迷宮精霊プロトタイプ

浜柔

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1話

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「収穫無しか」
 森の中、駆け出しの冒険者ザムトは採集対象の植物を何一つ見つけられないまま日暮れを前にして帰途に就いていた。収入がなければ数日のうちには食費にも事欠く有様だ。
 明日からの事を考えつつも、何か無いかと辺りを見回しつつ歩みを進めた。すると見つけた。目新しい洞窟だ。そっと中を覗くと、洞窟の奥に西日に照らされて光る物が目に入った。
 高鳴る鼓動を抑え、ナイフを抜くと慎重に洞窟へ入って行く。
「こいつは凄い!」
 ザムトは思わず歓声を上げた。そこに有ったのは人差し指を丸めた程の大きさの魔石だ。この大きさであれば一年程度は何もせずに暮らせるだけの値段で売れる。喜び勇んでその魔石を拾い上げた。
 この時までザムト自身は慎重なつもりだった。だが、普段であればこの洞窟が何故ここにあるのかを考えた事だろう。収穫の無い焦りからか、目の前の光る物に飛びついてしまった。
 魔石を拾い上げた途端に何か黒い影がザムトに覆い被さって来る。
「うわっ!」
 ザムトは思わずナイフを影に向かって振り回す。手応えは無かったが影は千切れるように消えていった。
 影が消えたことに安心し改めて魔石を確認しようとした瞬間に、目の前が真っ暗になりザムトの意識は途切れた。

 ザムトが気が付いた時には既に日が沈んでいた。辺りを見回し魔石を拾い上げて街に帰る事にする。日が暮れて、灯りを持ってないにも関わらず洞窟を見渡せる事を疑問に思わなかった。
「な、なんでだ!」
 ザムトは叫んだ。洞窟から出ようしたが、何かに阻まれるように身体が止められたからだ。それでも何度も何度も外に出ようと試みたが、それは叶わなかった。
 絶望して蹲った。そして少しずつこの洞窟について考えを巡らせ始めた。
 昨日までこの洞窟がなかった事を思い出した時、魔石と黒い影の正体に辿り着いた。
「まさか…まさか…まさか! この俺が!」
 ザムトは声にならない叫びを上げた。

 黒い影、それは迷宮精霊。魔素の澱む場所に稀に生まれる迷宮と言う魔物の影となる存在。本体は核となる魔石即ち核石であるが、影として漂うものを俗に迷宮精霊と呼ぶ。核石を手にした者が迷宮精霊を倒すとその者に取り憑き迷宮精霊と成らしめる。迷宮精霊に取り憑かれた者は俗に主《ぬし》と呼ばれ、二度と迷宮から出る事は叶わない。
 ザムトは主と成り、迷宮に囚われてしまったのだった。

 迷宮精霊は核石が無事であれば倒されても何度でも復活する。だが主は倒されてしまえばその肉体と共に滅びる。その一方で迷宮内であれば主は万能とも言える力が使える。
 嘗て、その力を目的に為政者の中には自ら主となった者も居た。あるいは腹心の部下を主に成さしめた者が居た。しかしその中のある者は自らの欲に溺れて自滅し、ある者は災厄を撒き散らして討伐され、ある者は部下に裏切られた。
 そうして何時しか主は忌むべき者とされるようになった。
 そして今、大陸西部セーベリート王国のシルベルト伯爵領に一つの迷宮が産声を上げた。

   ◆

 迷宮の主《ぬし》となったザムトは、まるで初めから知っていたように幾つかの魔法が使えるようになっている。魔素を操作する一般魔法の他、【迷宮】【罠】の固有魔法や【召喚】【魔法陣】【支配】等の特殊魔法も使える。
 【迷宮】は周囲の空間を迷宮化し迷宮に組み込むことができる魔法だ。
 「人じゃなくなったからと言って、そうそう簡単に滅びるつもりは無いからな」とザムトは考え、迷宮を少し奥に掘り進めた後、右に折れ暫く掘り進んでいた。
 ザムトには目標が有った。それは、故郷の村を滅ぼしたその村の領主ズイル伯爵を自らの手で葬る事だ。
「とりあえずは、こんなものか」
〈ふごっ〉
 ザムトは一仕事終えたつもりで掘り進めるのを止め、洞窟の奥に向かって核石の置き場所を考えようとした時、何かの鳴き声が直ぐ後ろで聞こえた。
 ビクッとしつつも即座に振り返ると野生の猪が睨んでいる。体長はザムトの三分の二程もある。逃げ道は無い。ザムトは油断の無いようにナイフを構え、猪に相対した。
 暫く睨み合う間、響くのは猪が地面を踏み付ける音だけだった。

 猪が突進する。ザムトはギリギリで避けナイフを突き出す。
〈ぴぎっ〉
 ナイフは猪に当たったが浅い。猪は直ぐに折り返して突進する。前の突進より速い。ザムトは転がるようにしてそれを避ける。
 「こんな為体《ていたらく》で、俺もよく復讐なんて考えたもんだ」と自嘲しつつも少し冷静になる。何もナイフで戦う必要はない。固有魔法【罠】を使い、罠を一つ設置する。
 猪は突進が速かった分だけ遠くまで行ってしまい、折り返すのに時間が掛かっていたため間に合った。
 猪がまた突進する。今度は助走距離も長く前に壁があるのを忘れているかのような速度で突っ込む。
 しかしそれは罠に足を踏み入れた時点で唐突に止まる。
〈ぴぎゃーーーーーーーっ…ぴっ…ぴっ…ぴっ…げ〉
 地面から突き出た幾つもの槍に全身を貫かれ、猪は断末魔の悲鳴を上げた後絶命した。

「馬鹿か俺は!」
 何故侵入される事を考えもしなかったのか。何故核石を外から見えない所に隠すだけで良いと思ってしまったのか。猪じゃなく冒険者や魔物だったら一溜まりもなかったのではないか。ザムトは頭を抱え自らの呑気さを罵った。
 だが何時までもそうしている訳にはいかない。何時また侵入者があるかも知れないのだ。侵入者に対処するには罠か配下の魔物が必要だ。
 罠だと避けられた場合に無力だ。故にザムトは魔物を召喚することにした。
「さあ来い! 最強の守護者!」
 叫びつつ【召喚】を使う。そこに現れたのは騎士然とした黒甲冑。しかしザムトは違和感を感じた。ザムトより若干背が低く線が細い印象から、黒甲冑に弱々しい印象を受けたためだ。
 黒甲冑が思ったより弱そうだと考えていると、ザムトは強い空腹を感じた。そして、じっと自らの腹を見る。魔力が減っている事に気付いた。いつの間にかザムトは自らの魔力の多寡を感じることができるようになっていた。
 ザムトは暫し考えた後、猪が掛かった罠を破壊した。魔力と空腹感の関係の検証の為だ。咄嗟のことで場所を考えなかった為、後々邪魔になりそうだったのも一つの理由である。
 ザムトは極僅かであるが空腹が強まるのを感じ、魔力が減ると空腹感となって現れるのを悟った。

 更にザムトは考える。
 魔物は魔素を吸って生きている。迷宮内では迷宮内の魔素を吸う。それは召喚した魔物も同じだ。迷宮内の魔素は迷宮の主となったザムトの命でもある。
 持っている魔力に見合う魔物しか呼び出せないのも道理かと一人納得すると、ザムトは死んだ猪を見つめた。
「これを喰ったら腹の足しになるか?」
 ものは試しと猪を解体して焼こうとした所で火の無い事に気付いた。薪は無い。外にも出られない。逡巡した後、魔法で焼くことにした。一般魔法は魔素を操作する事で熱を発生させられる。
 猪の肉がこんがり焼ける頃には更に空腹が増していた。
 焼いただけだったがザムトには極めて美味く感じた。しかし、肉を咀嚼し飲み込む度に何かが身体から抜けていく感じがする。抜けていくものに意識を向けると魔素だった。喰ってもその分だけ魔素が抜けていく事に首を傾げたが、空腹が和らぐのも感じたので気にしない事にした。
 満腹感を感じると罠を設置し始める。まず入り口から三歩程入った所に穴を掘り底に先を尖らせた岩を上に向けて並べた。その次には天井から槍が突き出している罠を見えるように置いた。これは人であれば罠が見えている所は避けるだろうと言う算段による。更に曲がり角の所までを埋め尽くすように罠を設置していった。罠は迷宮に所属する者に対しては発動しない。
 右に曲がった所に部屋を作り黒甲冑に番をさせる。そしてその先にもう一つ部屋を創り取りあえずの居室とした。
 そこまでした後、また肉を喰いつつザムトは今後の迷宮の維持について考えた。

 魔素は生命活動に因って生まれる。魔物が喰ったものは魔素となり魔物が吸収するが、魔物が吸収しきれない分が空中に放出される。魔物が死ぬとその体は小さな魔石を残して直ぐさま魔素となって空中に散る。迷宮においては普通の生き物も死んで朽ちるに従って魔素となる。これは迷宮の餌となっているためだ。
 迷宮を維持するには迷宮精霊の本体である核石が魔素を吸収する必要がある。迷宮精霊は魔素を吸収できない。迷宮精霊が何かを喰ったとしても全て魔素となり迷宮に放出される。ザムトが肉を喰って直ぐに満腹感を得られたのは、核石が直ぐ傍に有ったためだ。
 魔素は空気を伝って流れる。そのため核石と迷宮の入り口とは空気が循環できる必要がある。仮に核石を閉鎖空間に置くと、徐々に魔力を消費するだけとなり何時しか迷宮は消滅する。

 核石を守るには迷宮を大きくし、その奥深くに魔物を護衛にして設置するのが望ましい。しかし、迷宮の大きければその分維持するための魔素が必要になる。入り口から入ってくる魔素の量は限られているため、風任せでは迷宮を大きくするのに限りがある。
 迷宮を大きくし維持するには、なんらかの形で魔素を定期的に大量に取り込むことが必要だ。そのためには大きく二つ。一つは外の魔物や生き物を迷宮内で屠る事。もう一つは迷宮内で生き物を飼う事。後者の方が安定するが、場所や餌の問題が有る。
「なんにせよ、迷宮をできるだけ広くして、入り込んだ奴が奥に辿り着けないようにするしかないな」
 後々には生き物の飼育が必要になるだろう。しかしまずは自分が生き残ることが優先だ。ザムトは迷宮の拡張に取り掛かった。
 目を閉じ迷宮に意識を集中すると迷宮の全体像を認識できる。意識を迷宮の外に広げると周囲の地形が認識できる。迷宮の部分に意識を集中するとその部分の状況が詳しく判る。
 地形と照らし合わせると、今居る標高で地上にはみ出さないように迷宮を広げられるのは歩いて二百歩程だと判った。洞窟はなだらかな丘の中腹に有る。
 「まずは、判りやすく目一杯の広さで迷路にするか」とザムトは考え作業に取り掛かろうとした所ではたと気付いた。
「判りやすくしてどうする!?」
 平面的に迷路を創ればザムト自身にも判りやすい。しかしそれは侵入者にも判りやすい事を意味する。
 ザムトは二つの階層を上下しつつ移動しなければ最奥に辿り着けない構造に決めた。階層の考え方は後々には意味を為さなくなるかも知れないと思いつつも、ザムトは入り口の有る所を一階、その下の階を二階とした。二階は一階より五十歩程度広くできる。
 そして思いを巡らせる。最奥までは移動距離が長くなるように。落とし穴で侵入者には後戻りをさせるように。罠が気付かれにくくなるように。
 迷宮の構造を決めたらザムトは歩みを進めた。【迷宮】の魔法は一瞬で完了するが、ザムトの周囲しか迷宮化できないため、迷宮にする場所全てに足を運ぶ必要がある。枝道や罠の設置の為に往復を繰り返すと数万歩もの歩みが必要だ。その際に余った土砂はザムトさえ判らない何処かに有る。

 一階と二階の迷宮化を終え、各所に罠を設置した後、ザムトは目を瞑り迷宮に意識を向け全体を確認していた。すると入り口付近の罠に動いた形跡が有る。ザムトは直ぐに入り口へ向かった。
 猪を焼いて喰った所まで戻ると猪の皮や骨が消えているのに気付いた。ザムトは疑問に思ったが後回しにした。
 そしてザムトは黒甲冑が立っているのを見て、黒甲冑を召喚した直後より少ないものの空腹感が有る事にも気付いた。一瞬だけ猪の皮や骨が有った場所を振り返る。
「魔力に余裕は無いのかも知れない」
 ザムトは舌打ちしつつ入り口近くの穴まで進んだ。既に夕暮れだった。
 穴の中では一頭の猪が串刺しになっていた。
 魔素を補充できる事に安堵しつつも、ザムトは顔を顰《しか》めた。猪と言えど、見えている穴に理由もなく飛び込むほど愚かではない。何かに追い立てられたかどうかしたのだ。
 そして、ザムトは入り口付近を見やって舌打ちした。そこに有ったのは目新しい人の足跡だった。
「時間も無いのかも知れない」
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