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1 旅立ち
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生活魔法は万能だ。何でもできる。だけど何にもできない。
それは何も特別なものではないから。人が歩いたり走ったりしても誰も不思議に思わないだろう。そんな魔法。
――そしてそんな魔法が人より少し上手く使えるだけのぼくは今日、旅に出る。
「ルキアス、すまない。お前には辛い思いをさせる」
「気にしないで、父さん。天職の無いぼくが働ける場所はこの町には無いんだから」
天職は特別な魔法だ。しかし殆どの人々が持っている。そして世界はこの天職を前提に回っている。
それもそうだろう。例えば生活魔法でも時間を掛ければ一つのレンガを作ることはできる。しかしそれに相応しい天職さえ持っていれば同じだけの時間で千個、あるいは一万個のレンガを作ることができる。これでは相応しい天職を持たない者は太刀打ちできない。
勿論大きな差にならない職業は有る。例えば飲食店。例えば宿屋。例えばそれらの従業員。
だが、ルキアスが生まれ育った千人に満たないこの小さな町には新しく飲食店や宿屋を建てる余地は無い。以前から在る店は家族で営んでおり、人を雇う際には客商売故に女が優先される。男のルキアスが出る幕は無いのだ。
天職が有利に働く職業ならいよいよ望みは無かった。
この事を悟った時、ルキアスは「ぼくが女だったら良かったのに」と幾度となく考えた。女なら天職を持たなくても結婚相手にさえ恵まれれば暮らして行けるのだから。
そう、ルキアスの母のように。
「ごめん……ね……ルキアス。わたしの……せいで……」
「ううん。ぼくが天職を持たないのは母さんのせいじゃないよ。天からの授かり物なんだから」
ルキアスの母は涙で顔を濡らし続ける。
天職は多く遺伝する。そのため天職を持たない母親は、その『天職無し』がルキアスに遺伝したとずっと気に病んでいた。農業を営む父親の持つ天職『耕耘』は姉と弟のベルンに受け継がれているがため、余計に強く感じていたのだ。
だが天職は必ず遺伝するものでもない。先祖代々誰も持っていなかった天職を持つこともある。
ルキアスもそれが判らない少年ではない。
「たまたまぼくが持たなかっただけだよ」
「ごめんね……、ごめんね……」
それでも母親は謝り続ける。
(後はもう父さんに任せるしかないよね……)
ルキアスが目配せすると、父親は頷いた。
「ルキアス、どこか行く当てはあるの?」
「取り敢えずベクロテに行って、ダンジョン探索者になるつもりだよ」
「そう……」
姉はそれっきりで口を噤んだ。
ダンジョン探索は天職を持たない者でも生活できるだけの稼ぎを得られる場所の一つだ。真偽は定かでないが、生活に苦しむ『天職無し』を憐れに思った昔の大賢者が創ったとも言われる。しかしその一方で『天職無し』の墓場だとも言われている。
「兄ちゃん……」
「ベルンも達者でね」
ベルンも辛そうに口を引き結ぶ。
(ああ、良い家族に恵まれてぼくは幸せだった)
別れを惜しんでくれる家族を前に、ルキアスは感慨を覚えた。
「じゃあ、もう行くよ」
「ルキアス、元気で暮らせよ」
「うん。みんなも元気でね」
ルキアスは家族のみんなに軽く手を振って踵を返す。振り返らずに前を向く。
ルキアスの実家から街道に出るには一旦街に出なければならない。小さな町の小さな商店街。みんなルキアスの顔見知りだ。
そんな場所を街道に向かって歩いていれば声を掛けられたりもする。
「おやルキアスじゃないか。お出掛けかい?」
「うん。ちょっとそこまで」
「そうかい。そりゃいいねぇ」
「じゃあ」
「ああ、帰りにでも寄っておくれよ」
「そうだね」
馴染みの店のおばさんには軽く手を振るだけで別れは言わない。薄情なようでも、皆が知り合いのような小さな町では一人一人に言っていては切りが無い。
ルキアスは街を抜け、街道に出る。そして二度と帰らぬ故郷に別れを告げた。
――さようなら。
それは何も特別なものではないから。人が歩いたり走ったりしても誰も不思議に思わないだろう。そんな魔法。
――そしてそんな魔法が人より少し上手く使えるだけのぼくは今日、旅に出る。
「ルキアス、すまない。お前には辛い思いをさせる」
「気にしないで、父さん。天職の無いぼくが働ける場所はこの町には無いんだから」
天職は特別な魔法だ。しかし殆どの人々が持っている。そして世界はこの天職を前提に回っている。
それもそうだろう。例えば生活魔法でも時間を掛ければ一つのレンガを作ることはできる。しかしそれに相応しい天職さえ持っていれば同じだけの時間で千個、あるいは一万個のレンガを作ることができる。これでは相応しい天職を持たない者は太刀打ちできない。
勿論大きな差にならない職業は有る。例えば飲食店。例えば宿屋。例えばそれらの従業員。
だが、ルキアスが生まれ育った千人に満たないこの小さな町には新しく飲食店や宿屋を建てる余地は無い。以前から在る店は家族で営んでおり、人を雇う際には客商売故に女が優先される。男のルキアスが出る幕は無いのだ。
天職が有利に働く職業ならいよいよ望みは無かった。
この事を悟った時、ルキアスは「ぼくが女だったら良かったのに」と幾度となく考えた。女なら天職を持たなくても結婚相手にさえ恵まれれば暮らして行けるのだから。
そう、ルキアスの母のように。
「ごめん……ね……ルキアス。わたしの……せいで……」
「ううん。ぼくが天職を持たないのは母さんのせいじゃないよ。天からの授かり物なんだから」
ルキアスの母は涙で顔を濡らし続ける。
天職は多く遺伝する。そのため天職を持たない母親は、その『天職無し』がルキアスに遺伝したとずっと気に病んでいた。農業を営む父親の持つ天職『耕耘』は姉と弟のベルンに受け継がれているがため、余計に強く感じていたのだ。
だが天職は必ず遺伝するものでもない。先祖代々誰も持っていなかった天職を持つこともある。
ルキアスもそれが判らない少年ではない。
「たまたまぼくが持たなかっただけだよ」
「ごめんね……、ごめんね……」
それでも母親は謝り続ける。
(後はもう父さんに任せるしかないよね……)
ルキアスが目配せすると、父親は頷いた。
「ルキアス、どこか行く当てはあるの?」
「取り敢えずベクロテに行って、ダンジョン探索者になるつもりだよ」
「そう……」
姉はそれっきりで口を噤んだ。
ダンジョン探索は天職を持たない者でも生活できるだけの稼ぎを得られる場所の一つだ。真偽は定かでないが、生活に苦しむ『天職無し』を憐れに思った昔の大賢者が創ったとも言われる。しかしその一方で『天職無し』の墓場だとも言われている。
「兄ちゃん……」
「ベルンも達者でね」
ベルンも辛そうに口を引き結ぶ。
(ああ、良い家族に恵まれてぼくは幸せだった)
別れを惜しんでくれる家族を前に、ルキアスは感慨を覚えた。
「じゃあ、もう行くよ」
「ルキアス、元気で暮らせよ」
「うん。みんなも元気でね」
ルキアスは家族のみんなに軽く手を振って踵を返す。振り返らずに前を向く。
ルキアスの実家から街道に出るには一旦街に出なければならない。小さな町の小さな商店街。みんなルキアスの顔見知りだ。
そんな場所を街道に向かって歩いていれば声を掛けられたりもする。
「おやルキアスじゃないか。お出掛けかい?」
「うん。ちょっとそこまで」
「そうかい。そりゃいいねぇ」
「じゃあ」
「ああ、帰りにでも寄っておくれよ」
「そうだね」
馴染みの店のおばさんには軽く手を振るだけで別れは言わない。薄情なようでも、皆が知り合いのような小さな町では一人一人に言っていては切りが無い。
ルキアスは街を抜け、街道に出る。そして二度と帰らぬ故郷に別れを告げた。
――さようなら。
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