生活魔法は万能です

浜柔

文字の大きさ
上 下
90 / 627

90 真摯

しおりを挟む
 ルキアスは体術の講習を受けに訓練場を訪れると、奇妙な視線を感じた。振り返れば他の受講者がルキアスをチラ見しながらヒソヒソと話し合っている。居心地が酷く悪かった。
 講習では教官のリュミアに代わって受講者に投げられることになった。指名されたのは『車窓の君』だ。未だ彼女を見る度に心ときめくルキアスではあるが、ここまで全く見向きもされていない。この現実を前にして、最早何の期待も抱いていない。この時リュミアが彼女をエリリースと呼ぶのを聞いて、初めて名前を知ったくらいなのだから。

「よろしくお願いします」
「よろしくお願いします」

 余計な話はしない。
 そして幾度か投げられてからルキアスは気付いた。リュミアに投げられた時と比べ、床に当たる身体が異様に痛い。もっと受け身を意識しなければあちこち傷めてしまいそうだ。幸か不幸かリュミアに投げられるよりゆっくりのせいか、自分の状態は判りやすい。
 幾度か投げられる内にルキアスの息は上がった。投げられる度に神経を使うせいで疲労が蓄積しやすいようだ。リュミアには随分丁寧に投げられていたのだと実感せざるを得ない。
 しかし直ぐに立ち上がって投げられる準備をする。エリリースに投げられてもダメージを受けない程に受け身が上手くならなければ、いざと言う時に無駄に負ったダメージで動けなくなってしまうのではないかと危機感が頭をもたげたせいもある。
 するとエリリースが困ったように眉尻を下げた。

「あなたをただの軽薄な殿方と断じたのはわたくしの見当違いだったようですわね」
「え!?」
「少なくとも根拠に乏しい噂で陰口を叩かれる方々より真摯でらっしゃるようですわ!」
「ええ!?」

 ルキアスはエリリースの突然話し掛けられてびっくり。続いた大きな声での少し芝居がかった口調によりびっくりだった。
 訓練場が静まり返ってエリリースに注目が集まる。

「わたくし嫌いですの。陰口なんて人として恥ずべき振る舞いですわ」

 エリリースは前髪を撫で上げるようにしながらきっぱり言った。ルキアスの目にはパラパラと流れる髪が眩しく映った。
 ところがそんなエリリースの言葉にカチンと来た者も居たらしい。

「おい! それは俺たちの事言ってんのか!?」
「あら? そう感じられるならそうなのでしょうね」
「てめぇ! その野郎が他人に魔物を嗾けるのが悪いんだろうが!」

 エリリースに噛み付いた男はルキアスを指差した。
 それでルキアスも訓練場に来た時のひそひそ話の内容を悟った。ザネクに聞かされたホーンラビットの件だ。

「それのどこに根拠がありますの?」
「俺のダチが見た! そいつの方からホーンラビットが他の奴に襲い掛かって行くのをな!」
「ホーンラビットの走る向きだけですの? 何の根拠にもなりませんわね」
「なるんだよ! ホーンラビットは一番近い奴に襲い掛かるからな!」
「そうなんですの?」
「ぼくには判らないよ……」

 エリリースはルキアスに尋ねたが、ルキアスには応えるだけの知識は無かった。他人と組むのは勿論、未だホーンラビットと戦ったことすら無いのだ。
 ルキアスが頼りにならないと判断したエリリースは他の受講者達に視線を向けるが、皆首を傾げている。

「それならば確かめてみればよろしくってよ。この後……」

 エリリースはまだ何か言い掛けたが、ここでパンパンと手を叩く音が響く。

「はいはい、揉め事はそこまで……ね? まだ講習の時間は終わってないわ……よ?」

 リュミアの介入でこの場はひとまず収まった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

異世界に転生した社畜は調合師としてのんびりと生きていく。~ただの生産職だと思っていたら、結構ヤバい職でした~

夢宮
ファンタジー
台風が接近していて避難勧告が出されているにも関わらず出勤させられていた社畜──渡部与一《わたべよいち》。 雨で視界が悪いなか、信号無視をした車との接触事故で命を落としてしまう。 女神に即断即決で異世界転生を決められ、パパっと送り出されてしまうのだが、幸いなことに女神の気遣いによって職業とスキルを手に入れる──生産職の『調合師』という職業とそのスキルを。 異世界に転生してからふたりの少女に助けられ、港町へと向かい、物語は動き始める。 調合師としての立場を知り、それを利用しようとする者に悩まされながらも生きていく。 そんな与一ののんびりしたくてものんびりできない異世界生活が今、始まる。 ※2話から登場人物の描写に入りますので、のんびりと読んでいただけたらなと思います。 ※サブタイトル追加しました。

転生チート薬師は巻き込まれやすいのか? ~スローライフと時々騒動~ 

志位斗 茂家波
ファンタジー
異世界転生という話は聞いたことがあるが、まさかそのような事を実際に経験するとは思わなかった。 けれども、よくあるチートとかで暴れるような事よりも、自由にかつのんびりと適当に過ごしたい。 そう思っていたけれども、そうはいかないのが現実である。 ‥‥‥才能はあるのに、無駄遣いが多い、苦労人が増えやすいお話です。 「小説家になろう」でも公開中。興味があればそちらの方でもどうぞ。誤字は出来るだけ無いようにしたいですが、発見次第伝えていただければ幸いです。あと、案があればそれもある程度受け付けたいと思います。

没落した建築系お嬢様の優雅なスローライフ~地方でモフモフと楽しい仲間とのんびり楽しく生きます~

土偶の友
ファンタジー
優雅な貴族令嬢を目指していたクレア・フィレイア。 しかし、15歳の誕生日を前に両親から没落を宣言されてしまう。 そのショックで日本の知識を思いだし、ブラック企業で働いていた記憶からスローライフをしたいと気付いた。 両親に勧められた場所に逃げ、そこで楽しいモフモフの仲間と家を建てる。 女の子たちと出会い仲良くなって一緒に住む、のんびり緩い異世界生活。

積みかけアラフォーOL、公爵令嬢に転生したのでやりたいことをやって好きに生きる!

ぽらいと
ファンタジー
アラフォー、バツ2派遣OLが公爵令嬢に転生したので、やりたいことを好きなようにやって過ごす、というほのぼの系の話。 悪役等は一切出てこない、優しい世界のお話です。

忠犬ポチは、異世界でもお手伝いを頑張ります!

藤なごみ
ファンタジー
私はポチ。前世は豆柴の女の子。 前世でご主人様のりっちゃんを悪い大きな犬から守ったんだけど、その時に犬に噛まれて死んじゃったんだ。 でもとってもいい事をしたって言うから、神様が新しい世界で生まれ変わらせてくれるんだって。 新しい世界では、ポチは犬人間になっちゃって孤児院って所でみんなと一緒に暮らすんだけど、孤児院は将来の為にみんな色々なお手伝いをするんだって。 ポチ、色々な人のお手伝いをするのが大好きだから、頑張ってお手伝いをしてみんなの役に立つんだ。 りっちゃんに会えないのは寂しいけど、頑張って新しい世界でご主人様を見つけるよ。 ……でも、いつかはりっちゃんに会いたいなあ。 ※カクヨム様、アルファポリス様にも投稿しています

異世界召喚に巻き込まれたのでダンジョンマスターにしてもらいました

まったりー
ファンタジー
何処にでもいるような平凡な社会人の主人公がある日、宝くじを当てた。 ウキウキしながら銀行に手続きをして家に帰る為、いつもは乗らないバスに乗ってしばらくしたら変な空間にいました。 変な空間にいたのは主人公だけ、そこに現れた青年に説明され異世界召喚に巻き込まれ、もう戻れないことを告げられます。 その青年の計らいで恩恵を貰うことになりましたが、主人公のやりたいことと言うのがゲームで良くやっていたダンジョン物と牧場経営くらいでした。 恩恵はダンジョンマスターにしてもらうことにし、ダンジョンを作りますが普通の物でなくゲームの中にあった、中に入ると構造を変えるダンジョンを作れないかと模索し作る事に成功します。

~クラス召喚~ 経験豊富な俺は1人で歩みます

無味無臭
ファンタジー
久しぶりに異世界転生を体験した。だけど周りはビギナーばかり。これでは俺が巻き込まれて死んでしまう。自称プロフェッショナルな俺はそれがイヤで他の奴と離れて生活を送る事にした。天使には魔王を討伐しろ言われたけど、それは面倒なので止めておきます。私はゆっくりのんびり異世界生活を送りたいのです。たまには自分の好きな人生をお願いします。

子育てスキルで異世界生活 ~かわいい子供たち(人外含む)と楽しく暮らしてます~

九頭七尾
ファンタジー
 子供を庇って死んだアラサー女子の私、新川沙織。  女神様が異世界に転生させてくれるというので、ダメもとで願ってみた。 「働かないで毎日毎日ただただ可愛い子供と遊んでのんびり暮らしたい」 「その願い叶えて差し上げましょう!」 「えっ、いいの?」  転生特典として与えられたのは〈子育て〉スキル。それは子供がどんどん集まってきて、どんどん私に懐き、どんどん成長していくというもので――。 「いやいやさすがに育ち過ぎでしょ!?」  思ってたよりちょっと性能がぶっ壊れてるけど、お陰で楽しく暮らしてます。

処理中です...