魔法道具はじめました

浜柔

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第六五話 旅の終わり

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 出立から一〇日目、宿場町ザールミを通り過ぎ、レザンタへの道を進む。
 ここまでの道のりは、レザンタの北から東を回って南下し、続けて西に回ってレザンタへと北上している。右回りにぐるっと一周するような形だ。
 予定ではザールミで泊まることになっていたが、セウスペルが勝手に歩みを進めてしまったので素通りである。いつも素通りしていたので習慣になっているのかも知れないと、ルゼは語った。
 だが、累造には聞こえていた。
『時間、もっと、一緒、ルゼ、妹、愛しい、もっと、家』
 セウスペルは自分の命が尽きようとしているのを知っているのだ。もっと一緒に居たくとも時間が残されていない。だから彼にとって妹であるルゼを一歩でも自宅に近い場所へ送り届けようと力を振り絞っているに違いない。
 ただ、それをルゼに告げるのは躊躇われた。
 ルゼは泣いている。起きてからずっと涙が途切れることがない。
 そんな彼女に何を告げられると言うのだ。累造は天を仰いだ。すると何故か、遠くに見える雷雲が気になった。
 馬車は進む。聞こえるのはセウスペルの足が地を踏みしめる音、馬車が車輪が転がる音、揺れによって荷物がぶつかる音、そしてルゼが時折漏らす嗚咽。それだけである。

 夕刻、セウスペルがついに歩みを止めた。それは丁度、累造とルゼが出会った場所だった。
「思えば、累造と巡り逢ったのも、セウスペルのお陰だったな」
 累造は視線だけで続きを促した。
「あの日、ザールミを素通りするつもりだったから気付かなかったんだけど、今考えると、あの時もセウスペルが勝手に通り過ぎたんだ。そして、累造の傍で止まったのもセウスペルだったんだよ」
 ルゼは遠い目をした。
 累造としては「そうでしょうね」とも言えず、ただ頷くのみである。

 ルゼはセウスペルを馬車から外し、もう杭には繋がない。
 続けて黙々と夕食の仕度をする。言葉を零せば、それと一緒に何か大切なものが零れてしまうかのようであった。
 累造、ルミエ、そしてルゼが夕食を摂る間、セウスペルはじっとルゼを見詰めていた。そして、その身をゆっくりと横たえる。
 常にセウスペルの姿を視界に入れていたルゼがいち早く気付いた。
「セウスペル! セウスペル!」
 取るものも取り敢えずルゼは駆け寄り、目を閉じようとするセウスペルに必死で呼び掛けた。
 号泣。ルゼはもう泣いていた。
 ブルル。ゆっくりと、うっすらと目を開けたセウスペルが鳴いた。
『ルゼ、笑う、泣く、ない』
 累造も奥歯を噛み締めた。命の火が消えようとしている。それなのに彼は妹の心配をしているのだ。
 その時、その思いを打ち砕かんばかりの音が響いた。雷鳴だ。次第に近付き、俄に雨も降り始めた。
 累造は焦った。草原の中では雷を避ける場所が無いのだ。このままでは馬車や人に向かって落ちて来る可能性が高い。
 辺りを見回しながら必死に考える。人を除けば最も背が高いのは馬車だ。そこで馬車から竿を突き出すように留め、その竿の先端から針金を垂らしてその先を地面に埋めた。
 雷鳴が直ぐ傍まで近づき、雨脚が強くなる。その中でルゼはセウスペルの傍でただ泣き続ける。雷は更に近付く。累造はルゼを押し倒すようにして伏せた。
 パカーン!
 至近に落ちた。見れば、設置した竿が燃えている。少しでも身を高くすれば危険だ。
 それにも拘わらず、ルゼが累造を押し退けようと暴れる。
「放せ! 累造!」
「駄目です!」
 必死に押し止めるが、累造の力ではルゼを押さえ続けることは叶わない。投げ飛ばされるかのようにはね除けられた。
 累造をはね除けたルゼが起き上がってセウスペルに縋り付こうとする。
 すると突然セウスペルが立ち上がった。
「セウスペル!」
 セウスペルは僅かにルゼを振り向いただけで、足を僅かに引き摺りながらルゼから遠ざかるように歩き出した。
「セウスペル!」
「駄目です!」
 セウスペルを追い掛けようとするルゼを累造が体当たりで押し倒す。
 パカーン!
 瞬間、雷光がセウスペルを貫いた。
 セウスペルの巨体が傾ぐ。その倒れる様は、酷くゆっくりに見えた。
「セウスペルーっ!」
 今度こそルゼがセウスペルに縋り付く。そして慟哭。

 雷は遠ざかったが、雨は未だ降り続く。しかしルゼがセウスペルから離れようとしない。
「ルゼさん! このままここに居たら、ルゼさんが身体を壊します! 早く馬車の中へ!」
 累造が叫ぶように説得しても、ルゼは首をただ横に振る。
 累造は考える。きっとあの時、セウスペルは最後の力を振り絞り、身を挺して雷からルゼを守ったのだ。ここでルゼにもしものことでもあればその思いが無駄になる。だが、ルゼの腕を取って引っ張っていこうとしてもビクともしない。焦燥だけが募る。
 すると、手をこまねいている累造の肩に後ろから手が掛けられた。ルミエだ。ルミエは累造を押し退けるようにしてルゼに近付き、素早く当て身を入れると、気絶したルゼを抱えて馬車へと運んでいった。
 あまりの手際に何が起きているのか理解が及ばず、累造は呆けてしまった。馬車に入れられるルゼを見て、やっと我に返る。
「あ、あの!」
 馬車に駆け寄って中を覗いた累造の目の前には、既に服を脱がされ、身体を拭かれているルゼの姿が有った。
「貴方も服を脱いで、身体を拭いて」
 目を泳がせている累造にルミエが言った。
「で、でも……」
「早く!」
 躊躇していると叱責が飛んだ。
「は、はい!」
 恥ずかしがっている場合ではないのだと理解して言われた通りにする。
 ルミエ自身も身体を拭いていたのだが、ふと手を止めて、じっと累造の股間を見た。
「それも」
「え? だって」
 判ってはいるのだ。下着と言えども濡れたものを着ていれば冷えた身体に毒だと。
 しかし少しばかり羞恥が上回っている。
「それじゃ、駄目。早く」
 ルミエが真剣な面持ちで言った。いつも緩そうに見えるルミエが真剣な顔をするだけで本能的な危機を感じる。累造は直ぐさまびしょ濡れの下着も脱ぎ去った。
「じゃ、この人を後ろから抱いて、毛布にくるまって」
 累造は一瞬躊躇したが、本能的な危機感が強く、言われるままにした。
 ルゼの身体は既に冷え切っており、肌は冷たくなっていた。このままでは肺炎を起こしかねない。ルゼを暖めるべく、出来る限り密着するようにその身体を抱き締めた。
 雨は夜半まで降り続いた。
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