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16 林檎
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ブロンド縦ロールの令嬢はルキアスに鮮烈な印象を残した。ルキアスが初めて垢抜けた令嬢と会話したことで舞い上がった結果でもあるが、それを指摘したところでルキアス自身の印象には些かの陰りも訪れないに違いない。
ルキアスはその令嬢を「車窓の君」と呼ぶことにした。見るからに育ちの良さそうな令嬢との再会など考えられず、仮にその機会が有ったとしても明らかに住む世界が違うのだから会話もままならないだろう。それでも心に留めるだけならば、誰に憚ることもない。
そんな風に特殊な呼び方をするくらいなら名前を聞いておけと言う話でもあるが、行きずりの人に名前を聞く機会はそうそうあるものではない。ルキアスとてこれまで名乗っていないのだ。
それはそれとして、ルキアスにとって目前の問題は次の町までの距離だ。
(さて誰に聞こう?
知ってそうな人は……。
そこら辺を歩いている人に適当に聞いても知らなそうだし。
林檎を売ってる屋台が在る。そこのおじさんなら知ってる?
商売をしていたら多少は地理に明るかったりするんじゃないかな?
いやでも屋台に寄って何も買わずに道だけ聞くなんて気が引ける。
だからって毎回買うようなお金は持ってない。
んー、改めて実行しようとすると意外に難易度が高い)
「お兄さん、ずっと俺を見てるけど、俺の顔に何か付いてるか?」
(わわ! おじさんの顔を凝視過ぎた!)
「い、いえ、ち、ちょっと尋ねたい事があ、あったもんで……」
(しどろもどろになった!)
「尋ねたい? なら、見てないで聞きなよ」
「は、はい。その通りですね……」
「何だってぼんやり見てたんだ?」
「そ、その、何も買わずに話を聞くだけがどうなのかなって思って……」
「そんなことか。それだって、ずっとそこに立たれた方が迷惑だと思わないか?」
「そう、ですね……」
ルキアスに反論の余地は無かった。その上、屋台の店主は普通の口調にも拘わらず、叱られた気分にもなった。これはルキアス自身、反省が必要だと感じたからだろう。
「で、何が聞きたいんだ?」
「あ、はい。ベクロテ方面の次の町まで歩いて何時間掛かるのかな、と」
「ベクロテ方面? ベクロテ方面と言えば次はトリムだな。歩くなら5、6時間だろうな」
「5、6時間……」
微妙な時間であった。今から発ったのでは着く前に日が暮れかねない。
「しかしお兄さんはベクロテに歩いて行くんだな……」
店主は困ったように眉尻を下げた。
(ベクロテまでが遠いからだろうな)
ルキアスはそう予想したが、これは完全に的外れである。店主はルキアスの行く末を案じた。
「そうですね……」
「んじゃ、これ持って行きな」
ルキアスには何が「んじゃ」なのかは判らない。そんなルキアスに店主は『収納』から林檎を三つ取り出して手渡した。
「少し傷んでる部分があるが、そこを削れば食えるから。水と一緒にビンに詰めてパン酵母にするのもいいぞ」
「パン酵母が作れるんですか?」
ルキアスはパン酵母の作り方までは知らずとも、パンを焼くのにパン酵母が必要なことは知っている。
「ああ。煮沸消毒したビンに入れるだけだ」
(今度試してみよう。今はビンを持ってないから無理だから、また林檎が手に入った時になると思うけど。
とは言うものの……)
ただで貰うのに気が引けるルキアスである。
「でもこれ……、貰っていいんですか?」
「子供が遠慮なんかするな。それにこの町は林檎の産地なもんで、このくらい傷んでたらもう誰も買わない。だからまあ、後は捨てるだけのようなもんだ」
「あ、ありがとうございます! 何のお返しもできませんけど……」
「どういたしまして、だ。それにまあ、お返しって言うなら他の誰かに返してやればいいさ」
「他の誰かにですか?」
「ああ。そうすりゃ巡り巡って俺に返って来ることもあるだろうしな」
「そう言うものなんでしょうか?」
「今は解らなくてもいいさ。何にせよ、これから色々頑張れよ」
「はい」
ルキアスは店主に軽く会釈してその場を後にした。
(さて、この後どうしよう?
やっぱり挑戦してみようか。
少し無理をすることになるかもだけど、まだ太陽は天頂を過ぎたばかりだからここに居ても落ち着かない。
なるべく早くベクロテにも行きたいし……。
うん、やっぱり頑張って歩こう!
ギリギリ行けるかも知れないんだから)
ルキアスは気が急くままに次の町に向けて出発した。
郊外に出れば一面の林檎園が広がっている。林檎園は町の南に偏っていたのだった。
ルキアスはその令嬢を「車窓の君」と呼ぶことにした。見るからに育ちの良さそうな令嬢との再会など考えられず、仮にその機会が有ったとしても明らかに住む世界が違うのだから会話もままならないだろう。それでも心に留めるだけならば、誰に憚ることもない。
そんな風に特殊な呼び方をするくらいなら名前を聞いておけと言う話でもあるが、行きずりの人に名前を聞く機会はそうそうあるものではない。ルキアスとてこれまで名乗っていないのだ。
それはそれとして、ルキアスにとって目前の問題は次の町までの距離だ。
(さて誰に聞こう?
知ってそうな人は……。
そこら辺を歩いている人に適当に聞いても知らなそうだし。
林檎を売ってる屋台が在る。そこのおじさんなら知ってる?
商売をしていたら多少は地理に明るかったりするんじゃないかな?
いやでも屋台に寄って何も買わずに道だけ聞くなんて気が引ける。
だからって毎回買うようなお金は持ってない。
んー、改めて実行しようとすると意外に難易度が高い)
「お兄さん、ずっと俺を見てるけど、俺の顔に何か付いてるか?」
(わわ! おじさんの顔を凝視過ぎた!)
「い、いえ、ち、ちょっと尋ねたい事があ、あったもんで……」
(しどろもどろになった!)
「尋ねたい? なら、見てないで聞きなよ」
「は、はい。その通りですね……」
「何だってぼんやり見てたんだ?」
「そ、その、何も買わずに話を聞くだけがどうなのかなって思って……」
「そんなことか。それだって、ずっとそこに立たれた方が迷惑だと思わないか?」
「そう、ですね……」
ルキアスに反論の余地は無かった。その上、屋台の店主は普通の口調にも拘わらず、叱られた気分にもなった。これはルキアス自身、反省が必要だと感じたからだろう。
「で、何が聞きたいんだ?」
「あ、はい。ベクロテ方面の次の町まで歩いて何時間掛かるのかな、と」
「ベクロテ方面? ベクロテ方面と言えば次はトリムだな。歩くなら5、6時間だろうな」
「5、6時間……」
微妙な時間であった。今から発ったのでは着く前に日が暮れかねない。
「しかしお兄さんはベクロテに歩いて行くんだな……」
店主は困ったように眉尻を下げた。
(ベクロテまでが遠いからだろうな)
ルキアスはそう予想したが、これは完全に的外れである。店主はルキアスの行く末を案じた。
「そうですね……」
「んじゃ、これ持って行きな」
ルキアスには何が「んじゃ」なのかは判らない。そんなルキアスに店主は『収納』から林檎を三つ取り出して手渡した。
「少し傷んでる部分があるが、そこを削れば食えるから。水と一緒にビンに詰めてパン酵母にするのもいいぞ」
「パン酵母が作れるんですか?」
ルキアスはパン酵母の作り方までは知らずとも、パンを焼くのにパン酵母が必要なことは知っている。
「ああ。煮沸消毒したビンに入れるだけだ」
(今度試してみよう。今はビンを持ってないから無理だから、また林檎が手に入った時になると思うけど。
とは言うものの……)
ただで貰うのに気が引けるルキアスである。
「でもこれ……、貰っていいんですか?」
「子供が遠慮なんかするな。それにこの町は林檎の産地なもんで、このくらい傷んでたらもう誰も買わない。だからまあ、後は捨てるだけのようなもんだ」
「あ、ありがとうございます! 何のお返しもできませんけど……」
「どういたしまして、だ。それにまあ、お返しって言うなら他の誰かに返してやればいいさ」
「他の誰かにですか?」
「ああ。そうすりゃ巡り巡って俺に返って来ることもあるだろうしな」
「そう言うものなんでしょうか?」
「今は解らなくてもいいさ。何にせよ、これから色々頑張れよ」
「はい」
ルキアスは店主に軽く会釈してその場を後にした。
(さて、この後どうしよう?
やっぱり挑戦してみようか。
少し無理をすることになるかもだけど、まだ太陽は天頂を過ぎたばかりだからここに居ても落ち着かない。
なるべく早くベクロテにも行きたいし……。
うん、やっぱり頑張って歩こう!
ギリギリ行けるかも知れないんだから)
ルキアスは気が急くままに次の町に向けて出発した。
郊外に出れば一面の林檎園が広がっている。林檎園は町の南に偏っていたのだった。
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