魔法道具はじめました

浜柔

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第五一話 糠漬け終了のお知らせ

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「残念なお知らせが有ります」
「何だい? 改まって」
 累造の言葉に皆が疑問符を浮かべた。
「糠漬けはこれでお終いです」
 累造が夕食に並べられた糠漬けを指し示す。
「ふーん、そうなのかい。ん? 何だって!?」
 改まって言う割りには累造の口振りが深刻さの欠片も無かったためか、一度は聞き流そうとしたルゼだった。だが、話の内容を把握した途端、椅子から立ち上がりかけた。
「どうしてですか!?」
 チーナも妙に興奮気味だ。
「糠が足りなくなったんです。糠床が水っぽくもなりましたから、もう漬けるには無理が有ります」
「糠なんて沢山有るのではないのです?」
 ニナーレがキョンと首を傾げる。
「籾でしか売ってないので、脱皮だっぷや精米をしなければならなくて、一苦労なんです」
「毎日食べるものなのに脱皮もしないなんて考えられないのです」
 ニナーレがむむっと唸る。
「ニナーレさんの母国はともかく、この国では米はあまり食べないようですから」
 累造がテーブルの上に米が無いのを示して肩を竦めた。言われてみればとニナーレが頷く。
「それなら誰かに依頼すれば良いのではないのです?」
 累造がコテンと首を傾げた。
「考えなかった訳じゃないんですが、一回限りみたいな依頼が出来るのかどうかも判りませんし、何より糠をぞんざいに扱われそうで不安なんです」
「ああ、確かにゴミにしか見えなかったね」
 ルゼは相槌を打った。
「それでは、またみんなで石臼を回しますか?」
「そうしようかねぇ」
 チーナと二人で真剣に考え込んだ。
「あれ? ルゼさんもチーナさんも糠漬けは変な味だって言ってましたよね?」
 累造が気になるのはその点だ。
「ああ、変な味だな」
「変な味ですね」
 即答である。
「だったら、糠漬けは無くてもいいんじゃないですか?」
「む、それは駄目だ」
 これまた即答する。
「何故か、食べたくなるんですよね」
 チーナは右手を頬に当てて少し首を傾けると、ほーっと溜め息をついた。

 それが昨日の夕食での事だった。
 今朝の累造は少し寝覚めが悪い。馬のいななくく夢を見たような気がしたが、直ぐに何の夢だったのか忘れてしまったためだ。
 そして今、テンダーの木工所へと訪れている。
「あの、石臼の事なんですが、目途の方はどうなっていますか?」
「あれか? 忙しくなっちまったしな、金にならねぇ事はどうしても後回しだ。だから殆ど進んでねぇ」
 その答えに思わず渋面になる。
「お金になれば早く作って貰えるでしょうか?」
「まあ、そうなるな」
「幾らぐらい有れば良いですか?」
 真剣に問うているからだろう。テンダーの表情も真剣になる。
「そうだな、動くだけなら一〇〇万ツウカも有れば問題ねぇ」
「判りました。今までの開発費を含めてここに三〇〇万ツウカ有ります。これで、五日の午前中までに納品して貰えないでしょうか?」
 袋をテンダーの前に置いた。訪問に際して用意していたものだ。
 テンダーは目を見開いて累造の顔と袋を何度も見比べた。
「一体、どうしたってんだ?」
 累造は目前の目的である精米について話した。
 だがテンダーとしては腑に落ちない。
「その『糠』って、そうまでして欲しいものなのか?」
 五日後の八月一五日に使うのであれば確かに急ぐだろう。しかしそこまで重要な品物とは思えないのだ。
 言われて累造も首を傾げる。確かに糠自体は大したものではない。皆で精米することにもなっていて、必ずしも石臼を回す装置が必要な訳でもない。
 だが、早く作らないといけない気がしているのだ。
「すいません。急がなければいけない気がするとしか言いようが有りません」
 テンダーを見る視線は小揺るぎもしない。
 それを見取ったのか、テンダーはそれ以上問わなかった。
「判った。請けよう」
 それだけを告げた。

 累造は木工所からの帰り道、自分が何故焦燥感に駆られたように石臼を回す装置を完成させようとしているのか考えた。だが、全く結論は出ない。判る事と言えば、石臼を回す装置ではなく、動力源の実用化が重要なのだろうと言うことだけだった。

  ◆

 累造が雑貨店に帰り着くと、店の前には一台の派手な馬車が停まっていた。見間違えようのないケメンの馬車である。そのため、いつもなら直ぐに二階に上がる所を、店へと入っていった。
「こんにちは、今日はどうしたんですか?」
 予想通りにケメンがそこに居た。ルゼの姿は見えない。
「やあ、累造君。今日は母の付き添いだよ」
「また、どうして?」
「ブラジャーと言うものを明日から発売する事になっててね。今日はルゼやチーナに試着させたいと母が言うのだよ」
「そうでしたか。それじゃ、暫くは上に行かない方が良さそうですね」
 一抹の無念さと共に、大きな安堵をした。
 知らないままならラッキースケベなハプニングも有ったかもと頭を過ぎったのは内緒である。
「それで、売れそうなんでしょうか?」
「どうだろう? この件ばかりは全て母が仕切っているからね。ただ、幾つか大きさの違うものを既製品として作るのだと言っていたね」
 ケメンは肩を竦めた。
「結構、大事になってるんですね」
「まあ、大事にしたのは内の母なんだけどね」
 ケメンが苦笑いをする。
「最初にこの話を聞いた時、僕は針子を二、三人雇えば良いだけだろうと言ったのだけどね。母は『それじゃ駄目よ』と、みるみる大所帯にしてしまったんだ」
 話を聞けば聞くほど冷や汗が出そうである。
「へっくしょいっ!」
 そして何故かくしゃみが出た。

「あら、いいじゃない!」
 累造が雑貨店に帰り着くより少し前、二階ではチャコラが歓声を上げていた。ルゼとチーナはブラジャー姿である。
「どこか気になる所は無い?」
 そんな事を尋ねつつ、チャコラはルゼのブラジャーの中に手を入れてまさぐる。そして徐々にその手を怪しく蠢かす。
「おばちゃん!」
 我慢しきないとばかりにルゼが胸を押さえて後退った。そして、むーっと睨む。
「あはは、ごめんなさい。ルゼちゃんのおっぱいがとっても立派だから、ついね」
「つい、で揉まないでおくれよ!」
「いいじゃない。代わりに私のを揉ませてあげるから」
 自分の胸を持ち上げて見せる。
「いらないよ!」
「あらあら、母娘でもここは似てないのね」
 可笑しくなってクスクスと笑った。
「母さん?」
 ルゼが首を傾げた。
「そう、ルゼちゃんのお母さんのラナは私の胸を揉ませてあげれば大抵の我が儘を聞いてくれたのよ」
 しみじみと語った。そう、一方的にまさぐられていた訳ではなかったのだ。
「何だか店長の胸にご執心な累造君みたいな感じですね」
「ああ、そうそう、累造君ね! 彼ってどことなくラナに似てるわね。ルゼちゃんがおっぱいをちらつかせれば、きっと何でもしてくれるわよ!」
 掌を合わせてくいっと右へ傾けつつ言った。
「幾ら何でもそれは無いだろう」
「いえいえ、目に浮かぶようです。と言うか、話をしていると累造君が店長のおっぱいにたぶらかされたようにしか思えなくなってきました」
 自分で言っておいて、チーナは頭を抱えて天を仰いだ。
「そんなことはない。そんなことに関係なく、累造には最初からおっぱいを見せてるからな!」
 ルゼがムンと胸を張る。
「やっぱり誑かしてるんじゃないですかーっ!」
 チーナの叫びが轟いた。
 その様子にチャコラは思う。どうにもケメンの分が悪い。

 そんな姦しい三人の傍で、ニナーレは一人さめざめと泣いていた。チャコラの持ち込んだブラジャーが全てぶかぶかだったのである。
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