生活魔法は万能です

浜柔

文字の大きさ
上 下
16 / 627

16 林檎

しおりを挟む
 ブロンド縦ロールの令嬢はルキアスに鮮烈な印象を残した。ルキアスが初めて垢抜けた令嬢と会話したことで舞い上がった結果でもあるが、それを指摘したところでルキアス自身の印象には些かの陰りも訪れないに違いない。
 ルキアスはその令嬢を「車窓の君」と呼ぶことにした。見るからに育ちの良さそうな令嬢との再会など考えられず、仮にその機会が有ったとしても明らかに住む世界が違うのだから会話もままならないだろう。それでも心に留めるだけならば、誰に憚ることもない。
 そんな風に特殊な呼び方をするくらいなら名前を聞いておけと言う話でもあるが、行きずりの人に名前を聞く機会はそうそうあるものではない。ルキアスとてこれまで名乗っていないのだ。
 それはそれとして、ルキアスにとって目前の問題は次の町までの距離だ。

(さて誰に聞こう?
 知ってそうな人は……。
 そこら辺を歩いている人に適当に聞いても知らなそうだし。
 林檎を売ってる屋台が在る。そこのおじさんなら知ってる?
 商売をしていたら多少は地理に明るかったりするんじゃないかな?
 いやでも屋台に寄って何も買わずに道だけ聞くなんて気が引ける。
 だからって毎回買うようなお金は持ってない。
 んー、改めて実行しようとすると意外に難易度が高い)

「お兄さん、ずっと俺を見てるけど、俺の顔に何か付いてるか?」

(わわ! おじさんの顔を凝視過ぎた!)

「い、いえ、ち、ちょっと尋ねたい事があ、あったもんで……」

(しどろもどろになった!)

「尋ねたい? なら、見てないで聞きなよ」
「は、はい。その通りですね……」
「何だってぼんやり見てたんだ?」
「そ、その、何も買わずに話を聞くだけがどうなのかなって思って……」
「そんなことか。それだって、ずっとそこに立たれた方が迷惑だと思わないか?」
「そう、ですね……」

 ルキアスに反論の余地は無かった。その上、屋台の店主は普通の口調にも拘わらず、叱られた気分にもなった。これはルキアス自身、反省が必要だと感じたからだろう。

「で、何が聞きたいんだ?」
「あ、はい。ベクロテ方面の次の町まで歩いて何時間掛かるのかな、と」
「ベクロテ方面? ベクロテ方面と言えば次はトリムだな。歩くなら5、6時間だろうな」
「5、6時間……」

 微妙な時間であった。今から発ったのでは着く前に日が暮れかねない。

「しかしお兄さんはベクロテに歩いて行くんだな……」

 店主は困ったように眉尻を下げた。

(ベクロテまでが遠いからだろうな)

 ルキアスはそう予想したが、これは完全に的外れである。店主はルキアスの行く末を案じた。

「そうですね……」
「んじゃ、これ持って行きな」

 ルキアスには何が「んじゃ」なのかは判らない。そんなルキアスに店主は『収納』から林檎を三つ取り出して手渡した。

「少し傷んでる部分があるが、そこを削れば食えるから。水と一緒にビンに詰めてパン酵母にするのもいいぞ」
「パン酵母が作れるんですか?」

 ルキアスはパン酵母の作り方までは知らずとも、パンを焼くのにパン酵母が必要なことは知っている。

「ああ。煮沸消毒したビンに入れるだけだ」

(今度試してみよう。今はビンを持ってないから無理だから、また林檎が手に入った時になると思うけど。
 とは言うものの……)

 ただで貰うのに気が引けるルキアスである。

「でもこれ……、貰っていいんですか?」
「子供が遠慮なんかするな。それにこの町は林檎の産地なもんで、このくらい傷んでたらもう誰も買わない。だからまあ、後は捨てるだけのようなもんだ」
「あ、ありがとうございます! 何のお返しもできませんけど……」
「どういたしまして、だ。それにまあ、お返しって言うなら他の誰かに返してやればいいさ」
「他の誰かにですか?」
「ああ。そうすりゃ巡り巡って俺に返って来ることもあるだろうしな」
「そう言うものなんでしょうか?」
「今は解らなくてもいいさ。何にせよ、これから色々頑張れよ」
「はい」

 ルキアスは店主に軽く会釈してその場を後にした。

(さて、この後どうしよう?
 やっぱり挑戦してみようか。
 少し無理をすることになるかもだけど、まだ太陽は天頂を過ぎたばかりだからここに居ても落ち着かない。
 なるべく早くベクロテにも行きたいし……。
 うん、やっぱり頑張って歩こう!
 ギリギリ行けるかも知れないんだから)

 ルキアスは気が急くままに次の町に向けて出発した。
 郊外に出れば一面の林檎園が広がっている。林檎園は町の南に偏っていたのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

異世界に転生した社畜は調合師としてのんびりと生きていく。~ただの生産職だと思っていたら、結構ヤバい職でした~

夢宮
ファンタジー
台風が接近していて避難勧告が出されているにも関わらず出勤させられていた社畜──渡部与一《わたべよいち》。 雨で視界が悪いなか、信号無視をした車との接触事故で命を落としてしまう。 女神に即断即決で異世界転生を決められ、パパっと送り出されてしまうのだが、幸いなことに女神の気遣いによって職業とスキルを手に入れる──生産職の『調合師』という職業とそのスキルを。 異世界に転生してからふたりの少女に助けられ、港町へと向かい、物語は動き始める。 調合師としての立場を知り、それを利用しようとする者に悩まされながらも生きていく。 そんな与一ののんびりしたくてものんびりできない異世界生活が今、始まる。 ※2話から登場人物の描写に入りますので、のんびりと読んでいただけたらなと思います。 ※サブタイトル追加しました。

転生チート薬師は巻き込まれやすいのか? ~スローライフと時々騒動~ 

志位斗 茂家波
ファンタジー
異世界転生という話は聞いたことがあるが、まさかそのような事を実際に経験するとは思わなかった。 けれども、よくあるチートとかで暴れるような事よりも、自由にかつのんびりと適当に過ごしたい。 そう思っていたけれども、そうはいかないのが現実である。 ‥‥‥才能はあるのに、無駄遣いが多い、苦労人が増えやすいお話です。 「小説家になろう」でも公開中。興味があればそちらの方でもどうぞ。誤字は出来るだけ無いようにしたいですが、発見次第伝えていただければ幸いです。あと、案があればそれもある程度受け付けたいと思います。

憧れの異世界転移が現実になったのでやりたいことリストを消化したいと思います~異世界でやってみたい50のこと

Debby
ファンタジー
【完結まで投稿済みです】 山下星良(せいら)はファンタジー系の小説を読むのが大好きなお姉さん。 好きが高じて真剣に考えて作ったのが『異世界でやってみたい50のこと』のリスト。 やっぱり人生はじめからやり直す転生より、転移。 転移先の条件としては『★剣と魔法の世界に転移してみたい』は絶対に外せない。 そして今の身体じゃ体力的に異世界攻略は難しいのでちょっと若返りもお願いしたい。 更にもうひとつの条件が『★出来れば日本の乙女ゲームか物語の世界に転移してみたい(モブで)』だ。 これにはちゃんとした理由がある。必要なのは乙女ゲームの世界観のみで攻略対象とかヒロインは必要ない。 もちろんゲームに巻き込まれると面倒くさいので、ちゃんと「(モブで)」と注釈を入れることも忘れていない。 ──そして本当に転移してしまった星良は、頼もしい仲間(レアアイテムとモフモフと細マッチョ?)と共に、自身の作ったやりたいことリストを消化していくことになる。 いい年の大人が本気で考え、万全を期したハズの『異世界でやりたいことリスト』。 理想通りだったり思っていたのとちょっと違ったりするけれど、折角の異世界を楽しみたいと思います。 あなたが異世界転移するなら、リストに何を書きますか? ---------- 覗いて下さり、ありがとうございます! 10時19時投稿、全話予約投稿済みです。 5話くらいから話が動き出します。 ✳(お読み下されば何のマークかはすぐに分かると思いますが)5話から出てくる話のタイトルの★は気にしないでください

没落した建築系お嬢様の優雅なスローライフ~地方でモフモフと楽しい仲間とのんびり楽しく生きます~

土偶の友
ファンタジー
優雅な貴族令嬢を目指していたクレア・フィレイア。 しかし、15歳の誕生日を前に両親から没落を宣言されてしまう。 そのショックで日本の知識を思いだし、ブラック企業で働いていた記憶からスローライフをしたいと気付いた。 両親に勧められた場所に逃げ、そこで楽しいモフモフの仲間と家を建てる。 女の子たちと出会い仲良くなって一緒に住む、のんびり緩い異世界生活。

積みかけアラフォーOL、公爵令嬢に転生したのでやりたいことをやって好きに生きる!

ぽらいと
ファンタジー
アラフォー、バツ2派遣OLが公爵令嬢に転生したので、やりたいことを好きなようにやって過ごす、というほのぼの系の話。 悪役等は一切出てこない、優しい世界のお話です。

異世界召喚に巻き込まれたのでダンジョンマスターにしてもらいました

まったりー
ファンタジー
何処にでもいるような平凡な社会人の主人公がある日、宝くじを当てた。 ウキウキしながら銀行に手続きをして家に帰る為、いつもは乗らないバスに乗ってしばらくしたら変な空間にいました。 変な空間にいたのは主人公だけ、そこに現れた青年に説明され異世界召喚に巻き込まれ、もう戻れないことを告げられます。 その青年の計らいで恩恵を貰うことになりましたが、主人公のやりたいことと言うのがゲームで良くやっていたダンジョン物と牧場経営くらいでした。 恩恵はダンジョンマスターにしてもらうことにし、ダンジョンを作りますが普通の物でなくゲームの中にあった、中に入ると構造を変えるダンジョンを作れないかと模索し作る事に成功します。

ペットたちと一緒に異世界へ転生!?魔法を覚えて、皆とのんびり過ごしたい。

千晶もーこ
ファンタジー
疲労で亡くなってしまった和菓。 気付いたら、異世界に転生していた。 なんと、そこには前世で飼っていた犬、猫、インコもいた!? 物語のような魔法も覚えたいけど、一番は皆で楽しくのんびり過ごすのが目標です! ※この話は小説家になろう様へも掲載しています

異世界リナトリオン〜平凡な田舎娘だと思った私、実は転生者でした?!〜

青山喜太
ファンタジー
ある日、母が死んだ 孤独に暮らす少女、エイダは今日も1人分の食器を片付ける、1人で食べる朝食も慣れたものだ。 そしてそれは母が死んでからいつもと変わらない日常だった、ドアがノックされるその時までは。 これは1人の少女が世界を巻き込む巨大な秘密に立ち向かうお話。 小説家になろう様からの転載です!

処理中です...