魔法道具はじめました

浜柔

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第七三話 試運転

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「ひゃっはーっ!」
 ザザザザザ、ジャリジャリジャリ。
 魔動三輪で草原を駆け回るのはルミエ。短いスカートがはためき、下着が丸出しである。
 デイに依頼していた魔動三輪の改造が終わり、今日は総出で練習とその見物に北の草原へと訪れた。すると、普段は目立たず護衛しているルミエがこの時とばかりに姿を現して「乗せて、乗せて」と声には出さないままに全身で訴えたのだ。累造もルゼも前回のことが有るために躊躇したのだが、自分で乗るのに躊躇いがあるショウが「いいんじゃないでやすか」と口走ったことから、済し崩しにルミエが乗ることとなってしまった。
「やっぱりこうなりましたね」
「ありゃ、当分止まりそうにないねぇ」
 累造とルゼが呆れた声を出す傍ら、チーナやニナーレはただただ呆気に取られるのみである。ショウはどこか安堵した表情で眺め、デイは魔動三輪の動作の確認に余念がない。
「テンダーさんとケメンさんは忙しいでしょうに、こんな所に居て大丈夫なんですか?」
「何を言うんだい。これを見ない訳にはいかないだろう」
「おうともよ。魔動機は元々俺っちが関わってたんだから、見に来て当然だ」
「お二人がいいのであればいいのですが……」
 開発者のデイは当然であるが、テンダーやケメンも同行していた。

 本来の目的は累造とショウの運転の練習である。特にショウは仕入れで最も頻繁に利用することになるため、いの一番に練習が必要なのだ。
 ところがショウは少々怖じ気づいてしまった。説明途中での「事故ったら死ぬ」と言う累造の言葉がその引き金になったのではあるが、初めて見る機械に若干の脅威を感じてもいた。
「あんなに速いものなんでやすね」
「乗ってるともっと速く感じるよ」
「姐さんは乗ったことが有るんでやしたね」
「あれで引いた馬車にだけどね」
 ルゼは若干背中を丸めながら両手で二の腕を擦った。あの時のことは若干のトラウマだ。ルミエの乗る魔動三輪に引かれた馬車に乗っている間は恐怖の余りにセウスペルのことさえどこかへ飛んでいく程であった。何より恐怖を誘うのがルミエの奇声。目の前で走り回るルミエの奇声を聞く度に、馬車で天地さえ怪しくなる程に掻き回された記憶が蘇ってくる。ショウが怖じ気づいて本来の目的がこなせなくても責める気にはならない。
「あれでも最高速度は下げてるんですよ。俺も懲りましたしね」
 累造にとっては速度よりも振動の方が問題だったが、速く走れば振動が激しくなるのに違いはない。道路事情が良くない事もあって、速く走るのは余り現実的ではなかった。一方、最高速度を落とした分だけ牽引力は増している。主な目的がトレーラーのように荷車を引くことからしても牽引力の増大は望ましかった。
「あれでかい?」
「はい。前のは馬の五倍位の速度が出せるものだったんですが、今のは三倍程度です。だけど、あまり意味は無かったようですね」
「速度が変わらないってのかい?」
「前の時、あれでもルミエさんは俺達の事を気に掛けて速度を抑えていたのかも知れません。今はあの時より速い位です」
「乗るのと見るのとじゃ違うもんなんだね」
 ルゼは二度と乗りたくないと言いたげに顰めっ面をする。これには累造も苦笑いだ。
「馬車位の速度でゆっくり走らせれば問題有りませんよ」
「それはそうだろうけどねぇ」
 ルゼの顰めっ面は治らないが、こればかりは累造も放って置くしかない。

「累造君。馬車で気付いたんだけどね。魔動機と言うものを馬車に直接付けることはできないのかい?」
「可能です。そうした方が望ましいと思います。牽引するとブレーキに難が有りますから」
「だったら、どうして君はそうしなかったんだい?」
「試作品だったことが一つ、馬と置き換える形の方が受け入れられやすいと思ったのが一つです」
「馬か……」
 ケメンは横に立っているルゼの横顔を見た。累造が魔動三輪を作った理由がセウスペルなのだ。軽く肩を竦めた後、続ける。
「僕には馬車自体に魔動機が付いていた方が有り難いから、それを一つ僕に用立てて貰えないだろうか?」
「はい。後でデイさんと相談してみます」
「宜しく頼むよ」
 ケメンは馬を輸送に使うことに限界を感じていた。馬を飼うのは手間暇が掛かりすぎるのだ。ゴッツイ商会の多大な物流を支える為の馬の数は多く、ゴッツイ商会自身でも広大な牧場を経営してそれを維持している。馬を減らすのは簡単でも増やすのは難しいため、牧場では余剰の馬がかなりの数に上る。魔動機が実用化されれば、その馬も牧場も必要なくなる。

 ベキョッ! ぐわっしゃん! ズゴゴゴゴー!
「わきゃーっ!」
 大きな破壊音と叫び声の後、静寂が訪れた。見ていた者は皆、理解が追いついていなかった。
「ふ……ふええええええ! 壊れちゃったよぉ!」
 ルミエの泣き声を聞いて、皆は再起動した。
「だ、大丈夫ですか!? ルミエさん?」
「ふえええええ、ごめんなさぁいぃ」
 駆け寄った累造が話し掛けてもルミエはわんわん泣くだけだ。魔動三輪に乗っていた時との落差が激しい。
 見たところ、服が破れている部分があるものもルミエ自身は無傷だ。ひとまず安心した。だが、こんな事故を起こして無事だったのはルミエだからに他ならない。他の者であれば少なくとも骨の一本や二本が折れている。今後もテストドライバーをルミエにして貰おうかとも考えた。
「どうやらサスペンションのボルトが破断したようだ」
 魔動三輪の検分をしていたデイが直ぐに原因を特定した。車体そのものは余剰に強度を持たせているために無事だったが、そのための車体重量増加分もサスペンションに負荷を掛けたのか、車体とサスペンションとを接合している部分のボルトが破断していた。
「直せそうですか?」
「ボルトをもっと太くするまでのことだ」
 デイの大雑把な回答に、累造は強度計算の必要性を実感したが、残念なことにその知識が無い。出来るのは実験を繰り返すことだけなのだ。どうせ実験は必要になってくるのだからと、計算については今後の研究者に任せることにした。

「ほんとに大丈夫なんでやすか?」
 ますます怖じ気づくショウであった。

  ◆

 次の定休日までには魔動三輪の修理が終わり、今度こそ累造とショウの練習である。草原に来ているのは累造とショウの他、ルゼ、デイ、イナの三人だけだ。ルミエは来たがっていたが、前回のことが有ったためにイナの意向で留守番となった。
 イナについては誘うまでもなく護衛として付いて来ている。既に累造達が知っていることもあってか、草原のように隠れる場所が無い場合にはイナも姿を見せるようになっている。

 累造が魔動三輪を確認すると、なるほどサスペンションのボルトが太くなっている。前回の倍ほどもある。これなら大丈夫だろうと納得した。
 そして練習である。最初はのろのろと走る。少し調子が出てきたら自転車程度の速度まで上げた。それ以上は慣れない速度と吸収しきれない振動とが相まって速度を上げられなかった。

 次にショウ。魔動三輪に跨ってアクセルをゆっくりと開く。
「わわっ! 動いたでやす!」
 動いたと言っても赤ん坊のよちよち歩き並だ。それでも殆どパニックである。
「落ち着いてください! 大丈夫ですから!」
「お、落ち着けって言われても! わひっ! わーっ!」
 散々悲鳴を上げながらも、音を上げずに練習を続ける。特殊なことでもないのに累造に出来て自分に出来ないのが悔しいと言う気持ちや雑貨店経営への使命感みたいなものも有るのだろう。確かなのは、これを乗りこなせなければ仕入れをずっと人力で行う羽目になることだ。それでは商売を広げようが無い。
 そうして結構な時間を使いながらも悲鳴を上げること無く乗れるようにはなった。しかし、最後まで人の歩く速さ程度にしか速度を上げられなかった。

 ショウが練習を終えた後、ルゼも乗ると言い出した。二人が乗るのを見て気になったのだ。
 ルゼは終始難しい顔をして練習する。速度は終始ショウと大差ない。
 練習を終えた後、やり遂げた感の有る印象的な一際良い笑顔が零れた。

「ところで、この魔動三輪は売るんでやすか?」
「売るにはまだ問題が多いんですよね……」
 デイ一人で作っているため製作数に限りがあること、ヘルメットのこと、何より車体そのものの安全性が確認されていないことなどの問題を解決しなければならない。
 話を聞いていたデイが苦虫を噛み潰したような顔をする。デイ自身が自覚して悔しく思っていることなのだ。
「ルミエさんに試作品を渡して乗って貰うのはどうでしょう?」
 累造の提案にデイが我が意を得たりとばかりに目を見開いた。
 一方でイナがもの凄く酸っぱそうな顔になる。
 前回、ルミエが魔動三輪を乗り回しながらイナに向けて念話で実況していたのだと言う。それだけでも辟易していたところに、実況の最後が事故って魔動三輪を壊した件だった。その時は、天を仰がずにはいられなかったのだ。
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