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第五六話 思いの丈
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「やあ、ルゼ……」
雑貨店に勝手口から入り、いつものようにルゼに語り掛けようとしたところでケメンは硬直した。ルゼに愛想の良い笑顔で迎えられたのだ。ずっと仏頂面で迎えられるのが当たり前になっていたために、耐性がまるで無い。顔を真っ赤にして、あうあうとおかしな動きをしてしまう。
べしっ。
「あたっ」
ルゼがケメンの額をチョップで叩いた。
「落ち着け!」
「ああ、そうだね」
叩かれた額をさすりながら、それだけを言うのがやっとである。
そんな、砂糖を噴き出しそうな様子に、ルゼの後ろから見ていたチーナがそっぽを向く。
「ケッ!」
やさぐれていた。まだ一昨日の件を引き摺っていて、色恋沙汰を耳目に入れるとふて腐れてしまうのだ。
そんなチーナの声が聞こえたルゼのこめかみには冷や汗が垂れる。引き攣った笑顔になってしまっているが、ケメンはのぼせ上がっていて気付いていないらしい。
「小僧……」
勝手口から顔だけ出すような感じでテンダーが累造を手招きする。ケメンに連れだっていたのである。
「あっちの嬢ちゃんは一体どうしたんだ?」
チーナの様子に目敏く気付いていた。
「はあ、それがですね……」
累造は一昨日の顛末を大まかに話す。
「嬢ちゃんがやらかしちまったのか」
チーナの事もルゼの事も「嬢ちゃん」と呼ぶのでかなり紛らわしい。
「はあ、まあ。困った事にどう宥めていいのか、さっぱりなんです」
「どうにもなんねぇな。俺っちの所は男所帯だからよ。嫁の来手が無くてやさぐれてる奴も居やがる」
「ああー、なるほど」
相づちを打って何度も頷いた。
そこで何かに気付いたようにテンダーがポンと手を叩く。
「いっそ、あっちの嬢ちゃんを俺っちの所の若いもんに引き合わせてみっか?」
「ああー、それもいいかも知れませんね」
「何、男同士でこそこそ話してんだい?」
勝手口の脇でしゃがみ込んで顔を突き合わせている男二人に、呆れたような声でルゼが尋ねた。いつまでも中に入ってこない二人を呼びに顔を出したのだ。
「あ、ルゼさん、実はですね……」
累造はテンダーとの会話の内容をルゼに話した。
「まずは支払いから済ませてしまおう」
食堂へと場所を移した後、ケメンが本来の目的をこなす。
今回は、照明二〇〇枚分の一億ツウカと、カレー粉の一〇〇万ツウカ、ブラジャーの一五〇万ツウカだった。ブラジャーの分が意外と少ない。
「ブラジャーは身に着ける習慣から生み出さなけりゃいけないからね。内の母でもなかなか大変なようだよ」
「実際に見たり着けたりしなきゃ、実感も出ないからね」
ルゼは大きく頷いた。
「そこで、ルゼとチーナ嬢にモデルをやって欲しいんだ」
「はあ!?」
目を見開いた。チーナはまだやさぐれているので反応は鈍いが、眉がピクンと動いた。
「こう言うと少し失礼になるかも知れないけど、二人とも美人でスタイルもいい。ご婦人方からも注目を浴びるのは間違いないよ」
「だけどね……」
言い淀んだ。
「ああ、勿論、あられもない姿なのだから、男性の目の届かない部屋でお披露目をするつもりさ」
ケメンの目は真剣だ。真剣な相手には真剣に答えなければなるまい。
そうしてルゼは暫し考え込んだ。
話が進む中、累造は隣に座っているチーナの様子が気が気ではない。いつもはテーブルには向かい合わせに座っているが、ケメンとテンダーが居るため、今は横に並んで座っている。
「美人……えへへ……スタイルが良い……むふふ……注目……いやんいやん……」
なんだか結構ちょろい。悪い男に騙されそうで不安だ。
「チーナはどうする?」
ルゼがチーナに投げてしまった。
「やります! やらせて貰います!」
チーナがギュッと右手を握り締める。
そしてお披露目は、虹の橋雑貨店の次の定休日である九月五日と決まった。
その場の乗りだけで決めたようにしか見えないチーナに不安が募るばかりであった。
テンダーの訪問目的は冷蔵庫の開発についてだった。
「そろそろ魔法陣を描いて貰わにゃならんのと、商品化後に何台分起動できるかだな」
「判りました。寸法は判りますか?」
「おう、これだ」
何枚かの紙を取り出した。冷蔵庫の設計図である。各面の寸法と、魔法陣を埋め込む位置が描かれている。
設計図を見た累造は少々顔が渋くならざるを得なかった。予想をしていたものの、断熱の魔法陣を五枚は描かないといけない。共通化できそうなのは上下の二枚だけである。
「判りました」
「それで、起動は一日で何台分いけそうだ?」
「取りあえずは、一日に五台までにしておいてください」
断熱の魔法陣には微妙な差違があるため、起動用の魔法陣もそれぞれで必要となる。その結果、起動に余分な手間が掛かってしまう。起動用の魔法陣を描いたとしても、起動させる手間そのものはあまり変わりはしないため、最後は手際の勝負である。
◆
チーナとテンダーの弟子達の顔合わせはこの日の内に実行に移された。テンダーの木工所の宴会に呼ばれたから付き添って欲しいなどと、少々苦しい言い訳をしつつ、累造はチーナを連れ出したのだ。手土産にはチーナ作のから揚げを持っている。
チーナは「なんで、私が」などとぶつぶつ言いながらも、どこか楽しそうに料理をしていた。その様子に累造は思わず呟いた。
「チーナさんをお嫁にする人は幸せですよね」
「な、何言ってるんですか! おねーさんをからかっても何もでませんよ!」
たった一言で真っ赤になるチーナは可愛らしかったが、ちょろ過ぎに見えてかなり不安でもあった。
宴会と言っても、夜道は危険なために日没前のほんの二時間ほどである。
「おー、来たか」
テンダーに迎えられた。
「お招きいただき、ありがとうございます」
挨拶して木工所に入ると、既に宴席は用意されていた。ナニイツ夫人が忙しげに料理を並べている。
累造がお土産をテンダーに差し出した。
「これはお土産です」
「おー、ありがとよ。で、なんだ? これは」
「から揚げです。チーナさんのお手製ですよ」
「ほお、そりゃいい。おい! かーちゃん! これも並べてくれ!」
「あいよ!」
ナニイツ夫人は直ぐに受け取りに来て、また直ぐに戻っていった。
「まあ、座ってくんな」
促されるままにチーナは座る。
「うおーっ! 美人だ! 美人が居る!」
「親方! こんな美人を知っているなら、早く紹介してくださいよ!」
「あの! あの! 結婚してください!」
「馬鹿! おめぇ、気が早過ぎんだろ!」
「そんな事言ってもよー」
「ま、まあ、判らんではないけどな」
既に宴席に座っていた若い三人が取り乱した。
宴会の筈がその場に居るのもその三人だけで他には居ない。
「あの、他の方は?」
目を白黒させながらも、訝しさのあまりに問うた。
「わりぃな。その三人だけだ。先走った奴も居るが、気に入った奴が居たら考えてみてくれや」
「は、はあ……」
累造を半眼で睨んだ。累造はおどおどと目を逸らしながら冷や汗を流している。
後できっちり問い詰めなければと思っている間に宴会は始まった。
「何? これ。何? これ。これってチーナさんが作ったんですか?」
弟子の一人がから揚げを頬張りつつ尋ねた。
「はい、まあ……」
チーナは少々引いている。
「美味いっす。もう、毎日食いたいっす!」
「馬鹿! そりゃ、俺の台詞だ!」
「やっぱり、結婚してください!」
「駄目だ! 俺とお願いします!」
興奮しっぱなしの弟子達の様子に、テンダーが頭を掻いた。
「駄目だな、これは」
ぼそっと累造に呟いた。
「はい、残念ながら」
累造は同意した。
「心配を掛けてしまったみたいですね」
宴会が終わった帰り道、チーナが累造に呟いた。
「すみません、あんな残念な人達だとは思いませんでした」
「いいんです。判った事もありますから」
そう言うチーナの顔はどことなくすっきりして見えた。
「判った事、ですか?」
「はい。注目されたいなんて思ってましたが、誰でもいい訳じゃなかったんです」
「え?」
「少し屈んで貰えますか?」
「こうですか?」
顔がチーナの顔と同じ高さになるように屈んだ。
チュッ。
「え!?」
「ふっふー、今日は特別におやすみのチューです」
チーナはニコニコと笑った。
そんなチーナを唇が触れた頬を手で押さえながら呆然と見詰める。
「ど、どうして」
「そう、誰でもいい訳じゃなかったんです。こうしてチューを出来る相手じゃなければ意味がなかったんです」
「はあ……」
「心配しなくても、累造君が店長に言い寄る邪魔なんてしませんよ?」
チーナがとぼけたように言うが、累造は首を横に振るよりない。
「ルゼさんと恋仲になろうとは思っていません」
「え!? なんで!?」
「俺は、異世界の人間です。いつか元の世界に帰らなければならないかも知れないんです。そうしたら、多分もう戻って来ません」
「そんな……」
「だから、独りにさせられない人と結ばれる訳にはいきません」
「え?」
チーナが目を見開いた。
「ルゼさんは勿論ですが、チーナさんだってそうです」
チーナが口を押さえ、わなわなと震えながら涙を流す。
「そうでなければ、とっくにルゼさんもチーナさんも押し倒してます。まあ、腕力で負けるので押し倒せるのかは微妙ですが」
たはは、と誤魔化すように笑った。
「さ、もう暗くなりますから、急ぎましょう」
チーナの手を引いて道を急いだ。
俯いたままのチーナが累造の手を握り返すようにして呟く。
「だったら……、だったら、ずっと居てください」
それには何も答えられなかった。
◆
翌朝。
「おはよう、チーナ」
「おはようございます、店長。あの、少し屈んで貰えますか?」
「こうか?」
ルゼは言われるままに屈んだ。
チュッ。
呆然とチーナを見詰めた。
「今日だけ特別に、朝のチューです」
悪戯っぽく話すチーナは晴れやかな笑顔だった。
雑貨店に勝手口から入り、いつものようにルゼに語り掛けようとしたところでケメンは硬直した。ルゼに愛想の良い笑顔で迎えられたのだ。ずっと仏頂面で迎えられるのが当たり前になっていたために、耐性がまるで無い。顔を真っ赤にして、あうあうとおかしな動きをしてしまう。
べしっ。
「あたっ」
ルゼがケメンの額をチョップで叩いた。
「落ち着け!」
「ああ、そうだね」
叩かれた額をさすりながら、それだけを言うのがやっとである。
そんな、砂糖を噴き出しそうな様子に、ルゼの後ろから見ていたチーナがそっぽを向く。
「ケッ!」
やさぐれていた。まだ一昨日の件を引き摺っていて、色恋沙汰を耳目に入れるとふて腐れてしまうのだ。
そんなチーナの声が聞こえたルゼのこめかみには冷や汗が垂れる。引き攣った笑顔になってしまっているが、ケメンはのぼせ上がっていて気付いていないらしい。
「小僧……」
勝手口から顔だけ出すような感じでテンダーが累造を手招きする。ケメンに連れだっていたのである。
「あっちの嬢ちゃんは一体どうしたんだ?」
チーナの様子に目敏く気付いていた。
「はあ、それがですね……」
累造は一昨日の顛末を大まかに話す。
「嬢ちゃんがやらかしちまったのか」
チーナの事もルゼの事も「嬢ちゃん」と呼ぶのでかなり紛らわしい。
「はあ、まあ。困った事にどう宥めていいのか、さっぱりなんです」
「どうにもなんねぇな。俺っちの所は男所帯だからよ。嫁の来手が無くてやさぐれてる奴も居やがる」
「ああー、なるほど」
相づちを打って何度も頷いた。
そこで何かに気付いたようにテンダーがポンと手を叩く。
「いっそ、あっちの嬢ちゃんを俺っちの所の若いもんに引き合わせてみっか?」
「ああー、それもいいかも知れませんね」
「何、男同士でこそこそ話してんだい?」
勝手口の脇でしゃがみ込んで顔を突き合わせている男二人に、呆れたような声でルゼが尋ねた。いつまでも中に入ってこない二人を呼びに顔を出したのだ。
「あ、ルゼさん、実はですね……」
累造はテンダーとの会話の内容をルゼに話した。
「まずは支払いから済ませてしまおう」
食堂へと場所を移した後、ケメンが本来の目的をこなす。
今回は、照明二〇〇枚分の一億ツウカと、カレー粉の一〇〇万ツウカ、ブラジャーの一五〇万ツウカだった。ブラジャーの分が意外と少ない。
「ブラジャーは身に着ける習慣から生み出さなけりゃいけないからね。内の母でもなかなか大変なようだよ」
「実際に見たり着けたりしなきゃ、実感も出ないからね」
ルゼは大きく頷いた。
「そこで、ルゼとチーナ嬢にモデルをやって欲しいんだ」
「はあ!?」
目を見開いた。チーナはまだやさぐれているので反応は鈍いが、眉がピクンと動いた。
「こう言うと少し失礼になるかも知れないけど、二人とも美人でスタイルもいい。ご婦人方からも注目を浴びるのは間違いないよ」
「だけどね……」
言い淀んだ。
「ああ、勿論、あられもない姿なのだから、男性の目の届かない部屋でお披露目をするつもりさ」
ケメンの目は真剣だ。真剣な相手には真剣に答えなければなるまい。
そうしてルゼは暫し考え込んだ。
話が進む中、累造は隣に座っているチーナの様子が気が気ではない。いつもはテーブルには向かい合わせに座っているが、ケメンとテンダーが居るため、今は横に並んで座っている。
「美人……えへへ……スタイルが良い……むふふ……注目……いやんいやん……」
なんだか結構ちょろい。悪い男に騙されそうで不安だ。
「チーナはどうする?」
ルゼがチーナに投げてしまった。
「やります! やらせて貰います!」
チーナがギュッと右手を握り締める。
そしてお披露目は、虹の橋雑貨店の次の定休日である九月五日と決まった。
その場の乗りだけで決めたようにしか見えないチーナに不安が募るばかりであった。
テンダーの訪問目的は冷蔵庫の開発についてだった。
「そろそろ魔法陣を描いて貰わにゃならんのと、商品化後に何台分起動できるかだな」
「判りました。寸法は判りますか?」
「おう、これだ」
何枚かの紙を取り出した。冷蔵庫の設計図である。各面の寸法と、魔法陣を埋め込む位置が描かれている。
設計図を見た累造は少々顔が渋くならざるを得なかった。予想をしていたものの、断熱の魔法陣を五枚は描かないといけない。共通化できそうなのは上下の二枚だけである。
「判りました」
「それで、起動は一日で何台分いけそうだ?」
「取りあえずは、一日に五台までにしておいてください」
断熱の魔法陣には微妙な差違があるため、起動用の魔法陣もそれぞれで必要となる。その結果、起動に余分な手間が掛かってしまう。起動用の魔法陣を描いたとしても、起動させる手間そのものはあまり変わりはしないため、最後は手際の勝負である。
◆
チーナとテンダーの弟子達の顔合わせはこの日の内に実行に移された。テンダーの木工所の宴会に呼ばれたから付き添って欲しいなどと、少々苦しい言い訳をしつつ、累造はチーナを連れ出したのだ。手土産にはチーナ作のから揚げを持っている。
チーナは「なんで、私が」などとぶつぶつ言いながらも、どこか楽しそうに料理をしていた。その様子に累造は思わず呟いた。
「チーナさんをお嫁にする人は幸せですよね」
「な、何言ってるんですか! おねーさんをからかっても何もでませんよ!」
たった一言で真っ赤になるチーナは可愛らしかったが、ちょろ過ぎに見えてかなり不安でもあった。
宴会と言っても、夜道は危険なために日没前のほんの二時間ほどである。
「おー、来たか」
テンダーに迎えられた。
「お招きいただき、ありがとうございます」
挨拶して木工所に入ると、既に宴席は用意されていた。ナニイツ夫人が忙しげに料理を並べている。
累造がお土産をテンダーに差し出した。
「これはお土産です」
「おー、ありがとよ。で、なんだ? これは」
「から揚げです。チーナさんのお手製ですよ」
「ほお、そりゃいい。おい! かーちゃん! これも並べてくれ!」
「あいよ!」
ナニイツ夫人は直ぐに受け取りに来て、また直ぐに戻っていった。
「まあ、座ってくんな」
促されるままにチーナは座る。
「うおーっ! 美人だ! 美人が居る!」
「親方! こんな美人を知っているなら、早く紹介してくださいよ!」
「あの! あの! 結婚してください!」
「馬鹿! おめぇ、気が早過ぎんだろ!」
「そんな事言ってもよー」
「ま、まあ、判らんではないけどな」
既に宴席に座っていた若い三人が取り乱した。
宴会の筈がその場に居るのもその三人だけで他には居ない。
「あの、他の方は?」
目を白黒させながらも、訝しさのあまりに問うた。
「わりぃな。その三人だけだ。先走った奴も居るが、気に入った奴が居たら考えてみてくれや」
「は、はあ……」
累造を半眼で睨んだ。累造はおどおどと目を逸らしながら冷や汗を流している。
後できっちり問い詰めなければと思っている間に宴会は始まった。
「何? これ。何? これ。これってチーナさんが作ったんですか?」
弟子の一人がから揚げを頬張りつつ尋ねた。
「はい、まあ……」
チーナは少々引いている。
「美味いっす。もう、毎日食いたいっす!」
「馬鹿! そりゃ、俺の台詞だ!」
「やっぱり、結婚してください!」
「駄目だ! 俺とお願いします!」
興奮しっぱなしの弟子達の様子に、テンダーが頭を掻いた。
「駄目だな、これは」
ぼそっと累造に呟いた。
「はい、残念ながら」
累造は同意した。
「心配を掛けてしまったみたいですね」
宴会が終わった帰り道、チーナが累造に呟いた。
「すみません、あんな残念な人達だとは思いませんでした」
「いいんです。判った事もありますから」
そう言うチーナの顔はどことなくすっきりして見えた。
「判った事、ですか?」
「はい。注目されたいなんて思ってましたが、誰でもいい訳じゃなかったんです」
「え?」
「少し屈んで貰えますか?」
「こうですか?」
顔がチーナの顔と同じ高さになるように屈んだ。
チュッ。
「え!?」
「ふっふー、今日は特別におやすみのチューです」
チーナはニコニコと笑った。
そんなチーナを唇が触れた頬を手で押さえながら呆然と見詰める。
「ど、どうして」
「そう、誰でもいい訳じゃなかったんです。こうしてチューを出来る相手じゃなければ意味がなかったんです」
「はあ……」
「心配しなくても、累造君が店長に言い寄る邪魔なんてしませんよ?」
チーナがとぼけたように言うが、累造は首を横に振るよりない。
「ルゼさんと恋仲になろうとは思っていません」
「え!? なんで!?」
「俺は、異世界の人間です。いつか元の世界に帰らなければならないかも知れないんです。そうしたら、多分もう戻って来ません」
「そんな……」
「だから、独りにさせられない人と結ばれる訳にはいきません」
「え?」
チーナが目を見開いた。
「ルゼさんは勿論ですが、チーナさんだってそうです」
チーナが口を押さえ、わなわなと震えながら涙を流す。
「そうでなければ、とっくにルゼさんもチーナさんも押し倒してます。まあ、腕力で負けるので押し倒せるのかは微妙ですが」
たはは、と誤魔化すように笑った。
「さ、もう暗くなりますから、急ぎましょう」
チーナの手を引いて道を急いだ。
俯いたままのチーナが累造の手を握り返すようにして呟く。
「だったら……、だったら、ずっと居てください」
それには何も答えられなかった。
◆
翌朝。
「おはよう、チーナ」
「おはようございます、店長。あの、少し屈んで貰えますか?」
「こうか?」
ルゼは言われるままに屈んだ。
チュッ。
呆然とチーナを見詰めた。
「今日だけ特別に、朝のチューです」
悪戯っぽく話すチーナは晴れやかな笑顔だった。
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