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28 遭難
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ルキアスは急な坂を、尾根を目指して登る。だが地面は雨水が染みたままで滑り易く、足を滑らせないように神経を使う。
もしもここで足を滑らせたら一巻の終わりだ。慎重にもなる。既に歩くと言うより這うに近い。
しかしこうなると重大な懸念も頭に浮かぶ。
「このままじゃ日が暮れそう」
ルキアスはここに来て崖を登ったことを少し後悔している。
だが戻ることはできない。あの崖を下れる気がしないためだ。木に登った子猫の気分であった。
進むしかない。そう自らに言い聞かせながら進む。山肌を回り込んでいた街道は山の東を通っていたため、少しだけ左に回り込むように黙々と坂を登る。
「尾根だ!」
針葉樹の林に遮られていて予測しかできていないが、三方が下っているから尾根に違いないとルキアスは判断した。
(このままこの尾根を登って山頂を越えれば簡単……、には行かないか)
街道が通っていたのは山の中腹。山頂まで登るには麓からつづら折りを上り切るのと同程度を登らなければならない。
だが登らなくては、山頂まででなくともある程度登らなければ、土砂崩れの現場を回避できないのだ。
ルキアスは青色吐息になりつつも山頂に辿り着いた。いや、結局来てしまったと言うべきか。比較的低い山だったのは幸運だった。
しかしもう時間が無い。太陽はまだ天頂付近ではあるが、距離的にはあまり進めていない。
不自然に見通しが良い方角が明らかに土砂崩れを起こした方角だから避け、登ったのとは反対側に向けて急いで降りる。
「うわっ!」
ルキアスの足下がずるっと行った。つまり足を滑らせたのだ。強かに打ち付けた尻と背中が痛みを訴えるが、今のルキアスに構っている暇は無い。
(滑る!)
湿り気を含んだままの地面はつるつるだ。転けた勢いそのまま滑る。
(落ちる!)
感覚的には落ちるに等しい。怖ろしい勢いで木と擦れ違う。地面を手で掴もうとしても掴んだ部分が一緒に滑って止まらない。
「ひっ!」
(木の枝がこっちに突き出てる!)
ちょうどルキアスの進行方向、ルキアスを突き刺すかのように折れた木の枝の先端が茂みから突き出している。
「『傘』! 『傘』『傘』『傘』『傘』『傘』『傘』『傘』!」
咄嗟に『傘』を展開した。『傘』は重複しないから数打つのは無駄だ。しかしルキアスはそうせずにいられなかった。そして盲滅法で展開したせいで展開方向は唱える毎にばらばらだ。
しかしそれが功を奏したらしい。危険だった枝をギリギリで擦り抜ける。
『傘』でも幾らかは障害物を弾いてくれる。たまたま斜めに展開した『傘』が枝を気持ち弾いて、その僅かな衝撃がルキアスの滑る向きを逸らしたのだ。
しかしホッとしたのも束の間。ルキアスは宙に投げ出された。
「あ、死んだ……」
(なんて短い人生だったんだ。
これなら一ヶ月余分に掛かっても迂回するべきだった)
そんな事を考えていると、まずは手に衝撃。続けて背中。そして脚。激しく痛むが死ぬほどでもない。そしてもんどり打ってまた宙に投げ出される。
ルキアスの視界の端に見えたのは急峻な坂だった。
「『傘』『傘』『傘』『傘』『傘』『傘』『傘』『傘』『傘』『傘』『傘』『傘』『傘』『傘』『傘』『傘』」
まだ死んではいない。だから少しでも衝撃が減るよう、『傘』を展開し続ける。
その間にもゴロゴロ転がり続け、ルキアスは天地さえ失った。
止まった。
ルキアスはもう何度『傘』を唱えたか判らない。だがそのお陰か、落ち終えるまでどうにか生きていられた。
打ち付けた身体のあちこちに痛みが走るが動かせないことは無い。少しばかり身体に鞭打って起き上がる。
「土砂崩れの所……」
見上げた先に在ったのは土砂崩れした山肌だった。倒れた木がそこかしこから突き出している。
「よく無事だったな……」
転がり落ちる途中で木の枝に串刺しにされてもおかしくない状況だ。幸運と言うより他無い。
痛む部分を生活魔法『手当て』で気休め程度に痛み止めしながら動く。
(こんな場所、いつまた土砂崩れが起きてもおかしくない。
早く離れないと)
ルキアスは歩きながら周囲を見回し、自らが谷間に居ると判断する。足下はなだらかで、西の方に下っている。登った崖は山の東だから、山の反対側に出たのだと考える。そうであれば、土砂崩れは街道とは反対側でも起きていたことになる。
だが今のルキアスに正しい自分の位置を知る術は無い。
「あー! どうしてぼくは崖を登って山を越えようなんて思ったんだ!」
土砂崩れの起きた場所には危機感を抱いていながら、道でも何でもない山中に危機感を抱かなかった愚かしさ。
こうなると判っていたら日数は掛かっても山そのものを迂回するか、街道が復旧するまで待ったのにと言う後悔。
このままでは青年男の「明日にも死ぬ」の言葉通りになってしまうと言う慚愧。
ルキアスの脳裏には幾つもの負の感情が渦巻いた。
(いや、嘆くのは後だ。
今はとにかく人里を目指さないと。
谷間を下って行けば、いつかは人里に着く筈だ)
もしもここで足を滑らせたら一巻の終わりだ。慎重にもなる。既に歩くと言うより這うに近い。
しかしこうなると重大な懸念も頭に浮かぶ。
「このままじゃ日が暮れそう」
ルキアスはここに来て崖を登ったことを少し後悔している。
だが戻ることはできない。あの崖を下れる気がしないためだ。木に登った子猫の気分であった。
進むしかない。そう自らに言い聞かせながら進む。山肌を回り込んでいた街道は山の東を通っていたため、少しだけ左に回り込むように黙々と坂を登る。
「尾根だ!」
針葉樹の林に遮られていて予測しかできていないが、三方が下っているから尾根に違いないとルキアスは判断した。
(このままこの尾根を登って山頂を越えれば簡単……、には行かないか)
街道が通っていたのは山の中腹。山頂まで登るには麓からつづら折りを上り切るのと同程度を登らなければならない。
だが登らなくては、山頂まででなくともある程度登らなければ、土砂崩れの現場を回避できないのだ。
ルキアスは青色吐息になりつつも山頂に辿り着いた。いや、結局来てしまったと言うべきか。比較的低い山だったのは幸運だった。
しかしもう時間が無い。太陽はまだ天頂付近ではあるが、距離的にはあまり進めていない。
不自然に見通しが良い方角が明らかに土砂崩れを起こした方角だから避け、登ったのとは反対側に向けて急いで降りる。
「うわっ!」
ルキアスの足下がずるっと行った。つまり足を滑らせたのだ。強かに打ち付けた尻と背中が痛みを訴えるが、今のルキアスに構っている暇は無い。
(滑る!)
湿り気を含んだままの地面はつるつるだ。転けた勢いそのまま滑る。
(落ちる!)
感覚的には落ちるに等しい。怖ろしい勢いで木と擦れ違う。地面を手で掴もうとしても掴んだ部分が一緒に滑って止まらない。
「ひっ!」
(木の枝がこっちに突き出てる!)
ちょうどルキアスの進行方向、ルキアスを突き刺すかのように折れた木の枝の先端が茂みから突き出している。
「『傘』! 『傘』『傘』『傘』『傘』『傘』『傘』『傘』!」
咄嗟に『傘』を展開した。『傘』は重複しないから数打つのは無駄だ。しかしルキアスはそうせずにいられなかった。そして盲滅法で展開したせいで展開方向は唱える毎にばらばらだ。
しかしそれが功を奏したらしい。危険だった枝をギリギリで擦り抜ける。
『傘』でも幾らかは障害物を弾いてくれる。たまたま斜めに展開した『傘』が枝を気持ち弾いて、その僅かな衝撃がルキアスの滑る向きを逸らしたのだ。
しかしホッとしたのも束の間。ルキアスは宙に投げ出された。
「あ、死んだ……」
(なんて短い人生だったんだ。
これなら一ヶ月余分に掛かっても迂回するべきだった)
そんな事を考えていると、まずは手に衝撃。続けて背中。そして脚。激しく痛むが死ぬほどでもない。そしてもんどり打ってまた宙に投げ出される。
ルキアスの視界の端に見えたのは急峻な坂だった。
「『傘』『傘』『傘』『傘』『傘』『傘』『傘』『傘』『傘』『傘』『傘』『傘』『傘』『傘』『傘』『傘』」
まだ死んではいない。だから少しでも衝撃が減るよう、『傘』を展開し続ける。
その間にもゴロゴロ転がり続け、ルキアスは天地さえ失った。
止まった。
ルキアスはもう何度『傘』を唱えたか判らない。だがそのお陰か、落ち終えるまでどうにか生きていられた。
打ち付けた身体のあちこちに痛みが走るが動かせないことは無い。少しばかり身体に鞭打って起き上がる。
「土砂崩れの所……」
見上げた先に在ったのは土砂崩れした山肌だった。倒れた木がそこかしこから突き出している。
「よく無事だったな……」
転がり落ちる途中で木の枝に串刺しにされてもおかしくない状況だ。幸運と言うより他無い。
痛む部分を生活魔法『手当て』で気休め程度に痛み止めしながら動く。
(こんな場所、いつまた土砂崩れが起きてもおかしくない。
早く離れないと)
ルキアスは歩きながら周囲を見回し、自らが谷間に居ると判断する。足下はなだらかで、西の方に下っている。登った崖は山の東だから、山の反対側に出たのだと考える。そうであれば、土砂崩れは街道とは反対側でも起きていたことになる。
だが今のルキアスに正しい自分の位置を知る術は無い。
「あー! どうしてぼくは崖を登って山を越えようなんて思ったんだ!」
土砂崩れの起きた場所には危機感を抱いていながら、道でも何でもない山中に危機感を抱かなかった愚かしさ。
こうなると判っていたら日数は掛かっても山そのものを迂回するか、街道が復旧するまで待ったのにと言う後悔。
このままでは青年男の「明日にも死ぬ」の言葉通りになってしまうと言う慚愧。
ルキアスの脳裏には幾つもの負の感情が渦巻いた。
(いや、嘆くのは後だ。
今はとにかく人里を目指さないと。
谷間を下って行けば、いつかは人里に着く筈だ)
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