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422 大将
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それから一週間が経ち、第八九階層の拠点ではルキアスの顔も知れ渡っていた。
「よう! また美味いの喰わせてくれよ!」
通り掛かった人にこんな風に言われることも多い。すっかり肉の供給者の扱いだが、総じて好意的に受け止められている。
「うん! 頑張るよ!」
なのでルキアスも気が楽だ。タイラクの思惑通りが悔しいやら、心遣いが有り難いやらである。
拠点で魔物が涌かなくても徘徊する魔物から襲われはするので、住人は交替で見張りをし、撃退もする。ルキアスは肉担当として見張りからは外されている。もしも担当させられても能力不足で碌に仕事ができないだろう。ルキアス自身がそう確信もしているので一度見学させて貰っただけだ。
そうしてルキアスは今日も肉を『捏ね』ている。
一方、何となく感じていた息苦しさはこの一週間で消えた。ロマが言っていた通りに何も起きなかった。慣れれば良いだけのものだったらしい。
「ルキアス、その肉は後回しにしてちょっと手伝ってくれ」
「はい?」
ルキアスが理由も判らないままタイラクに付いて行くと、大きなトカゲの魔物の骸があった。
「こいつは見ての通りリザード先生より形は小さいが上位種のリザード大将だ。先生より遥かに強い」
タイラクは言い含めるように間を置いた。
リザード大将は正式にはジェネラルリザードと呼ばれ、ダイナリザードとギガントリザードとの中間の大きさがある。
「でだ。こいつも毒が無くて喰おうと思えば喰えるのは判っている。だが肉も皮も先生より遥かに固い。包丁を入れるような繊細な切り方が全くできねぇ。まあ、できても固くて噛めないだろうがな」
「と言うことは……」
「察しがいいのは助かるぜ。ルキアスならこいつの皮と肉を切り出せないかと思ってな」
「……判りました。やってみます」
「助かるぜ」
ルキアスのここでの仕事は『捏ね』だけだから、試してもみずに断ることはできない。
ルキアスは比較的柔らかいだろう腹に手を当てる。触れた感触は冷たくない鋼鉄だ。これをこのまま切ろうとするならナイフや包丁で鋼鉄を切るようなもので、切れやしないだろう。
だから『捏ね』る。そのために呼ばれたのではあるが。
『捏ね』たらナイフを突き立ててみる。だが幾らも刺さらない。尖った先っぽだけだ。爪の先ほどしか刺さっていない。
「ナイフで切り取るのは無理です。殆ど刺さらなくて」
「ん? そのナイフが幾らかでも刺さるのか?」
「ほんの爪の先程度です。ノコギリなら切れそうですけど……」
ただ切ろうとした場所が比較的平たく、リザード大将の大きさも相まって平面を切れるようなノコギリでなくては無理そうだ。
だがタイラクの考えは違った。
「それなら俺が切ってみる。ちょっとそこを代わってくれ」
「はい……」
タイラクが大きなナイフを取り出し、ルキアスが『捏ね』た部分に突き刺すと、ずぶずぶと刃先が沈んだ。
「ええ!?」
「切れるじゃねぇか! ルキアス、切るのは俺に任せてどんどん『捏ね』てくれ」
タイラクのナイフはアダマント製らしい。深層の魔物にはそのくらいでなければ刃が立たず、タイラクの力にも耐えられないと言う。
鋼鉄のナイフを折ってしまうタイラクの力で、その力に耐え得るナイフを使って切り付けるのだからルキアスには刃が立たない物でも切れてしまうのだ。
ルキアスは深層組との差をひしひしと感じつつ、『捏ね』続けた。
リザード大将の肉を使った料理が饗された夕食の時間、拠点は静寂に包まれた。
「よう! また美味いの喰わせてくれよ!」
通り掛かった人にこんな風に言われることも多い。すっかり肉の供給者の扱いだが、総じて好意的に受け止められている。
「うん! 頑張るよ!」
なのでルキアスも気が楽だ。タイラクの思惑通りが悔しいやら、心遣いが有り難いやらである。
拠点で魔物が涌かなくても徘徊する魔物から襲われはするので、住人は交替で見張りをし、撃退もする。ルキアスは肉担当として見張りからは外されている。もしも担当させられても能力不足で碌に仕事ができないだろう。ルキアス自身がそう確信もしているので一度見学させて貰っただけだ。
そうしてルキアスは今日も肉を『捏ね』ている。
一方、何となく感じていた息苦しさはこの一週間で消えた。ロマが言っていた通りに何も起きなかった。慣れれば良いだけのものだったらしい。
「ルキアス、その肉は後回しにしてちょっと手伝ってくれ」
「はい?」
ルキアスが理由も判らないままタイラクに付いて行くと、大きなトカゲの魔物の骸があった。
「こいつは見ての通りリザード先生より形は小さいが上位種のリザード大将だ。先生より遥かに強い」
タイラクは言い含めるように間を置いた。
リザード大将は正式にはジェネラルリザードと呼ばれ、ダイナリザードとギガントリザードとの中間の大きさがある。
「でだ。こいつも毒が無くて喰おうと思えば喰えるのは判っている。だが肉も皮も先生より遥かに固い。包丁を入れるような繊細な切り方が全くできねぇ。まあ、できても固くて噛めないだろうがな」
「と言うことは……」
「察しがいいのは助かるぜ。ルキアスならこいつの皮と肉を切り出せないかと思ってな」
「……判りました。やってみます」
「助かるぜ」
ルキアスのここでの仕事は『捏ね』だけだから、試してもみずに断ることはできない。
ルキアスは比較的柔らかいだろう腹に手を当てる。触れた感触は冷たくない鋼鉄だ。これをこのまま切ろうとするならナイフや包丁で鋼鉄を切るようなもので、切れやしないだろう。
だから『捏ね』る。そのために呼ばれたのではあるが。
『捏ね』たらナイフを突き立ててみる。だが幾らも刺さらない。尖った先っぽだけだ。爪の先ほどしか刺さっていない。
「ナイフで切り取るのは無理です。殆ど刺さらなくて」
「ん? そのナイフが幾らかでも刺さるのか?」
「ほんの爪の先程度です。ノコギリなら切れそうですけど……」
ただ切ろうとした場所が比較的平たく、リザード大将の大きさも相まって平面を切れるようなノコギリでなくては無理そうだ。
だがタイラクの考えは違った。
「それなら俺が切ってみる。ちょっとそこを代わってくれ」
「はい……」
タイラクが大きなナイフを取り出し、ルキアスが『捏ね』た部分に突き刺すと、ずぶずぶと刃先が沈んだ。
「ええ!?」
「切れるじゃねぇか! ルキアス、切るのは俺に任せてどんどん『捏ね』てくれ」
タイラクのナイフはアダマント製らしい。深層の魔物にはそのくらいでなければ刃が立たず、タイラクの力にも耐えられないと言う。
鋼鉄のナイフを折ってしまうタイラクの力で、その力に耐え得るナイフを使って切り付けるのだからルキアスには刃が立たない物でも切れてしまうのだ。
ルキアスは深層組との差をひしひしと感じつつ、『捏ね』続けた。
リザード大将の肉を使った料理が饗された夕食の時間、拠点は静寂に包まれた。
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