生活魔法は万能です

５３４ 発注

　ダンジョンのオープンから二週間が過ぎ、クリューの町の建物の建築も進んだ。探索者組合付近には各種の組合直営店舗が建てられ、橋に繋がるスロープの降り口付近には鍛冶などの工房が建てられている。
　ザネクはオープンして間もない――人が少なくて開店休業状態の――武器屋を通じ、これまた開いて間もない鍛冶工房に剣のオーダーをしに行った。工房の主は肌が赤銅色になるまで日焼けした五〇歳前後と思われる男だ。
　そして見本として持ち込むんだのは、実戦をしながら調整した、ルキアスが『捏ね』て成形した剣である。

「これそっくりに剣を打てと？」

　鍛冶師は見本の剣先を睨み付けながら言った。

「肌に波打があってけしていい出来じゃないのをそこそこ使ってるようだが刃先には問題が無さそうだ。これをこのまま使っていいんじゃないか？　材質が鋼鉄なら作り直しても大きな差は無いぞ」
「それは……」

　見本の剣は元の形と比べ、刀身が少し長く、幅が狭く、厚みが厚く、断面が楕円に近い鈍器寄りの姿に変わっているためか、頑丈さが増していてこれと言った傷みが見られない。上ルキアスが『捏ね』る度に傷が埋められるので尚のことだ。
　その一方でいくら『捏ね』ても新品には戻らない。使い込んだ風合いが残ってしまうのだ。すると見た目には使い込んでいる割に状態の良い剣が出来上がる。
　これは非常に説明しづらく、説明してもルキアスが実演しない限り信じられないに違いない。
　尤も、説明しなければならない謂れは無いのでごり押しのように注文することは可能だろう。ただそうしてしまえば鍛冶師のモチベーションの低下が避けられないと思われるので適当に言い訳する。

「まあ、そうなんだが、その剣は仮のものだからどうしても新しく作りたいんだ」
「ん？　借り物か。ああ、そう言うことか。判った。請け負おう」

　鍛冶師はザネクが他人から借りた剣を使っていると考えたようだ。自分の剣としては仮でしかないものを真に自分のものとするなら使い古しではなく新しい方が良いとザネクが考えているとも。
　ちょっとした勘違いだが強ち間違ってもなく、説明に面倒が無くなるのでザネクも訂正しない。

「よろしく頼む」
「この剣は預かることになるが大丈夫か」
「大丈夫だ」
「出来上がりはそうだな……、一週間後にまた来てくれ」
「おう」

　ザネクは鍛冶工房を出た。
　ルキアスは外で待っていた。

「どう？　できそうだった？」
「どうにかな。あの剣をそのまま使ったらいいって言われた時はどうしようかと思ったがな」
「あれを使い続けるのもね」

　ルキアスは肩を竦めて応えた。有り合わせを『捏ね』た剣に命を預けられても居たたまれなくなるだけなのだ。