生活魔法は万能です

浜柔

文字の大きさ
上 下
422 / 627

422 大将

しおりを挟む
 それから一週間が経ち、第八九階層の拠点ではルキアスの顔も知れ渡っていた。

「よう! また美味いの喰わせてくれよ!」

 通り掛かった人にこんな風に言われることも多い。すっかり肉の供給者の扱いだが、総じて好意的に受け止められている。

「うん! 頑張るよ!」

 なのでルキアスも気が楽だ。タイラクの思惑通りが悔しいやら、心遣いが有り難いやらである。
 拠点で魔物が涌かなくても徘徊する魔物から襲われはするので、住人は交替で見張りをし、撃退もする。ルキアスは肉担当として見張りからは外されている。もしも担当させられても能力不足で碌に仕事ができないだろう。ルキアス自身がそう確信もしているので一度見学させて貰っただけだ。
 そうしてルキアスは今日も肉を『捏ね』ている。
 一方、何となく感じていた息苦しさはこの一週間で消えた。ロマが言っていた通りに何も起きなかった。慣れれば良いだけのものだったらしい。

「ルキアス、その肉は後回しにしてちょっと手伝ってくれ」
「はい?」

 ルキアスが理由も判らないままタイラクに付いて行くと、大きなトカゲの魔物の骸があった。

「こいつは見ての通りリザード先生よりなりは小さいが上位種のリザード大将だ。先生より遥かに強い」

 タイラクは言い含めるように間を置いた。
 リザード大将は正式にはジェネラルリザードと呼ばれ、ダイナリザードとギガントリザードとの中間の大きさがある。

「でだ。こいつも毒が無くて喰おうと思えば喰えるのは判っている。だが肉も皮も先生より遥かに固い。包丁を入れるような繊細な切り方が全くできねぇ。まあ、できても固くて噛めないだろうがな」
「と言うことは……」
「察しがいいのは助かるぜ。ルキアスならこいつの皮と肉を切り出せないかと思ってな」
「……判りました。やってみます」
「助かるぜ」

 ルキアスのここでの仕事は『捏ね』だけだから、試してもみずに断ることはできない。
 ルキアスは比較的柔らかいだろう腹に手を当てる。触れた感触は冷たくない鋼鉄だ。これをこのまま切ろうとするならナイフや包丁で鋼鉄を切るようなもので、切れやしないだろう。
 だから『捏ね』る。そのために呼ばれたのではあるが。
 『捏ね』たらナイフを突き立ててみる。だが幾らも刺さらない。尖った先っぽだけだ。爪の先ほどしか刺さっていない。

「ナイフで切り取るのは無理です。殆ど刺さらなくて」
「ん? そのナイフが幾らかでも刺さるのか?」
「ほんの爪の先程度です。ノコギリなら切れそうですけど……」

 ただ切ろうとした場所が比較的平たく、リザード大将の大きさも相まって平面を切れるようなノコギリでなくては無理そうだ。
 だがタイラクの考えは違った。

「それなら俺が切ってみる。ちょっとそこを代わってくれ」
「はい……」

 タイラクが大きなナイフを取り出し、ルキアスが『捏ね』た部分に突き刺すと、ずぶずぶと刃先が沈んだ。

「ええ!?」
「切れるじゃねぇか! ルキアス、切るのは俺に任せてどんどん『捏ね』てくれ」

 タイラクのナイフはアダマント製らしい。深層の魔物にはそのくらいでなければ刃が立たず、タイラクの力にも耐えられないと言う。
 鋼鉄のナイフを折ってしまうタイラクの力で、その力に耐え得るナイフを使って切り付けるのだからルキアスには刃が立たない物でも切れてしまうのだ。
 ルキアスは深層組との差をひしひしと感じつつ、『捏ね』続けた。




 リザード大将の肉を使った料理が饗された夕食の時間、拠点は静寂に包まれた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

異世界に転生した社畜は調合師としてのんびりと生きていく。~ただの生産職だと思っていたら、結構ヤバい職でした~

夢宮
ファンタジー
台風が接近していて避難勧告が出されているにも関わらず出勤させられていた社畜──渡部与一《わたべよいち》。 雨で視界が悪いなか、信号無視をした車との接触事故で命を落としてしまう。 女神に即断即決で異世界転生を決められ、パパっと送り出されてしまうのだが、幸いなことに女神の気遣いによって職業とスキルを手に入れる──生産職の『調合師』という職業とそのスキルを。 異世界に転生してからふたりの少女に助けられ、港町へと向かい、物語は動き始める。 調合師としての立場を知り、それを利用しようとする者に悩まされながらも生きていく。 そんな与一ののんびりしたくてものんびりできない異世界生活が今、始まる。 ※2話から登場人物の描写に入りますので、のんびりと読んでいただけたらなと思います。 ※サブタイトル追加しました。

転生チート薬師は巻き込まれやすいのか? ~スローライフと時々騒動~ 

志位斗 茂家波
ファンタジー
異世界転生という話は聞いたことがあるが、まさかそのような事を実際に経験するとは思わなかった。 けれども、よくあるチートとかで暴れるような事よりも、自由にかつのんびりと適当に過ごしたい。 そう思っていたけれども、そうはいかないのが現実である。 ‥‥‥才能はあるのに、無駄遣いが多い、苦労人が増えやすいお話です。 「小説家になろう」でも公開中。興味があればそちらの方でもどうぞ。誤字は出来るだけ無いようにしたいですが、発見次第伝えていただければ幸いです。あと、案があればそれもある程度受け付けたいと思います。

~クラス召喚~ 経験豊富な俺は1人で歩みます

無味無臭
ファンタジー
久しぶりに異世界転生を体験した。だけど周りはビギナーばかり。これでは俺が巻き込まれて死んでしまう。自称プロフェッショナルな俺はそれがイヤで他の奴と離れて生活を送る事にした。天使には魔王を討伐しろ言われたけど、それは面倒なので止めておきます。私はゆっくりのんびり異世界生活を送りたいのです。たまには自分の好きな人生をお願いします。

異世界召喚に条件を付けたのに、女神様に呼ばれた

りゅう
ファンタジー
 異世界召喚。サラリーマンだって、そんな空想をする。  いや、さすがに大人なので空想する内容も大人だ。少年の心が残っていても、現実社会でもまれた人間はまた別の空想をするのだ。  その日の神岡龍二も、日々の生活から離れ異世界を想像して遊んでいるだけのハズだった。そこには何の問題もないハズだった。だが、そんなお気楽な日々は、この日が最後となってしまった。

離婚したので冒険者に復帰しようと思います。

黒蜜きな粉
ファンタジー
元冒険者のアラサー女のライラが、離婚をして冒険者に復帰する話。 ライラはかつてはそれなりに高い評価を受けていた冒険者。 というのも、この世界ではレアな能力である精霊術を扱える精霊術師なのだ。 そんなものだから復職なんて余裕だと自信満々に思っていたら、休職期間が長すぎて冒険者登録試験を受けなおし。 周囲から過去の人、BBA扱いの前途多難なライラの新生活が始まる。 2022/10/31 第15回ファンタジー小説大賞、奨励賞をいただきました。 応援ありがとうございました!

スキル【僕だけの農場】はチートでした~辺境領地を世界で一番住みやすい国にします~

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
旧題:スキル【僕だけの農場】はチートでした なのでお父様の領地を改造していきます!! 僕は異世界転生してしまう 大好きな農場ゲームで、やっと大好きな女の子と結婚まで行ったら過労で死んでしまった 仕事とゲームで過労になってしまったようだ とても可哀そうだと神様が僕だけの農場というスキル、チートを授けてくれた 転生先は貴族と恵まれていると思ったら砂漠と海の領地で作物も育たないダメな領地だった 住民はとてもいい人達で両親もいい人、僕はこの領地をチートの力で一番にしてみせる ◇ HOTランキング一位獲得! 皆さま本当にありがとうございます! 無事に書籍化となり絶賛発売中です よかったら手に取っていただけると嬉しいです これからも日々勉強していきたいと思います ◇ 僕だけの農場二巻発売ということで少しだけウィンたちが前へと進むこととなりました 毎日投稿とはいきませんが少しずつ進んでいきます

憧れのスローライフを異世界で?

さくらもち
ファンタジー
アラフォー独身女子 雪菜は最近ではネット小説しか楽しみが無い寂しく会社と自宅を往復するだけの生活をしていたが、仕事中に突然目眩がして気がつくと転生したようで幼女だった。 日々成長しつつネット小説テンプレキターと転生先でのんびりスローライフをするための地盤堅めに邁進する。

大学生活を謳歌しようとしたら、女神の勝手で異世界に転送させられたので、復讐したいと思います

町島航太
ファンタジー
2022年2月20日。日本に住む善良な青年である泉幸助は大学合格と同時期に末期癌だという事が判明し、短い人生に幕を下ろした。死後、愛の女神アモーラに見初められた幸助は魔族と人間が争っている魔法の世界へと転生させられる事になる。命令が嫌いな幸助は使命そっちのけで魔法の世界を生きていたが、ひょんな事から自分の死因である末期癌はアモーラによるものであり、魔族討伐はアモーラの私情だという事が判明。自ら手を下すのは面倒だからという理由で夢のキャンパスライフを失った幸助はアモーラへの復讐を誓うのだった。

処理中です...