を煽ってくる。
「まあまあまあ、周囲の視線を集めて離さないその仕草! 是非とも姫様に伝授して戴きたい程でございますわ」
「あう…あう…あう…」
「ローニャ殿は相変わらずですね」
 羞恥で言葉を発せなくなったメリッサの横からミランダが声を掛けた。
「これはミランダ様。ご無沙汰しておりました」
「そう言いながら何故ローニャ殿は私の胸を揉んでいるのですか?」
 何時の間に胸を揉まれ始めたのかミランダは判らなかった。
「はい、残念ながら隙の無いミランダ様の事、このローニャには他に弄りようがないからでございます」
「まったく、ローニャ殿には敵いませんね」
 ミランダはローニャの好きにさせたが、ローニャに揉まれると先端が切なくなるのでいつも困る。
 その後、他の迷宮の住人と顔合わせしたローニャは、迷宮の住人の仲間入りを果たした。

 その夜、ローニャは考える。
 ザムトは転移陣の前で逢っただけだが、掴み所がない印象だった。だが、迷宮の主と言うだけで危険な存在だ。場合によっては排除も必要だろう。
 エリザは魔物らしいが本当に化け物としか思えない。ローニャが十人束になっても勝てる気がしない。それどころか瞬殺されるとさえ思える。彼女の守る場所に居る限り、余程のことがなければ姫様は安全だろう。だが、エリザ自身が牙を向けてきたら対処できない。
 サシャの魔法には驚いた。あの技術を使える者がローニャ以外に居るとは思わなかった。複数の魔法を起動して別々に微調整する所には目を見張った。それも彼女が自分で考えて習得したのは信じられない程の短期間でだった。但し、料理に特化して習熟しているので今の所は戦闘はできないだろう。戦闘向けの魔法を覚えたら末恐ろしい存在になるかも知れない。
 カトラはハジリへ買い物に出掛ける以外は殆どの時間を剣の鍛練に費やしているらしい。メリッサより強そうだから試してみないといけない。本格的に鍛練し始めたのは迷宮の住人になってからだと言うのだから、短期間に強くなり過ぎている。
 アーシアは普通だった。未だ療養中で何もしていないから何も判らないだけかも知れない。
 他にも話の端に出た人物が居た気がするが詳しい話は無かった。
 姫様は完全に箍《たが》が外れていた。今までそうし向けていたのが実を結んだのか、姫様本来の姿になってこれからが楽しみだ。だがハジリで聞いた話には肝を冷やした。人生を捨てているとは言えどローニャが居ない所で軽凱も纏わないとは無防備過ぎる。今後はローニャが護衛すれば良いが、姫様自身にも鍛練して戴こう。
 メリッサはどうやら怠けているようだから鍛え直さないといけない。ついでに少し虐めよう。
 ミランダは変わらない。大抵の事を覚悟している風情は健在だった。執着も何もなさそうで面白味がない。
 それらを一通り考えるとローニャは眠りに就いた。
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