生活魔法は万能です

２３２ ハンマー

　ハンマーを叩き付けるザネクの脳裏にふと過ぎる。自分がどうやってここまで来たかが。

「うおっ！　俺、ルキアスが無事に戻らなかったら帰れねぇ！」

　無論、救命ボートは用意している。しかし『収納』に入る程度の小さなものだから、長距離の航海は些か無謀。安全に帰還するにはルキアスの『傘』が必要だ。となれば、ルキアスが生きているだけでは足りない。元気溌剌で戻って来て貰わなければならない。
　ザネクのハンマーを握る手に少し力が籠もった。
　ただこれはここまで真剣味が無かったことを意味しない。ルキアスが無事なだけでは足りなかっただけだ。
　幾度となくハンマーを打ち付けていれば岩も割れる。その岩を退ければ宝箱を取り出せるだろうところまで来た。

「ここで見逃すのもルキアスに申し訳が立たないしな……」

　ルキアスはこの宝箱を取るために掠われたようなものなのだ。帰って来た時にもしも何らかの都合でこの宝箱が無くなっていればがっかりする筈だ。
　ザネクは一旦手を止め、砕けて尚穴を塞ぐ岩を手にとっては少しでも大きな音を立てるべく投げ捨てる。

　一方、ルキアスはクラーケンが海面近くまで浮上した隙に釣り鐘型で『傘』を空中に差し直し、水の中に引き込んで息を繋ぐ。
　だがクラーケンが動く度に『傘』から空気が溢れる。クラーケンの足が邪魔をして『傘』に頭を深く入れることが叶わず、『傘』の縁に付近まで空気を押し下げなければ息ができない。するとちょっとした揺らぎであっさり空気が溢れるのだ。
　息をし続けるには常に気を張っていなければならず、このまま長く続けるのは難しい。

（どうにかして抜け出さなきゃ！）

　ところがルキアスがそう思った矢先、クラーケンが急に向きを変えた。その勢いで『傘』に溜めていた空気が大量に漏れる。

「ぐぼはっ！」

　ルキアスは自分の肺からも空気を大量に吐き出してしまい、懸命に『傘』を手繰り寄せて残った空気で息を吸う。
　咳き込みつつ堪えるが、空気は瞬く間に薄くなる。

（あ、これ、ヤバい……）

　意識が朦朧とし始める。が、その直後、クラーケンがルキアス諸共勢いよく水上へと躍り出た。

（ここは!?）

　少し咳き込みつつも大きく息をしながらルキアスは周囲を見回す。島が在る。そしてそこにはよく知る人の姿。

「ザネク！」