生活魔法は万能です

浜柔

文字の大きさ
上 下
29 / 627

29 狼

しおりを挟む
「暗くなって来た」

 谷間を歩いているために山が陰を作って余計に夜が早い。
 その夜の帳は暗さを感じ始めてから然程時間を置かずに降りて来る。

「『ランプ』を……」

 点けるべきか否か。ルキアスの脳裏に浮かぶのは運び屋さんと出会った晩の事だ。『ランプ』を点けたら目印にされ、狼か何かから狙われるかも知れない。だが何も見えないでは身動きできない。その一方で『ランプ』を点けなくても向こうからは見えてそうだとも考える。だから点けても点けなくても狙われる時は狙われそうに思えて仕方がない。
 明らかなのは最短でここから抜け出すには『ランプ』が必要だと言うこと。
 だが夜の暗がりでは方向なんて判らない。方向も定かでないまま歩いていたらどこに行ってしまうか。『ランプ』を点けずにどこかで身を隠すように夜を明かすべきかの判断が難しい。

(いや、でも、居ても立っても居られない。
 じっとなんてしていられないよ!
 行こう)

 できるだけ見渡せるように光を強くして『ランプ』を点す。足下ははっきり見える。だが遠くはさすがに見通せない。だから方角は針葉樹の合間から覗く星が頼りだ。




 ルキアスはかなり歩いたように感じていた。だがまだ人里は見えない。
 その時ルキアスの耳は捉えた。

「!」

 狼の遠吠えだ。どこかに狼が居る。方角は?
 また聞こえた。さっきより声が大きい。だが声が木霊していて方角が判らない。
 やり過ごすか。やり過ごせるか。どこに隠れれば良いか判らず、ルキアスは混乱する。

「う、うあ……」

(嫌だ!
 こんな所で死にたくない!
 ぼくはまだ何もしていないんだ!)

 ルキアスは駆け出した。

(走ればきっと逃げられる!)

 何度も響く遠吠えの声がルキアスの耳にどんどん大きくなる。もしやルキアスの方から近付いているのか。いや、ルキアスが走るだけより大きくなり方が早い。
 前方で何かが光った。

「!」

 ルキアスの心臓が跳ねた。
 何かの目だ。
 ルキアスが慌てて立ち止まると、それを合図にしたかのように「ぐるるるる」と唸り声が聞こえた。
 二つの小さな光の周りに浮かんだ影がゆっくり近付いて来る。『ランプ』の光が届くまでに近付いて来る。『ランプ』の光に浮かび上がる姿は正しく狼だ。

(クソ!
 クソ!
 クソ!
 今日ぼくは何度間違えた!?
 もしも時間を遡れるなら、崖を登ろうとするぼくを殴ってでも止めるのに!)

 狼が「ウォン」と吠える。ビクッとなったルキアスは硬直したように足が竦んだ。

(やられる!)

 ルキアスはそう感じたが、狼は足踏みするように左右にゆっくり歩くだけ。まるでルキアスが逃げるのを待っているかのように。
 だがルキアスは足が竦んで動けない。すると狼は焦れたのか、勢いを付けるかのように少し前屈みになる。
 狼がルキアス目掛けて駆け出した。

(来る。
 来たっ!
 大口開けて飛び掛かって来たっ!)

「『傘』あああ!」

(どうして『傘』!?)

 ルキアスが思わず目を瞑って唱えたのは『傘』だった。恐らくは坂を転げ落ちる時に咄嗟に使った印象が残っていたのだろう。

「つっ! わっ!」

 左の一の腕を狼に弾き飛ばされた。もんどり打つように倒れてしまう。
 だが噛まれはしなかった。『傘』に当たった所で狼が反射的に口を閉じたのだ。
 ルキアスが慌てて立ち上がると、狼は恨めしげに「ぐるる」と唸った後、一つ遠吠えをした。応えるように幾つかの遠吠えが遠くから響く。
 目の前の狼はルキアスを逃がすまいとしてか、隙あらば襲い掛かろうとしてか、ルキアスの周りを弧を描くように彷徨き回る。

(何か!
 せめて武器でも有れば!)

 ルキアスは武器を探した。そして気付く。

(あっ!
 どうして今まで気付かなかった?
 ナイフは有るんだ)

 『収納』からナイフを取り出し、右手で握り締める。
 そうする間にも四方から何かの気配が迫って来た。一瞬だけ視線を振る。そこに在るのは幾つもの狼のシルエット。

(いよいよか……)

 ルキアスの正面の狼が待ち兼ねたとばかりに前足で地面を引っ掻く。四方からそれに応えるように唸り声が響く。
 左からザッと音がして、ルキアスが思わず左に目をやれば、一頭の狼が間近に迫っていた。

「うわあっ!」

 パァン!

 ルキアスが叫んで仰け反るのと、甲高い破裂音が聞こえたのはほぼ同時だった。
 ルキアスに飛び掛かって来ていた狼がピクッと反応し、尻餅を搗いたルキアスの前を素通りする。

 パァン! パァン! パァン!

 更に破裂音が響くと、狼達は一目散に逃げ去って行った。

「おーい! 誰か居るのかぁーっ!?」

(人の声だ!
 そうか! 狼達はこの人を怖れて逃げ出したんだ!)

「居ます! ここでーす!」

 ルキアスは人の声に安堵を覚えた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

異世界に転生した社畜は調合師としてのんびりと生きていく。~ただの生産職だと思っていたら、結構ヤバい職でした~

夢宮
ファンタジー
台風が接近していて避難勧告が出されているにも関わらず出勤させられていた社畜──渡部与一《わたべよいち》。 雨で視界が悪いなか、信号無視をした車との接触事故で命を落としてしまう。 女神に即断即決で異世界転生を決められ、パパっと送り出されてしまうのだが、幸いなことに女神の気遣いによって職業とスキルを手に入れる──生産職の『調合師』という職業とそのスキルを。 異世界に転生してからふたりの少女に助けられ、港町へと向かい、物語は動き始める。 調合師としての立場を知り、それを利用しようとする者に悩まされながらも生きていく。 そんな与一ののんびりしたくてものんびりできない異世界生活が今、始まる。 ※2話から登場人物の描写に入りますので、のんびりと読んでいただけたらなと思います。 ※サブタイトル追加しました。

聖女の紋章 転生?少女は女神の加護と前世の知識で無双する わたしは聖女ではありません。公爵令嬢です!

幸之丞
ファンタジー
2023/11/22~11/23  女性向けホットランキング1位 2023/11/24 10:00 ファンタジーランキング1位  ありがとうございます。 「うわ~ 私を捨てないでー!」 声を出して私を捨てようとする父さんに叫ぼうとしました・・・ でも私は意識がはっきりしているけれど、体はまだ、生れて1週間くらいしか経っていないので 「ばぶ ばぶうう ばぶ だああ」 くらいにしか聞こえていないのね? と思っていたけど ササッと 捨てられてしまいました~ 誰か拾って~ 私は、陽菜。数ヶ月前まで、日本で女子高生をしていました。 将来の為に良い大学に入学しようと塾にいっています。 塾の帰り道、車の事故に巻き込まれて、気づいてみたら何故か新しいお母さんのお腹の中。隣には姉妹もいる。そう双子なの。 私達が生まれたその後、私は魔力が少ないから、伯爵の娘として恥ずかしいとかで、捨てられた・・・  ↑ここ冒頭 けれども、公爵家に拾われた。ああ 良かった・・・ そしてこれから私は捨てられないように、前世の記憶を使って知識チートで家族のため、公爵領にする人のために領地を豊かにします。 「この子ちょっとおかしいこと言ってるぞ」 と言われても、必殺 「女神様のお告げです。昨夜夢にでてきました」で大丈夫。 だって私には、愛と豊穣の女神様に愛されている証、聖女の紋章があるのです。 この物語は、魔法と剣の世界で主人公のエルーシアは魔法チートと知識チートで領地を豊かにするためにスライムや古竜と仲良くなって、お力をちょっと借りたりもします。 果たして、エルーシアは捨てられた本当の理由を知ることが出来るのか? さあ! 物語が始まります。

転生者は力を隠して荷役をしていたが、勇者パーティーに裏切られて生贄にされる。

克全
ファンタジー
第6回カクヨムWeb小説コンテスト中間選考通過作 「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 2020年11月4日「カクヨム」異世界ファンタジー部門日間ランキング51位 2020年11月4日「カクヨム」異世界ファンタジー部門週間ランキング52位

フリーター転生。公爵家に転生したけど継承権が低い件。精霊の加護(チート)を得たので、努力と知識と根性で公爵家当主へと成り上がる 

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
400倍の魔力ってマジ!?魔力が多すぎて範囲攻撃魔法だけとか縛りでしょ 25歳子供部屋在住。彼女なし=年齢のフリーター・バンドマンはある日理不尽にも、バンドリーダでボーカルからクビを宣告され、反論を述べる間もなくガッチャ切りされそんな失意のか、理不尽に言い渡された残業中に急死してしまう。  目が覚めると俺は広大な領地を有するノーフォーク公爵家の長男の息子ユーサー・フォン・ハワードに転生していた。 ユーサーは一度目の人生の漠然とした目標であった『有名になりたい』他人から好かれ、知られる何者かになりたかった。と言う目標を再認識し、二度目の生を悔いの無いように、全力で生きる事を誓うのであった。 しかし、俺が公爵になるためには父の兄弟である次男、三男の息子。つまり従妹達と争う事になってしまい。 ユーサーは富国強兵を掲げ、先ずは小さな事から始めるのであった。 そんな主人公のゆったり成長期!!

伯爵家の三男は冒険者を目指す!

おとうふ
ファンタジー
2024年8月、更新再開しました! 佐藤良太はとある高校に通う極普通の高校生である。いつものように彼女の伶奈と一緒に歩いて下校していたところ、信号無視のトラックが猛スピードで突っ込んで来るのが見えた。良太は咄嗟に彼女を突き飛ばしたが、彼は迫り来るトラックを前に為すすべも無く、あっけなくこの世を去った。 彼が最後に見たものは、驚愕した表情で自分を見る彼女と、完全にキメているとしか思えない、トラックの運転手の異常な目だった... (...伶奈、ごめん...) 異世界に転生した良太は、とりあえず父の勧める通りに冒険者を目指すこととなる。学校での出会いや、地球では体験したことのない様々な出来事が彼を待っている。 初めて投稿する作品ですので、温かい目で見ていただければ幸いです。 誤字・脱字やおかしな表現や展開など、指摘があれば遠慮なくお願い致します。 1話1話はとても短くなっていますので、サクサク読めるかなと思います。

【完結】捨てられた双子のセカンドライフ

mazecco
ファンタジー
【第14回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞作】 王家の血を引きながらも、不吉の象徴とされる双子に生まれてしまったアーサーとモニカ。 父王から疎まれ、幼くして森に捨てられた二人だったが、身体能力が高いアーサーと魔法に適性のあるモニカは、力を合わせて厳しい環境を生き延びる。 やがて成長した二人は森を出て街で生活することを決意。 これはしあわせな第二の人生を送りたいと夢見た双子の物語。 冒険あり商売あり。 さまざまなことに挑戦しながら双子が日常生活?を楽しみます。 (話の流れは基本まったりしてますが、内容がハードな時もあります)

聖女やめます……タダ働きは嫌!友達作ります!冒険者なります!お金稼ぎます!ちゃっかり世界も救います!

さくしゃ
ファンタジー
職業「聖女」としてお勤めに忙殺されるクミ 祈りに始まり、一日中治療、時にはドラゴン討伐……しかし、全てタダ働き! も……もう嫌だぁ! 半狂乱の最強聖女は冒険者となり、軟禁生活では味わえなかった生活を知りはっちゃける! 時には、不労所得、冒険者業、アルバイトで稼ぐ! 大金持ちにもなっていき、世界も救いまーす。 色んなキャラ出しまくりぃ! カクヨムでも掲載チュッ ⚠︎この物語は全てフィクションです。 ⚠︎現実では絶対にマネはしないでください!

俺を凡の生産職だからと追放したS級パーティ、魔王が滅んで需要激減したけど大丈夫そ?〜誰でもダンジョン時代にクラフトスキルがバカ売れしてます~

風見 源一郎
ファンタジー
勇者が魔王を倒したことにより、強力な魔物が消滅。ダンジョン踏破の難易度が下がり、強力な武具さえあれば、誰でも魔石集めをしながら最奥のアイテムを取りに行けるようになった。かつてのS級パーティたちも護衛としての需要はあるもの、単価が高すぎて雇ってもらえず、値下げ合戦をせざるを得ない。そんな中、特殊能力や強い魔力を帯びた武具を作り出せる主人公のクラフトスキルは、誰からも求められるようになった。その後勇者がどうなったのかって? さぁ…

処理中です...