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女神のお使い

第五話 ランドル

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 三日間、薬草採集を三単位と魔法の練習をして過ごした。
 午前中に採集を終わらせてミクーナに魔法の手解きを受けると、午後はそのまま草原で日暮れ前まで魔法の練習をする。ミクーナは先に片付ける事が有るとかで午前中に帰ってしまい、午後は一人きりである。
 昼食は三日とも天ぷらセットを食べた。毎日天ぷらだと段々辛くなってもくるのだが、ミクーナには只で泊めて貰って朝晩の食事も出して貰っているのでこれ以上の我が儘も言えない。それに、迷宮の奥への配達や旅の準備のために依頼の報酬も貯めないといけない。なので他の選択肢が無い訳だ。幸いかどうか、天ぷらセットは毎日三食食べてもあたし一人なら四年半は保つだけの数が有る。
 その天ぷらセットなのだけど、一日目、つまり転移して三日目に食べたものにはおにぎりが入っていた。それを見た瞬間「おお! 天ぷら以外のものが入ってる」と思ったら四つ有った全てが天むすだった。具になっている天ぷらは違えども全て天むすだ。
 その時は割り箸を一膳無駄にした。手に持っていた筈なのに何故か真ん中からぽっきり折れてしまったのだ。
 二日目に食べたのは、取り出した時にそれまでより少し深い重箱だった。開けると汁蕎麦が入っていた。勿論天ぷら蕎麦だ。
 三日目のはたこ焼きの天ぷらだった。
 もう勘弁して!
 心の中で絶叫したが、女神に届いたりはしていないだろう。
 魔法の方は少し手間取ったけれど、どうにか三日間で初級魔法を一通り発動できるようになった。
 初級魔法は指先に魔力を籠めて呪文を唱えれば発動できるのだが、如何に魔力を籠めるかが難しかった。それがもっと上手くできるようになれば呪文無しでも発動できるらしい。
 そしてあたしはギルドランクが8になった。

 ランク8になると討伐依頼を受けるようにした。討伐依頼と言ってもランク8では大したものはない。畑を荒らす兎や猪を討伐するくらいのもので、兎なら五羽、猪なら一頭が一単位になっている。この依頼は出来高制で、報酬が少ない代わりにペナルティが無い。ペナルティが無いのはあたしにとって都合が良い。
 討伐はクーロンスの南に広がる畑の周辺で行う。畑を荒らす動物や魔物を討伐するのだから余所に行ってもしょうがないのだ。
 最初に依頼を受けた時は獲物より冒険者の方が多いのではないかと危惧したが、案外と競合する冒険者は少なく、依頼達成数をそこそこ増やす事ができた。
 後で聞くと、この依頼に競合が少ない理由は「手間の割りには儲からない」と言う事に尽きるらしい。特に魔法を使えるならもっと割のいい依頼が有るのだとか。そしてランク7になると迷宮に籠もるなりのもっと割のいい仕事へと流れる訳だ。逆にランク8の辛さに耐えかねて冒険者を辞める人も多いのだと言う。
 あたしが討伐依頼をこなすのにはランクを上げる以外にもう一つ切実な理由が有る。迷宮の奥深くに行こうと言うのだから、あたし自身にそれなりの戦闘力だか防御力だかが必要になる。そのためにミクーナに借りた短剣や盾で身を守る練習をし、魔法で獲物を倒す練習をするのだ。
 短剣を持ったまま魔法を使う方法としては、人差し指だけ立てて使うのが一番判りやすい。頭で考えればあたしだってそう思う。だけどいざ使うとなると、不器用なためか、幾度となく短剣を握り締めたまま短剣を突き出すようにして魔法を使ってしまった。大抵は不発で、ヒヤッとする事も多かった。
 ある時、対峙している猪に魔法を放とうとして短剣を突き出してしまった。運良く魔法が発動したと思ったのに魔法は飛んでいかない。一方で猪は迫ってくる。あたしは慌てて身体を捩りつつ短剣を振った。その時、短剣が軽く何かに当たる感触がしつつ、どうにか猪の突進を躱す事もできた。
 安堵したものの、それで終わりではない。気を引き締めて振り返ると、何故か猪が地に臥していた。恐る恐る見てみれば、猪の頭が中程ですっぱりと断ち切られている。思わず手にしている短剣に視線を移せば、短剣を包んでいる不思議な光が消える所だった。ミクーナが言うには、短剣があたしの魔力を纏っていたのだとか。
「思惑と少し違うけど、今の力が有ればどうにかなるかも知れないわね」
 その思惑とは、あたしがどうにかして身を守っている間にミクーナが魔物を殲滅すると言うものだ。その場合、あたし自身もある程度魔物を倒せなければ自分の身を守りようがない。それ故の練習だった訳だ。
 思惑とどう違うか尋ねると、「あなた前に出て魔物を倒すのもいいんじゃないかしら?」なんて言われた。
 ごめんなさい。ほんとに勘弁してください。
 そして、討伐依頼をこなす間も昼食には幾度となく天ぷらセットを食べた。天ぷらうどん、冷やし天ぷらうどん、天丼、お好み焼きの天ぷら、餃子の天ぷらなど、主食ポジションの品は変われどもやっぱり天ぷらだ。
 そこまで来るとあたしにも判った。アイテムボックスの一つの枠に重ねて入れるには外形だけ揃っていれば良いのだ。同じ袋を大量に用意して袋詰めしてしまえば中身が衣類だったり食器だったりしても同じ枠に入れられる。ただ、アイテムボックスから出さなければ中身が判らないのが難点である。

「問題は前衛が居ない事なのよ」
 ある夜の食卓にてミクーナは言った。迷宮の奥まであたしとミクーナの二人だけで行く事を考えていたが、安全を考えるともう一人、前に出て魔物の攻撃を捌いてくれる人が居た方が良いと言う。
「だったら俺が一緒に行く」
「あんたは駄目よ。先代の味を後代に伝える使命が有るでしょ?」
「だけどよ……」
 レクバが苦しそうに言う。話を聞くだけでも危険な場所だと判るのだから、迷宮のかなり深い所まで行った経験が有れば心配も殊更だろう。
 そんなレクバの頭をミクーナが抱き締めた。
「もう決めた事なのよ。お願いだから聞き分けて頂戴」
「ミクーナぁ」
 レクバがミクーナに縋り付いておいおい泣き始めた。
 あたしにはその理由が判らずただ困惑するのみだ。あたかも今生の別れのような風情を醸しているが、そうなりそうなら引き返して配達を後回しにすれば良いだけなので、そうはならない筈である。
 ミクーナとレクバは昔冒険者として一緒に仕事をしていて、二人とも最終的にはランク3になったらしい。戦士のレクバが前衛で魔法士のミクーナが後衛である。その後、四〇歳を過ぎた頃にレクバは冒険者の活動を止め、酒場の先代店主に弟子入りしたのだと言う。
 ミクーナの方が先に酒場で働いていて料理も習っていたにも拘わらず、後から弟子入りしたレクバに追い越されたのだとか何とか。

 昼はランクアップと短剣や魔法の練習を兼ねた討伐依頼をこなす作業をし、夜は酒場の手伝いと文字の勉強をすると言う生活が二ヶ月近く続き、漸くランク7が見えた頃にその人は現れた。
 その日、討伐から帰るとギルドが騒然としていた。ある人を遠巻きに見ている人が大勢居た。見られている人は初老の男性で、自然体が何とも格好良い。その人は見られている事を気にする様子も無く、査定が終わるのを待っているようだった。
「運が良かったわ。あの人がランドルよ」
 確かに運はいいのだろうけど、あんなに注目を浴びている人の傍に行ってお土産を渡すなんて、ちょっと無理だ。
 しかし、無情にもミクーナに背中を押されてしまった。
 よろよろっとよろけ出てしまって何とか踏ん張った所でランドルと目が合ってしまう。
「あ、あの……」
 目が泳ぐ。
「何かご用ですか?」
 落ち着いた声で問い掛けられた。その声には人を落ち着かせる力が有るような気がする。
「あの、天ぷら屋さんからのお届け物が有ります。後でお時間頂けませんか?」
 ランドルは軽く目を見開いた後で細めた。
「ほお、天ぷら屋さんですか。判りました。もう直ぐ査定も終わると思いますので暫く待って頂けますか?」
「は、はひっ」
 舌を噛みつつ返事をして、あたしは勧められた椅子に腰を下ろした。
 それからランドルが待っていた査定が終わるまでの間、衆目に晒される羞恥と緊張とで何度も心臓が止まるかと思った。

 人目の多いギルドでお土産を渡す訳にもいかないので、場所を酒場へと移した。
 ランドルへとお土産を渡す。今度も一段の重箱だ。
 ランドルは蓋を開けると暫く動きを止めた。そして楽しそうでありながら少し苦味の混じった笑いを浮かべる。
「どうにもお見通しと言うか何と言うか……」
 そんな事を呟いた後で、あたしの方へと向き直った。
「いやはや、ありがとうございました。実に懐かしくありました」
「いえ、そんな……」
 微笑むランドルを見ると、何だか胸がむず痒くなった。
「折角だから食べさせていただきますね」
「あ、はい。どうぞ」
 重箱には薩摩揚げとチーカマも少し入っているだけで特に偏りは見られない。ランドルが天ぷらを口に運ぶ。
「こちらの天ぷらは初めて食べましたが、美味しいものですね」
 ランドルは満足そうに呟いた。
「ランドル、頼みがあるのだけど」
「ああ、判っていますよ。あなた方を迷宮の奥まで送り迎えさせて頂きましょう」
 何故かミクーナが言う前に了承の答えが返ってきた。

 その翌日、あたしはランク7になった。
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