魔法道具はじめました

浜柔

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第二一話 四回目の水販売

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「嬢ちゃん! 注文の品を持ってきたぞ!」
 この日はテンダーの叫び声から始まった。開店まではまだまだ早い朝食時である。
「おっちゃん、朝が早すぎじゃないか?」
「何言ってやがんだ。試してみなきゃいけねーんだから、遅いくれーだ」
 そんな事を話しつつも、中通路の扉を開けてテンダーの馬車から荷を降ろし、そしてまた中通路の扉を閉める。扉を閉めるのは組み立てる最中を人目に晒さないためだ。

 衝立は前、左、右の三枚を組み立てる。前と左、前と右の接続には、衝立から口の字状に出っ張っている部分を噛み合わせ、Lの字型の木の棒を落とし錠のように突き刺して三ヶ所で留める。そして左右の衝立の間に水樋を置くための横木を渡す。
 水樋は、洗浄が容易なように本体と蓋が分かれ、本体には側面が内側に倒れてしまわないように数ヶ所でつっかい棒の横木が打ち付けられ、一方の側面には魔法陣のスイッチを動かすための棒が仕込まれている。使う時は、前面の衝立に空けられている穴に水樋を通して衝立の横木に置く形で固定する。
 水樋の出口側ではマスに一旦水を溜め、マスの下部の注ぎ口から絞られた量の水が流れ出るようにしている。
 本来の使い方では、更に水樋のもう一方の端に魔法陣を取り付け、水樋に仕込んだ棒にスイッチを取り付けて使う。だが今日はまだ水樋の大きさに合わせた魔法陣ができていないため、合図を決めて手動で水を出すことになる。

「それじゃ流してくれ」
 衝立が組み上がったら水を流す試験である。累造が水を出すと、水が水樋を流れ始めたが、水樋の傾斜が小さいために少し横から溢れてしまっている。一旦水を止め、横木を調整して水が溢れない程度に傾斜を大きくして、再度水を流す。
「止めてくれ」
 マスが満水近くになったところでルゼが水を止める合図をしたが、見事にマスから水が溢れてしまった。水樋の長さは二メートル足らずだが、それでも流れている最中の水はそれなりに有る。その分を勘定に入れなければ毎度溢れさせてしまう。更には、水量が多いためにマスは瞬く間に満杯になり、止める合図を送るタイミングも難しい。
 結果として、出す合図だけ送り、水を出し始めて一〇を数えて止める事にした。
 そこまで見極めた後、テンダーは累造の用意した木の板を受け取って光るのを確認すると、一仕事終えたとばかりに鼻歌交じりに帰っていった。
 水を流す試験まで終われば累造もお役御免だ。水の販売はルゼ達三人で行い、累造は水の魔法陣の作成である。

 水の販売は全く滞りなくともいかなかった。合図がうまく伝わらずに水が途切れる事もあれば、マスから水が溢れる事もある。マスの注ぎ口から出る水を受ける水桶が間に合わず、垂れ流しになってしまう事もある。それでも、以前の水販売に比べれば随分と順調に作業は進んだ。
 二〇〇杯余りを売った辺りで客足が途切れたため、販売もそこで切り上げた。三人の疲れも程よい充足感を与える程度に収まった。
 水も売れば売っただけ売れるというものではない。今回の販売の状況を鑑みて、今の値段であれば販売一回につき二〇〇杯程度が売れる上限なのだろうと、ルゼは算段した。

 水販売が終わる頃には、累造も水の魔法陣を彫り終わっていた。そこで水樋の残りの試験である。
 水樋には板の大きさに合わせた切り欠きが設けられており、そこに魔法陣を下に向けて填め込んで閂を使って固定する。更にスイッチを下に向けて棒の先の台座に取り付け、閂で固定すれば準備は完了だ。
 テンダーの仕事は見事なもので、魔法陣の板を固定してしまえば板の縁と水樋の側面がぴったりと一致している。その様に累造は感嘆した。
「いい仕事してますね」
「そりゃ、おっちゃんだからな」
 累造が賞賛すると、ルゼが破顔して自慢げに答えた。
「では、動かしますよ」
 チーナが棒を動かすと板はぴったりと並び、水が勢いよく流れた。再度動かすと水が止まる。
 その様子を見た一同は、それぞれに微妙な表情を浮かべた。魔法陣が水販売に間に合っていれば、若干とは言え起きた混乱も無かったかも知れないのだ。累造もぬかるんでしまっている地面を見て、その事を察した。
「すみません」
 累造はなんとなく謝ってしまった。
「何の事だい?」
「水の魔法陣は昨日の内に用意しておくべきでした」
「その事かい。それは仕方ないよ。今日は衝立がこないものと思ってたんだからね」
「はあ……」
 前日、累造はテンダーへの代金になる魔法陣を優先して彫っていた。光の魔法陣は一枚彫るのに五時間程度掛かり、掘り終わったのは既に夜だった。水の魔法陣も三時間程度掛かるため、その後に彫り上げようとすると、ほぼ徹夜となってしまう。故に、水の魔法陣を彫るのは諦めたのだ。ルゼの言う通りに、衝立が今日の販売に間に合うとは思っていなかったのも先送りにした理由である。
「まあ、次からは楽ができるのが判ったんだから、いいじゃないか」
 微妙な空気を吹き飛ばすようにルゼは呵々と笑った。

  ◆

 累造の午後はショウに渡す光の魔法陣を彫る作業だ。ここ二、三日、少しだらけていたのが嘘のように作業に追われてしまっている。作業と言うものは何故か偏りができるものである。
 光の魔法陣を彫りながら、これを売る話を思い出す。一枚彫るのに五時間くらい掛かるようでは、一日に二枚、無理をして三枚が限界である。これでは光の魔法陣を彫るのに忙殺されて、コンロの開発もままならなくなる。なんとかして量産できるようにしたい。それこそスタンプのように。
 可能性としては、陶器にする、鋳造する、焼きごてにするなどが考えられる。印刷できれば簡単だろうが、木版画にしたとしても木にむら無く印刷するのはほぼ不可能だ。斑と言う点では焼き鏝にも問題が有る。最大の問題は、そうやって作った魔法陣が動作するかどうか試してみないと判らない事である。
 ペンや筆で描くのはインクの滲みや擦れ、頻繁に行うインクの付け直しの途中でポタッとインクを落としてしまったりで、試した限りでは芳しくなかった。
 元の世界でも魔法陣を描き続ける毎日だった累造は、フリーハンドで直線や真円が描ける。そのため、この世界でも鉛筆書きならば二〇分程度で光の魔法陣を描き上げられる。筆記用具さえどうにかなれば、型で押す程でなくともある程度の量産は可能だ。日本の油性筆ペンが有れば解決だが、それは無い物ねだりと言うものである。
 無難なのは陶器だと考えられるが、結論を出すには実験を要する。粘土で型を取って乾かし、それを別の粘土に押し付けて魔法陣を作るのだ。ここでもまた粘土である。

 閉店後、累造は完成した光の魔法陣の板をショウに手渡した。
 礼を言いつつそれを受け取ったショウが累造の着ている服を見て眉尻を下げた。
「災難でやしたね。姐さんの色彩感覚は独特でやすから」
 累造としてはもう苦笑いが浮かぶばかりだ。だが、一つ疑問も浮かんだ。
「その割りにはこの店は落ち着いた雰囲気ですよね?」
「店は先代から引き継いだものでやすから、姐さんはできるだけ以前の姿を残したいのでやしょう」
「そう言う事ですか」
「備品なんかはそれなりに入れ替えてやすが、それらは微々たるもので、一番大きな変化はあの灯りでやすね」
 ショウは照明のスタンドを見上げて言った。
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