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 四 寒い未来に凍えつつ

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「今日は、薬草採取は無しね」
 夜が明け、あたしは眠い目を擦った。完全に寝不足だ。こんな状態で薬草採取なんてすれば、酒場の仕事に差し障る。どこか適当な場所で仮眠して一日を過ごそう。
 最初はそう思ったのだが、ちょっと気になる事がある。いや、随分と気になる。昨夜、少し汗をかいてしまった所為で余計に気になりだした。
 お風呂に入りたいし、着替えたい。
 そう、着た切り雀で三日も経てばどうしても気になる。拘束の魔法は柔軟性を損なわないようにもでき、それを利用してセーターや綿パンを保護する事で擦り切れなどを防いでいるが、汚れるものはどうにもならない。
 なんだか酒場のお客がみんな結構臭かったりする所為か、今の所は誰にも気付かれてないっぽい。だけど、そろそろ洗濯をしなければまずい。臭い女なんて願い下げだ。
 取りあえず、おかみさんに聞くところから始めよう。
「おかみさん、お風呂と、洗濯できる場所って有りませんか?」
「風呂? そんなものはないよ。洗濯は共同の洗濯場だね」
「では、普段は身体の汚れはどうやって落としてるんですか?」
「水に濡らした布で拭くくらいかね」
 ノーッ! せめて、シャワーを!
 とか、叫んでも多分無駄だろう。がっくりと肩から力が抜けた。
 仕方がないからお風呂は諦めて、まずは洗濯をしよう。
 はて? 洗濯場は共同? 下着は一着分だけずだ袋に入れていたのが有るからどうにかなるけど、セーターや綿パンの予備なんて無いぞ。人目に付く場所で下着姿になりたくはない。あたしは頭を抱えて天を仰いだ。
「何、悶えてんだい? 変な娘だね」
 おかみさんの呆れた声が響いた。
 だが、あたしは少々涙目だ。
「着替えが無いから、洗濯しようにもできないんです」
「ん? 若いんだから、裸くらい見せ付けてやればいいじゃないか」
「そんな、痴女みたいな事はできません!」
「あっはっは、そりゃまあ、そうだね」
「もう、からかわないでください! こうなったら、どこか人目に付かない川で洗濯を!」
「あ、それこそ駄目だ」
 あっさり、却下された!
「どうしてです?」
「川で洗濯なんてしたら凄い罰金を取られちまうよ」
「ええ!?」
 妙に環境保護意識が高い世界だった!
「排水って、結局川に流れるんじゃないんですか?」
「そうだけど、町から川に流れ込む前にスライムが排水を綺麗にするんだよ」
「は?」
 ファンタジーの定番のスライムは、干潟の代わりなのだろうか。
 そこで、おかみさんが急に肩を振るわせ始めた。
「あっはっは、あんたほんとに変な顔になるね。ギルドにはスライムの間引きの依頼も有るから、今度見てみれば良いよ」
 ええ!? 変な顔!? 全く知らなかったよ!
 若干傷ついたよ。
「しょうがないね。あたしの服を貸してやるよ」
 おかみさんは腰に手を当て、呆れたように首を傾げた。
 だけど、あたしには救いの女神みたいなものだ。
「ほんとですか!? お願いします!」
「だけど、料金は取るからね」
「ええ!?」
 女神じゃなかった!
 服のレンタル料は一日一〇〇〇円だ。なんだか高い。
 だから、服を買おうと思ったのだけど、店に行ってみると衣類が異様に高い。縫い目が解れた古着で三万円ってどう言う事!? 手持ちのお金じゃ全然足りないよ!
 だから、当分は洗濯する時だけおかみさんに服を借りる事になりそうだ。

 そうして、あっと言う間に転移してから一週間が過ぎた。一週は七日なのは元の世界と同じだ。だから日曜から土曜と呼んでしまおう。英語を翻訳した時にサンデーとかサタデーとかで表記しないのと一緒だ。
 曜日はさておき、毎日の酒場のウェイトレスに加えて薬草採取を何回かこなした事で、あたしはランク8に上がっている。
 酒場の仕事は相変わらずだが、体力もチートなあたしにとっては耐えられないものではない。別にチートでなくても耐えられるだろうけど、その場合だと薬草採取をできそうにない。
 そして、従業員が居着かない理由も判った。ランク8だと他の店や工房の依頼も有り、みんなそっちに流れているだけだ。条件が良かったり、手に職を付ける事ができたりするのであれば、そっちを選ぶのは道理だ。誰だ!? 酔っ払いにお触りされるからだとか言ったのは!?
 それと、強面のおじ様がいつも暇そうにしている理由が判った気もした。
 彼はこっちが既に覚えている単語も含め、毎回全部読み聞かせてくれるのだ。字を全く覚えていない時は大変有り難いものだったが、多少なりとも覚えてしまえばじっと聞いているのが苦痛になってしまう。覚えているから省略してくれってのが通用しないのだ。頑固すぎるよ!
 多分、誰しもがある程度文字を覚えてしまえば自習するなりしておじ様の窓口に行かなくても済むようにしているのだろう。言うまでもなく、あたしもそうした一人である。
 冒険者のランクが8に上がっても、あたしは酒場のウェイトレスと薬草採取の日々だ。自分の店を持とうって考えているのだから、変にしがらみになるような工房には勤めたくない。そうは言っても、今のままだと店を持てるのはいつになるか判ったものではない。
 おかみさんに費用を聞いてみたところ、市民権を得るのに一〇〇〇万円が必要で、店舗なりの購入費用も工面しなければいけない。調べてみると、安い店舗でも買おうと思えば一五〇〇万円ほどは掛かる。今の収入じゃ絶望的だ。
 絶望的でも、僅かなりともお金を貯めていかなければ望みすら失ってしまう。だからあたしは、今日も薬草採取とウェイトレスに明け暮れるのだ。
 スライムの間引きの依頼も一度受けてみたけど、全滅させたりしたら粛正対象になってしまうし、何より気持ち悪いので一回切りで止めた。
 依頼自体は簡単だ。排水路にはびっしりスライムが住み着いている。とにかく数が多い。放っておけば、排水路からスライムが溢れ出てしまうため、定期的に間引きするのである。スライムが攻撃してくる事も無いので、適当に掬って回れば達成できる。
 だが、スライムはかなり気持ち悪い。簡単でも、精神的ダメージが多大だった。
 そして、過去にこれを全滅させた者が居たと言うから驚きだ。数からして、全滅させるなんてできるようには思えないのだが、やっぱりチート持ちだったのだろう。

 転移から三週間を過ぎた頃には、あたしの毎日は代わり映えのしないものとなった。
 朝、酒場の仮眠所で目覚め、洗濯所で洗濯をし、それから冒険者ギルドに行ってウェイトレスの分の報告をし、再度ウェイトレスの依頼を受け、市場で物価を確認したり文字を覚えたりナイフの素振りをしながら酒場の営業時間まで時間を潰し、ウェイトレスをやって一日を終える。
 あるいは、酒場の仮眠所で目覚め、冒険者ギルドに行ってウェイトレスの分の報告をし、薬草採取の依頼を受け、薬草採取をしてギルドに報告し、再度ウェイトレスの依頼を受け、ナイフの素振りをしながら酒場の営業時間まで時間を潰し、ウェイトレスをやって一日を終える。
 こんな調子だからお金なんて殆ど貯まらない。魔物の討伐の依頼を受ければもっと収入は上がるんだろうか? でも、なんだか博打のようで気が進まないのだ。
 だけど、お金はどうにかしないといけない。切実な問題として朝晩が冷えてきて辛い。防寒着を買わないといけないのにお金が足りないんだよ! 三〇万円もするよ! だけど貯まったのは七万円だ。毎日の食費も掛かるのだから、これでも溜まった方なんだよ! このままじゃ、凍死する未来しか見えない。お陰で溜め息の毎日でもある。
 そんな中、おかみさんに着火の魔法と飲み水を出す魔法を教えて貰った。飲み水を出す魔法は薬草採取の途中で喉が渇いた時に便利だ。だけど、しっかり指導料として一万円請求されちゃったよ!
 おかみさんに言わせると、これで貸し借り無しにしておけば後腐れがないから、なんだって。
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