天ぷらに愛を、(with 女神のお使い)

浜柔

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 八 義務を負うのは御免なの

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 また夜が明け、掃除の続きに取り掛かる。今日は全ての扉を開け放ち、表の窓と裏の窓も開け、魔法で表から裏へと常に風を吹かせながら掃いていく。掃除機っぽいものはまだ作らない。材料を揃えないといけないので無理なのだ。
 埃を舞い上がらせて風で奥へ運べば良いので、掃除は格段に早く進んだ。二階も一階もそれぞれ一時間程度で終わった。
 床などは拭き掃除ではなく、水洗いしてしまう。水の壁を応用してみかん箱の半分程度の大きさの水の塊を作り、その水を高速、と言っても一秒間に一回くらいで回転させる。もっと速く回転させたいが、慣れていないのでそれが限界。
 床は木の板だから手早く済ますことが肝要だ。そしてその意識も働き、床の水洗いは一時間ほどで全て終わった。
 昨日は掃き掃除だけで四苦八苦し、結局挫けてしまったのに比べ、今日は楽ちんで時間も短く済んだ。魔法が使えるかどうかだけで随分な違いだ。いの一番に魔法を覚えれば良かった。なんてことも思ったりもするが、昨日まではこんなに簡単に魔法を覚えられるとは思いもしなかったのだから、致し方無しだ。

 午後からギルドに赴き、受付嬢にウェイトレスの依頼を差し出した。
「これ、お願いします」
「え? これを受けるんですか?」
「はい」
 何故か受付嬢が首を傾げる。そんな様子にこっちの方が首を傾げてしまう。
「まあ、止めることはできませんが……」
 受付嬢は釈然としない風情で、あたしのギルドカードを受け取ると、「あっ」と何かに気付いたように声を上げた。
「あの、少しお話が有りますので、奥の応接間に来て戴けますか?」
「はあ」
 受付嬢があたしに何の話が有るのか判らないが、断る理由も無かった。

 応接間に行き、椅子に座ると、受付嬢は直ぐに話を始めた。
「千佳さんはランク3への昇格が決まっていますので、その説明をさせて戴きます」
「ランク3?」
「そうです。大型のドラゴンの単独討伐を為されたことにより、異例ではありますが昇格が決まりました。本来はランク5になった方に事前に説明するのですが、事後になってしまい申し訳ありません」
「はあ」
 受付嬢は頭を下げるが、応接室に呼ばれた理由がまだ見えない。
「それで、昇格に当たっての権利と義務について説明します」
「はいぃっ!?」
 変な声が出た。義務ってなんだ?
「まず、ランク4について説明します」
 権利は、ギルドカードが全国共通で使えるようになること。
 義務は、強制依頼が発行されると受領しなければいけないこと。但し、多額の罰金と降格を条件に断ることもできる。
 そう説明を受けたが、なんだか義務の方が重い気がする。
「次に、ランク3です」
 権利は、ランク4の権利の他、一般には非公開になっている資料を閲覧すること、行政官との面会や国王への謁見が可能なこと、そして、支度金として月額五〇万ゴールドの棒給が支払われること。
 義務は、強制依頼が発行されると受領しなければいけないこと。但し、ランク4と違って断れば粛正対象になる。
 その説明に不穏な気配を感じる。
「粛正!?」
「はい。権利には義務が付きものですので」
 言いたいことは判る。棒給も魅力的だろう。でも、誰かの命令で命を失いかねない対価としては安すぎる。それに、行政官や国王なんてものと関わると、厄介しか訪れない気がする。完全にノーサンキューだ。
 あたしが言葉を失っていると、受付嬢は納得したと思ったのか話を続けた。
「次に、ランク2です」
 権利は、ランク3の権利の他、裁決権と懲罰権が与えられること、支度金が月額二〇〇万ゴールドに増額されること。
 義務は、強制依頼が発行されると受領しなければいけないこと。但し、断れば公開処刑の対象になる。
 そう説明されても意味不明。どんな理屈をこねればそうなるのか。体の良い粛正ではないか。もしかするとそれが目的なのだろうか。
 あたしは思考を放棄したくなった。
「最後に、ランク1です」
 ランク1は特殊な存在で、その人個人が国家と同等と見なされる。その結果として、各国の元首と対等に会話できる。
 その一方、国に縛られなくなると同時に属する国を持たないこととなるため、裁決権と懲罰権以外の権利が無くなり、義務も無くなる。裁決権と懲罰権は超法規的に残される。
 但し、立場を悪用すると討伐対象となる。尤も、ランク1になるには複数の国家の承認が必要で、悪事を働くような者がなることはまずありえない。
 その説明を聞いていて、強すぎて持て余した者を適当に祭り上げて関係を絶つためのものなのだろうと、漠然と思った。
「そうですか……」
 正直なところ、ランク1の説明なんてどうでもいい。なるつもりなんて無いのだから。
「一応、この町の現状をお話しますと、全国で九人のランク2冒険者の内の三人が居ます。酒場を営んでいるリドルさんと、ギルド職員のギルダースと私です」
「へ?」
 酒場っておかみさんのことだよね? そっか、リドルさんって言うのか。それはともかく、話が少し変だ。
「あの、酒場のおかみさんは、元じゃなかったんですか?」
「書類上は現役です。彼女は少々特殊で、ずっと引退準備期間とでも言うべき状況に居ます」
 ランク2冒険者は引退しようとしても義務に一〇年ほど縛られる。その代わりに棒給以外の権利も有したままとなる。
 その期間をおかみさんは行政取引の形で延長し続けているのだと言う。
「何故そんなことに……?」
「それは、リドルさんご本人に直接尋ねられた方が宜しいでしょう」
 受付嬢は優しく微笑んだ。だから、おかみさんについてこれ以上尋ねるのが憚られてしまった。
「話を戻しますが、この町にランク2が偏っているのには理由があります。この町にはどう言う訳か、異常な力を持った人が冒険者登録に現れることが多いのです。中には異世界から来たと自称する人も居ます」
「え?」
 異世界から転移した人が沢山居る?
「その中にはかなり暴力的な者や非常識な者も混じっていまして、ランク2の私達はそんな者達の拘束や粛正も担っています」
「ええ!?」
「できれば、貴女にもその手伝いをお願いしたいと思っています」
「なんですと!?」
 誰かを粛正するなんて願い下げだ。それも誰かに命令されてだなんて、冗談じゃない!
「あの、ランク3には義務が発生するって話でしたけど、それを無いようにはできないんでしょうか? 例えば、ランクを5までしか上げないとか……」
「残念ながらそれはできません。ランクは客観的評価に基づいて決定され、冒険者は冒険者である限りそれを拒否できません。これは、秩序を維持するためでもありますのでご理解ください」
「じゃあ、あたしはどうしてもランク3にならないといけないんですか?」
「はい。通常、ランク4以上になりたくない方は、昇格してしまうような依頼は受けないようにしてらっしゃいますから、今回は、その、想定外でした」
 受付嬢は眉尻を下げた。だけど、あたしの方は想定外では済まない。
「想定外だったのなら、ランク5で留めてください!」
「残念ながらできません。ドラゴンは衆目に晒されたため、誤魔化しようもないのです」
「そんな……」
 あたしは、力無く椅子にもたれ掛かった。
 そんなあたしを見て何か思ったのか、受付嬢は更に眉尻を下げて言う。
「どうしても昇格を避けるには、ギルド登録を抹消するしかありません。しかしそうした場合、この町での再登録ができなくなります」
「じゃあ、登録を抹消します」
 即決した。
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