生活魔法は万能です

浜柔

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372 古着屋

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 ルキアスは雑貨店を出た足を店主に紹介された古着屋へと運んだ。
 店頭には一〇〇〇ダールと札が立てらたワゴンにズボンもシャツもごちゃまぜに山積みされている。それらは今ルキアスが着ているのと似たような状態だ。よれよれだったり、擦り切れや取れない染みがあったりだ。その奥には棚が並び、畳まれた服が入れられている。店の一番奥にはハンガーに吊された服もある。

「いらっしゃい」

 ルキアスを迎えたのは人が良さそうな恰幅の良い中年女性だった。

「街行きの服を見繕いたいんですけど……?」

 ルキアスは率直に聞いた。思ったより陳列された数が多く、この中から選ぶ自信が持てなかったのだ。
 尋ねられた店主は微笑ましげにルキアスを見る。「街行き」とは繁華街に行く意味の田舎言葉だ。大都会のベクロテ出身者はまず使わないので、この一言だけで地方出身者だと察することができる。
 そんな地方出身のダンジョンタワー地下住人がわざわざ「街行き」を買う理由はそう多くはない。

「街行きねぇ。デートかしら?」
「ち、違いますよ! ちょっと外に買い物に行きたくて……」

 ちょっとした羞恥心が邪魔をして「着て行く服が無い」とまでは声に出せなかった。
 しかし店主は言わずとも察したようだ。

「そうね。外に行くならもうちょっと気を使った方がいいわね」
「あはは……」

 そこまで酷いのかと思わなくもないルキアスだが、身形に全く気を使ってなかったのは確かだから返す言葉が無い。

「それじゃ、これとこれなんてどうかしら?」

 店主は棚からリネンのシャツ、厚手の綿パン、それに冬の季節柄から毛糸のセーターを引っ張り出して広げてみせる。全て無難な色、デザインの品物だ。擦り切れや染みは全く見当たらない。
 ただルキアスは気になった部分があった。

「ポケットが少ないですね……」

 探索者向けの服はポケットが多い。頻繁に使う小道具があれば直ぐに取り出せるように入れておいたり、防具の足しに鉄板などを仕込んだりと、無いよりは有った方が何かと便利が良いためだ。
 しかし出された服にあるのはズボンが前に二つ、シャツが胸に一つのみ。ルキアスにはとても心許なく見える。

「あらあら、シャツに四つも五つも、ズボンに六つも七つもポケットが付いているのなんて街の人は着ないわよ」

 店主はルキアスに合わせて「街の人」と言った。
 そもそも『収納』魔法があるのだから、探索者のような特殊な人々を除けばポケットを多く必要とする人は少ない。胸ポケットに他人に見せるためのハンカチを挿しておいたり、普段使いのハンカチをズボンのポケットに忍ばせる程度のものだ。普段は『収納』に入れておき、一時的に手で持つ必要があるなら『収納』にカバンを用意しておけば良い。

「そうなんですか……?」

 だがここで言われて直ぐに「はい、そうですね」と納得もし難いルキアスである。

「でも安心して。ポケットが少ない分だけ少し安くなってるから」
「はあ……」

 服の相場を知らなくて生返事しかできないルキアスだ。

「そうだ。外は寒いから上着も必要よね」

 店主は棚から上着を取り出した。分厚い綿のハーフコート。
 ルキアスは店主のにっこり笑顔に何故か気圧されてしまう。

「あ、はい」

 ルキアスは四万ダールほどの代金を流されるままに支払った。
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