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36 ドンブリ
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突然の暴露話にルキアスが絶句していると、メイナーダは大きく息を吐いた。
「でね? ルキアスちゃんは父親に全く懐かない子が一遍で懐いて、お嫁さんになりたいとまで思った人なんだから、何としても繋ぎ止めなきゃって思うの」
「だからってユアの代わりなんて……」
「今のわたしにとってユア……ユアナセラが全てだから、ユアが望んでいるってだけで十分なの。悪い事じゃなければ何でもしてあげたいわ。だけど今こうしてルキアスちゃんを誘惑しているわたしは別に犠牲になってるつもりは無いの。きっと母娘だから好みが似ちゃってるのね。わたしもルキアスちゃんならいいって感じちゃってるもの」
「ええ……」
誘惑している自覚があって、それを言ってしまったところに、ルキアスは軽く引いた。
(いやでもそれって夫のある身なら「悪い事」になるのでは?
ユアが悪い事をするのでなければってこと?)
ルキアスが改めてメイナーダを見れば、その目の焦点が定かでなく、妖しい光が煌めいているように見えた。
「だからね。ユアが大きくなるまではわたしで我慢してね。あの子が大きくなったら身を引くから。あー、だけどその時にはおばさんになってるわたしはルキアスちゃんに捨てられるのかしら? いやきっとそうね。それまであんな事やこんな事で散々弄ばれた挙げ句に捨てられるんだわ。だけどもうルキアスちゃんから離れられなくなったわたしは『捨てないで』って泣き叫ぶんだわ」
メイナーダは両腕で自らの身体を抱いて、イヤイヤっと身悶えする。
「ちょ、ちょっと……」
しかし直後にルキアスにぐいっと迫った。潤んだ目と胸元の肌色が過ぎるほどに眩しい。
「それでもまだ情けがあったら相手をして欲しいの。あの子がいいって言うなら親子ドンブリだってバッチ来いよ」
「な、な、な、何ですか? 『ドンブリ』って?」
ルキアスは何かとてもいけない響きを感じたが、「ドンブリ」が判らなかった。判らなすぎて却って少し冷静になる。
(「オヤコ」は「親子」?)
こんな事を考えるくらいには余裕が生まれた。
ところがルキアスの疑問はメイナーダにとっては意外なものだった。「あら?」と目を瞬かせ、目の怪しい光も掻き消える。
「あら? ドンブリ知らない? あ、そっか。もっと南の方じゃないと米を食べないものね」
「食べ物……なんですか?」
「ええ。お米を炊いたご飯をドンブリって器に入れて、その上に具を載せた食べ物なの。ベクロテならどこにでも有るわ」
「へー」
(ベクロテに着いたら一度食べてみよう)
ここでメイナーダは「こほん」と一つ咳払いをした。若干顔が赤いのは妙な事を口走ったことが恥ずかしくなったためだ。しかしここは大人の意地。目を瞑ってでもじっと堪える。
ところがルキアスが幾ら待ってもメイナーダは目を瞑ったままだった。いつの間にか顔の赤らみも引いている。
ルキアスがそれを見取った直後、メイナーダのソファーに突いていた腕から力が抜け、ルキアスにもたれ掛かった。ちょうどメイナーダの頭がルキアスの肩に乗る形で。
ルキアスの耳に寝息が聞こえた。メイナーダは眠ってしまっていた。
(きっとユアを捜し回って疲れてたんだろう。
しかしこの体勢から抜け出すべきか……)
結論が出せないルキアスは取り敢えず毛布をメイナーダに掛けた。少し冷えつつあるので自らも一緒にくるまるようにして。
ルキアスはまんじりともできないまま夜明けの時間を迎えた。何の結論も出せなかったためだ。目は瞑っていたので幾らかは休めているが、頭が少々重い。
だが漸く決心する。出発だ。いや、恐らく逃げるのだ。
「ごめんなさい。今のぼくには誰かの人生を背負うなんてできません」
メイナーダに囁くように言ってから、ルキアスは肩にもたれ掛かったままのメイナーダを起こしてしまわないよう、ゆっくりとソファーに横たえる。毛布を掛け直したらテーブルの反対側へと距離を空け、手早く着替えて借りていた服を畳む。
「洗濯しなきゃいけないところですけど、そのままでごめんなさい」
囁き声で謝った。そしてまた囁く。
「お世話になりました」
玄関へと向かう。
「やっぱりルキアスちゃんはベクロテに行ってしまうのね」
(!)
ルキアスは心臓が跳ね、思わず足を止めた。だが逃げようとした今のルキアスには振り向く勇気が無い。
「はい……。だけどぼくってそんなに判りやすいでしょうか?」
「そんな感じがしただけよ」
「そうですか……」
ルキアスは誤魔化されたような気がした。だが恐らくは今のルキアスが知らない方がいいか、自ら気付かなければならない事なのだとも考えた。
その時だ。
(!)
突然後から抱き締められた。合わせて背中に柔らかな感触が。
「あ、あ、あ、あの……」
「無茶をしちゃ駄目よ?」
メイナーダの諭すような声音はルキアスの血が顔に上りかけるのを思い止まらせた。
「はい。心に刻みます」
「よろしい。あ、ちょっと待ってて」
「あ、はい」
メイナーダがパタパタとキッチンの方へと向かう。持って来たのは布の包みだ。
「あ、これも」
布の包みを一旦開いて残っていたクルミを一緒にくるむ。包みに元から入っていたのはパンとチーズだ。
「これ、食べてね」
「ありがとうございます」
ルキアスは深く頭を下げた。
「それじゃ、これで。ユアにはよろしく伝えてください」
「ええ。あの子は悲しむと思うけど、寝ている間に行った方がいいわよね」
ルキアスは頷いた。ユアに引き留められたら流されてしまいそうで怖かった。
そしてルキアスはメイナーダに見送られながら、メイナーダ宅を後にした。
「でね? ルキアスちゃんは父親に全く懐かない子が一遍で懐いて、お嫁さんになりたいとまで思った人なんだから、何としても繋ぎ止めなきゃって思うの」
「だからってユアの代わりなんて……」
「今のわたしにとってユア……ユアナセラが全てだから、ユアが望んでいるってだけで十分なの。悪い事じゃなければ何でもしてあげたいわ。だけど今こうしてルキアスちゃんを誘惑しているわたしは別に犠牲になってるつもりは無いの。きっと母娘だから好みが似ちゃってるのね。わたしもルキアスちゃんならいいって感じちゃってるもの」
「ええ……」
誘惑している自覚があって、それを言ってしまったところに、ルキアスは軽く引いた。
(いやでもそれって夫のある身なら「悪い事」になるのでは?
ユアが悪い事をするのでなければってこと?)
ルキアスが改めてメイナーダを見れば、その目の焦点が定かでなく、妖しい光が煌めいているように見えた。
「だからね。ユアが大きくなるまではわたしで我慢してね。あの子が大きくなったら身を引くから。あー、だけどその時にはおばさんになってるわたしはルキアスちゃんに捨てられるのかしら? いやきっとそうね。それまであんな事やこんな事で散々弄ばれた挙げ句に捨てられるんだわ。だけどもうルキアスちゃんから離れられなくなったわたしは『捨てないで』って泣き叫ぶんだわ」
メイナーダは両腕で自らの身体を抱いて、イヤイヤっと身悶えする。
「ちょ、ちょっと……」
しかし直後にルキアスにぐいっと迫った。潤んだ目と胸元の肌色が過ぎるほどに眩しい。
「それでもまだ情けがあったら相手をして欲しいの。あの子がいいって言うなら親子ドンブリだってバッチ来いよ」
「な、な、な、何ですか? 『ドンブリ』って?」
ルキアスは何かとてもいけない響きを感じたが、「ドンブリ」が判らなかった。判らなすぎて却って少し冷静になる。
(「オヤコ」は「親子」?)
こんな事を考えるくらいには余裕が生まれた。
ところがルキアスの疑問はメイナーダにとっては意外なものだった。「あら?」と目を瞬かせ、目の怪しい光も掻き消える。
「あら? ドンブリ知らない? あ、そっか。もっと南の方じゃないと米を食べないものね」
「食べ物……なんですか?」
「ええ。お米を炊いたご飯をドンブリって器に入れて、その上に具を載せた食べ物なの。ベクロテならどこにでも有るわ」
「へー」
(ベクロテに着いたら一度食べてみよう)
ここでメイナーダは「こほん」と一つ咳払いをした。若干顔が赤いのは妙な事を口走ったことが恥ずかしくなったためだ。しかしここは大人の意地。目を瞑ってでもじっと堪える。
ところがルキアスが幾ら待ってもメイナーダは目を瞑ったままだった。いつの間にか顔の赤らみも引いている。
ルキアスがそれを見取った直後、メイナーダのソファーに突いていた腕から力が抜け、ルキアスにもたれ掛かった。ちょうどメイナーダの頭がルキアスの肩に乗る形で。
ルキアスの耳に寝息が聞こえた。メイナーダは眠ってしまっていた。
(きっとユアを捜し回って疲れてたんだろう。
しかしこの体勢から抜け出すべきか……)
結論が出せないルキアスは取り敢えず毛布をメイナーダに掛けた。少し冷えつつあるので自らも一緒にくるまるようにして。
ルキアスはまんじりともできないまま夜明けの時間を迎えた。何の結論も出せなかったためだ。目は瞑っていたので幾らかは休めているが、頭が少々重い。
だが漸く決心する。出発だ。いや、恐らく逃げるのだ。
「ごめんなさい。今のぼくには誰かの人生を背負うなんてできません」
メイナーダに囁くように言ってから、ルキアスは肩にもたれ掛かったままのメイナーダを起こしてしまわないよう、ゆっくりとソファーに横たえる。毛布を掛け直したらテーブルの反対側へと距離を空け、手早く着替えて借りていた服を畳む。
「洗濯しなきゃいけないところですけど、そのままでごめんなさい」
囁き声で謝った。そしてまた囁く。
「お世話になりました」
玄関へと向かう。
「やっぱりルキアスちゃんはベクロテに行ってしまうのね」
(!)
ルキアスは心臓が跳ね、思わず足を止めた。だが逃げようとした今のルキアスには振り向く勇気が無い。
「はい……。だけどぼくってそんなに判りやすいでしょうか?」
「そんな感じがしただけよ」
「そうですか……」
ルキアスは誤魔化されたような気がした。だが恐らくは今のルキアスが知らない方がいいか、自ら気付かなければならない事なのだとも考えた。
その時だ。
(!)
突然後から抱き締められた。合わせて背中に柔らかな感触が。
「あ、あ、あ、あの……」
「無茶をしちゃ駄目よ?」
メイナーダの諭すような声音はルキアスの血が顔に上りかけるのを思い止まらせた。
「はい。心に刻みます」
「よろしい。あ、ちょっと待ってて」
「あ、はい」
メイナーダがパタパタとキッチンの方へと向かう。持って来たのは布の包みだ。
「あ、これも」
布の包みを一旦開いて残っていたクルミを一緒にくるむ。包みに元から入っていたのはパンとチーズだ。
「これ、食べてね」
「ありがとうございます」
ルキアスは深く頭を下げた。
「それじゃ、これで。ユアにはよろしく伝えてください」
「ええ。あの子は悲しむと思うけど、寝ている間に行った方がいいわよね」
ルキアスは頷いた。ユアに引き留められたら流されてしまいそうで怖かった。
そしてルキアスはメイナーダに見送られながら、メイナーダ宅を後にした。
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