魔法道具はじめました

浜柔

文字の大きさ
上 下
38 / 102

第三七話 水

しおりを挟む
 まだ暑い日が続く中、ルゼは朝食を前に眉根を寄せている。
「店長、どうしたんですか?」
「んー、ちょっと腹の具合が良くなくてね」
「言わんこっちゃない。今日、ルゼさんは冷たい水禁止です」
「えーっ、と言いたいところだけど、冷たい水を飲みすぎたせいなのがなんとなく判るから、そうするよ」
 ルゼは眉尻を下げた。前日、ゴッツイ商会に訪問して帰った後、冷たい水をがぶ飲みしてしまったのだ。

 調子悪げな事は常連客にも判ってしまう。
「どうしたの? 具合悪そうじゃないの」
「はは、ちょっと腹の調子が悪くてね」
 ルゼは苦笑いで返した。
「あんたもなのかい」
「『も』って、他に具合悪い人が居るのかい?」
「ああ、寝込んでるのまで居るよ」
 常連客が難しい顔をする。
「なんで、また」
「暑い日が続いてるから、湯冷ましを作るのを待てなかったんだろうね。雨水だってこんなに暑くちゃ、三日も経てば悪くもなるよ」
「そんな事になってたのかい」
 気付いていなかった町の様子に驚いた。
「何言ってんだい。あんたもそうなんだろ?」
「いや、あたしはちょっと水を飲みすぎただけだから」
 たはは、と苦笑いした。その様子に常連客も思い出す。
「そういや、あんたんとこは売るような水が有ったんだったね。今日は売らないのかい?」
「ああ、水ばかり売る訳にはいかないからね」
「そうかい? 今日なんか、売って欲しい位なんだけどね」
「それは、すまないね。だけど、今日は水道も復旧する筈だよ」
 常連客が目を見開く。
「本当かい!?」
「ああ、問題が起きなければ、だけどね」
「でも、なんであんたがそんな事を知ってんのさ?」
「仕切っているのがゴッツイ商会だからだよ」
「なるほどね」
 古くからの常連客なら虹の橋雑貨店とゴッツイ商会が懇意にしているのを知っているので、それだけで納得できるのである。

  ◆

 累造はテンダーの木工所で石材に刻まれた魔法陣の確認をした後、表向きは井戸となっている掘っ立て小屋へと移動した。小屋のレンガ積み作業は一旦中止していて、周辺には誰も居ない。
 その小屋に馬車から石材を運び込むのだが、累造、テンダーとその弟子一人、ケメンとその付き人二人、の計六人だけで、一〇〇キログラムを優に超える石材を運ぶのは一苦労だ。魔法を大っぴらにしないよう、既に累造の魔法の事を知っている者だけで作業をしようとすると、そうなってしまうのである。
 テンダーの弟子については、テンダー一人で累造の持ち込んだものの開発はできないため、口の堅い何人かには魔法の事を話してしまっている。
 掘っ立て小屋の中には、石材でできた配水用のマスが既に設置されており、元々の水道管への仮設の配管も為されている。後は、マスの横に有る、マスの縁と同じ高さに合わせて作られた台座に石材を乗せ、魔法を発動させれば水道が使えるようになる。
 そして、ひーこら言いつつ石材を台座の上に設置し終わった。
「たった三日でよくこれだけのものができましたね」
 小屋の中を改めて見回し、累造は感嘆した。
「水道は重大事だからね。みんな頑張ったし、役所も随分と協力してくれたよ」
 ケメンは何でもなかったような口ぶりで話すが、大勢を取り纏めるのは容易ではなかった筈だ。累造は尊敬の念を抱かずにはいられなかった。
「さあ、早速水を出してみてくれ」
「はい」
 頷いて魔法陣に手を掛ける。
『出でよ、水っ』
 日本語で紡がれた言葉と共に、水が勢いよく噴き出した。勢いが有りすぎた。
「累造君? これはどうにかならないものかな?」
 水を滴らせながらケメンが尋ねた。
「マスに水が溜まってしまえば、どうにか?」
 同じく水を滴らせながら答える累造とて自信は無い。この、周り中に飛ぶ水飛沫を止められるかどうかなど判らない。
 勢いよく出た水はマスの反対側の壁にぶつかって、盛大な水飛沫となっている。水に勢いが有るのは判っていたため、マスを使って一旦勢いを弱めてから配水する設計だったが、水の勢いは予想以上だった。累造は普段から小さいものを使っていて、慣れすぎてしまっていたのだ。
「マスから水が溢れるのも困るから、あまり水が溜めるようにもできないんだよね」
 水飛沫は飛んでいるが、出る水量が配水可能な量よりも十分少なくなるように魔法陣を描いているので、マスが満杯になる事はない。マスの出口を工夫して、溜まっている水量が多ければ多く配水するようになっているのだ。
 そうこう話している間にマスの半ばで溜まる水は増えなくなった。大凡、設計通りである。しかし、水飛沫はまだ止まない。
「少し下向けるか、いっそマスの中に沈めちまうか?」
 テンダーは少々投げ遣りである。
「そうだね、まずは傾けてみる事にしよう」
 ケメンの決定に従い、石材に石を噛ませて傾けると、魔法陣から噴き出す水はどうにか全て水面へと行くようになった。
「累造君の魔法にも、結構癖があるものだね」
 ケメンの正直な感想である。
 水道については今後、掘っ立て小屋の壁をレンガにし、配水管は埋設したものに移行する事になる。

  ◆

 累造が雑貨店に帰ると、ルゼが伏せっていた。チーナに様子を尋ねると、顔が赤く、頭がくらくらして寒いと言ってるのだと言う。
 慌てた。
「直ぐに冷たいタオルでルゼさんの首筋を冷やしてください」
 チーナにそう指示すると、累造はレモンのはちみつ漬けで薄いレモネードを作り、それに小さじ一杯の塩を加えた。
「ルゼさん、これを飲んでください」
 ルゼがのろのろと口に含み、顔を顰めた。
「なんだ、これ?」
「美味しくないとは思いますが、頼みますから飲んでください」
 真剣に訴えると、ルゼが渋々ながらに飲み始めた。最初はちびちびとでしかなかったが、次第に勢いがつく。
「ルゼさん、もっとゆっくり飲んでください!」
 今度は押し止めるのに苦労する。それから塩入のレモネードを数回作り直し、ルゼがもういらないと言うまで飲ませ続けた。
 飲み終わった頃にはもうルゼは寒いと言わなくなっていた。

「一体どう言う事なんです?」
 チーナには累造がしていた事の理由が判らなかった。
「熱中症です。迂闊でした。朝からもう症状が出始めてたのかも知れません」
「熱中症?」
「汗をかきすぎると起きる病気です」
「だけど、店長は水を随分飲んでましたよ?」
「ただの水だと塩分が足りなくなって、悪化しかねないんです」
「え?」
 チーナは目を見開いた。
「おまけにルゼさんは朝食をあまり摂ってなかったから、余計に塩分が足りなくなってたんでしょう」
「なんて事……」
「でも、間に合って良かったです」
「もう大丈夫なんですか?」
「はい、寒気は無くなったようなので、もう暫くの間、塩入りのレモネードを飲ませれば大丈夫でしょう」
「はあぁ、いつもはお姉さんぶってるのに、こんな時には私は役立たずですね」
 少なからず落ち込んでしまった。
「いえ、チーナさんにはお姉さんぶってて貰わないと困ります」
「なんですか? それ」
 仄かに苦笑いした。

 夕食までにはルゼも回復し、ナスの糠漬けを食べている。
「やっぱり変な味だな」
「ほんとにそうですね」
 ルゼとチーナはそんな事を言う。
「口に合わないのなら俺が食べますよ」
「駄目だ、やらん」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

召喚するのは俺、召喚されるのも俺

浜柔
ファンタジー
誰でも一つだけ魔法が使える世界においてシモンが使えるのは召喚魔法だった。 何を召喚するのかは、その特殊さから他人に知られないようにしていたが、たまたま出会した美少女騎士にどたばたした挙げ句で話すことになってしまう。 ※タイトルを変えました。旧題「他人には言えない召喚魔法」「身の丈サイズの召喚魔法」「せしされし」

慟哭の螺旋(「悪役令嬢の慟哭」加筆修正版)

浜柔
ファンタジー
前世で遊んだ乙女ゲームと瓜二つの世界に転生していたエカテリーナ・ハイデルフトが前世の記憶を取り戻した時にはもう遅かった。 運命のまま彼女は命を落とす。 だが、それが終わりではない。彼女は怨霊と化した。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

家族で突然異世界転移!?パパは家族を守るのに必死です。

3匹の子猫
ファンタジー
社智也とその家族はある日気がつけば家ごと見知らぬ場所に転移されていた。 そこは俺の持ちうる知識からおそらく異世界だ!確かに若い頃は異世界転移や転生を願ったことはあったけど、それは守るべき家族を持った今ではない!! こんな世界でまだ幼い子供たちを守りながら生き残るのは酷だろ…だが、俺は家族を必ず守り抜いてみせる!! 感想やご意見楽しみにしております! 尚、作中の登場人物、国名はあくまでもフィクションです。実在する国とは一切関係ありません。

異世界召喚に条件を付けたのに、女神様に呼ばれた

りゅう
ファンタジー
 異世界召喚。サラリーマンだって、そんな空想をする。  いや、さすがに大人なので空想する内容も大人だ。少年の心が残っていても、現実社会でもまれた人間はまた別の空想をするのだ。  その日の神岡龍二も、日々の生活から離れ異世界を想像して遊んでいるだけのハズだった。そこには何の問題もないハズだった。だが、そんなお気楽な日々は、この日が最後となってしまった。

老女召喚〜聖女はまさかの80歳?!〜城を追い出されちゃったけど、何か若返ってるし、元気に異世界で生き抜きます!〜

二階堂吉乃
ファンタジー
 瘴気に脅かされる王国があった。それを祓うことが出来るのは異世界人の乙女だけ。王国の幹部は伝説の『聖女召喚』の儀を行う。だが現れたのは1人の老婆だった。「召喚は失敗だ!」聖女を娶るつもりだった王子は激怒した。そこら辺の平民だと思われた老女は金貨1枚を与えられると、城から追い出されてしまう。実はこの老婆こそが召喚された女性だった。  白石きよ子・80歳。寝ていた布団の中から異世界に連れてこられてしまった。始めは「ドッキリじゃないかしら」と疑っていた。頼れる知り合いも家族もいない。持病の関節痛と高血圧の薬もない。しかし生来の逞しさで異世界で生き抜いていく。  後日、召喚が成功していたと分かる。王や重臣たちは慌てて老女の行方を探し始めるが、一向に見つからない。それもそのはず、きよ子はどんどん若返っていた。行方不明の老聖女を探す副団長は、黒髪黒目の不思議な美女と出会うが…。  人の名前が何故か映画スターの名になっちゃう天然系若返り聖女の冒険。全14話。

無価値と言われた人間が異世界では絶対必須でした

メバル
ファンタジー
家族に虐げられ続け、遂には実の親すらも愛すことを止めた地獄の人生。 誰からも必要とされず、誰からも愛されない。 毎日が仕事と自宅の往復のみ。 そんな男の人生がある日突然変わる…… ある日突然、朝起きると全く知らない世界へ賃貸の部屋ごと飛ばされてしまう。 戸惑いを見せるも最初に出会った者に言われるがまま、一旦は進み出すことになるが、そこで出会っていく者たちによって自分自身を含め仲間と世界の命運が大きく変わっていく。 異世界に来た理由・異世界に呼ばれた理由が徐々に判明していく。 何故か本人には最初からチートの能力を所持。この力で主人公と仲間たちで世界を正していく物語。 オススメの順番は【亜人種と俺】をみたあとに本編を読んでいただければ、話が繋がります。 外伝・完結編では子供や孫の話も含んでいます。話は繋がっていますので全て読んでいただければ楽しめるかと思います。 オススメの順番から読んでいただければ、より楽しめる作品に仕上がっています。 ※この作品は一般の小説とは文体が異なります。

スナイパー令嬢戦記〜お母様からもらった"ボルトアクションライフル"が普通のマスケットの倍以上の射程があるんですけど〜

シャチ
ファンタジー
タリム復興期を読んでいただくと、なんでミリアのお母さんがぶっ飛んでいるのかがわかります。 アルミナ王国とディクトシス帝国の間では、たびたび戦争が起こる。 前回の戦争ではオリーブオイルの栽培地を欲した帝国がアルミナ王国へと戦争を仕掛けた。 一時はアルミナ王国の一部地域を掌握した帝国であったが、王国側のなりふり構わぬ反撃により戦線は膠着し、一部国境線未確定地域を残して停戦した。 そして20年あまりの時が過ぎた今、皇帝マーダ・マトモアの崩御による帝国の皇位継承権争いから、手柄を欲した時の第二皇子イビリ・ターオス・ディクトシスは軍勢を率いてアルミナ王国への宣戦布告を行った。 砂糖戦争と後に呼ばれるこの戦争において、両国に恐怖を植え付けた一人の令嬢がいる。 彼女の名はミリア・タリム 子爵令嬢である彼女に戦後ついた異名は「狙撃令嬢」 542人の帝国将兵を死傷させた狙撃の天才 そして戦中は、帝国からは死神と恐れられた存在。 このお話は、ミリア・タリムとそのお付きのメイド、ルーナの戦いの記録である。 他サイトに掲載したものと同じ内容となります。

処理中です...