538 / 627
538 剣を打ってみてくれ
しおりを挟む
ベクロテに行った翌日。ルキアスはザネクとシャルウィが狩りをするのを横目に鋼材を一日『捏ね』続けた。
更にその翌日には三人で鍛冶工房へと行った。オープニングセレモニーも間近となった町は工事関係者以外の人通りも増えている。
「頼みがある。この鋼材を使って剣を打ってみてくれないか?」
ザネクは団子状に丸まった鋼材を取り出して見せる。
「これがあんたが欲しがった鋼材かも知れない」
「何だと!?」
鍛冶師は一瞬で色めき立つ。
「どこで手に入れた!?」
「待て待て、剣を打ってあんたが望んだものになったら出どころを教える。違ったら教える意味は無いだろ? ちょっと特殊なんで無闇に教えたくはないんだ」
「……いいだろう。その条件を受け入れる」
鍛冶師の決断は早かった。
「夕方にまた来てくれ。それまでに打つ」
どうやら予定を全てうっちゃって最優先にするようだ。
「来たな。裏庭に来てくれ」
三人が夕方に鍛冶工房を訪れると、直ぐに裏庭に通された。
「立ててあるのが預かった鋼材で打った剣だ。そして俺が持っているのがいつもの鋼材で打った剣だ」
鍛冶師は簡単に説明すると剣を構え、振り抜いた。
キンと甲高い音がして鍛冶師の持つ剣が折れた。
「見ての通り、この間の剣よりも強靱な剣になった。教えてくれ。あの剣に使った鋼材はどんな素性のものなんだ?」
ザネクとルキアスは顔を見合わせて頷き合った。約束だから話さない選択は無い。
「元はこれだ」
ザネクは『捏ね』られていない鋼材を取り出して見せる。ホームセンターでカットして貰ったままだから鍛冶師なら店売りの品だと一目で判るだろう。
「ホームセンターで買った炭素工具鋼だ。この塊一つで一万ダールしない値段だった」
「はあ? ちょ……」
鍛冶師の目が険しくなるのをザネクが手の平を突き出して抑える。
「これを、ルキアス」
「うん」
ルキアスが鋼材を受け取って『捏ね』る。鋼材があっと言う間にぐにゃぐにゃだ。
「はあああっ!?」
鍛冶師が素っ頓狂な声を上げた。ザネクの後ではシャルウィが両腕を擦っているが誰も気に留めない。
「『捏ね』たら鋼材がああなるんだ」
「鋼材を『捏ね』られる筈が……!」
「普通はそう考えるけどな、続ければ何でも『捏ね』られるようになるみたいなんだ」
「……」
「ただあまり大っぴらにはしたくないんで、他人に話さないでくれるとありがたい」
「判った」
「……鋼材を融通してくれとも言わないんだな?」
「見た目じゃ違いの判らない鋼材じゃ、仕入れようがないからな。よく判らない鋼材で剣を打っても店売りにできない。自力で調達できるようでなけりゃ使う意味は無いさ」
剣を打つ時の手応えは異なるが、打ってみなければ判らないのでは取り引きできるものではないと言う。例えばルキアスが手抜きをしないまでも勘違いで『捏ね』の甘い鋼材を納品してしまったとして、その『捏ね』の甘さを指摘された時、果たしてルキアスには言い掛かりをつけて鋼材をせしめようとしているのと区別が付くか。恐らくは無理だ。形があるものならまだ可能性があるが、『捏ね』た鋼材は不定形だから全く判別できない。すると信頼が一気に崩れるだろう。お互いの目のある取り引きの場で瑕疵を指摘できるなら信頼は崩れないが、一方の目の無い場所でしか瑕疵が判らなければどうにもならない。
こうして取り引きを続けられなくリスクを抱え込むよりも端から取り引きをしない方がお互いのためになる。
鍛冶師は肩を竦めて言うと、立てていた剣を万力から外す。
「この剣は貰ってくれ。情報をくれた礼だ」
「そう言うことなら貰っとくぜ」
ザネクはかなり凄い剣を手に入れた。但し刃は立っていない。
更にその翌日には三人で鍛冶工房へと行った。オープニングセレモニーも間近となった町は工事関係者以外の人通りも増えている。
「頼みがある。この鋼材を使って剣を打ってみてくれないか?」
ザネクは団子状に丸まった鋼材を取り出して見せる。
「これがあんたが欲しがった鋼材かも知れない」
「何だと!?」
鍛冶師は一瞬で色めき立つ。
「どこで手に入れた!?」
「待て待て、剣を打ってあんたが望んだものになったら出どころを教える。違ったら教える意味は無いだろ? ちょっと特殊なんで無闇に教えたくはないんだ」
「……いいだろう。その条件を受け入れる」
鍛冶師の決断は早かった。
「夕方にまた来てくれ。それまでに打つ」
どうやら予定を全てうっちゃって最優先にするようだ。
「来たな。裏庭に来てくれ」
三人が夕方に鍛冶工房を訪れると、直ぐに裏庭に通された。
「立ててあるのが預かった鋼材で打った剣だ。そして俺が持っているのがいつもの鋼材で打った剣だ」
鍛冶師は簡単に説明すると剣を構え、振り抜いた。
キンと甲高い音がして鍛冶師の持つ剣が折れた。
「見ての通り、この間の剣よりも強靱な剣になった。教えてくれ。あの剣に使った鋼材はどんな素性のものなんだ?」
ザネクとルキアスは顔を見合わせて頷き合った。約束だから話さない選択は無い。
「元はこれだ」
ザネクは『捏ね』られていない鋼材を取り出して見せる。ホームセンターでカットして貰ったままだから鍛冶師なら店売りの品だと一目で判るだろう。
「ホームセンターで買った炭素工具鋼だ。この塊一つで一万ダールしない値段だった」
「はあ? ちょ……」
鍛冶師の目が険しくなるのをザネクが手の平を突き出して抑える。
「これを、ルキアス」
「うん」
ルキアスが鋼材を受け取って『捏ね』る。鋼材があっと言う間にぐにゃぐにゃだ。
「はあああっ!?」
鍛冶師が素っ頓狂な声を上げた。ザネクの後ではシャルウィが両腕を擦っているが誰も気に留めない。
「『捏ね』たら鋼材がああなるんだ」
「鋼材を『捏ね』られる筈が……!」
「普通はそう考えるけどな、続ければ何でも『捏ね』られるようになるみたいなんだ」
「……」
「ただあまり大っぴらにはしたくないんで、他人に話さないでくれるとありがたい」
「判った」
「……鋼材を融通してくれとも言わないんだな?」
「見た目じゃ違いの判らない鋼材じゃ、仕入れようがないからな。よく判らない鋼材で剣を打っても店売りにできない。自力で調達できるようでなけりゃ使う意味は無いさ」
剣を打つ時の手応えは異なるが、打ってみなければ判らないのでは取り引きできるものではないと言う。例えばルキアスが手抜きをしないまでも勘違いで『捏ね』の甘い鋼材を納品してしまったとして、その『捏ね』の甘さを指摘された時、果たしてルキアスには言い掛かりをつけて鋼材をせしめようとしているのと区別が付くか。恐らくは無理だ。形があるものならまだ可能性があるが、『捏ね』た鋼材は不定形だから全く判別できない。すると信頼が一気に崩れるだろう。お互いの目のある取り引きの場で瑕疵を指摘できるなら信頼は崩れないが、一方の目の無い場所でしか瑕疵が判らなければどうにもならない。
こうして取り引きを続けられなくリスクを抱え込むよりも端から取り引きをしない方がお互いのためになる。
鍛冶師は肩を竦めて言うと、立てていた剣を万力から外す。
「この剣は貰ってくれ。情報をくれた礼だ」
「そう言うことなら貰っとくぜ」
ザネクはかなり凄い剣を手に入れた。但し刃は立っていない。
2
お気に入りに追加
980
あなたにおすすめの小説

異世界に転生した社畜は調合師としてのんびりと生きていく。~ただの生産職だと思っていたら、結構ヤバい職でした~
夢宮
ファンタジー
台風が接近していて避難勧告が出されているにも関わらず出勤させられていた社畜──渡部与一《わたべよいち》。
雨で視界が悪いなか、信号無視をした車との接触事故で命を落としてしまう。
女神に即断即決で異世界転生を決められ、パパっと送り出されてしまうのだが、幸いなことに女神の気遣いによって職業とスキルを手に入れる──生産職の『調合師』という職業とそのスキルを。
異世界に転生してからふたりの少女に助けられ、港町へと向かい、物語は動き始める。
調合師としての立場を知り、それを利用しようとする者に悩まされながらも生きていく。
そんな与一ののんびりしたくてものんびりできない異世界生活が今、始まる。
※2話から登場人物の描写に入りますので、のんびりと読んでいただけたらなと思います。
※サブタイトル追加しました。

転生チート薬師は巻き込まれやすいのか? ~スローライフと時々騒動~
志位斗 茂家波
ファンタジー
異世界転生という話は聞いたことがあるが、まさかそのような事を実際に経験するとは思わなかった。
けれども、よくあるチートとかで暴れるような事よりも、自由にかつのんびりと適当に過ごしたい。
そう思っていたけれども、そうはいかないのが現実である。
‥‥‥才能はあるのに、無駄遣いが多い、苦労人が増えやすいお話です。
「小説家になろう」でも公開中。興味があればそちらの方でもどうぞ。誤字は出来るだけ無いようにしたいですが、発見次第伝えていただければ幸いです。あと、案があればそれもある程度受け付けたいと思います。

没落した建築系お嬢様の優雅なスローライフ~地方でモフモフと楽しい仲間とのんびり楽しく生きます~
土偶の友
ファンタジー
優雅な貴族令嬢を目指していたクレア・フィレイア。
しかし、15歳の誕生日を前に両親から没落を宣言されてしまう。
そのショックで日本の知識を思いだし、ブラック企業で働いていた記憶からスローライフをしたいと気付いた。
両親に勧められた場所に逃げ、そこで楽しいモフモフの仲間と家を建てる。
女の子たちと出会い仲良くなって一緒に住む、のんびり緩い異世界生活。

積みかけアラフォーOL、公爵令嬢に転生したのでやりたいことをやって好きに生きる!
ぽらいと
ファンタジー
アラフォー、バツ2派遣OLが公爵令嬢に転生したので、やりたいことを好きなようにやって過ごす、というほのぼの系の話。
悪役等は一切出てこない、優しい世界のお話です。

異世界召喚に巻き込まれたのでダンジョンマスターにしてもらいました
まったりー
ファンタジー
何処にでもいるような平凡な社会人の主人公がある日、宝くじを当てた。
ウキウキしながら銀行に手続きをして家に帰る為、いつもは乗らないバスに乗ってしばらくしたら変な空間にいました。
変な空間にいたのは主人公だけ、そこに現れた青年に説明され異世界召喚に巻き込まれ、もう戻れないことを告げられます。
その青年の計らいで恩恵を貰うことになりましたが、主人公のやりたいことと言うのがゲームで良くやっていたダンジョン物と牧場経営くらいでした。
恩恵はダンジョンマスターにしてもらうことにし、ダンジョンを作りますが普通の物でなくゲームの中にあった、中に入ると構造を変えるダンジョンを作れないかと模索し作る事に成功します。

ペットたちと一緒に異世界へ転生!?魔法を覚えて、皆とのんびり過ごしたい。
千晶もーこ
ファンタジー
疲労で亡くなってしまった和菓。
気付いたら、異世界に転生していた。
なんと、そこには前世で飼っていた犬、猫、インコもいた!?
物語のような魔法も覚えたいけど、一番は皆で楽しくのんびり過ごすのが目標です!
※この話は小説家になろう様へも掲載しています

異世界リナトリオン〜平凡な田舎娘だと思った私、実は転生者でした?!〜
青山喜太
ファンタジー
ある日、母が死んだ
孤独に暮らす少女、エイダは今日も1人分の食器を片付ける、1人で食べる朝食も慣れたものだ。
そしてそれは母が死んでからいつもと変わらない日常だった、ドアがノックされるその時までは。
これは1人の少女が世界を巻き込む巨大な秘密に立ち向かうお話。
小説家になろう様からの転載です!

子育てスキルで異世界生活 ~かわいい子供たち(人外含む)と楽しく暮らしてます~
九頭七尾
ファンタジー
子供を庇って死んだアラサー女子の私、新川沙織。
女神様が異世界に転生させてくれるというので、ダメもとで願ってみた。
「働かないで毎日毎日ただただ可愛い子供と遊んでのんびり暮らしたい」
「その願い叶えて差し上げましょう!」
「えっ、いいの?」
転生特典として与えられたのは〈子育て〉スキル。それは子供がどんどん集まってきて、どんどん私に懐き、どんどん成長していくというもので――。
「いやいやさすがに育ち過ぎでしょ!?」
思ってたよりちょっと性能がぶっ壊れてるけど、お陰で楽しく暮らしてます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる