生活魔法は万能です

浜柔

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15 車窓の令嬢

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 ルキアスは名前を聞きそびれたおじさんを「おじさん」と呼んでは他のおじさん達と全く区別ができないため、「運び屋のおじさん」、もっと短く「運び屋さん」と呼ぶことにした。
 そしてその運び屋さんから幾つか忠告された中でも、野宿する場所に関しては今晩からの実践を決める。狼が出るなんて思いもしなかった自分が迂闊だったとの反省も含めてのことだ。
 だがそうするには行く先々の町で誰かに次の町までの距離を聞き、日暮れまでに行けるかどうか考えて進まないといけない。直感で進んでも問題無いのは次の町までだ。もしそこまでが極端に短い距離なら次の判断に迷うことになる。
 その一方でルキアスとしては少々気が重い。距離を聞くまでにも時間を取られる上、一日に歩けるだけ歩く訳に行かないのでベクロテまでの日数が余分に必要になるためだ。生活を立ち上げる猶予が短くなるのは好ましくない。

 また、運び屋さんの助言は野宿に関してだけではなかったが、他の事はベクロテに着くまで、まだ一ヶ月近く考える時間が有るので追々決めることとした。ずっと剣を使うつもりで準備していたルキアスとしては、「弓を使え」と言われて「はい、そうします」とは言えなかったし、まだ言いたくない気持ちがあるのだ。
 しかし色々考えつつ運び屋さんの話を思い出したらルキアスの心は揺らぐ。

(やっぱり運び屋さんの言う通りに弓と決めて準備をした方が良いのかな……。どうしよう……)

「あ、オオバコ発見。今晩用に少し摘もう」

(……いや、まあ、現実逃避みたいだけど、食事も大事だから!
 ……って、自分で何を言い訳してるんだか)

 オオバコを摘んでいる最中、ルキアスの耳に乗り合いバスらしき音が聞こえた。顔を上げてみればやっぱり乗り合いバスだ。
 今日はベクロテの方に向けて走っている。ルキアスはバスが一日置きで交互に走っているらしいと当たりを付ける。今まで、今もだけど縁の無い乗り合いバスのこと、どのくらいの頻度で走っているかなどまるで知らなかったのだ。
 そんな具合だから乗り合いバスはルキアスにとってはレアだ。目で追いたくもなる。
 するとバスが通り過ぎる瞬間、不意に車窓から外を見ていた女の子と目が合った。ルキアスと同じ年頃で、もみあげ部分に垂れている縦ロールが印象的なブロンド、そして一際印象に残ったのは蒼玉のような瞳。目の覚めるような美人だ。
 だけど見えたのは殆ど一瞬。通り過ぎるのを見送った後は夢か錯覚だったような気がしたルキアスである。




 そこから次の町まではいくらも歩かずに着いた。タードより少し大きな町だ。
 太陽はまだ天頂に差し掛かったばかり。そのため、ルキアスはできれば次の町まで行きたいと考える。しかし距離次第だ。それは誰かに聞かなければ判らない。だから人が多そうな所に向かった。
 そうして歩いた先。広場らしき所に停まっている乗り合いバスが停まっていた。

(多分さっき通り過ぎたバスだ)

 ルキアスのこの推測は正しい。長距離を走るなら乗員乗客共に休憩も必要だ。その休憩のためバスはここで停車していた。

(こんな機会はめったに無い。近付いてよく見よう)

 ルキアスは近付いて改めて見たバスはかなり大きいと感じた。タードで見掛ける大型の馬車荷車の倍ほどもある。これが馬車よりも速く走るのだから驚くばかりだ。
 ルキアスからは窓から顔を出している人も見えた。そしてルキアスにはその人に覚えがあった。

(もしかして、オオバコを摘んでいた時に見た女の子?)

 今見えるのは横顔のために断言するに至らないが、もみあげ部分に縦ロールのあるブロンドの髪が一緒だ。

(あ、こっち見た)

 どこか気品のある居住まいはどこぞのご令嬢であろう。
 令嬢もまたルキアスを目にする。

「あら貴方、ついさっき見掛けた人よね。この町に住んでいるのかしら?」

(話し掛けられた!)

 一瞬で舞い上がったルキアスである。それでも質問された内容は憶えていたようだ。

「う、ううん。ぼ、ぼくはベクロテに行く途中だよっ」

(声が上擦ったーっ! やらかしたーっ! 美人に縁の無かった今までが憎たらしい!)

「それならこのバスに乗るのかしら?」

(ぼくのやらかしをスルーしてくれた! いい人だ!)

「ううん。ぼくはお金が無いから歩いて行くつもりだよ」
「歩いて!? 何日掛かるのか想像もできないわ」
「大体一ヶ月かな」
「一ヶ月ですって!? わたしくもベクロテまで帰るのですけれど、明日の晩にならないと着かないと聞いて辟易してましたのに。一ヶ月なんてとてもとても。貴方って根気がお有りなのね」

(褒めてくれたんだけど……)

「どうかなぁ。ぼくにはよく判らないよ」

(止むに止まれず歩いているだけなんだもの。ぼくも乗れるものならバスに乗りたい)

「あら、ご謙遜を」
「そんな事より、バスの乗り心地ってどんななの?」

 ルキアスは投げ捨てたいくらいの根気にはこれ以上触れたくなくて強引に話題を変えた。愚痴や弱音になりそうだったから。
 一方、それに気付いてか気付かなくてか、令嬢は何かを考えるように小さく首を傾けた。

「そうね……。お尻が痛いわね」
「お尻?」
「そうよ。この辺りって道が悪いでしょう? 大きく跳ねてお尻を何度座席にぶつけたか判ったものじゃないわ。腫れてお尻が大きくなってしまったらどうしてくれるのかしらね」
「大きく? あ、でも母さんが『女の人は少しお尻が大きいくらいがちょうどいいのよ』って言ってたよ!」
「うふふふふふ……。そ、そうね。そうかも知れないわね!」

(どこが可笑しかったのか判らないけど、彼女が楽しいなら良かったよ!)

 これはルキアスの錯覚だ。ルキアスはやらかしていたのだが、令嬢の方にそれを笑い飛ばせる度量が有っただけである。

「きっとそうだよ!」
「そうね。そう思えば我慢できそうよね」

 令嬢がそう言った途端、どこからかブーっと何かの唸り声のようなものが響いた。

「あら、もう出発のようよ。少しだけどお話しできて楽しかったわ」
「うん。ぼくもだよ!」

 そう言ってる間にも乗り合いバスが動き出し、ルキアスは令嬢に向けて手を振った。
 令嬢もルキアスに向けて手を振り返した。
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