魔法道具はじめました

浜柔

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第四四話 照明の発売前に

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 ふあああ、とチーナが朝から欠伸をしている。そんなチーナを累造は初めて見た。
「寝不足ですか?」
「はい、まあ、ちょっと……」
 チーナが笑って口を濁すのを疑問に思いつつも、それ以上は追及しなかった。
 そして、朝食の時間。
 ニナーレが食堂に現れてチーナと目を合わせると、二人して「ぐへへ」と笑い合う。戦慄した。一晩で仲良くなった事は良い事ではあるのだが、婚期を更に逃し、夫人ではなく腐人への道を歩もうとしているらしきチーナに、心の中で合掌した。

  ◆

「小僧、居るかーっ!?」
 テンダーの声が雑貨店に響き渡った。
「どうしたんですか? 朝早くから」
「おう、照明が完成したんでな、今日の午後からでも発売だ」
 累造は思わず目を彷徨わせた。
「あのー、少し待っていただけませんか?」
「ん?」
 テンダーが顔を顰め、顎で続きを促す。
「今の魔法陣には少し問題も有りますので、改良したいんです。魔法陣が少し小さくなって、変に眩しいことも無くなる見込みです」
「問題?」
「最悪では全く光が出ない可能性が……」
 日の光を転送しているため、魔法陣の数が多くなると他の魔法陣や影に入ってしまう可能性、月による蝕の可能性が有るのだ。魔力を光にするのであれば、それが無い。
 その説明によく判らないと首を傾げるテンダーであったが、最終的には光が出ないかも知れないのは避けたいと了承した。
「いつ頃出来る見込みだ?」
「二、三日中にはどうにか」
「そんなもんなのか。焼き鏝を作り直さにゃならんからずれるのは一〇日くらいか。その程度なら大丈夫だろう」
 テンダーは顎に手を当てて何やら考えつつ言い、「出来上がったら教えてくれ」と帰っていった。

 そんなこんなで照明の魔法陣の改良である。太陽光を転送するのではなく、直接光らせるのだ。
 イメージは昨夜寝床の中で考えたので固まっている。
 お陰で少々寝不足気味だ。
 新しい魔法陣は発光ダイオードと白熱電球を混ぜたようなイメージで魔力を直接光に変換する。発光ダイオードのように熱を出さず、白熱電球のように一定範囲の光を満遍なく、指向性も無く発する。
 それを光を転移させていた部分と置き換える。

 午後に描き上がった魔法陣は、以前のものより一回り小さい。
 実験は、新しい方式の魔法陣故に、北の草原でするのだが、時間が時間だけにまた明日である。

 翌日。
 北の草原で魔法陣の実験である。
 光の強さなどを調節する必要は有ったが、昼過ぎには終える事ができた。
 ここまでの道のりは色々な意味で至って遠回りであった。

  ◆

「小僧、居るかーっ!?」
 照明の新式魔法陣が出来て八日後、テンダーの声がまた雑貨店に響き渡った。
 累造は出迎える。
「おはようございます」
「おう、焼き鏝が完成したんでな、魔法を動かしてみてくれ」
「判りました」
 試してみると、魔法陣は問題なく起動した。
「問題無さそうだな。そんじゃ、早速三〇枚ほど頼むぜ。明日から売り出しだ」
「三〇枚ですか」
 思わず渋い顔になった。三〇枚も魔法を起動するとかなり魔力を消費する。一回だけなら良いが、毎日のように続くのであれば今後の開発に支障を来してしまう。
「ん? 何か問題が有るのか?」
「それはまだ、何とも。ところで、販売予想はどうなってるんでしょう?」
「最初の一ヶ月で一〇〇から二〇〇だな」
「そんなにもですか?」
 驚いた。一日に五〇枚位起動すると気絶してしまうだろう変な自信が有る。もしも一度に持ってこられれば完全に許容量を超える。
「まあ、それは注文を受ける数で、納品の数じゃないがな」
「じゃあ、納品はもう少しゆっくりなのですか?」
「おー、俺っちの所で一日に作れるのが、安価なのが一〇個と高価なのが二個程度だからな」
「そうですか」
 内心で安堵した。しかし、テンダーの話は終わっていない。
「でもよ、ケメンが売れ行き次第で外注先を探す事になってるんでな、もっと増えるかも知れねぇ」
「そうですか」
 そんなに増えると死んでしまうので、後ほど対策を考えることにした。
「取りあえず、この三〇枚を起動しましょう」
「おー、頼むぜ」

 累造が魔法の起動をしている間、テンダーは累造の部屋、ルゼの部屋、チーナの部屋とニナーレの部屋にガラスの入っていない照明を取り付けた。それに填め込まれた魔法陣は起動前のものだ。後で累造が起動する事になる。
「今日は忙しいからよ、残りはまた今度な」
 そう言い残し、テンダーは起動済みの魔法陣を手に帰っていった。

 照明の販売価格は一五〇万から五〇〇万ツウカで、一年契約で一台当たり五〇万ツウカがゴッツイ商会から虹の橋雑貨店に支払われる。累造が受け取るのは、事務を肩代わりする手数料などの名目で三割を引いた、三五万ツウカとなっている。
 この金額の割合は水道の魔法陣に対する料金とカレー粉のレシピについても同様で、ブラジャーに限り、実際に作成したのがチーナである事から、五割ずつである。
 その結果、累造にかなりの収入が見込まれるが、実際に支払われるのはもう少し先になる。
 ゴッツイ商会の場合、仕入は基本的に月末締めの掛買いで、支払いは翌月末である。但し、仕入れ先が個人の場合には、定休日毎に締めて次の定休日前に支払いを行うように便宜を図ってもいる。虹の橋雑貨店の経営状態がまだ回復していない事と、実質的な契約先が累造個人であるため、カレー粉のレシピの代金や照明の魔法陣の代金は定休日締めの扱いとしている。
 そして、ゴッツイ商会の定休日が六日であるため、照明が明日の七月二三日からの発売ならば、最初に代金が支払われるのは八月五日だ。その日さえ来れば、今日起動した三〇枚の照明の代金の取り分だけで今までの月商を超える事になり、虹の橋雑貨店の資金繰りも一気に改善する。

 一方で累造は問題に直面した。今後、コンロや動力源を商品化しようものなら、更に起動が必要な数が増えてしまう。魔法陣にはこの世界の人達が理解できない部分が有るため、他の人に教えて起動して貰う事もままならない。
 そこではたと気が付いた。人ではなく、魔法陣に起動して貰えば良いのではないか。魔法陣を起動するための魔法陣である。魔力自体には区別は無いので、魔法陣に魔力が通りさえすればいいのだ。
 まず、起動する対象の魔法陣の特定と、魔力を流す図形の順番を示すため、対象の魔法陣をほぼそのまま描く必要がある。但し、魔法を示す印は描かずに順序を示す矢印を描く。これを、使う時に向かい合わせにする事を考慮して鏡映しで描き、その周りに矢印に従って向かい合わせの魔法陣に魔力を流す魔法陣を描いていく。更に、魔力を流し終わったら光るようにし、動作間隔を三〇秒にした。対象の魔法陣毎に起動用の魔法陣を描く必要が有るのが最大の難点である。

  ◆

 結局、新しい照明に灯りが点ったのは閉店後になった。日中、累造は魔法陣を起動する魔法陣の作成にずっと頭を捻っていたため、失念していたのだ。
「明るいですねー」
 点灯直後、チーナが感嘆の声を上げた。
「部屋の真ん中だと部屋全体に光が行き渡りますしね」
「はい。あ、だけど、明るいと夜更かししがちになってしまいますね」
「それは、しょうがないかも知れません」
「そうなんですか?」
「はい、俺の生まれた世界では、みんな夜更かしでしたから」
「明るいのも善し悪しなんですね」
「そうかも知れません。明る過ぎると星も見えなくなりますし」
 想像がつかないのか、チーナは首を傾げた。

  ◆

 翌日、魔法陣を起動する魔法陣が完成した。
 そして、テンダーが予備にと置いていった、コルク板に焼き鏝を押した魔法陣を起動させると、思惑通りに灯りが点った。
 これで命の危険を回避して一安心である。

「魔力さえ流れればどうにでもなるのですね」
 一連の作業を横で見ていたニナーレが呟いた。
「そうなります」
「治療魔法や爆発魔法に応用できると色々捗るのです」
「爆発魔法って何に使うんですか?」
 累造は少し怖い連想をした。
「土木作業に使うのです。トンネル工事などが捗るのです」
「ああー、なるほど」
 ダイナマイトの代わりなのだった。
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