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四五 年越し蕎麦と年始め

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 料理に魔力が宿るだなんて衝撃の事実を知ってから二ヶ月が過ぎた大晦日、あたしは天ぷらを持って純三さん宅へと訪れた。
 海老、イカ、キス、サツマイモの各種天ぷらと、かき揚げをあたしが担当し、純三さんが蕎麦と蕎麦つゆを担当する。つまり、年越し蕎麦を食べるのである。
『こんばんはー』
『いらっしゃい』
 純三さんの家に入ると、蕎麦つゆの良い匂いが鼻をくすぐった。
『蕎麦を食べられるとは思ってもいなかったので、ワクワクします』
『ここじゃ、蕎麦の実は有っても麺にはしないようだしな』
『あたしには醤油も有りませんでしたし』
 話している間にも、純三さんは蕎麦を茹でている。
『さあ、できたぞ』
 この時点では掛け蕎麦だ。天ぷらは別皿から好きなものを自分で入れる。
 ずず……。
『美味しい!』
 身体に染み渡るようだ。純三さんの打った蕎麦も、蕎麦つゆも絶品である。
『喜んで貰えて良かった』
『これで商売ができそうな感じです!』
『それが、そうでもない。この町の奴らに食べさせても、不味くはないって言うだけだったからな』
『こんなに美味しいのに……』
『味覚の違いだろうな。蕎麦を打っても、殆ど自分で食べるだけだった』
『それはそれで少し寂しいですね』
『そうなんだよ。だから、俺が蕎麦を食べるのも一〇年ぶりくらいだ』
『年越し蕎麦も?』
『勿論だ。一人で食っても味気ないだろ?』
『やっぱり、そうですよね……』
 あたしが天ぷらを揚げたのも一ヶ月近くぶりである。
 それから暫くは黙って蕎麦を啜った。
『この天ぷらは美味いなぁ』
 純三さんがイカ天を頬張りながら呟いた。
『お口に合って良かったです』
『だけど、これが売れなかったんだって?』
『はい』
 料理に魔力が宿るのを知った後も、実の所、料理法を全く変えていない。最初は今更と言う思いや諦めの思いだけで、惰性のように続けていただけだった。しかし、一ヶ月余り前にお客さんが求めているのがあたしの魔力だとしか思えない現実を知ってからは、諦観にも似たものとなり、敢えて料理法を変えないことにした。

 それは、十一月の下旬のことだった。薩摩揚げとチーカマの売れ行きが順調で、資金的に余裕が出来ていたため、海老天と芋天を試しに売ったのだ。しかし、それぞれ一〇食だけだったにも関わらず、売り切れたのは最初の三日だけで、二週間が過ぎる頃には全く売れなくなってしまった。
 お客さんに勧めてみたことも有るが、返ってきたのは「それ、回復しないからなぁ」と言う答えだった。声を掛けてみたお客さんが魔法士だったのも悪かったのだが、その言葉には消沈してしまった。
 その頃には客層が魔法士に偏りつつあったことも有って、普通の天ぷらは売れないのだと判断するしかなかった。
 そしてその日を境に普通の天ぷらを揚げるのを止めたのだ。
 そんな訳で、この町を去らなければならなくなるまでは今のままで続けようと決めた。その日は早晩来るだろうと予感してもいる。

『天つゆの文化が無いので、塩胡椒で味をしっかり付けていたんですが、それが駄目だったのかな、とか。時間が経つとどうしても衣が湿気て味が落ちるのが悪かったのかな、とか。色々考えてしまうんですが、お客さんの目の前で揚げて、揚げ立てを食べて貰うようなお店じゃなければ解決しないことばかりで……』
『迷走してたんだな』
『そんな感じです』
 少し愚痴になってしまった。口を開くとまた愚痴になってしまいそうだから黙ることにした。
 折角の美味しい蕎麦なのだから、堪能しなければ損である。
 そして今年もまた、来年が平穏な年であることを祈った。

  ◆

 年明けは、一月二日の火曜日から営業である。
 商品は全て乾燥させたものにしてしまっている。それと言うのも、乾燥させたものが売り切れてしまい、苦情を言われることが多くなっていたためだ。
 一日の製造数は合計で一二〇〇個になり、ほぼ限界を迎えている。大きな鍋を新調して一度に揚げる数を三〇個にしているが、成型に掛かる時間は如何ともし難かった。
 その上で、乾燥していないものを提供するために一旦冷蔵して揚げ直す手間を掛けていたのだけど、結果として定休日以外は朝から晩まで働き詰めになってしまっていた。
 そんな中に苦情が来たので、ダメージが大きかった。だから開き直ったのだ。元々、薩摩揚げを売るようにしたのも拘りを捨てた結果だ。更に一つや二つ捨てたって大したことは無い。
 そう、無いはずなのだけど、何故か溜め息は出る。
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