天ぷらに愛を、(with 女神のお使い)

浜柔

文字の大きさ
上 下
36 / 72

三五 日本人には味噌醤油

しおりを挟む
 この宿では朝食も魚だ。素揚げした魚にソースを掛けたものと魚のスープである。
 気付いたのは、この町には普通に揚げ物が有ることだ。もしかしたら薩摩揚げも有るのかも知れない。そうだったらこの町では商売ができないので、家を借りる前に下調べが必要だ。
 ……最初から下調べしろよ、あたし。
「何、朝っぱらから黄昏れてるんだ?」
「あ、おはようございます、リアルドさん」
「そんじゃ、さっさと行くぞ」
「はい」
 質問には答えなかったが、リアルドさんも追及する気は無さそうだった。
 リアルドさんに連れられて行った道は、多分昨日も通った筈だ。そしてその中の一軒へと訪れた。
「おっさん、居るかーっ!?」
「『おっさん』は止せといつも言うとるだろうが! 『お兄さん』もしくは『おじさま』と呼べ」
 リアルドさんが呼び掛けると、直ぐに一人の中年男性が奥から出てきた。
「『お兄さん』って年かよ」
「それで、悪ガキが今度はどんな悪戯をしに来た?」
「おっさんこそ、『悪ガキ』をいい加減止めろよ」
「お前なんぞ、俺にとっちゃいつまでだって『悪ガキ』でしかないわ」
「何だよ、それ。こう見えても女房持ちなんだぜ? 孤独死間近のおっさんより大人だ」
「『孤独』は余計だ、馬鹿もんが!」
「いやいや、一人寂しいのは辛いよなぁ」
 リアルドさんは、ニヤニヤ笑って挑発を続ける。男性は渋い顔だ。
「それで、そんなことを言いに来たのか?」
「おっと、そうだった。このねぇちゃんが醤油を欲しいってんで、連れてきたんだ」
「醤油?」
 あたしがリアルドさんに半分隠れるような位置に立っていたためか、男性は身体を傾げて覗き込むようにしてあたしを見た。途端に眼が細められる。
『もしかして、日本人か?』
『はい、そうです。って、ええ!?』
 日本語で話し掛けられて驚愕した。
『俺も日本人だ。三園純三みそのじゅんぞうと言う』
『あ、初めまして。油上千佳です』
 反射的に自己紹介を返して、お辞儀してしまった。
 すると、純三さんは『ご丁寧にどうも』とお辞儀を返してくれた。
 なんだか和んだ。
『あの、貴方は何故この世界に?』
『多分、お宅と変わらないと思うが、神だと名乗る奴に連れてこられた』
『あの女神は……。あたしだけじゃなかったのね』
『女神って?』
『はい。あたしをこの世界に連れてきたのは、女神です』
『待て。俺の時は男神だったぞ?』
『え!?』
 二人で顔を見合わせた。
『お宅はこの世界のどこに飛ばされて来た?』
『もっと北のクーロンスと言う町の近くです』
『俺は、ここの少し西に有るルーメンミと言う町の近くだ。もしかして、そのクーロンスって町の近くに迷宮が無かったか?』
『有りました!』
『やっぱりそうか』
『やっぱりとは?』
『他にも地球の出身者に会ったことが有ったんだが、みんな迷宮の有る町で暮らしていたと言っていたんだ』
『他にも居るんですか!?』
『正確には、居た、だな。みんな死んでしまった』
 純三さんは少し遠い目をした。
『あの、貴方の会った人達ってどうやってこの世界に来たんでしょう?』
『はっきりとは判らん』
『神様のことを話さなかったんですか?』
『ああ。相手はアメリカ人やらフランス人やらだったんでな。英語やフランス語は判らんし、この世界の人間にはあまり聞かれたくない話なんで、人目を避けて話をしようと思っていたら、その機会が無いままな』
『そうだったんですか……』
『だが、境遇は俺達とそう変わるものじゃないだろう。そう考えれば迷宮と神は関係しているのかもな』
『邪神の復活がどうのってやつですか?』
『邪神?』
『女神に言われたんです。邪神の復活を阻止しろみたいなことを』
『俺は聞いてないな。俺の場合は、間違って死なせたからとか言って、神が土下座してきただけだ』
『土下座!? あたしは小馬鹿にされただけでしたよ!?』
『なんだ? それは』
『よく判りませんけど、あたしは死んでもいませんよ?』
『何だと!?』
 純三さんは目を見開いた。
『死人を生き返らせるような力は無いんだとか言われました』
『そうなのか……。変だとは思ったが、俺も死んでないのかも知れんな』
『死因って判りますか?』
『ああ、車に轢かれたんだとか、神が言ってたな』
『あたしは「車に轢かれそうな人と間違えた」とか言われましたから、貴方も轢かれそうだっただけなのかも』
『そう言うことか。お宅のお陰で疑問が一つ解決した』
 純三さんは腕を組んで大きく頷いた。
『それは、良かったです』
『そのお礼と言っちゃ何だが、一つ忠告しておこう』
『はい?』
『お宅は見たところ、とんでもない体力や魔力をしているようだが、人前で使うのは避けた方が良い。そうしなければこの世界に殺される』
『え?』
『俺が会った連中は特殊な力を使って冒険者をやっていた。そうするとどうしても目立ち、疎まれもすれば、利用しようとする輩も現れる。その結果が、死だ』
『う……』
 少し、ぐさっと来た。
『ん? その様子だと、既に殺され掛けたか?』
『はい。多分、ですが……。それで、逃げてきました』
『そうか』
 純三さんは渋い顔をした。
『あの、力を使ったら殺されるのだとすると、その、貴方は力を使わずに暮らしてきたんですか?』
『いや、魔眼とアイテムボックスだけは人に判らないように使っている』
『なんですか? それ』
『持ってないのか? 色で相手の強さが判ったり、捜し物が光って見えたりするのが魔眼だ。アイテムボックスは何でも入れられて、嵩張りもせず、重さも感じない不思議なポケットみたいなものなんだが』
『持ってません。そんな便利なものならあたしも欲しかったです』
『そうなのか? それじゃ、その代わりに体力と魔力が有るのかも知れないな。それと、何か特別な魔法か何かを持ってないか?』
『拘束魔法なら持っています』
『どんな魔法だ?』
『名前の通りに魔物なんかを動けないように拘束できます。服なんかに使えば、頑丈で熱に強くもできます』
『頑丈って、どのくらいに?』
『ハンマーで叩けばハンマーの柄が折れ、ハサミで切ろうとすればハサミが刃こぼれするくらいには……』
『冗談だろ?』
 純三さんは眉間に皺を寄せて眉を八の字にし、口をぽかんと開いた。
 あたしは当然、首を横に振る。
『体力や魔力に不足を感じたことは?』
『有りません』
『それじゃ、無敵じゃないか』
『そうなんですか?』
『ああ。俺にも人並み以上の体力や魔力が有るが、走り続ければ疲れもするし、魔法を使い続ければ魔力が切れる。それに何より、ナイフで切られたりすれば怪我をする。ランク2冒険者なんかに狙われたらお終いだ。だから、討伐対象になったり、謀殺対象になったりしないようにひっそりと暮らしている』
 純三さんは少し考える仕草をした。
『お宅は、神に気に入られているのかも知れないな』
『ええ!?』
 あのイラッとくる女神を思い出し、顔を顰めてしまった。
『余程、生き延びて欲しいんだと思うぞ?』
『そうなんでしょうか……』

「おい! いつまで訳の判らん言葉で話し込んでるんだ!」
 リアルドさんが叫んだ。
「まだ居たのか?」
「『まだ居たのか?』じゃねぇよ! 俺にも事情を話せよ!」
「久しぶりに同郷の人間に会ったんだ。少しくらい話したって罰は当たらんだろ?」
「同郷? 東の島ってやつか?」
「東の島? あ、そっか、そんな風に言ったんだったな」
「は? 東の島じゃないのかよ?」
「いや、東の島には違いない」
 あたしも頷いた。
「訳の判らない奴らだ。もう、俺は帰るからな!」
「おう、帰れ帰れ」
「送ってくれて、ありがとう」
「くそーっ!」
 リアルドさんは、若干涙目で走り去った。
 あたしはと言えば、醤油と味噌を譲って貰い、持ち出していた昆布と乾燥天ぷらの一部を譲った。
 そして、一旦宿に戻って醤油と味噌の味見をした結果、この町に住む決心をした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

召喚するのは俺、召喚されるのも俺

浜柔
ファンタジー
誰でも一つだけ魔法が使える世界においてシモンが使えるのは召喚魔法だった。 何を召喚するのかは、その特殊さから他人に知られないようにしていたが、たまたま出会した美少女騎士にどたばたした挙げ句で話すことになってしまう。 ※タイトルを変えました。旧題「他人には言えない召喚魔法」「身の丈サイズの召喚魔法」「せしされし」

天ぷらで行く!

浜柔
ファンタジー
天ぷら屋を志しているあたし――油上千佳《あぶらあげ ちか》、24歳――は異世界に連れて来られた。 元凶たる女神には邪神の復活を阻止するように言われたけど、あたしにそんな義理なんて無い。 元の世界には戻れないなら、この世界で天ぷら屋を目指すしかないじゃないか。 それ以前に一文無しだから目先の生活をどうにかしなきゃ。 ※本作は以前掲載していた作品のタイトルを替え、一人称の表現を少し変更し、少し加筆したリライト作です。  ストーリーは基本的に同じですが、細かい部分で変更があります。

少年神官系勇者―異世界から帰還する―

mono-zo
ファンタジー
幼くして異世界に消えた主人公、帰ってきたがそこは日本、家なし・金なし・免許なし・職歴なし・常識なし・そもそも未成年、無い無い尽くしでどう生きる? 別サイトにて無名から投稿開始して100日以内に100万PV達成感謝✨ この作品は「カクヨム」にも掲載しています。(先行) この作品は「小説家になろう」にも掲載しています。 この作品は「ノベルアップ+」にも掲載しています。 この作品は「エブリスタ」にも掲載しています。 この作品は「pixiv」にも掲載しています。

慟哭の螺旋(「悪役令嬢の慟哭」加筆修正版)

浜柔
ファンタジー
前世で遊んだ乙女ゲームと瓜二つの世界に転生していたエカテリーナ・ハイデルフトが前世の記憶を取り戻した時にはもう遅かった。 運命のまま彼女は命を落とす。 だが、それが終わりではない。彼女は怨霊と化した。

ユーヤのお気楽異世界転移

暇野無学
ファンタジー
 死因は神様の当て逃げです!  地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

【完結】初級魔法しか使えない低ランク冒険者の少年は、今日も依頼を達成して家に帰る。

アノマロカリス
ファンタジー
少年テッドには、両親がいない。 両親は低ランク冒険者で、依頼の途中で魔物に殺されたのだ。 両親の少ない保険でやり繰りしていたが、もう金が尽きかけようとしていた。 テッドには、妹が3人いる。 両親から「妹達を頼む!」…と出掛ける前からいつも約束していた。 このままでは家族が離れ離れになると思ったテッドは、冒険者になって金を稼ぐ道を選んだ。 そんな少年テッドだが、パーティーには加入せずにソロ活動していた。 その理由は、パーティーに参加するとその日に家に帰れなくなるからだ。 両親は、小さいながらも持ち家を持っていてそこに住んでいる。 両親が生きている頃は、父親の部屋と母親の部屋、子供部屋には兄妹4人で暮らしていたが…   両親が死んでからは、父親の部屋はテッドが… 母親の部屋は、長女のリットが、子供部屋には、次女のルットと三女のロットになっている。 今日も依頼をこなして、家に帰るんだ! この少年テッドは…いや、この先は本編で語ろう。 お楽しみくださいね! HOTランキング20位になりました。 皆さん、有り難う御座います。

クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~

いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。 他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。 「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。 しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。 1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化! 自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働! 「転移者が世界を良くする?」 「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」 追放された少年の第2の人生が、始まる――! ※本作品は他サイト様でも掲載中です。

老女召喚〜聖女はまさかの80歳?!〜城を追い出されちゃったけど、何か若返ってるし、元気に異世界で生き抜きます!〜

二階堂吉乃
ファンタジー
 瘴気に脅かされる王国があった。それを祓うことが出来るのは異世界人の乙女だけ。王国の幹部は伝説の『聖女召喚』の儀を行う。だが現れたのは1人の老婆だった。「召喚は失敗だ!」聖女を娶るつもりだった王子は激怒した。そこら辺の平民だと思われた老女は金貨1枚を与えられると、城から追い出されてしまう。実はこの老婆こそが召喚された女性だった。  白石きよ子・80歳。寝ていた布団の中から異世界に連れてこられてしまった。始めは「ドッキリじゃないかしら」と疑っていた。頼れる知り合いも家族もいない。持病の関節痛と高血圧の薬もない。しかし生来の逞しさで異世界で生き抜いていく。  後日、召喚が成功していたと分かる。王や重臣たちは慌てて老女の行方を探し始めるが、一向に見つからない。それもそのはず、きよ子はどんどん若返っていた。行方不明の老聖女を探す副団長は、黒髪黒目の不思議な美女と出会うが…。  人の名前が何故か映画スターの名になっちゃう天然系若返り聖女の冒険。全14話+間話8話。

処理中です...