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第四三話 新たな始まり
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「おはよう、チーナ」
「あ、店長、おはようございます」
ルゼはそのまま累造を起こしに行ってしまった。身なりもピシッと整えられている。
それはチーナの狙い通りであったが、なんとなく物足りなさを感じる。そして、なんとなく頬を撫でる。だが、物思いに耽るのは刹那の間だけ。直ぐに首を振って拳を握り締め、気合いを入れ直した。
朝食の食堂に来たニナーレを見て、ルゼは眉根を寄せた。
「服はどうにかしなきゃならないな」
「神官は神官服を着るのが決まりですの」
「だが、その服で店の周りをうろうろされると悪目立ちするからなぁ」
眉尻を下げた。
「では、いつものようにマントを羽織りますの」
人差し指の第二関節でこめかみを押さえて顔を顰める。
「暑苦しくて、見てらんないよ」
「そうですか。仕方ありませんの」
部屋へと行って戻って来たニナーレは、だぼだぼのシャツとズボンと言う出で立ちだった。かなり動き辛そうにしている。
「随分と大きさが合ってないみたいだけど?」
「大は小を兼ねますの」
「そう、なのか?」
首を傾げずにいられなかった。
朝食はいつものパンとスープ、そしてカブの糠漬けである。
「糠漬けが食べられるとは思いませんでした。ただ、お醤油が無いのが残念ですの」
「醤油!? 醤油が有るんですか!?」
ニナーレの呟きに累造は反応した。
「え? ええ。私の国にはあります」
「それはどこに有るんですか?」
真剣そのものである。
「山越え、海越えした先ですの」
「海の向こうとは随分遠い」
少しがっかりした。しかし、引っ掛かる部分もある。
「そんな遠くから一人で来たんですか?」
ニナーレは頷いた。
「どんな危険が有るかも判らないのにですか?」
「仕方ないんですの。調査に旅立てるのが私くらいしか居ませんでした」
「まさか、民族滅亡の危機とか?」
ニナーレが驚愕を顔に張り付ける。
「違います! 人口は一〇〇〇万人以上居るので滅亡なんてあり得ません。ただ、魔法が衰退してますの」
「それはまたどうして?」
「魔法を使うのにも得手不得手が有って、職業に役立つ魔法が不得手だと、魔法自体を使わなくなる人が多いのです。道具を使った方が早いと言う事になってしまいますの」
頷いた。この国の人達が魔法を殆ど使わない理由と共通している事に気付いたのだ。
「今となっては、魔法を専門に学んでいる神官くらいしか実用的な魔法を使えなくなっていて、その神官も年々減る傾向にありますの」
魔法消滅の危機だった。
◆
まずは火打ち石の魔法陣をニナーレに使わせてみる事にした。
累造が手本を見せてから試させたのだが、ニナーレには使えなかった。聞けば、火打ち石を知らないと言う。火を点ける時は魔法を使っているのだ。
そこで、チーナに火打ち石を実演して貰った後で再度ニナーレに魔法陣を試して貰うと、問題なく火花が散った。
この結果から、累造は自分の迂闊さに気付いた。火打ち石の魔法陣を使うのに火打ち石を知らないと駄目なのであれば、火打ち石がそこに有らねばならず、わざわざ魔法陣を使うことも無いのだ。これでは売れる筈もない。
自らが描く魔法陣の図形を再度検討する。すると、理屈ではなく、そう言う現象が起きるのだとして描いている部分が多いのを改めて知った。世界に揺蕩う魔力を取り出す部分や、水の魔法陣などで空間を繋げる部分などがその最たる例だ。火打ち石では道具に囚われていたが、その結果である現象だけを実現させれば良いのではないかと考えた。
また、火打ち石の魔法陣の場合、火花は物質的なものではなく魔力が形を変えたものだ。ニナーレに聞けば、魔力を炎にする事もできると言う。コンロの魔法陣ではガスコンロのイメージで描いていたためにメタンを燃やしていたが、魔力を燃やすようにすれば良かったのではないかと頭を抱えた。
「炎の見た目より魔力の流れが少ないのです」
コンロの魔法陣をニナーレに見て貰った結果だ。魔力そのものを炎にすると、見えるようになる事に魔力が使われてしまい、必要な魔力に比べて小さな炎しかでないのだと言う。結果オーライであった。
炎はそれで良かったが、同じ事が光にも言える。光を発するだけなら、光を転移させるのではなく、魔力をそのまま光にすれば良かったのだ。
自分は何をやっていたのかと思いつつも、魔法なんて無い世界だから仕方なかったんだと自分を慰めてみる。しかし、だったら何故魔力が流れる経路が有るのかと自分に突っ込みを入れざるを得ない。
もっと簡素にできたに違いない。追々作り直そうと決めた。
それはともかくとばかりに、累造は火打ち石の魔法陣の改良を先に行う。そもそも火を点けるのが目的なのだから、火打ち石である必要がないのだ。イメージさえできれば、着火工程のどこでも構わない。そう考えた場合、火口から火付け棒に火を移す部分が判りやすいと考えた。そうして、燠火に風を吹き込むイメージの図形を描いた。
そして実験だ。日頃、火を使い、水も近くにある台所で行う。
燠火のイメージの部分に火付け棒を置き、鞴のイメージの部分に指を置いて魔力を流す。そして、火付け棒が燻り始めたところでやめた。全く様子が判らないために加減が出来ず、魔力の消費が激しすぎたのだ。
結果、火付け棒に直接火を点けるのは断念した。
暫く休憩した後、火口を使って実験をする。魔力を流し始めて直ぐに火口は燻り始め、間もなく火が点いた。木の板に鉛筆書きの魔法陣は焦げて使い物にならなくなったので、場所をずらして描き直し、チーナとニナーレにも試して貰う。その結果も問題は無かった。
「なかなか興味深かったです」
一通りの実験が終わった後、ニナーレが言った。
「この魔法なら、得手不得手関係なく使えますの」
「それを聞いて安心しました。描いている本人ながら、よく判らなかったので」
累造はなんとなくでしか魔力の流れが判らなかったため、確信が無かったのである。
「私はこの魔法を解明して、報告を纏めますの」
ニナーレが、ふん、と気合いを入れた。
「なかなか厳しいのです」
夕食の時間になると、ニナーレが若干憔悴していた。ルゼが疑問符を浮かべる。
「何が厳しいんだ?」
「報告するには、せめて魔法を発動させてみせる必要がありますの。だけど、その目途が全く立ちません」
ニナーレが少し上を向いてダーッと涙を流す。
「なら、ゆっくりやればいいじゃないか」
「それだと、間に合いませんの」
グッと右手を握り締める。
「何にだい?」
ルゼが若干引きながらも尋ねると、ニナーレは目を逸らした。
「そ、それは、こ、個人的な事なので……」
「誰かの誕生日か何かかい?」
「えーと、そうとも言えるような、言えないような……」
ニナーレはもごもごとするばかりだ。
「『新刊』の誕生日ですか」
「なっ!」
ニナーレが目を見開き、顎が落ちたように大きく口を開けて累造を見た。
「累造、『新刊』ってなんだ?」
「俺の予想が正しければ、『薄い本』です」
「なっ! なななななっ!」
ニナーレがあからさまに動揺した。それを見た累造が「予想通りですか」と苦笑する。
「もっと判るように説明してくれ」
ルゼがこめかみを押さえながら尋ねた。
しかしニナーレがブンブンと腕を振って、累造に答えさせまいとする。
「そうですね、時々チーナさんが妄想しているような事を本にしたもの、と言えば判るでしょうか」
「ひぇっ!」
身体がピクンとして、変な声が出た。
「も、妄想ってなんの事ですか!? お、おねーさんは知りませんよ!」
声が裏返った。
それで何か思い出したのか、ルゼがしみじみと言う。
「ああ、あれは恥ずかしかった」
「なっ! 店長に言われたくありません! それに、店長だって喜んでいたじゃないですか!」
何を言うのこの子は、と顔だけで言ってルゼが固まった。
「でもですよ。仮におねーさんが何か妄想をしていたとして、それが本になってるってどう言う事ですか?」
髪を指で弄りながら横目遣いに累造を見て尋ねた。
「それは、ニナーレさんが詳しいのではないかと」
一同の視線が集まった事で、ニナーレが若干ビクついた。
「そ、そんな事より、なぜ『新刊』なんて話が出てきたんですの?」
「昨日、独り言で言ってたじゃないですか」
「そんな筈ありません! 私は独り言の時は母国の言葉になりますの!」
うっかりしてたとばかりに、累造が自分の額を軽く叩いた。
「ん? 累造はニナーレの国の言葉を知っていたのか?」
「知っていたのではなく、覚えたんです」
一同で首を傾げる。
「ルゼさんやチーナさんは俺がこの国の言葉を喋れるのを疑問に思いませんでしたか?」
「あ、異世界って方を疑ってたから、うっかりしてたよ」
ルゼは「たはは」と笑った。
「言葉が通じないと異世界でにっちもさっちも行かなくなるので、未知の言語を聞くと一瞬でその言語を習得できる魔法を組み込んでいたんです。ただ、習得する代わりに頭痛に襲われますが」
「もしかして、昨日、頭を押さえてたのは、それか?」
「そうです。ルゼさんと初めて会った時も同じでした」
累造との出会いを思い出したのか、ルゼは「そう言う事か」と何度か頷いた。
「あの、異世界ってなんですの?」
ニナーレが首を傾げる。
「俺は、一ヶ月ちょい前に、こことは違う世界から迷い込んだんですよ」
「え? 一ヶ月前? 異世界? じゃあ、もしかして?」
ニナーレが目を見開いた。
「多分、ニナーレさんが調べに来た魔力の変動の原因は俺です」
「私が調べに? ああっ!」
ニナーレは頭を抱えて天を仰いだ。
「その事を忘れてましたの……」
一転して項垂れるニナーレはちょっとだけ残念な子だが、それはそれで微笑ましい。
暫しの沈黙の後、ニナーレが何かに気付いたように顔を跳ね上げた。
「こうなれば、累造さん! 貴方が私の国に…」
「駄目だ!」
皆まで言う前にルゼの怒声が割り込んだ。ニナーレがびっくり眼でルゼを振り返る。
「お醤油もありますよ?」
ルゼを横目に尚も累造を誘おうとするが、更にキツくなるルゼの視線に、ニナーレはビクついた。
累造が苦笑する。
「醤油は魅力的ですが、ルゼさんが寂しがるので一緒に行く事はできません」
「な、そ……」
ルゼが真っ赤になって俯いてしまった。
チーナは思わず首を横に振る。
やれやれであった。
「あ、店長、おはようございます」
ルゼはそのまま累造を起こしに行ってしまった。身なりもピシッと整えられている。
それはチーナの狙い通りであったが、なんとなく物足りなさを感じる。そして、なんとなく頬を撫でる。だが、物思いに耽るのは刹那の間だけ。直ぐに首を振って拳を握り締め、気合いを入れ直した。
朝食の食堂に来たニナーレを見て、ルゼは眉根を寄せた。
「服はどうにかしなきゃならないな」
「神官は神官服を着るのが決まりですの」
「だが、その服で店の周りをうろうろされると悪目立ちするからなぁ」
眉尻を下げた。
「では、いつものようにマントを羽織りますの」
人差し指の第二関節でこめかみを押さえて顔を顰める。
「暑苦しくて、見てらんないよ」
「そうですか。仕方ありませんの」
部屋へと行って戻って来たニナーレは、だぼだぼのシャツとズボンと言う出で立ちだった。かなり動き辛そうにしている。
「随分と大きさが合ってないみたいだけど?」
「大は小を兼ねますの」
「そう、なのか?」
首を傾げずにいられなかった。
朝食はいつものパンとスープ、そしてカブの糠漬けである。
「糠漬けが食べられるとは思いませんでした。ただ、お醤油が無いのが残念ですの」
「醤油!? 醤油が有るんですか!?」
ニナーレの呟きに累造は反応した。
「え? ええ。私の国にはあります」
「それはどこに有るんですか?」
真剣そのものである。
「山越え、海越えした先ですの」
「海の向こうとは随分遠い」
少しがっかりした。しかし、引っ掛かる部分もある。
「そんな遠くから一人で来たんですか?」
ニナーレは頷いた。
「どんな危険が有るかも判らないのにですか?」
「仕方ないんですの。調査に旅立てるのが私くらいしか居ませんでした」
「まさか、民族滅亡の危機とか?」
ニナーレが驚愕を顔に張り付ける。
「違います! 人口は一〇〇〇万人以上居るので滅亡なんてあり得ません。ただ、魔法が衰退してますの」
「それはまたどうして?」
「魔法を使うのにも得手不得手が有って、職業に役立つ魔法が不得手だと、魔法自体を使わなくなる人が多いのです。道具を使った方が早いと言う事になってしまいますの」
頷いた。この国の人達が魔法を殆ど使わない理由と共通している事に気付いたのだ。
「今となっては、魔法を専門に学んでいる神官くらいしか実用的な魔法を使えなくなっていて、その神官も年々減る傾向にありますの」
魔法消滅の危機だった。
◆
まずは火打ち石の魔法陣をニナーレに使わせてみる事にした。
累造が手本を見せてから試させたのだが、ニナーレには使えなかった。聞けば、火打ち石を知らないと言う。火を点ける時は魔法を使っているのだ。
そこで、チーナに火打ち石を実演して貰った後で再度ニナーレに魔法陣を試して貰うと、問題なく火花が散った。
この結果から、累造は自分の迂闊さに気付いた。火打ち石の魔法陣を使うのに火打ち石を知らないと駄目なのであれば、火打ち石がそこに有らねばならず、わざわざ魔法陣を使うことも無いのだ。これでは売れる筈もない。
自らが描く魔法陣の図形を再度検討する。すると、理屈ではなく、そう言う現象が起きるのだとして描いている部分が多いのを改めて知った。世界に揺蕩う魔力を取り出す部分や、水の魔法陣などで空間を繋げる部分などがその最たる例だ。火打ち石では道具に囚われていたが、その結果である現象だけを実現させれば良いのではないかと考えた。
また、火打ち石の魔法陣の場合、火花は物質的なものではなく魔力が形を変えたものだ。ニナーレに聞けば、魔力を炎にする事もできると言う。コンロの魔法陣ではガスコンロのイメージで描いていたためにメタンを燃やしていたが、魔力を燃やすようにすれば良かったのではないかと頭を抱えた。
「炎の見た目より魔力の流れが少ないのです」
コンロの魔法陣をニナーレに見て貰った結果だ。魔力そのものを炎にすると、見えるようになる事に魔力が使われてしまい、必要な魔力に比べて小さな炎しかでないのだと言う。結果オーライであった。
炎はそれで良かったが、同じ事が光にも言える。光を発するだけなら、光を転移させるのではなく、魔力をそのまま光にすれば良かったのだ。
自分は何をやっていたのかと思いつつも、魔法なんて無い世界だから仕方なかったんだと自分を慰めてみる。しかし、だったら何故魔力が流れる経路が有るのかと自分に突っ込みを入れざるを得ない。
もっと簡素にできたに違いない。追々作り直そうと決めた。
それはともかくとばかりに、累造は火打ち石の魔法陣の改良を先に行う。そもそも火を点けるのが目的なのだから、火打ち石である必要がないのだ。イメージさえできれば、着火工程のどこでも構わない。そう考えた場合、火口から火付け棒に火を移す部分が判りやすいと考えた。そうして、燠火に風を吹き込むイメージの図形を描いた。
そして実験だ。日頃、火を使い、水も近くにある台所で行う。
燠火のイメージの部分に火付け棒を置き、鞴のイメージの部分に指を置いて魔力を流す。そして、火付け棒が燻り始めたところでやめた。全く様子が判らないために加減が出来ず、魔力の消費が激しすぎたのだ。
結果、火付け棒に直接火を点けるのは断念した。
暫く休憩した後、火口を使って実験をする。魔力を流し始めて直ぐに火口は燻り始め、間もなく火が点いた。木の板に鉛筆書きの魔法陣は焦げて使い物にならなくなったので、場所をずらして描き直し、チーナとニナーレにも試して貰う。その結果も問題は無かった。
「なかなか興味深かったです」
一通りの実験が終わった後、ニナーレが言った。
「この魔法なら、得手不得手関係なく使えますの」
「それを聞いて安心しました。描いている本人ながら、よく判らなかったので」
累造はなんとなくでしか魔力の流れが判らなかったため、確信が無かったのである。
「私はこの魔法を解明して、報告を纏めますの」
ニナーレが、ふん、と気合いを入れた。
「なかなか厳しいのです」
夕食の時間になると、ニナーレが若干憔悴していた。ルゼが疑問符を浮かべる。
「何が厳しいんだ?」
「報告するには、せめて魔法を発動させてみせる必要がありますの。だけど、その目途が全く立ちません」
ニナーレが少し上を向いてダーッと涙を流す。
「なら、ゆっくりやればいいじゃないか」
「それだと、間に合いませんの」
グッと右手を握り締める。
「何にだい?」
ルゼが若干引きながらも尋ねると、ニナーレは目を逸らした。
「そ、それは、こ、個人的な事なので……」
「誰かの誕生日か何かかい?」
「えーと、そうとも言えるような、言えないような……」
ニナーレはもごもごとするばかりだ。
「『新刊』の誕生日ですか」
「なっ!」
ニナーレが目を見開き、顎が落ちたように大きく口を開けて累造を見た。
「累造、『新刊』ってなんだ?」
「俺の予想が正しければ、『薄い本』です」
「なっ! なななななっ!」
ニナーレがあからさまに動揺した。それを見た累造が「予想通りですか」と苦笑する。
「もっと判るように説明してくれ」
ルゼがこめかみを押さえながら尋ねた。
しかしニナーレがブンブンと腕を振って、累造に答えさせまいとする。
「そうですね、時々チーナさんが妄想しているような事を本にしたもの、と言えば判るでしょうか」
「ひぇっ!」
身体がピクンとして、変な声が出た。
「も、妄想ってなんの事ですか!? お、おねーさんは知りませんよ!」
声が裏返った。
それで何か思い出したのか、ルゼがしみじみと言う。
「ああ、あれは恥ずかしかった」
「なっ! 店長に言われたくありません! それに、店長だって喜んでいたじゃないですか!」
何を言うのこの子は、と顔だけで言ってルゼが固まった。
「でもですよ。仮におねーさんが何か妄想をしていたとして、それが本になってるってどう言う事ですか?」
髪を指で弄りながら横目遣いに累造を見て尋ねた。
「それは、ニナーレさんが詳しいのではないかと」
一同の視線が集まった事で、ニナーレが若干ビクついた。
「そ、そんな事より、なぜ『新刊』なんて話が出てきたんですの?」
「昨日、独り言で言ってたじゃないですか」
「そんな筈ありません! 私は独り言の時は母国の言葉になりますの!」
うっかりしてたとばかりに、累造が自分の額を軽く叩いた。
「ん? 累造はニナーレの国の言葉を知っていたのか?」
「知っていたのではなく、覚えたんです」
一同で首を傾げる。
「ルゼさんやチーナさんは俺がこの国の言葉を喋れるのを疑問に思いませんでしたか?」
「あ、異世界って方を疑ってたから、うっかりしてたよ」
ルゼは「たはは」と笑った。
「言葉が通じないと異世界でにっちもさっちも行かなくなるので、未知の言語を聞くと一瞬でその言語を習得できる魔法を組み込んでいたんです。ただ、習得する代わりに頭痛に襲われますが」
「もしかして、昨日、頭を押さえてたのは、それか?」
「そうです。ルゼさんと初めて会った時も同じでした」
累造との出会いを思い出したのか、ルゼは「そう言う事か」と何度か頷いた。
「あの、異世界ってなんですの?」
ニナーレが首を傾げる。
「俺は、一ヶ月ちょい前に、こことは違う世界から迷い込んだんですよ」
「え? 一ヶ月前? 異世界? じゃあ、もしかして?」
ニナーレが目を見開いた。
「多分、ニナーレさんが調べに来た魔力の変動の原因は俺です」
「私が調べに? ああっ!」
ニナーレは頭を抱えて天を仰いだ。
「その事を忘れてましたの……」
一転して項垂れるニナーレはちょっとだけ残念な子だが、それはそれで微笑ましい。
暫しの沈黙の後、ニナーレが何かに気付いたように顔を跳ね上げた。
「こうなれば、累造さん! 貴方が私の国に…」
「駄目だ!」
皆まで言う前にルゼの怒声が割り込んだ。ニナーレがびっくり眼でルゼを振り返る。
「お醤油もありますよ?」
ルゼを横目に尚も累造を誘おうとするが、更にキツくなるルゼの視線に、ニナーレはビクついた。
累造が苦笑する。
「醤油は魅力的ですが、ルゼさんが寂しがるので一緒に行く事はできません」
「な、そ……」
ルゼが真っ赤になって俯いてしまった。
チーナは思わず首を横に振る。
やれやれであった。
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