生活魔法は万能です

浜柔

文字の大きさ
上 下
26 / 627

26 お呼ばれ

しおりを挟む
 土砂崩れの様子を見に行くのは明日と決めたルキアスは、今日この後は濡れたテントの乾かしに専念することにした。

「それじゃあと言うか、あそこら辺にテントを立てても大丈夫ですか?」
「テント? ああ、隅の方なら大丈夫な筈だぞ」
「ありがとうございます」

 大丈夫そうと判断し、ルキアスはテントを広げ始めた。地面の水溜まりになっていただろう部分はまだ乾いてないが、そこを避ければどうにか乾いている。
 その広げてる最中、先の中年男の一人が近寄って来た。

「ところで兄ちゃんはどこに行こうってしてるんだ?」
「ベクロテです」
「あー、ダンジョンかー。そっか、大変だな。そっか、そっか……」

 中年男はそれだけでまた仲間三人の許に戻って行く。ルキアスには困惑しか残らない。

(何だったんだ……)




 ルキアスはテントを骨組みだけ組み立て、敷物を被せて『加熱』も交えてひたすら乾かす。このお陰で日が暮れる前に敷物は乾いた。その敷物を敷き、テントを普通に組み立てる。これで上手くしたら朝までにテント布も乾く筈だ。
 そしてそろそろ夕食の仕度と考える。

(今夜も小麦粉を水に溶いただけのパンケーキかな?)

 そう考えている最中、先の中年男がまた近寄って来た。

「兄ちゃん、こっちに来て一緒に飯を食わないか?」
「え、と……、その……」

(一緒にと言われても、ぼくだけ小麦粉だけのパンケーキを食べても侘しくなるだけだ)

 ルキアスは二の足を踏んだ。しかしその躊躇いを中年男は見て取り、気まずそうに頬を掻く。

「あー、俺達の晩飯に招待しようってことだ。遠慮せず食ってくれ」

 そして言葉を変えて重ねて誘った。
 これで遠慮するのもルキアスとしては気まずい。だが、応じても断っても気まずければ、応じた方がルキアスの気まずさだけで済むと言うものだ。

「ありがとうございます。お邪魔します」
「おう、そう来なくっちゃな」

 ルキアスは中年男の後に続いた。

「連れて来たぜ」
「よく来た。まあ座れ」

 座って待っていた中年男が笑顔で手招きし、ルキアスを歓迎する。しかしその一方、中年男の中に一人混じった青年男が仏頂面でそっぽを向いている。

(歓迎されてない感じだよね……)

「いいんでしょうか……?」

 ルキアスの口から思わずと言った風情で零れたのはそんな言葉だ。それも青年男を見たままで。
 これではルキアスが青年男を挑発したようにも思われかねないが、中年男の一人が「くはっ」と声を出して苦笑した。

「ほら、お前が眉間に皺寄せてるから、この兄ちゃんが気後れしてるじゃないか」
「兄ちゃんも心配すんな。こんな面してるがな、兄ちゃんを夕飯に誘おうって言い出したのはこいつなんだぜ」
「そうなんです……?」
「こいつは兄ちゃんみたいな子供がダンジョンに行くのが腹立たしいらしくてな。それでこんな面してるんだ」
「腹立ててる訳じゃない! 気に入らないだけだ!」
「しっかり腹立ててるじゃないか」

 青年男は面白くなさそうにするが、中年男達は声を上げて笑う。

「まあ、だから気にする必要なんて無いぞ。出先だから大した料理は出せないがな」
「ありがとうございます」

 ルキアスは座り、「ほれ、これも食え」と勧められるままに料理を食べる。パン、干し肉だっただろう肉を始めとした具沢山で香辛料も利いたスープ、ソーセージ、チーズなど。
 中年男は大したことないように言うが、今のルキアスには夢のまた夢のような料理であった。

(だけどどうして?)

 ルキアスにはこの中年男達が奢ってくれる理由が判らない。そのせいか……。

「ベクロテに行くって言うと、何故かみんな親切にしてくれるんですよね……」

 ……と、半ば無意識に疑問を口から零した。
 運び屋さんの場合は話す前ではあったものの、ルキアスを見るだけでそうと察したからだった。林檎屋台の店主もそうだった。そしてこの中年男達もそうだ。

「んー、それはなぁ……」

 ルキアスの声は小さかったが、男達は静かに耳を傾けていたために全てを聞いた。その上で腕を組んで唸った。どこか言いにくそうにする。
 その様子がルキアスとしては落ち着かない。そのため、ルキアスの方から水を向けた。

「『天職無し』の墓場って話と関係します?」
「あー、兄ちゃんはそれをどこまで知ってる?」
「一年で半分が死ぬとは聞きました」
「はっ。そこまで知ってるなら言っちまえばいいじゃないか!」

 食事の間ずっと黙っていた青年男が怒鳴るような声を上げた。終始カリカリしっぱなしで居る。

「お、おい!」
「隠すようなものでもないだろ?」
「まあ、そうだけどよ……」

 青年男を止めようとした中年男が考え込んだ。その隙にではないだろうが青年男が一つ舌打ちしてから言う。

「袖擦れ合うも多生の縁ってのは聞いたこともあるだろう? 明日にも死ぬ年下を見送れば何かしら引っ掛かりを覚えるんだよ。だがこうして一食奢って、一食分だけ長生きさせられると考えれば気が咎めずに済むからな」
「おい、言い方……」

 他の中年男が青年男を咎めるように言った。

「そうだったんですね……」

 ダンジョンに行くと言うだけで他人に心痛を与えていたとは、これまでのルキアスが知る由もない。
 だが今知った。

(これからはなるべく出さないように……、は難しいな)

 道を尋ねるならベクロテが一番判りやすいのだ。最終的には行き着くからと奇妙な道を教えられれば困るが、そうした意地の悪いことをする者は多くない。
 だがそれはそれとして、気に掛けて貰ったことがルキアスとしては有り難かった。

(改めて気に掛けてくれたお礼を言うべきかな?
 ぼくが死ぬと決めて掛かっている部分は引っ掛かるけど、このお兄さんは多分きっととても優しい人だ)

「ありがとうございます。お兄さんのような優しい人に出会えてぼくは幸運です」
「ば! 馬鹿! 何言ってんだ!」

 青年男は顔を赤らめてそっぽを向いた。

(うん、やっぱりいい人だ)

 その一方でその様子を見ていた中年男達が爆笑する。

「あっはっは! 照れてやがる!」
「兄ちゃん、ありがとうよ。こいつを褒めてくれてこっちからも礼を言うぜ。こいつは結構他人に気を使うのに、いつもこんな風に棘棘してるから同年代に嫌われがちでな。しょうがないから俺達で面倒見てやってるんだ」
「他人に気を使いすぎた挙げ句にテンパってイキり立つまでがお約束だ」
「テンパらなけりゃもう少しはマシになるんだろうにな」

 中年男達が爆笑しつつ口々に言う。
 青年男は顔を真っ赤にして口をあうあうと動かすばかりで、声を出そうとしても出せずに居た。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

異世界に転生した社畜は調合師としてのんびりと生きていく。~ただの生産職だと思っていたら、結構ヤバい職でした~

夢宮
ファンタジー
台風が接近していて避難勧告が出されているにも関わらず出勤させられていた社畜──渡部与一《わたべよいち》。 雨で視界が悪いなか、信号無視をした車との接触事故で命を落としてしまう。 女神に即断即決で異世界転生を決められ、パパっと送り出されてしまうのだが、幸いなことに女神の気遣いによって職業とスキルを手に入れる──生産職の『調合師』という職業とそのスキルを。 異世界に転生してからふたりの少女に助けられ、港町へと向かい、物語は動き始める。 調合師としての立場を知り、それを利用しようとする者に悩まされながらも生きていく。 そんな与一ののんびりしたくてものんびりできない異世界生活が今、始まる。 ※2話から登場人物の描写に入りますので、のんびりと読んでいただけたらなと思います。 ※サブタイトル追加しました。

転生者は力を隠して荷役をしていたが、勇者パーティーに裏切られて生贄にされる。

克全
ファンタジー
第6回カクヨムWeb小説コンテスト中間選考通過作 「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 2020年11月4日「カクヨム」異世界ファンタジー部門日間ランキング51位 2020年11月4日「カクヨム」異世界ファンタジー部門週間ランキング52位

【完結】捨てられた双子のセカンドライフ

mazecco
ファンタジー
【第14回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞作】 王家の血を引きながらも、不吉の象徴とされる双子に生まれてしまったアーサーとモニカ。 父王から疎まれ、幼くして森に捨てられた二人だったが、身体能力が高いアーサーと魔法に適性のあるモニカは、力を合わせて厳しい環境を生き延びる。 やがて成長した二人は森を出て街で生活することを決意。 これはしあわせな第二の人生を送りたいと夢見た双子の物語。 冒険あり商売あり。 さまざまなことに挑戦しながら双子が日常生活?を楽しみます。 (話の流れは基本まったりしてますが、内容がハードな時もあります)

知識スキルで異世界らいふ

チョッキリ
ファンタジー
他の異世界の神様のやらかしで死んだ俺は、その神様の紹介で別の異世界に転生する事になった。地球の神様からもらった知識スキルを駆使して、異世界ライフ

聖女やめます……タダ働きは嫌!友達作ります!冒険者なります!お金稼ぎます!ちゃっかり世界も救います!

さくしゃ
ファンタジー
職業「聖女」としてお勤めに忙殺されるクミ 祈りに始まり、一日中治療、時にはドラゴン討伐……しかし、全てタダ働き! も……もう嫌だぁ! 半狂乱の最強聖女は冒険者となり、軟禁生活では味わえなかった生活を知りはっちゃける! 時には、不労所得、冒険者業、アルバイトで稼ぐ! 大金持ちにもなっていき、世界も救いまーす。 色んなキャラ出しまくりぃ! カクヨムでも掲載チュッ ⚠︎この物語は全てフィクションです。 ⚠︎現実では絶対にマネはしないでください!

神の加護を受けて異世界に

モンド
ファンタジー
親に言われるまま学校や塾に通い、卒業後は親の進める親族の会社に入り、上司や親の進める相手と見合いし、結婚。 その後馬車馬のように働き、特別好きな事をした覚えもないまま定年を迎えようとしている主人公、あとわずか数日の会社員生活でふと、何かに誘われるように会社を無断で休み、海の見える高台にある、神社に立ち寄った。 そこで野良犬に噛み殺されそうになっていた狐を助けたがその際、野良犬に喉笛を噛み切られその命を終えてしまうがその時、神社から不思議な光が放たれ新たな世界に生まれ変わる、そこでは自分の意思で何もかもしなければ生きてはいけない厳しい世界しかし、生きているという実感に震える主人公が、力強く生きるながら信仰と奇跡にに導かれて神に至る物語。

冤罪で山に追放された令嬢ですが、逞しく生きてます

里見知美
ファンタジー
王太子に呪いをかけたと断罪され、神の山と恐れられるセントポリオンに追放された公爵令嬢エリザベス。その姿は老婆のように皺だらけで、魔女のように醜い顔をしているという。 だが実は、誰にも言えない理由があり…。 ※もともとなろう様でも投稿していた作品ですが、手を加えちょっと長めの話になりました。作者としては抑えた内容になってるつもりですが、流血ありなので、ちょっとエグいかも。恋愛かファンタジーか迷ったんですがひとまず、ファンタジーにしてあります。 全28話で完結。

【書籍化決定】俗世から離れてのんびり暮らしていたおっさんなのに、俺が書の守護者って何かの間違いじゃないですか?

歩く魚
ファンタジー
幼い頃に迫害され、一人孤独に山で暮らすようになったジオ・プライム。 それから数十年が経ち、気づけば38歳。 のんびりとした生活はこの上ない幸せで満たされていた。 しかしーー 「も、もう一度聞いて良いですか? ジオ・プライムさん、あなたはこの死の山に二十五年間も住んでいるんですか?」 突然の来訪者によると、この山は人間が住める山ではなく、彼は世間では「書の守護者」と呼ばれ都市伝説のような存在になっていた。 これは、自分のことを弱いと勘違いしているダジャレ好きのおっさんが、人々を導き、温かさを思い出す物語。 ※書籍化のため更新をストップします。

処理中です...